第四話 目覚めよメロス!①
N> 舞台は宇宙へ!
―――XYZ8846209200!
そのコードで私を呼ぶのを、やめろ。
私は、……私は。
私は■ ■ ■だ。
―――XYZ8846209200!
センサーを奮わせる呼び声に反応する。
聞こえていた“声”は、先ほど背後に庇った機からのもの。僚機からの信号を受け取り、同時に280,000,000k半径の知覚領域が飛び込んできた。送られた情報から位置を測り、死角から飛び込んできていた敵弾を緊急展開したフィールドで消失させる。衝撃自体はほとんど皆無だった。
眼を開けば、失われた閃光の向こうには、深淵な虚無が広がっていた。
宇宙空間。
それも、超光高速機動下。
星の光よりも速い、真なる暗黒の世界である。
ここには、何もない。
誰もいない。
自分たちと、敵以外は。
敵。
敵。
敵。
敵だ。そうだ。敵を殲滅せねばならない。
それが命令だ。機械は、与えられた命令をこなさねばならぬ。
『―・――――――・――』
別機からの信号に体が反応する。
遅れを取り戻さねば。
機能が停止していたのは、21億分の1秒ほど。それでも、超光高速戦闘においては致命的な隙。あれは僚機を爆撃から守った際のショックだった。もちろん、友情や愛のなした結果ではない。後方に位置する僚機が討たれれば陣形が崩れる。こちらよりも戦略的価値が高いならば、身を挺してでも守るのが、機械的な判断だった。
『・・――・―――――・―』
相対位置情報。戦略進行度。各機体損傷度。援護要請etc、総計76TBにも上る、戦況情報を交換し、遥か彼方にいる敵機に狙いをつける。巧妙に隠されているが、あれが指揮官機だ。大した距離ではない。この体は宇宙戦用。発揮できる速度は、地球上のそれと比べようもない。
力場を形成。
即座に、虚空を蹴って走り出す。
対する相手の反応も迅速だ。幾本ものレーザー光を、間断なく両腕より速射してくる。
両腕。
そして、手があり足があり頭がある。
人型なのだ。大きさも、ほとんど人間と変わらない。自身もそう。
地球を遠く離れた戦場にあって、神の似姿として造られた人間が、自分たちに似せて作った破壊紳。それが、自分達、戦闘用アンドロイドであった。
人類が宇宙へと進出してから幾星霜。
兵器の持つ力は、単体で星を消滅させられる域にまで達していた。しかも、核兵器のような抑止力ではない、実際の戦争の道具として使用されている。
自身が、どんな思想や、主義を持つ勢力に属しているか、アンドロイドたちは全て知っていたが、そのことに想いを巡らせ、葛藤したことなどは一度もない。
大事なのは、命令を果たすという命題のみ。
それが、正しいと思っていた。
否、考えたことなどないのだ。
是非など。
善悪など。
意志など。
機械には、無用だから。
雨の如く飛来する光の中をただ馳せる。大腿部の荷積用亜空間から放出した微粒子デコイが、鱗粉のように飛散。狙いを狂わせ、同時にレーザー光を減衰させる。そのまま、直線上にいる敵機に向かって突撃する。
こちらの意図に気付いた別の敵機がサポートにまわろうとするが遅かった。先に要請しておいた支援が邪魔をする。ときに盾になった機が爆散するが、だからどうした。目的達成のためには、必要な犠牲だ。命令のためなら死ぬべきだ。
なにかに急きたてられるように、幾百の砲撃を巧みに回避し、猛加速する。
走らなければ。
疾らなければ。
遅れるわけには、いかないのだ!
得体の知れない衝動が、思考回路の奥底より叫ぶ。
距離はもう10,000kもない。宇宙では、どうしようもない至近距離。体表面の防御被膜を活性化させ、被弾覚悟でつっこんだ。炉心より、爆発的なエネルギーが流れ込み、その力を拳に集約させる。瞬間的とはいえ、かつての地球で最終兵器とまで呼ばれた原水爆の数千倍の破壊力が込められる。
電光石火。
流星の輝きが敵を討ち、破壊の波動が虚空すら震撼させた。
敵機は複数の防御機構、複合装甲の全てを粉砕貫通されて、宇宙の星屑となった。
すでに遥か後方になった宇宙空間に、爆散の花火が散る。
そこに達成感はなかった。
喜びもなかった。
あるのは、必要最低限度の戦況報告のみ。それでいい。
それが機械として自然なことだ。機械はただ、命令を遂行しれいればいい。
機械に、想いなど必要ない。
だが、さっきのノイズはなんだったのか。
何故、あんなことを思ったのだろう。否、戦闘のために生み出されたアンドロイドが、何かを思うなど馬鹿げている。忌避するなど。きっと、爆撃を受け止めた余波で、受信機が遠くのノイズでも拾ったのだろう。
しかし。
――そのコードで、私を呼ぶのをやめろ――
――私は■ ■ ■だ――
どういうことだろうか。分からなかった。分かろうとさえ、思わなかった。
N> 続きます。




