第九話 黙らせろメロス!
少年は告げる。
「我は賢者アキレスの子。ネオプトレモス。旧世界の破壊者メロス。我と共に来い。それが神の定めた運命だ。ふん。その顔。どうやら訳が分かっていないらしいな。所詮は、戦う事しか能のない木偶人形。無理もない。いいか、我は天命を受けている。それは我が今ここにいることで証明されていよう。なにせ、あの王が一族郎党にわたって磔刑に処している中、我のみがこうして生き延びているのだから。そして、今、我は反王軍――レジスタンスを率いる立場にある。ふん。お前は、我がその立場に立つには幼すぎるとでもつまらないことを言うのだろう。そんなものは問うまでもない。元は、この軍は父上の組織したものだからだ。あの王に異常の兆しが見られた頃より、先見を持って組織されつつあったが、あの愚王も悪運が強い。知ってか知らずか、その中心人物たる父上を嫌疑をもって処刑したのだ。そこで、その血を継ぐ我がこうして旗印として頭目に納まっている。身代わりとなった家臣の子には同情もあるが、これも大義のためだ。そして、軍は王に反感を持つ者、大切な者を処刑され、奪われた者たちをいれて膨れ上がっている。我らは義軍なのだ。正義は我にある! 思えば、メロス。お前もまた義のために立ち上がったのではないか。お前の話を聞いたとき、誰もがその勇気に胸をうたれていたぞ。先の二人の刺客だと? あれは、金のために我に歩調を合わせていただけの俗物だ。お前のような英雄ではない。そして、その力も、やつらを越えてきたことで証明して見せた。そうともメロス。我らにはお前の力が必要なのだ。本来、市にのさばる荒くれ共を廃し、その報酬を受け取る場であの王の首を討ちとらんとしていた日に、ちょうどお前が現れたことも天の導きに相違あるまい。いいや、それだけではない。我が家は、古い文献の知識にも明るい。その膨大なパワー、先日に市の空を焼いて見せた火の柱。お前は、旧世界の穢れた超文明を七日で焼き尽くしたという神兵、またはその同型機ではないのか。もしそうならば、今、ここに我と共に在るのは運命だ。とはいえ、ここまで来たお前だ。最後まで走りきろうというのだろう。だが、よく考えてみるがいい。そこになんの意味がある。お前は死に、王は再び暴政を繰り返す。それよりも、我に協力するのだメロス。そうすれば、王城にも紛れ込んでいる仲間によって、お前の友も救われるだろう。今すぐに、お前の損傷も直してやる。共に暴君を討ち、市を救うのだ! どうだ!」
メロスは答えた。
「だが断る!」
それは、快刀乱麻を断つがごとき即断であった。
そのすさまじき一喝に、後ろの男たちも瞠目して黙る。そして騒然となる空気の中、なんとか声を上げられたのは、子供とはいえ頭目たるネオプトレモスだった。
「なぜわからぬ。それとも壊れているのかアンドロイドめっ」
「私など、機械仕掛けの木偶人形でけっこうだ。だが、こんな身にも魂はある。心はある」
「だからなんだというのだ。何を笑っている!?」
「笑っているだと?」
言われ、メロスが口元に手を当てると、確かに頬が動いていた。無意識の動作だった。
だが、思い当たる節はある。
この気持ちは、痛快というものだ。
そして改めて、ニヤリと笑うとメロスはいった。
「お前たちの姿を見てわかったぞ。私は、人を信じぬあの王に腹を立てていた。だから、王城にも乗り込んだ。だが、今は違う。王が私の言葉を疑い、セリヌンティウスが私を信じた。その時から、これは男同士の意地の張り合いになったのだ。市の運命。人類の未来。地球の行く末。そんな大きなもののためではない。これは二体の知類による小さな問題だ。私はそのために駆けているのだ。断じて天命などではない。私は、小さな己の正義のために戦っている! これまでの己をかえりみるに、そんな運命が自分にあるなど、これが笑わずにいられようかっ」
「ええい、なにを訳の分からないことを! こうなれば、問答無用だ! お前を差し出すことで暗殺の好機としてやる。かかれっ」
ネオプトレモスの背後にいた男たちは、一斉に武器を構えた。雨のような銃器の斉射である。メロスはひゅんと残像のみを残して、飛鳥のようにとびかると虚空に向かって「気の毒だが正義のためだ!」と猛然一撃、その拳圧で巻き起こされた風圧に、周囲の者たちはその場より吹き飛ばされてしまった。まだ何かを言おうとしていたネオプトレモスだったが、問答無用とばかりに当て身で昏倒させてしまう。その隙をついてメロスは、峠を一気に駆け下りた。
こうしてメロスはすべての刺客を突破した。
だが、彼はまだ知らない。
その行く末に待つ『プロメテウスの火』という真の脅威を。
傷ついた脚部をさらに軋ませながら、メロスはその地をあとにするのだった。