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疾れメロス!  作者: ナギ先輩 & T後輩
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第一話 怒れメロス!

 メロスは超宇宙大爆発(スーパーコズミックノヴァ)を起こした。




 邪知(じゃち)暴虐(ぼうぎゃく)の王を除かねばならぬと決意した。メロスには政治は分からぬ。それどころか、彼は人間ですらない。超科学文明の終末期に造られ、地殻変動によって、数千年のときを大地の内でスリープしていたアンドロイド。それがメロスである。



 だがそれ故に、メロスは激怒していたのである。





 人類の歴史は三巡した。


 遥か昔、人類はその科学技術を神々の領域にまで高め、ついにはその住まいたる星々の世界にまで覇権を広げた。だが、それでも彼らは争うことをやめられなかった。戦乱の末に、星を渡る船は全て堕ち、高度な文明も燃えつきた。それが最初の歴史であり、そこから地球は長い荒廃と再生の時間を要した。残ったわずかな文明の力で命を長らえ、子孫に希望を託して、人類は死ぬ思いで数千年のときを耐えた。それが二巡目の歴史である。やがて、人々が自然のままに生きていけるほどに、大気が清涼さを、大地が緑の恵みを取り戻した時より、人類の新たなる歴史は始まった。神の如き力の一切を消失し、文明は(いにしえ)のそれに逆行しながらも、己が力と知恵によって、改めてこの大地の住人として根を下ろそうとする。


 それは新生の歴史であった。


 そんな歴史のただ中に、メロスはいた。


 メロスはアンドロイドである。悠久の眠りから目覚めてからは、彼を発掘した一人の少女の家族となり、村の牧人となっていた。笛を吹き、羊とともに暮らした。家族を亡くしていた少女とメロスは兄妹のように暮らし、穏やかなに過ごしていた。超科学の申し子であるメロスからしてみれば、人間など儚い陽炎の如き存在でしかない。だが、だからこそメロスは人の生命に関しては、人一倍敏感だった。


 その日、夜明けとともに村を出発したメロスは、野を越え山を越え、十里離れた王都シラクスにやって来た。

 メロスを家族に迎えた少女は成長し、村の真面目な一牧人との結婚を控えていた。式も間近である。そのためにメロスは花嫁衣装や、祝宴のごちそうを求めて、はるばる市にやってきていた。


 またメロスには大事な友人がいた。名を、セリヌンティウスという。


 彼はシラクスの市で、旧文明の遺産である機器をリビルドしている職工であった。

 発掘されたばかりのメロスを、人並みに働けるようになるまで、根気強く調整してくれたのがセリヌンティウスだった。二人の男は、人と機械の垣根を超えた、確かな友情で結ばれていた。買い物がすめば、久しぶりに友人と会いにいける。メロスの心は自然と浮き立っていた。

 だが、歩いているうちにメロスは街の異変に気が付いた。


 静かすぎる。


 とっくに太陽の姿はない。だから、暗いことは当然だ。けれど、なんだか夜のせいばかりではなく、街の空気がどこか沈んでいる。人間の細かな感情の機微には、まだまだ疎いメロスであったが、それでも分かるほどの違和感があった。

 道行く若者をつかまえて、メロスは尋ねた。


「この街はどうしてしまったのだ。二年前にこの市に来たときは、夜でも皆楽しそうだった。歌をうたって、街はにぎやかであったはずだ」

「さあね。知らないよ」

「おい」

「関係ないよ。話しかけないでくれ」


 おかしなことに聞く耳も持たれなかった。誰に聞いても結果は同じだった。なにかがおかしい。メロスは、嫌な予感を覚え、辺りに注意を配った。

 するとそんな折、市警らしき屈強な男たちが、一人の子供を引っ立てている場面に遭遇した。汚いボロをまとった、小さな娘であった。あまりの無体に、メロスは男たちをたしなめた。


「おい、お前達。この娘がいかな罪を働いたのかは知らぬ。だが、その振る舞いはいかにも乱暴ではないか」

「なんだ貴様は! 余所者は黙っていろ」


 こちらの話も聞かない男たちは口々にわめきたて、メロスに殴り掛かってきた。メロスは抵抗しなかったが、そこはアンドロイド。超合金の身体である。案の定、殴る男たちの手の方が砕ける始末だった。男たちは情けない悲鳴を上げながら、娘を追いて逃げ去ってしまった。

 メロスは、残された娘を見る。歳は十になったばかりだろうか。頭にかぶったボロの下には、くすんだ栗色の髪と、猫の耳が生えていた。よく見れば尻尾もある。


「そうか。君はセカンドだったのか」

「……ミャ」


 娘は、猫の異相であった。

 セカンドとは、何かしらの動物の特徴を持って生まれる人類をいう。その体は病気やけがに強く、体力も人間に勝る彼らは、不意に人間の両親から生まれるくせに、その特徴は一代しか続かないという不思議な存在として知られている。

 地球が荒廃していた時代に、抵抗力を高めようと、異なる種族の血を混ぜた実験の先祖がえりという説が有力で、いつからか彼らは『二巡目の名残(セカンド)』と呼ばれるようになっていた。その特異な容貌から、差別されることもあるが、それでも何の謂れもなく引っ立てられることもないはずだ。

 メロスは猫の娘に尋ねた。


「娘よ。彼らはいったいなんだったのか」

「ミャアっ。おじさん速く逃げる。あれ、王さまの家来ミャ。あいつら、すぐにたくさんで仕返しに来るっ」

「来るならば来い。だが、その理由を聞かねばならぬ。王の家来と言ったな。いったい王はどうされたのだ」

「……王さまは、人を殺すの」


 人を殺すだと!

 メロスは(おのの)き、猫の娘に問いただした。


「なぜ人を殺す!?」

「わからないミャ。悪心をいだいているって。でも、誰もそんなのないっ」

「大勢殺したのか!?」

「ミャア。はじめは王さまの妹のおむこさま。それから、ご自身の御世継ぎさま。それにいっぱいいっぱい。それに、堅臣のアキレスさまだって」

「そのような……。国王は乱心か!」

「ちがうって、お母さんは言ってたミャ」

「ならば何故」

「ミャア。王さまは、人を信じることができないって言ってるんだって……」


 たどたどしい説明だったが、メロスは根気強く耳を傾けた。

 なんでも、人を信じられない王は、臣下の心も疑うようになり、少しでも派手な暮らしをしている者には、人質として一人差し出すことを命じているのだそうだ。もしも守らなければ、捕まって殺されてしまう。今日だけでも六人死んだらしい。

 あまりのことだ。

 メロスは己の耳を疑った。


「ミャアのお母さん。何日も前。つかまった旦那さまのお屋敷で働いてたってだけで、連れて行かれたの」

「馬鹿な。馬鹿なっ」

「ミャア。もう帰る家ない」

「……」

「おじさん、ミャアを連れてって。連れていって、ください! お仕事するからっ。ちゃんとっ」


 幼子の涙に、メロスの胸は痛んだ。

 彼女は、母がもう帰らないことを、正しく理解している。確かにメロスにとって、この娘を連れて帰るのはたやすいことだ。妹の待つ家に招き入れ、温かいスープを作り、羊の世話を教える。それは一つの幸せになろう。

 だが、メロスはそうしなかった。偽善を嫌ったわけではない。そうせざる理由が、彼の魂を燃やしていたからだった。メロスはかがみ、真正面から猫の娘を見て、指でその涙をぬぐった。


「すまない。お前の願いは叶えられぬ」

「……そうミャ」

「なぜなら、私はこれより死地に入る。そこへ、お前を連れては行けないからだ。だが誓おう。お前の涙は、必ず王へ届けると」

 

 メロスは人間ではない。アンドロイドである。

 だが、だからこそ、人の命の尊さを知っていた。

 人々が互いを信じ合い、慈しむことの大切さを知っていた。

 そして、一人の生命がここに在るという事が、どれほどの奇跡であるのか知っていた。



 だからこそ、メロスは激怒した。



 己の疑心のため、民に手をかけるなど断じて許せぬ。

 始まりの歴史において、世界を七日で焼き尽くした炉心に、いま怒りの火が灯った。

 超新星爆発に匹敵する巨大なパワーが体内で爆誕。そのエネルギーは、熱き血潮の如く全身をくまなく駆け巡った。その時、メロスより天へと発せられた憤怒の火柱は、夜空を赤く染め上げ、黒雲を焼いた。

 あまりの衝撃のすさまじさに、その日、王都は震撼した。



「呆れた王だ。生かして置けぬ!」





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