プロローグ
21歳、高校を中退してから4年。怠惰と2次元で埋め尽くされ、親にも情けないと呆れられた。
体重もつい最近90kgを突破し、オシャレなどとは程遠いダルダルの古着を愛用する。
俺は、立派な古参ニートになっていた。
俺の一日は、パソコンの画面の前で、コーラとポテチを片手に半日カチャカチャとキーボードを打ち、気が済むまで寝る。その繰り返し。
友達と遊ぶ?何を戯けたことを。友達すらいない僕にとってはそんなもの皆無。
あぁでも、いないというわけでは無いのか。
あっちの世界にはフレンド登録してある人がいるのか。まぁどんな奴かなんて分かりっこないが。
時は遡り、中学2年の時。俺は「エリュシオン」というMMORPGを始めた。
その頃から僕には友達がいなかった。だからパソコンの中で話せる仲間を探していた。
そんな時、僕の目に止まったものが、MMORPGだった。元々ゲーム好きだったし、
よくドラクエとかFFとかもやっていたから、興味が湧いた。
その中でも、「エリュシオン」は完全無課金ゲームを謳っていたし、出てから間もないものだったので、自分と同じような初心者がいると思い、試しにやってみると案外面白く、ハマってしまった。
それが俺の人生の大きなミスだった。勉強をほったらかし、適当に楽に行ける高校に進学。
その高校でも底辺を這い、最終的には中退。
俺は選択をミスった。
親も最初のうちは優しく接してくれたが、1年もすれば呆れて、就職、将来、自立をやかましく言うようになった。当然、明るい未来など無い俺は、反発を繰り返す。
そうして今に至る。
今でもエリュシオンには毎日欠かさずログインしている。
2ヶ月ごとに何かアップデートが行われるし、退屈する要素がない。
それに、念願だったフレンドもたくさんいる。
ベテランプレイヤーとして名も馳せ、所属しているギルドマスターの右腕としても活躍。
リアルだったらスーパーアイドルだ。
優越感がすごい。それだから止められない。
しかも、明日は新しいアップデート。楽しみだ。もちろん今もやっているけど。
「明日だよな、アップデート。」
「そうっすね! 今回は大型らしいっすよ。なんでも、今までで一番すごいとか」
「大型は2年ぶりだな。でも何も告知なしって変だよな。」
「それだけ自信作なんじゃないですか?」
そう。今回は異例だ。今まであった告知はなく、「歴代史上最高」それだけを言っている。
新しい商法で110万人ものプレイヤーを期待させているのか。まぁ、俺は期待してるけど。
あと10分で0時。明日だ。
「あと10分だから、ログイン画面に戻るね。じゃあね、黒、またアップデート後。」
「うす!シグレさん。」
そう言って少し休憩する。
「あ、アップデートできる!」
ワクワクした。果てはて、どんな内容なのか。何なに…
‘この度エリュシオンは3Dになります!’
「おおっ!」
(成程。そりぁ秘密にするわな。)
‘アップデート後、鏡で自分を見てみてネ!’
「ん?何のこと?」
(まあ、してみればいいか。… ていうか、意味あんのか?)
‘それじゃあレッツスタート!’
………
………
(長っげぇ! 2時間て!!まぁゲームの種類が変わるんだもんな。
仕方ないか。… 少し寝よう。)
俺は布団に入って抱き枕を抱く。こいつはまさに、癒しの女神。これで今日も安眠だな…
ゴゴ…ゴゴゴゴ… ガタ… ピキキ…
(うるさいな… 何時だ?1時50分… 外が騒がしい。工事? いや、そんなものない。なんだ?) 俺は外を覗いてみた。
「あれ、外ってこんな古臭かったっけ?」
(いや、もっと綺麗なはず。となると…?)
疑問を傍らに、地中から何か飛び出してきた。
「あれは…自愛の女神像!?」
自愛の女神像とは、エリュシオンのログイン画面で表示される復活エリアのことだ。
戦闘によって死亡すると、蘇生呪文をしてその場で生き返るか、自愛の女神像で選択できる。
自愛の女神像を選択すると、その際、ここに来ることになる。
「絶対変だ!なにかおかしい!」
――――瞬間、第六感が何かを察した。パソコン?
「あ、アップデート!」
実に96%まで進行していた。
「もしかしてこれが関係してるのか…? 早く、早く中止ボタン!」
急いで、マウスを手に取るも、マウスが動かない。
「なんで!?」
俺は久しぶりに悪寒を背中に感じた。
「パソコン本体なら!?」
無謀なことは把握していた。
マウスはフリーズしているのに、アップデートは進んでいるからだ。
「99%…!? やばい、なんとかしなきゃ…」
なにをすればいいのか分かっていた。でも、勇気が出なかった。
「優柔不断!もう仕方ない!!」
俺は覚悟を決めた。
パソコンを壊す覚悟を。
「折っちまえ!」
パソコンは思ったよりも容易く、真っ二つに割れた。
そして、画面が暗くなった。
「やったのか?」
安堵の瞬間を実感する。外も騒がしくない。
「パソコンどうしよう。俺寝ぼけてただけ?」
――――――刹那。空から音がした。
古典的でありながら、聞きなれた音だ。
「これって…ログイン画面の…!?」
安堵が恐怖に変わる。
そして、この電子音声が俺を絶望へと突き落とす。
「エリュシオンをスタートします。」
外を見てみると、そこは俺の知っているもう一つのあの世界だった。
――――――そう、「エリュシオン」の世界。