夢
2部構成となっておりますが、どちらから読んでも大丈夫……だと思う。
そうなるように作ったんですが……。
セットで閲覧してもらえるとありがたいです。
いつも同じ夢を見た。
突然、目の前に光が広がり、次いでクラクションがうるさく鳴るのだ。そして決まって鳴った瞬間に飛び起きる。
「うあっ!」
今回も間抜けな声を出してしまった。
全身、汗でびっしょり濡れていた。扇風機が運ぶ生暖かい風が今だけは気持ちいい。
まだ7月の頭なのに猛暑日が続いていた。残念ながらこのボロアパートにエアコンはない。窓を全開にして実家から拝借して来た扇風機を『強』で回すのが唯一の暑さ対策だ。
「原稿はどこまで進んだっけ……?」
寝ぼけ眼でテーブルの上を探す。何も書いていないまっさらな白い紙。白紙の漫画用原稿用紙が無造作に放置されていた――またか。
昨夜、アルバイトから帰宅してからずっと原稿とにらめっこをしていたのだが何も思い浮かばなかった。結局、睡魔に襲われ何もせずに寝てしまったのだ。
原稿の提出期限まであと1ヶ月を切っている。
別に作家を生業としているわけではない。幼いときからそういう仕事に就きたいと夢見ていた。しかし、この道に進むことをよく思わない人もいた。多分、今日あたり冷やかしの電話をかけてくるだろう。
そう思っていると枕元に置いた携帯が鳴り出した。折りたたみ式の携帯電話。もう何年も使っているので外装は傷だらけだ。妙に愛着がわいてしまって未だに最新機種に変更できていない。
開いて相手を確認する。やはり親父だ。
「もしもし」
――台詞はなんんとなく分かる。『よう康哉、がんばっているか?』ではじまり、
「よう康哉、がんばっているか?」
――続いて仕事での苦労話や嫌味、辛味を織り交ぜて話し出し、
「こっちはお前がいないおかげで大変なんだ。連日働き詰めで体のあっちこっちが痛みやがる。俺も齢だな、昔はこんなの屁でもなかったんだが……。速く後を継いで安心させてくれねぇか? くだらないことに時間を費やすことはやめにしてよ」
「『俺が立てた会社だ俺がぶっ倒れて死ぬまで社長をやってやる』なんて昔ほざいてなかったか?」
「お前がいなくなってから物忘れが酷くなってな、覚えていないなぁ」
「……切るぞ」
――最後は決まって『せいぜい頑張れ』だ。
「そうか、せいぜいがん……」
最後まで聞かずに通話を切る。
その台詞はもう聞き飽きた。
親父は工場の社長をしていた。社員は本人も含め、僅か13名。小さな町工場だ。
一世一代で立てた自分の会社。勿論、自分の後継ぎには血縁者を。っとでも思っていたのだろう。康哉が自分の夢を話すと大激怒した。
対する康哉は専門学校に通いながら堅実に漫画家を目指そうと考えていた。協力が得られれば、の話ではあったが……。
幾度となく繰り返された口論の末、出された答えが1つの勝負だった。
『俺が漫画雑誌で受賞を取ることができれば実力はあるってことだよな? 売れるってことだよな?」
『どうせ、お前のクソつまらん漫画なんて売れやしない』などとバカにした親父に反論にするために言い放った言葉がこれだった。
親父は鼻で笑って、
『なら取れたら漫画家なんてくだらない職に就くことを許してやる。できればのはなしだがなぁ。ハハハッ』
と、言ったのだ。
こうして勝負が始まった。ルールは簡単。1年以内に漫画雑誌で受賞を取ること。
取れば康哉の勝ち。晴れて漫画家の道へ進む。
取れなければ負け。実家を継ぐことになる。
それから、直ぐさま荷物をまとめて一人暮らしを始めた。実家にいれば毎日のように文句を言ってくるに決まっているのだ。
チャンスもこれが最後……
昨夜と同じように原稿とにらめっこを始める。
設定画やストーリー構成、どういったジャンルの物を描くのかは決まっている。床からそれらが描かれたノートを拾い上げ、原稿と見比べながら原稿にコマ割、構図を描きこむ。
数十分ほどで線画が完成。しばらく眺め、違うような気がして、丸めてゴミ箱に放り込む。
この行為も何回繰り返されただろうか? ゴミ箱の中は没になった原稿用紙であふれかえっていた。
少し描いて、捨てる。また少し描いて、捨てる……。
なかなか納得がいくものができない。もどかしくもあるが、いつもこの時間が一番楽しく感じる。
自分の想像した物語が1枚の紙の上で表現される瞬間、人物設定の1つ1つ、世界観の1つ1つ、シナリオの伏線1つ1つが歯車の歯となって組み合わさり、1つの集合体として動き出すのだ。つまらないはずがない。
気がつけば今日もバイトの時間まで同じことを繰り返してしまった。それでも何とか1ページ完成したのでよしとしよう。
時刻は6時を過ぎたところ。これから深夜まで牛丼屋でバイトだ。
自転車でバイト先に向かい、更衣室で制服に着替える。
給料日の後ということもあってか客は多い。それも9時を過ぎるころには疎らになり、10時には殆どいなくなる。これから閉店の1時までに来る客は多くても10人前後だ。
正直、暇だ。漫画のネタを考えるにはちょうどいい時間ではあるのだが……
「やあ、少年。ちゃんと働いているかい?」
「ええ、ちゃんと皿洗いしてますよ。先輩」
先輩はバイト先の正社員。この時間帯の責任者だ。高校生時代、美術部でお世話になったので今でも親しみを込めて『先輩』と呼んでいる。
美人で子供っぽいところがあるが、根はしっかりして面倒見がいい。
気にかけてくれるのはうれしいのだがイメージが四散するので今はやめてほしい。
「うん、ちゃんと働いてるのは良い事なんだけど、心。どっか別の場所に行ってたぞ。それじゃあ他の仕事に気が回らないでしょ?」
「お冷、紅ショウガ、割りばしの補給。調理。お釣りの調整は終わっています。残っているのはこれだけですが?」
「ゆ、優秀だね、さすがに……。でも、だからと言ってぼーっとしちゃいけないぞ。お客さんが来たら直ぐ対応できないでしょ?」
――それはない。今日のこの時間帯はしばらく客は来ない。
「どうせ漫画のことでも考えていたんでしょ? そうゆうのは勤務時間外でやってね。別に夢の邪魔してるわけじゃないけどさ、まあ……」
――『頑張りたまえ少年』だ。
「頑張りたまえ少年」
そう言い残して先輩は在庫チェックに戻っていた。
帰宅後、仮眠を取り、作業を再開。無理を言ってシフトの数を減らしてもらったのだ。なんとか完成させなければ。
それから毎日、作業に明け暮れた。出来上がる原稿は1日に多くても1、2枚程度。
1枚も描けない日もあった。進行具合は最悪と言っていい。
それでもなんとか〆切ぎりぎりに投稿できたのだから良しとしよう。提出までの間、正直バイトに身が入らなかった。ミスをして迷惑もかけてしまった。そんな自分をサポートしてくれた社員さん達とバイト仲間達に感謝しなくては。
――今日という日を迎えられたのは皆のおかげだ。
いつものようにアルバイトが終わった帰り道、帰路を少しだけずらしてコンビニによった。
自転車を止め、店内の雑誌コーナーへ。
あった。
応募した雑誌が置いてある。
手に取り、結果発表のページへ。そこには……
自分の名前はなかった。
何度見返してもあるのは他の受賞者の名前。落ちたのだ。
目の前が真っ暗になった。
ゆっくりと雑誌を元に戻し、ふらふらと店外へ。
1年間の苦労が水泡となって消えた。
これからはやりたくもない仕事をしながら余生を過ごす? バカバカしい。くだらない。死んだ方がましではないか。
気づけば車道に出ていた。
何をやっているのだ自分は、速く自転車のところに――
その時だった。
目の前に光が広がり、次いでクラクションがうるさく鳴ったそして――