幸せのお裾分け
「寒っ……」
携帯に届いた一件のメールをもう一度読み返し、ドアの鍵を閉める。時刻は二十二時過ぎと高校生が出歩くには少々遅い時間だけど……まァ、まだ活動時間内と言えるだろう。
エレベーターで一階へ降りようとしたらタイミング悪く上の階へと昇ってしまった。エレベーターは諦めて階段で一階へと向かう。外からの風が吹き込む階段を急ぎ足で降りてエントランスへ行くと丁度エレベーターも一回へと降りてきたようだ。
扉が開くと中からは見知った顔が出てきた。いや、見慣れた顔と言ったほうが表現は正しいかもしれない。
「よう、こんな時間にお出かけか。千智」
「何だ、圭人か……」
二つ上の階に住んでいる一つ年下の幼馴染である千智はマフラーに顔を半分ほど埋めてつまらなさそうに呟いた。相変わらず冷めた奴。
「どこ行くんだ?」
「……コンビニ」
返ってきた答えは予想の範囲内。これがいつか「彼氏のところ」と返って来る日は果たしていつになるやら……
マンションの自動ドアから出たとこで千智は足を止める。
「圭人は……美香姉のお迎え?」
「……いや、俺もコンビニに、な」
嘘だけど。まァ、妹分がこんな時間に夜道を歩くのも心配だしな。美香には悪いがもう少しバイト先にいてもらうとしよう。
「……つき」
「? なに?」
車の走行音にかき消された言葉を聞き直すが……答えてくれないだろうな。
「別に……圭人はどっちに行くの?」
案の定答えなかった千智から問いかけ返ってくる。千智の言うどっちとはマンションから一番近いコンビニのことだろう。一番近いと言っても青白のコンビニと緑白のコンビニの二店舗あるのだが……しかも方向真逆。
コイツ絶対俺と違う方に行く気だ。
「特に決めてな「ならあっちいけば?」」
「……」
俺の言葉に無理やり被せてきた千智は右を指差す。
「私こっち行くから」
そう言って今度は右側を指差しながら歩き出す千智。
「どうしてお前はそう……はぁ、俺もそっちのコンビニのおでんが食いたくなったからそっち行くわ」
「あっそ」
三歩前を歩く小さな背中を見て口から白い息が溢れる。ポケットから携帯を取り出し、届いていた新着メールを開く。
『わかった~ 待ってるね♪』
そう届いていたメールに遅れると返信して携帯を閉じる。もうコンビニまであと少しだ。
「いらっしゃいませー、こんばんは」
店員の元気な声に迎えられてコンビニに入ると、千智はカゴを持ってスタスタとお菓子のコーナーへと歩いていく。特に買いたい物がない俺も千智の後をついていく。
「……」
新商品のチョコレートを二つ、それぞれ違う味を持って悩む千智。両方共コイツの好きな味だしなぁ……しかもちょい高め。千智の財布事情から考えたら二つは買えないだろうな。
「俺、その抹茶味買おうかな」
「!? ホントに?」
「あぁ、だから千智はストロベリー買えばいいよ。後で半分こしようぜ」
「……いいの?」
俺が甘いものを苦手だと知っている千智は申し訳なさそうに訊ねる。
「おう」
「……アリガト、圭人」
まァ、ストロベリー味は美香にでもあげるとしよう。待たせているお詫びとしても。遅れた理由話せば怒ることもないだろうけど……むしろ千智を放っておいた方が怒るだろうな、とかそんなことを考えながら飲料水コーナーに移動する。
適当に見ているとカゴの中に数点のお菓子を入れた千智もやってくる。そして迷わずアボカドマキアートを手に取る。最近新発売されたらしいが、絶対に不味いと思わせる飲み物だ。それに何故か最近ハマっている千智。
「美味しいのか、ソレ?」
「んー、クセになる味だよ。後で一口あげようか?」
気にはなるが、そこはかとなく美香の料理と同じ匂いがする。美香の料理に唯一耐性のある千智の味覚だしな。
「いや、俺は缶コーヒーでいいや」
適当にヒゲの生えたオッサンの缶コーヒーを手に取りながらそう答える。俺としては罰ゲームでもなければ絶対に口にしたくない。
千智と一緒に店内を適当に回ってみるが、特に欲しい物もないようでそのままレジへと行く。先に千智が会計を済ませ、レジ袋を受け取るとさっさと出て行く。
俺も商品と先ほど公言したおでんをいくつか見繕い、会計を済ませて後を追う。コンビニ前に置いてあるベンチに腰掛けている千智の隣に座る。
「ほい」
「?」
付けてもらったお箸を一膳、千智に渡すとキョトンとした顔をする。
「や、すこし小腹空いてすんだろ。おでんならカロリー控えめだしさ、これ食って家帰ろうぜ」
「……うん。いただきます」
おでんの蓋を開け、千智に渡して蓋や割り箸の袋などのゴミを捨てに行く。分別通りに捨てて振り向くと、そこには幸せそうに大根を頬張る千智。見ているこっちまで幸せそうになりそうな笑顔。
「そうだ」
携帯を取り出し、千智に気づかれないように写真を撮る。それから新着メールを開いて今撮った写真を添付し、Re:の隣にタイトルを打ち込む。
「そんなとこでつっ立ってどうしたの?」
「んー、幸せのお裾分け、かな?」
「なにそれ」
そう言って笑う千智の顔は昔のままだった。