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紫銀の精霊師  作者: 金指 龍希
悲嘆の魔石師編 
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第二章 密やかな夜 その二

 ――レイメルでリゲルが『火精の乱』について語り始めた頃、アンキセスはグラセル大工房において調査を始めようとしていた――


 グラセルの飛行場に温厚そうな初老の男が周りを見回していた。

 短い灰色の髪を綺麗に撫で付けている彼は、杖をついてよろよろ歩く白髪の老人を見つけて歩み寄った。

「ようこそ、アンキセス殿。御足労をかけて申し訳ありませんな」

「久しぶりじゃなぁ、アイオン殿。用が無ければ遠路遥々こんな物に乗って御足労などせんわい」

 不機嫌そうに憎まれ口を叩くアンキセスに対して、こめかみの青い血管を少しピクピクと動かしながらアイオンは反論した。

「本当に飛行船がお嫌いですな。工房の職人が真心込めて造船しているのですがね。まあ、とりあえず案内しましょうか」

 青筋を立てたままで二人が歩き出すのを見送った若い研究員は、呆れた様に密かに心の中で呟いた。

(二人とも額に青筋を出して……。本当に負けん気が強い年寄り達だよ)




 グラセル大工房の責任者であるアイオンは『飛行船の父』と称される人物である。彼にとって魔道飛行船は人生を賭けた魔道機であった。

 三十五年前、トルネリア王国南部にあるカルナル地方山岳地の奥において、大型の人工物が発見された。それは『鋼鉄の檻』と呼ばれる遺跡であったが、発掘調査の結果は『船』である事が判明したのだ。

 何故、船の残骸が内陸部にあるのか――。

 その当時に頭角を現したアイオンを始め、多くの機械師がチームを組んで研究を開始した。即位したばかりであったサリア五世も軍隊を派遣して、発掘作業を早く進められるよう援助したのだ。

 天才肌のアイオンは地中に埋もれていた残骸の中から、飛行推進装置と思われる魔道機を復元した。 魔道機の損傷が少ないことが幸いしたのだろう。またアイオン自身も夢中になると、寝食を忘れるほど魔道機に対して研究熱心な人物であった。

 彼は復元した魔道機をさらに研究し、数年という短期間で魔道飛行船を完成させたのである。

グラセル大工房の工房長に抜擢されたのもその功績があっての事だった。




「さて、アイオン殿。侵入した賊についてはどのように考えておられる?」

 アンキセスの問い掛けにアイオンの表情は急に曇った。

「逃げる賊の顔をはっきりと見た。髪や瞳の色は赤く変わり随分と老けた顔になっていだが、私はデボスに間違いないと思う。驚きましたよ、幽霊を見たとはこの事ですな」

 アイオンも当然、七年前の事件は記憶に残っている。

 炎に包まれたグラセルの被害を最小限に止める為、彼は残った職人達と必死に消火活動を行っていたのである。

「七年前、私は離れた研究区画にいたので気が付いた時は騒ぎが大きくなっていた。ベレトス殿は職人達を殲滅しようと攻撃の手を緩めはしなかった……。私がベレトス殿を諌めているうちに、不利になったデボスと一部の職人達が工房の飛行船で脱出をしたのでしたな。その後はアンキセス殿の方が御存じでしょう」

 アンキセスもアイオン同様に渋面を浮かべ、

「そうじゃ、わしはベレトス殿がグラセルに向かったと知らせを聞き、慌てて王都から軍用飛行船で追いかけたのじゃ。わしがグラセルに近づいた時には、街に火の手が上がっておった……。工房の小型飛行船が北へ逃げるのをベレトス殿の軍船が追っておった。やがて追いついた軍船が工房の飛行船に体当たりをしおった」

 当時の出来事を振り返りつつ、整ったグラセルの街並みを眺める。

 『鋼鉄と石の街』とも称される職人達の街は石材と鋼鉄を巧みに組み合わせ、冷たい印象を与えない様に、しかし頑丈に建物が設計されていた。

 既に事件の痕跡は、明るい月の光に照らし出される街からは窺うことは出来なかった。




 二人の老人はグラセルの郊外へ向かって、魔石灯に照らされる石畳を歩いて行く。

「その後、デボスが乗った工房の船は推進部の魔道機が爆発した様じゃった。ゆっくりと着陸しようとする工房の船にベレトス殿は更に追い打ちをかけようとしていた様じゃ。わしは止めようとして、ベレトス殿の船に最大の精霊魔法を放ったが間に合わなんだ。デボスの乗った船は再び軍船に追突をされ、態勢を大きく崩して逆さに墜落をした……」

「語り草になっておりますな。アンキセス殿の本気の一撃はベレトス殿の大型軍船をも墜落させる、と噂になったものですよ」

「しかし間に合わんのではのぅ……。ベレトス殿の船は不時着したが工房の船は地面に激突して爆発してしもうた……。生存者は確認できなかったはずじゃ。もっと早く着いておればのう……」

 アンキセスの声は重苦しく、そして絞り出すような後悔の言葉に、

「それはアンキセス殿の責任ではありませんぞ。あの事件は誰にも止められなかった。たとえ女王陛下でも……。しかしデボスは生きていた。彼に復讐心が生まれたとしても、ベレトス殿以外の責任はありませんな」

 例え同じ職人を殺めたとしても、アイオンはデボスを庇おうと心に決めていた。

 それはグラセルを襲ったベレトスに対する反発からであり、デボスと殺されたアンヌはグラセルの仲間だからである。




 アイオンは明るく輝く月を見上げながら、

「今、離島の城でベレトス殿は何を考えておられるのでしょうかな……。とにかくデボスが新型の飛行船を狙う理由は、その離島に行く為としか思えないが……。新しい飛行船は高速で移動できるので、追跡を完全に振り切ることが可能ですからな」

「新型の飛行船が完成したすぐ後に潜入するなど、内部に情報提供者が居るとしか思えんがのぅ」

 アンキセスは懸念を口にするとアイオンは心外だと言わんばかりに、

「工房内に内通者が居るとは思い難い。グラセルには街の外から通ってくる人間も多い。麓にあるオラルグの街からは小型飛行船が毎日数便往復している。その便に乗りこんだと思われるので乗客名簿を数日分調査している。今のところ飛行船の乗務員達に確認したところ、あの印象的な長い赤髪を覚えている者はおりませんが……」

「まるで幽霊の様に消えた……、ということじゃなぁ」

 アンキセスは月を見上げて呟いた。




 職人達が居住している住宅街に二人は到着した。

 南向きに建てられた四階建てのアパートメントハウスが整然と並んでいる。

 その一つの建物の周りには、女郎花【おみなえし】の黄色い花が夜風に揺れていた。

「結婚する前にデボスがアンヌの誕生日に植えたのですよ。何も知らぬアンヌを驚かそうと、デボスと他の職人達が参加して一夜で植えたんですな。翌朝、驚いているアンヌにデボスはプロポーズをした。彼らは職人達に祝福されて結婚をしたのです」


 女郎花の花言葉は『深い愛』――


 デボスはこの花にアンヌへの愛と、互いの幸せを誓ったのだろう。

「切ないのぅ……」

 涙腺を緩ませたアンキセスは、小さな黄色い花を見つめながら呟いた。

「デボス夫妻の部屋はそのままになっています。この部屋を……、そっとしておきたいというのが皆の願いなのです」

 アイオンは言葉を少し詰まらせながら一階にある西端の部屋へアンキセスを案内した。

「この部屋はグラセルにとって二人の墓なのじゃなぁ……。アイオン殿、わしは墓を荒らすつもりは無い、少しでも手掛かりが欲しいと思っておるだけじゃ」

 アンキセスは暗くて静かな部屋の中にそっと足を踏み出した。

「理解していただいて感謝します、アンキセス殿」

 アイオンが軽く会釈をすると、

「頼みがあるんじゃが、アイオン殿。ミリアリアは明日の朝にレイメルへ到着するはずじゃ。レイメルへ迎えの船を出してもらえんかの。キツネばばぁの命令を実行するには、ミリアリアの協力が必要じゃろぅて」

「飛行船の手配を直ぐにしてきますよ。それと貴方の食事の支度も頼んだ方が良いでしょうな。後で迎えの者を行かせますから、ここを動かんで下さいよ」

 物想いに耽るアンキセスに念を押し、白い作業衣の裾をひらめかせて部屋を後にした。




 月明かりだけでは心もとない、と思ったアンキセスは杖にそっと囁いた。

「世界樹よ、我に真理への道を示したまえ……」

 すると白い魔石の枝は、周囲を明るく照らし出した。

 光が差さぬ深くて冷たい海底の様な、時が止まった青灰色の空間が光を得て鮮やかに蘇った。

 アンキセスはゆっくりと注意深く部屋を見回す。

 大きな木製の書棚には分厚い本が並んでいる。

 アンキセスは部屋の空気を掻き乱さない様に、静かに書棚へ近づき腰を屈める。

 魔石と魔道機の本ばかりと思ったら、アンヌの物と思われる料理の本も並んでいた。他にも医学の本や動物の生態についての本も置いてあった。

(バイオエレメントは動物実験までは公式に行われていたはずじゃったな……)

 屈んだ腰を伸ばして奥の部屋に進むと、光の先に白く浮き上がる物が目に入った。

 それはデボスの物と思われる机の上に、厳かに置かれた書きかけの手紙であった。

 アンキセスはそっと近づき、静かに息を吹きかけて埃を払う。青いインクは色褪せているが書かれた文字は読み取れた。

 アンキセスは祈りの言葉を捧げる様に手紙を読み上げた。




――親愛なるエドラドへ――

 報告があるんだ。

 アンヌが造っている魔道機は開発の最終段階に入ったよ。ドルフのおかげさ。彼が夢の中で見た魔道機がアンヌによって実現したんだ。完成したら王都に行こうと思う。その時はきっと僕達の子供と一緒さ。

 そういえば君の子供は何歳になったっけ。きっと可愛い盛りだよな。でも僕の子供も絶対に可愛いはずだ。

 僕の魔石の研究は困った事にさっぱり成果が上がらないよ。爆発してばかりさ。

 なぁ、エドラド。神霊石って本当に存在するのかな? そもそも魔石だろうか? 僕は自信が無くなって来たよ。王宮や教会の資料は、目を皿にする様に調べたし、君の方は新しい情報を入手していないのか――




 手紙は途切れていた。

 読み終わったアンキセスは、溜め息交じりに呟いた。

「そなたも乙女の力に執着をしておったのだな……」

 後に禁忌となる魔道機を造った妻、そして神の魔石を造ろうとした夫。

 この夫婦は迎えるべき結末を迎えたのではないか、とアンキセスは感じずにはいられなかった。


 深く溜め息をつくアンキセスを覗く様に、窓の外では女郎花の小さな花が冷たい夜風に揺れていた。


作者後書き

 ここまで読んで頂いた皆様に感謝いたしております。この場をお借りして厚くお礼を申し上げます。本当にありがとうございました。


 さて次の話は――

  リゲル「今回はワシの出番じゃなかったのかよ」

アンキセス「ふぉっふぉっ、わしの説明の方がよくわかるじゃろう」

   ユウ(俺はどっちでも構わないんだがな……)

  リゲル「次こそワシだな?」

   作者「すいませんでした。リゲルさん、お願いします」

 マッシュ「私もいますが……」

  メリル「あらあら~、細工師の子が――」

   作者「わぁーっ、メリルさん! ネタばれになりますっ!」


       こんな感じで進んでいきます。よろしくお願いいたします。

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