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紫銀の精霊師  作者: 金指 龍希
潜竜の精霊師編
87/87

福寿草

 アンキセスは王宮の一室で目を覚ました。

 まだ日が昇り始めたばかりで、カーテンの隙間から見える空は薄暗い。しかし彼の耳には廊下を行き交う使用人たちの、慌ただしいパタパタという足音が聞こえ始めていた。

(歳を取ると、もう少しゆっくりと時間を過ごしたいものじゃがのぅ)

 アンキセスは、心の中で愚痴をこぼした。

(まだ眠いんじゃ……)

 昨夜遅くまで女王と話し込んでいたので、ベッドに入ってからさほど時間は経っていなかった。

 女王から精霊師協会への依頼があったのだ。。

 新たに対応しなければならない、しかしはっきりと何が起こるのか分からない事案であり、だが強力な精霊魔法を使えるものが対応しなければならない。

 否、誰が対応しなければならないのか、はっきりしていたのだ。

(学園都市か……。厄介じゃのぅ。わしのような年寄りが行っては目立つしのぅ。他に選択肢はないようじゃ)

 まだ幼い弟子を行かせなければならない。

 やっと人間らしい、柔らかな表情を見せるようになってきたのに……。

 そう思う彼の心は波立っていた。

(精霊王も酷な運命を人間に与えられたものじゃ……)

 アンキセスはゆっくりとベッドから起き上がり、カーテンを押しのけ、窓を開け放った。

 冷たい空気が肌を刺す。

(人は出来る事をするだけじゃ……。さて、飛行場にいかねばのぅ。あのうるさい孫娘たちに怒られるわい)

「ホシカラスよ。わが友よ」

 壁に立てかけてある杖から、鴉の形をした光の妖精が純白に輝く羽を広げて、ゆっくりと窓辺に舞い降りた。

「ホシカラスよ、レイメルにおるミリアリアに遅れると伝えてくれ」

 すると、ホシカラスはプイッとそっぽを向いた。

「困った奴じゃのぅ。終わったら酒を褒美にやるから」

 その一言で機嫌を直したホシカラスは、颯爽と飛び去った。

(さて、どうするかのぅ)

 ミリアリアの顔を浮かべて、誕生日プレゼントの候補を思い浮かべる。

 万年筆、アクセサリー、服。

 アンキセスは長い白髪をクシャクシャと右手で撫でまわし、「う~ん」と唸った。

 どれも彼女に喜ばれそうになかったのである。



―― レイメルにて ――

 セシリアが精霊師協会を訪れた日は開店休業になってしまった。弱者救済の看板を掲げる精霊師協会としては、その翌日まで休業する訳にはいかなかった。

 エアは急いで朝日に輝く街を駆け抜ける。

「おはようございます!」

 息を切らせて、精霊師協会のドアを開ける。

「おはよう~」

 レティはまだ眠そうに、

「あぁ、おはよう……」

 疲れた表情をしているユウは、いつもより不愛想に、

「あら、おはよう」

「おはよう!」

 ミリアリアとセシリアがさわやかに挨拶を返した。二人とも寝起きが良いのか、やたらと元気が良さそうだ。

 思わずエアは、ユウを振り返った。その視線を受け止めて、

「朝からこの奴らがうるさくて……」

 ユウは呻いた。

「何か言ったかな~」

 セシリアが笑顔で圧力を掛けてくる。

「え~と……。とりあえず、今日の仕事はどうする?」

 エアは雰囲気が悪くなる前に、話題を変えようとした。

「これを引き受けようと思う。緊急性が高いからな」

 ユウは一枚の紙を、エアの目の前に突き出した。

 エアは目を見開いて、依頼書の上から下に視線を移し、

「これって、二日前に来た依頼だよね。もしかして、昨日引き受けようとした?」

「ああ、そうだ」

 そこには「婚約指輪の紛失」と書かれていた。

「え? これって?」

 エアは戸惑った。その顔を見たユウは、

「買い替えはきかないだろうな」

 ため息を吐いた。

 レティは若い二人を見つめ、

「それを引き受けるのね」

 依頼人の青ざめた顔を思い浮かべつつ、

「彼女は第二街区に住んでいるわ。名前はクリスよ。かなり慌てていたわ。それで、探す範囲だけど……。ごめんね。多分街の大通りになるわ」

「つまり、よくわからない、という事か……」

 ユウが天井を見上げた。

「とても時間掛かりそうですね……」

 エアは疲れた様に呟いた。

 その様子を興味深そうに、セシリアは見つめていた。

「初めて見るわね。依頼を引き受けているのを」

 ミリアリアは妹の肩に手を置き、

「セシリアは初めてだっけ。こうやって依頼の内容を受付が聞いてから、精霊師が直接出向くのよ。討伐の依頼は国か街が依頼主だから、受けたら直ぐに行くことになるわ」

「へぇ~」

 セシリアは納得した様な顔をして、頷きながら聞いていた。

「行ってくる」

「行ってきまぁす!」

 エアとユウは慌ただしく街に出て行った。

「いってらっしゃ~い」

 レティは二人を見送り、

「さて、ミリアリア達はどうするの?」

 問われた二人は顔を見合わせて

「買い物をするわ」

「そうね。久しぶりにゆっくりできるし……。道すがら、指輪の事は気にかけておくわ」

 主体は買い物で、指輪のことはついで。

 この姉妹はやはり我が道を行く人間だったようだ。

 レティはやっぱり、と思いつつ、

「いってらっしゃい」

 と姉妹を送り出した。




 第二街区に向かったエア達は、依頼人の自宅前に辿り着いた。

「此処だよね」

「間違いないだろう」

 門柱に住所と見られる数字が並んでいる。これもレイメルが再建される時に、行政が管理しやすいので付けた住居表示だ。これによって税も徴収し易いが、生活の利便性として、手紙や物の配達が迷わなくなったのが大きい。

 ユウが扉を軽くノックする。すると中から若い女性の声がした。

「はい……」

 そして、扉が開かれると二十代に入ったばかりと思わる女性が出てきた。

 白目は赤く充血し、泣きはらしたのだろうか。せっかくの美しい琥珀色の瞳がくすんでいる。茶色がかった金髪も艶が失われ、いささか憔悴しているようだ。

 彼女はゆっくりと訪問客を見つめ、

「青銀の髪。そして黒髪の男性。精霊師のお二人ですね。待っていました」

 こちらを確認しない依頼人に、慣れてきたユウは彼女の名前を確認した。

「指輪を失くしたクリスさんですね?」

「はい」

 エアは気の毒そうに彼女の顔を見上げ、

「依頼を引き受けますので、内容を詳しく教えてもらえますか?」

「はい。では部屋の方へ、お茶をお出ししますわ」

 エアとユウは大人しくテーブルに着いた。

 しばらくすると、彼女はカップをテーブルに並べて椅子に座った。

「実は今月、結婚する事になっていたのですが、大事な婚約指輪を失くしてしまったのです。失くした場所がよく分からなくて……。家の中は当然探したのですが、見つかりませんでした。新居に引っ越すために、いろいろ買い物をしていて、何処で失くしたのか分かりません」

 淡々と話す彼女につられたのか、

「簡潔な説明、ありがとう」

 ユウは思わず口にしてしまった。

「ユウ………」

 エアは同情と憐憫の眼差しでユウを見た。

「疲れているのは分かるけど……」

 この二日間でユウの精神が擦り減っている。原因はリーズン姉妹である。

そして、レティも加わっての口撃である。一人や二人だったら耐えられるが、三人では耐え切れなかったのだろう。その結果が、普段から想像できないあるまじき失言なのだ。

 二人の微妙な空気を察したクリスは、おろおろしている。

「すまない。しかし、指輪のサイズが合っていなかったのか? でなければ指から外れるなんて考えられないのだが?」

「はい。彼の祖母の形見なので、私には少し大きかったのです。近々、サイズを直す予定でした」

 ユウは腕を組んで考えている。しばらくして、

「立ち寄った店を教えてくれないか」

「はい」

 ユウとエアは手帳に店の名前を書いていく。

「もう一つ、彼氏は知っているのか?」

 ユウは訊きにくいことを、早めに尋ねることにした。

 大事な事なのだ。

 その失くした指輪は、この女性の婚約者にとっても大切な物に違いない。

 もしその指輪が見つからず、彼女の婚約者にその事実を知らせなければならなくなった時、ユウはその役を彼女に変わって行おうと考えていたのだ。

「失くして直ぐに彼に話しました。彼は出来る限り探すと言って、今日も仕事の後に探すつもりです。失くした事が本当に申し訳なくって……」

 クリスはついには泣きだしてしまった。

「貴女は勇気がある」

 いつも辛口のユウからはクリスを慰める言葉が、そしてエアはただ彼女の心情を想って、

「いつも正直でいることは難しい事なのに……。落ち着いて……。私たちも頑張って探しますから」

 エアの紫の瞳から涙がこぼれ落ちた。

「お願いします。私も探します」

 クリスはただ、頭を下げるより仕方がなかった。

「では日が落ちるころ、精霊師協会で待ち合わせよう。どちらにしろ、報告もしなければならない」

「じゃぁ、行こう。ユウ」

 二人は依頼人の家を後にした。




 商店街で買い物をしていたリーズン姉妹は、地面を見つめながらウロウロしているエア達に出くわした。

「お疲れさま」

「お疲れ~」

 妹は固い挨拶。姉は軽い挨拶。どちらも性格がよく出ている。

 ユウは二人が抱えている袋を見て、

「楽しんでいるみたいだな」

 セシリアは笑顔満面で、

「いや~、久しぶりだわ。姉さんとこんなに買い物したの」

「そうね。毎日毎日仕事ばっかりで、こんなに自由なのはしばらくぶりね」

 ミリアリアも妹の横で、買い物袋を下げて喜んでいる。

「さて、そちらの仕事は順調?」

 ミリアリアはふと、真面目な顔をして二人に訊いた。

「探している物を見つけるのは困難だ。小さいからな」

「それが目を皿にしても見つからないの。地面ばっかり見ていたら、次々と人にぶつかりそうで……」

 エアは疲れた様な顔で言った。

「そうね……。私達も気に掛けるから、頑張って」

 ミリアリアは若い精霊師の二人を見送った。

「さて、どうしようかな。精霊師協会の長としては……」

 視線をさまよわせていたミリアリアの目に、店先に並んでいた鮮やかな黄色に輝いている商品が目に留まった。




 日暮れの闇が空に押し寄せてくるころ、精霊師協会で集まった全員は溜め息を吐いた。

 セシリアは曇った表情を見せ、

「見つからなかったのね」

 ユウとエアは、

「ああ」

「これだけ探しても見つからないのは、おかしいと思うの」

 と答えるのがやっとだった。

 ミリアリアは首を傾げ、

「そうすると探すのは質屋。その次は宝石店や魔石店。つまり、拾った奴が持ち込む可能性を考えないとね。」

 その言葉にクリスの顔が青ざめた。

「そうですか……」

 その時、ミリアリアがクリスの目の前に、黄色い花が咲いている鉢植えを差し出した。

「福寿草よ。この花は『永遠の幸せ』を約束された花だわ。これが指輪の代わりになるとは思わないけど、見つけるのに時間がかかるお詫びだわ」

 ミリアリアは商店街でこの鉢植えを買い求めた。明るい黄色の輝くこの花は『永遠の幸せ』という言葉を与えられ、雪降る寒い冬にも花を咲かせる。

 辛い時があっても、きっと幸せはやってくる。

 ミリアリアは、そう伝えたいのだ。

 クリスは差し出された鉢植えを受け取って、胸に抱え込んだ。

「ありがとうございます。私が無くしたのに、気遣ってもらって……」

 クリスが俯いた時、精霊師協会の窓ガラスが、


 ガシャーン! パリーン……


 派手な音を立てて砕け散った。

 そしてテーブルの上に、白い鳥が舞い降りてきた。

 リーズン姉妹は、

「ホシカラス!!」

「おじい様の精霊!」

 驚き、ユウはとっさに武器を構え、エアは驚きの余り言葉を失っていた。

「びっくりしたじゃないの!」

 レティはホシカラスを叱り飛ばした。

 エアはホシカラスの傍に近寄り、

「また窓ガラスを壊しちゃって。分かっててやっているよね」

 頭を撫でようとした時、その足に鈍く輝く光を見つけた。

「あら……。これって、指輪?」

 エアが顔を近づけると、ホシカラスは彼女の額を突いた。

「いったーい!」

 のけぞるエアの身体を支え、ユウが片手でホシカラスの首を掴んだ。

「ん? これは指輪だな」

 とユウが呟くと、

「私の指輪です!」

 クリスが駆け寄った。

 彼女はホシカラスの足から指輪をもぎ取り、魔石灯の光にかざして見せた。

「間違いありません。彼からもらった指輪です!」

 クリスの表情は、喜びに輝いていた。

 しかし、ミリアリアの目は吊り上がり、

「何で持っていたのかしら~」

 低い声でホシカラスに詰め寄る。その横でセシリアも、

「カラスは光り物が好きだと知っているけど、まさか鳥型の精霊も同じだったなんて思わなかったわ」

 低い声で呟いた。

 珍しくエアが顔を引きつらせながら、

「本当に苦労したんだから。街中歩き回って……。地面ばかり見て……。これ、焼き鳥にするわけにはいきませんよね……」

 額を押さえながら、ホシカラスを指さした。

一日歩いても見つからなかったのに、ホシカラスがくわえていた。これは怒れずにいられない。

「お前、何しに来たんだ」

 ユウはホシカラスの首を掴んだまま、冷静に問いかけている。

 その時、静かに怒りに震えている人物がいた。

 赤毛のレティだ。

「窓ガラスも割ってくれたし。取りあえず……。縛ろうか!」

 レティはカウンターの下からロープを取り出した。

 ユウに頭を押さえられているホシカラスは、羽をばたつかせたが、抵抗空しく縛り上げられた。




 捕まったホシカラスは縛られて天井から逆さ吊りにされている。

「これでよしと」

 ミリアリアは嬉々として天井から吊るして、セシリアがホシガラスを突いている。レティは一度書類の束で叩いた。

 スパーン、と良い音がした。

 精霊師としてのアンキセスは尊敬しているが、彼が使役している精霊は別らしい。

 ホシカラスにとっては理不尽であった。

 しかし、主の命令で伝言を運ぶため、ご機嫌に飛んで来て、気に入った光り物を拾っただけなのに、なぜ縛られて殴られるのだろうか……。

「さて、これで依頼は終了だね」

 エアは満面の笑みを浮かべた。

 クリスも喜びの余り、涙で潤んだ瞳をエアに向け、

「ありがとうございます」

 受け取った指輪を左手薬指にはめた。そこへ一人の男が入って来た。

「ここにいたのか」

「ヤッケ!!」

 ヤッケと呼ばれた男は、彼女の指に光る指輪を見つけ、

「見つかったのか! よかった!!」

「ええ、見つかったのよ。手伝ってくれた精霊師の方々ありがとうございます」

 クリスは皆に向かって頭を下げた。

「これで結婚式が挙げられるな」

 ヤッケはクリスの手を握る。

「ええ」

 二人の顔が近付いていき、唇が触れるか触れないかという距離になった。

 エアは顔を赤くし、ミリアリアとセシリアは溜め息をついた。

 ユウは無視して報告書を書いている。

 レティが赤毛を逆立て、大きく息を吸い、

「続きは結婚式でやれ!!」

 レティが怒鳴って、二人を大通りに放り出した。




~ エアの日記 ~

 婚約指輪見つかってよかった。あの後、結婚式の日取りを教えてくれました。その時のお二人の顔は幸せそうでした。

 そう言えば、ホシカラスですが……。依頼人のお二人が帰ってから、師匠が来て「なに遊んどるんじゃ」と言われて、天井から降ろされました。

 次の日がミリアリアさんの誕生日と言われて、慌ててプレゼントを用意しようとしましたが「気持ちだけ受け取っておくよ」と言われました。来年は、ちゃんと用意しよう。あ、明日は休みになりました。

 いいのかな、こんなに休んで。

 ユウも気にしていたな……。


                           エア・オクルス


★作者後書き

 お待たせしました。学園編につながる短編です。次回からは学園編になりますので、宜しくお願い致します。

★次回出演者控室

エア   「学校かぁ、楽しそうだね。でも、ユウと離れ離れだし……」

ユウ   「心配するな。同じ街に居るんだから。いつでも会える」

アンキセス「まぁ、楽しんでくるのじゃな。二人とも」


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