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紫銀の精霊師  作者: 金指 龍希
潜竜の精霊師編
85/87

アザレア

 明るい太陽に照らされた飛行船は、ゆっくりと飛行場の石畳に着地しようとしている。

 窓から見える街並みは、きらきらと輝き、街に訪れる人を歓迎しているようだ。

「ユウ! 帰って来たよ。レイメルだ!」

 エアの声は喜びに余り、上ずっている。

「そんなに騒ぐと、また転ぶぞ」

 そう言っているユウ自身も、どことなく嬉しそうだ。

 フォルモントでの仕事の期間は短かったが、エアが飛行船に乗れるように体力が回復するまで、一か月以上かかったのだ。

 しかし二人にとって、一年以上、この街に帰っていないような気がしていた。

 飛行船が着地すると、エアは急いで飛び出した。その後を、ユウも追いかける。

 花咲く天空の街。

 そう褒め称えられるレイメルの、甘い花の香りのする風の中を、エアとユウは駆け抜ける。

「エレナさん、ただいま!」

 エアはヴォルカノンの前に居た女店主に声をかけると、そのまま左に曲がり、教会のドアを大きく開いた。

「シスター・メリル! 帰って来たよ!」

 エアはふくよかな修道女に抱き付いた。

「あらあら~。すっかり元気になって、よかったわ」

 おっとりとした彼女の声に、

「帰ってきましたね。回復したようで、何よりです」

 市長のマッシュが、奥の部屋から顔を出した。

「おう! 嬢ちゃんか。身長が伸びなくても、元気ならいいんだ」

 機械師のリゲルも続けて顔を出した。

「あらあら~。薬草を煎じているのに、目を離したらいけませんよ。目薬が失敗作になったらどうするんです?」

 メリルが注意をすると、

「あっ! リゲル! 薬湯が沸騰していますよ!」

「やべぇ! 毒になっちまう!」

 と二人の中年男は、慌ただしく部屋に引っ込んだ。

「あらあら~。二人ともそそっかしいですね。エアちゃん、それにユウも、レティに顔は見せましたか」

 メリルはエアの後ろに立っていたユウに視線を移した。

「いや、まだだが」

 ユウが言葉短く、返事を返すと、

「あらあら~。レティが大変なことになっているの。二人とも帰ってきてよかったわ」

 メリルは「大変」と言っているが、おっとりとした口調なので緊迫感がない。

「シスター。何だか楽しそうだな」

 ユウが指摘した通り、メリルの表情はにこやかだ。

「あらあら~。そうかしら~。実はね、一度王都に帰った問題児のスティング君が、レティを訪ねてきているの」

 エアとユウは、思わず顔を見合わせた。

「何で彼が来たの?」

 エアはスティングの顔は見た事がない。しかし、王都の問題児だと出張前に聞いていたし、レティから送られてきた手紙にも、レイメルの住民とトラブルがあったことが書かれていた。

「あいつか……。レティに何の用があるんだ?」

 再び、二人は顔を見合わせた。




 弾かれたように慌てて精霊師協会に、エアとユウは向かった。

 そして、ドアを開けた途端、そろって絶句した。


「結婚して下さい!」

「するかバカァァァ!!」


 大声で叫んだレティが、にじり寄るスティングを蹴り飛ばしていた。

「ねぇ、ユウ」

「言わなくてもわかる」

 二人はスティングを、別な意味で問題児と認識をした瞬間であった。

「何があったんだろう?」

「レティが性格矯正をやって、間違いなく失敗したな」

 ユウの推測は間違いないと、エアは頷いた。

 茫然と玄関に立っている二人を余所に、レティが怒り狂っている。


「ええい、近寄るな!!」

「あぁ、その罵りも素敵だ!」


 レティとスティングは、懲りずに同じことを繰り返す。

 ユウとエアは、まるでゴミでも見るようにスティングを見つめていた。

「ユウ」

「言うな。止めてくる」

 ユウはスティングの背後に忍び寄り、そっと祝詞を口にした。

「穏やかな風よ。その翼で猛き者の心に忍び込み、安らかな眠りを与えよ」

 するとスティングの意識は綺麗に刈り取られ、床に転がった。

「なっ!」

 レティは突然の事に驚いた。二人が居る事に、初めて気が付いたのだ。

「ただいま。レティ」

 エアは何と言っていいかわからず、戸惑いつつ挨拶をした。

 修羅場であるにもかかわらず、いささかコミカルな光景に、エアの口元は自然と緩んでいた。

「お、お帰り~。やっとこのバカから解放される~」

 言うやいなや、レティがエアに抱きついた。普段の彼女からは考えられない行動だが、弱冠、声も涙声になっていた。

「何があった?」

 ユウの声が少し弾んでいる。もしかしたら、彼も楽しんでいたのかもしれない。

「実はさ……。教会の納骨堂でお仕置きをした後に――。それで心配になって、いくつか仕事を一緒にしたんだけど――」

 レティは二人に、これまでのいきさつを語った。

「それで何故かね。昨日王都から戻ってきて、付きまとっているの」

 レティの話を聞き終えたエアとユウは、深いため息を吐き、

「トッドが頑張ってくれたんだね。でも、何だかこじれちゃったね」

「妙に同情して、構いすぎたな。なつかれても仕方ない」

 容赦ない評価に、レティの赤毛が逆立った。

「他にどんな手段があったのよ!」

 彼女は知恵を振り絞って、最善策を考えて実行したのだ。

 だが、ユウは「問題がこじれた時は、まず基本に戻ることが大切だ」と述べた上で、

「失敗させればいい。もしくは精霊師に対する思い入れを作るしかない。前者は徹底的に追い込む。後者はそのような依頼を受けさせるしかない。受付の腕の見せ所だな。どちらにしても、結果はこいつ次第だな」

 ユウは床に転がっているスティングをちらりと視線を送った。

「それはそうなんだけど……」

 レティの顔が曇った。

「率直な性格が災いしたな。今回は、お前が何とかするしかない」

「容赦ないわね。何とか王都に送り返すか」

「いざという時は、手を貸してやる」

 レティはため息と共に、いつもの通り書類を作成し始めた。

 ユウも椅子に腰を下ろし、依頼のリストを覗き始めた。

 部屋の中には、静かな空気が流れる。

 エアはそんな中、気になっている事があった。

「あのー……」

 エアはおもむろに床を指さした。

「どうした?」

「どうしたの?」

 ユウとレティは、何事もなかったかのように返事をしているが、エアの指をさした先には、スティングが横たわっていた。

「いつまで、気絶しているのでしょうか?」

 エアは心配そうにスティングの顔を覗き込んだが、

「そのうち起きる」

「死んでないでしょ」

 その彼女の問いに、二人は投げやりな返事を返した。

 勿論その後、おもむろに起き上がったスティングと、


「レティさん! 僕は帰りません! 王都に行くなら一緒に行きましょう!」

「ふざけるな! とっとと帰れ! 一人で行け!!」


 些細な言い争いはあったが、ユウが羽交い絞めにして、建物の外に放り出した。その過程で、ユウがレティの彼氏だと勘違いされて、


「君はいつから彼女と付き合っているんだ!」

「何を言っているのか、さっぱり分からん。とにかく早く帰れ!」


 迷惑を被ったが、大通りへとスティングを放り出した。

 そして最後はレティが、大鎌を振り回し、スティングと命がけの鬼ごっこを飛行場までした。そして飛行船に追い込まれたスティングは、浮かび上がった船体の窓から大声で叫んだ。


「レティさ~ん! また来ま~す!」

「来なくていい!」


 その光景を目撃した市民は、痴話喧嘩にしか見えなかったと後に語っている。

 こうして、エアとユウのレイメルでの仕事が始まった。




 数か月後。

 年の初め、ディフダ(光の神霊名)の月。

 夕暮のレイメルの街を、とぼとぼと歩く少女の姿があった。

 彼女は十三歳。友達の家から帰って来た彼女は、部屋や鞄の中を念入りに確認した。

「無い……」

 探し物はどうしても見つからなかった。

「よし、精霊師にお願いしよう」

 戸惑う彼女に頭に浮かんだのは、杖を持ち、金色に輝く二枚羽の妖精。

 彼女はその看板を目指して、街に出た。




 冬の朝はかなりの冷え込みとなる。

 エアの吐く息は、朝日にきらきらと輝き、ふわりと宙に舞って消える。

 彼女はその風情を楽しみながら、精霊師協会へと向かっていた。

 やがて金色に光る二枚羽の妖精が目印の建物が見えてきた。

「おはようございます」

 彼女が思いっ切りドアを開け放ち、挨拶をすると、

「ああ、おはよう」

「エアちゃん、待っていたわよ」

 抑揚の無い声で返したのはユウ、目を輝かせたのはレティだった。

「さぁて。二人が揃ったところで依頼を受けてもらうよ。昨日の夕方、女の子が深刻そうな顔をして来たのよ。彼女の依頼は、落とした物を探して欲しいとのことだよ」

「失せ物か」

「何を失くしたの?」

 レティは書類を取り出して、

「赤い表紙の日記」

 と簡素に答えた。

「失せ物の定番はアクセサリーなどの小物だ。日記とは珍しいな」

 ユウが首を傾げた。

 するとレティは、

「そうよねぇ。私達は業務で日誌を書くから、それが日記かな」

 と、ぱらぱらと日誌をめくる。

 エアもふと思い出したように、

「私も日記は書いているけど、読み返すと失敗ばかりで落ち込んじゃう。ユウは?」

「いつも持っている手帳が日記みたいになっているな。何も無い日は、何も書かない。いや、そもそも何も無い日が、無い」

 レティの感想に、それぞれ日記に対する考えを述べた。それは二人らしい考えだった。

「あー……。仕事の量が量だから、休みなんて無い様なものだし。二人には苦労をかけるわね」

 ユウの最後の言葉で、レティは内心、しまったと思ったのだ。今までに、ユウとエアにきちんと休暇があったかな、と思い日誌をめくる。

 出張から帰ってきた二人は、溜まっている仕事を片づける為、ゆっくりと一日休める日は無かったのだ。

 ユウはともかく、エアには休みをあげたい。

(今度、休みを入れるか。ユウだけでも仕事は出来るけど、うーん……。まとめて休みにするか。その方がいいわね。私も休めるし)

 レティはこの失せ物探しが終わったら、二人に一日休んでもらおうと決めた。

「さて、急いで行ってあげて。場所は第二街区のバサルト広場の前にある、赤いドアの家よ。あの近辺でドアが赤いのは、そこだけだから」

「行ってくる」

「行ってきます」

 二人は冬の街に飛び出した。




 第二街区は大通りに面しているところは商店街になっているが、内側は住宅街になっている。復興する時に広場を中心にして道を作った為、街はかなり整理されている。

 ユウとエアはまず、中央広場を目指して歩いていった。

「どこの道も、この広場に通じている。すごいですね」

 エアは細い路地の先を見ながら言った。

「復興する時に、住みやすい街と防衛しやすい都市を目指したらしい。普通なら相反するだろうな」

「どうして相反するの?」

「この様な計画都市は攻められやすい。重要拠点も分かり易いし、何より道が分かり易いからだ。リゲルの所みたいな迷路ではないからな。よって短時間で制圧できる」

 ユウは一旦立ち止まった。そして、来た道を振り返って

「その為、防衛策として侵入されない様に、大通りの面している路地の入り口は鉄格子の扉を閉じる様になっている。大通りに敵を封じ込めるのが目的だ」

「そういえば……」

 エアも思い返してみる。

この街で起こった市街戦の時、住民が鉄格子の扉越しに、戦っていたことを思い出した。

「すごいなぁ。市長さんは……」

「元は軍人だからな。どうやったら攻めやすいのか、よく分かっているのだろう。なら逆もありだよな」

「あ、そういうことなんだ」

 エアは納得した様に頷いた。

「さて、行くか」

「うん」

 二人は再び歩き出した。




 広場に着いた二人は直ぐに、目印である赤い扉の家を見つけた。ユウが扉をノックすると、エアと同年代であろう栗色の髪の少女が出て、

「待っていました。私、ユリアいいます。変な頼み事をして、すいません」

 すぐに自己紹介をした上に、頭を下げる。

 エアは首を傾げ、

「私たちが誰か、尋ねないのですね」

 少女はエアを見て言った。

「二人とも、有名ですよ。桜花の精霊師は長身で黒髪の男性、紫銀の精霊師は水色がかった銀髪の女の子」

「なるほど。目立つとは思っていたが、仕方ないか」

「容姿については諦めるしかないよ」

「そうだな」

 二人は揃ってため息を吐いた。

 するとユリアが焦ったように、

「えーと……。私と同じ年くらいの女の子が、精霊師になったので憧れているのです。教会や街中で、二人ともよく見かけました。」

 と慌てて話だし、

「それで、直ぐに頼もうと思ったんです。昨日失くしてしまった日記を一緒に探してもらおうと思って……。」

 と下を向く。

 ユリアの言葉が、エアの心に温かい感情を生み出した。

「ありがとう。嬉しいな……。でも、何で日記を持ち歩いていたの」

 ユウのように、仕事で使う手帳が日記代わりなら持ち歩くなら、外で失くしてしまう事もあるかもしれない。

 しかし何故、部屋の中で記入してる日記を外に持ち出したのか。エアは疑問に思ったのだ。

「あの……。本当に探してほしいのは、日記に挟んである手紙なんです」

 ユリアは恥ずかしそうに、少し頬を赤らめ、

「私、リナンドって幼なじみがいるんですけど、その子にあてた手紙なんです。下書きで、宛名も書いていないんですけど、どうしても一人で書けなくて、日記を持って行って友達の家で……。相談しながら書いたんです。どうしても、好きです……て。告白したかったんです」

 最後には下を向いてしまった。

「ええっ!!」

「おいおい……」

 エアは驚き、ユウは拾った人間がいたら、大変だと察した。

 ユリアはさらに、涙声になり、

「リナンドには、ちゃんとしたのを読んでほしいの。でも、もし読んじゃったら宛名が無いから、誤解されちゃうかも……」

 目にはうっすらと涙がにじんでいた。

「ユリア。友達の家を教えて。早く探しに行こうよ。ね、ユウ」

 エアは彼女の心配を、早くかき消したかった。焦って、ユウの顔を見上げる。

「そうだな。急ごう」

 ユウはエアの背に片手を当てながら、穏やかな笑みをエアに向けた。

 ユリアに教えられた友人宅を出発点に、探すことに決めたエアとユウは、街の雑踏の中に向かった。

 その二人を不思議な気持ちで見送ったユリアは、ポツリと呟いた。

「あの二人、付き合っているのかな……」

 それは、精霊のみぞ知るのかもしれない




 その友人宅は幸い第二街区内にあった。つまり探す範囲は第二街区に限られると言うわけだ。

「どうやって探すの?」

 エアは失せ物探しの経験は無かった。

どこから手を付ければいいのか分からなかった。

「まずは歩きながら、目的の物を探しつつ、目撃証言を集める。安心しろ。最終手段は考えてある」

「最終手段?」

「考えうる限りの最悪の結果だな」

 ユウは周りを見渡しながら言った。丁度そこに子供達が通りかかった。

「すまない。精霊師だが」

「あ、精霊師のお兄ちゃんだ。それにちょい姫もいる!」

「本当だ!!」

 ユウに声を掛けられた子供達は、二人に向かって声をあげた。

「ちょい姫……」

 エアはその言葉を繰り返すのがやっとであった。

 紫銀の精霊師という二つ名を貰ってもなお、未だに言われ続けるそのあだ名に、心の中で涙を流すのであった。

 子供達の言葉はまだ続く。

「お兄さんは精霊師じゃなかったら悪役かな?」

「だよね。顔が怖いし」

「いつも不機嫌そうだし」

「お城からお姫様でもさらってくるのかな」

 言いたい放題である。

「悪役、それも姫を攫ってくる……。怖いと言われるのには慣れたが、悪役に例えられたのは初めてだ……」

 ユウもショックを受けている。子供達の言葉は、素直な分容赦が無かった。

「あー……。すまない。エア頼む」

「うん」

 エアも立ち直れないが、以外にも、ユウも立ち直れなかったのだった。

「みんな、昨日この辺りで日記みたいな赤い本を見なかった?」

「うーん……」

 エアの言葉に子供達がそれぞれ思い出す様に考え出す。

「あっ!!」

 男の子の一人が思い出したのか、声を出した。

「どうしたの?」

「昨日、道で拾っている子がいた。本みたいなのだったから、それじゃない?」

「その男。誰だか分かる?」

「リナンドって名前だよ」

 その言葉にエアは顔を引き攣らせ、

「ねぇ、これって最悪の事態だよね?」

「ああ、最悪の事態だ」

 ユウも手帳を片手に脱力している。

「何か知らないけど、がんばってねー」

「じゃあねー」

「ペタンコおねえちゃん、じゃあねー」

 子供達はそう言って立ち去ろうとした。

「だぁれ? いまペタンコと言ったの……」

 子供達から聞こえたペタンコという言葉に対して、エアは押し殺した声で応じた。その様子に、ユウは言葉が詰まった。普段のエアからは聞くことのない声だったからだ。

(相当気にしている様だな)

 気を取り直し、

「ありがとう。助かったよ」

 ユウは子供達に礼を言って、むくれているエアを連れて広場への道を戻って行った。

「ユウ。どうする?」

「とりあえず、依頼人には伏せておく。日記を拾ったと思われるリナンドを精霊師協会に連れて行こう」

「え、どうして」

「もし拾った日記を読んだとしたら。手紙も読んでいる」

「ああ、そうか……。そうだね」

「ついでに本人の気持も、確認しておく必要があるだろうな」

「なんか、ユリアさんの恋が叶うといいね」

 エアはにっこり笑って言った。

「本当はこういう事に、首を突っ込みたくはないんだがな……」

「私は気になるな~」

 ユウはうんざりした顔で、エアは顔をほころばせながら歩いている。

「お前が望む様な可能性もあるかもしれない。だがそれ以上に、恋が成就しない可能性もあるんだ。どうしても俺達の仕事は、人の心に触れやすい。フェニエラの時もそうだろう」

「うん。それでも、人が幸せになる様に手助けがしたい」

 エアは立ち止まって、ユウの背中に向かって言った。

すると、ユウは振り向いて、

「そうだな。では、最善の方法をレティにも考えさせるか」

 エアに向かって、手を差し伸べた。

 エアはユウの手をとり、二人はリナンドの家に向かって歩き出した。




 レティの前には、リナンドが座っている。

 金髪の少年は、身の置き所が無さそうに身を縮めてる。

「で、どうしてここに連れて来たの?」

 レティは不機嫌そうに、少年を指さした。

「この日記をね。どう返したら良いのかと思って」

 エアは日記を手に、レティに尋ねた。

「はぁ……。取りあえずユウは選択肢として、どんな解決方法を考えているの?」

「考えられるのは、このまま俺達が返す。もしくは、このリナンドが日記を返しに行く」

「なるほど。妥当だね」

 リナンドは慌てて言った。

「む、無理ですよ。それに手紙を読んだのがばれてしまったら……」

「は、手紙?」

 リナンドの異様な慌て様に、レティが疑問に思って二人の方を見た。

「実はな……」

 ユウの気まずそうな顔を見て、エアが口を挟んだ。

「その日記に挟んである、宛名のないラブレターの下書きを読んでしまったそうです」

 するとレティの赤毛が逆立ち、

「はぁ! 乙女の日記を読むだけじゃなく、手紙まで読むとはバカじゃないの!!」

「あ~、レティ。落ち着いて」

 エアが慌てて止めに入る。

 それを傍目に、ユウはリナンドに尋ねた。

「リナンド。なぜ彼女の後を付けた?」

「どうして、分かるんですか」

「日記を拾っただけじゃなく、その手紙を読んだからだ。後は、そこから推察したんだが。君は、彼女が誰に手紙を書いたのか、気になって仕方がなかったんだろう。それで質問の答えは?」

 リナンドは俯いてから答えた。

「そうです。たまたま、外を歩いている時にユリアを見つけて、気になったから後を付けたんだ。そうしたら、彼女が日記を落としたんで拾った。でも、何で自分が拾ったか聞かれるのが怖くて……」

 ユウは外を見てから彼を見て言った。

「拾った時にすぐ声をかけていれば、この様な大事にはならなかった」

「はい」

「さて、お前のやる事は一つだな」

「そうね」

 レティが割って入って来た。

「うだうだ悩んでないで、とっとと日記持って、告白してこい!!」

 彼女の赤毛が逆立っている。

「は、はい!!」

 レティの一喝で、リナンドは慌てて日記を持って席を立とうとした時、

「待て」

 それをユウが止めた。

「なんですか?」

「ついでに、花も持って行け」

 その言葉に三人が首を傾げる。

しばらくしてエアが、

「そういうことか!」

 納得した様に声を出した。

「花言葉に詳しい奴がいてな。分けてもらってくる」

「少し待っていて下さい」

 慌ててユウとエアは、連れ立って街に出て行った。

「さて待っている間は暇だろうから、ユリアあてに手紙でも書いてもらおうかね」

 レティはリナンドに便箋を渡した。




 しばらくして二人が戻って来た。

「もらって来たぞ」

「戻りました」

「お帰り。彼も手紙を書き終えたわよ」

 二人の挨拶にレティが答える。

「では、ついでにこの花だ」

 ユウの手から白い花が手渡された。

「この花はアザレアっていうの」

 エアが花の名を告げる。

「おっさんが言うには、花言葉は『あなたに愛されて幸せ』だそうだ」

 ユウの説明にリナンドは、はっとなる。

「あのもしかして、ユリアのから何か聞いたのですか?」

 リナンドが恐る恐る尋ねると、エアは笑顔を浮かべ、

「その答えは、ユリアから聞いてね」

「悪いな。俺達には、確認する必要があったんだ。君の気持ちをね」

「ごめんなさい。この花はお詫びです」

 二人の言葉に機嫌を直して

「ありがとうございます。僕は日記を拾って良かったと思います。そうじゃなかったら、こんなに早く手紙を書く事はなかったから。それでは行ってきます」

 花と日記と手紙を持って、リナンドは出て行った。

「さて、大丈夫かねぇ」

「大丈夫ですよ」

「ユリアも彼が好きですから」

「もしかして、知っていて訊いたのかい?」

 レティは呆れた。

つまり二人とも、ユリアの気持ちを知りながらリナンドを行かせようとしていたのだ。

「やっぱり男から告白しないとな」

「この場合、その方が良いような気がしたの」

 二人は笑っている。

 レティは、

「あんた達似た者ね。まぁ、いいか」

 と苦笑していた。




 後日、ユリアとリナンドが精霊師協会に訪ねて来たと、レティはエアとユウに伝えた。

「お礼を言っておいてほしい、と言っていたわよ」

 それを聞いたエアは、

「上手く行ったみたいですね」

「そうだな」

 ユウもほっとした表情を見せた。するとレティが、

「うだうだ悩むより、当たって砕けた方がすっきりするのよ」

「レティは男前だから」

 とエアは晴れやかに笑った。するとレティは怪訝そうな顔をして、

「そうかねぇ」

 と呟くと、

「そうだろ」

 とユウが応じた。

「それでは今日も仕事をやりますか。この依頼なんだけど、ちょっと急ぎなのよ」

 レティの掛け声で、二人は今日も忙しく仕事を始めた。




~エアの日記~

 レティが「今日は機嫌がいいから、お酒が飲みたい」とヴォルカノンに行ってしまったので、今日の業務日誌は私が記入したけど……。

 書き方がよく分からなかったので、適当に仕事の内容を書いておいた。

 そう言えば、ユリアとリナンドの二人。

手をつないで帰って行った、とレティが言っていた。

 良かった。二人の仲が悪くならなくて。

 お互いの気持ちが、同じだと分かって良かったよね。

 私もいつか好きな人が出来るのかな。その時はちゃんとした手紙を書きたいな。

あれ、どうして今、ユウの顔が浮かんだんだろう。

 う~ん……。ないよね。うん、ありえないよね。

 さ、明日も頑張ろう。

                         エア・オクルス


★作者後書き

 短編、出来立てです。早く更新したくて、頑張りました。本編を書いている途中、「こいつら、レイメルの精霊師なのに、レイメルで仕事をしてない」と自分に突っ込み、この作品が出来ました。

★次回出演者控室

ミリアリア「私、大変な身内が多いのよね。悪党に顔を知られている、おじい様とか」

エア   「後は?」

ユウ   「すごいのがいるぞ」

レティ  「エアちゃんは、会ったことが無いのよね」

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