ルドベキアとウラジロ 4
エアはベッドの上にちょこんと座りこんで、
「アカリさんは魔石合成の才能があるんですね。だってお二人が使う魔石合成を任されたんですよね」
と頬を少し赤らめながら感心をしている。
「優し気な少女の外見と、探求心をむき出しの少年の心か。えらく違うな」
ユウは腕を組みながら唸った。
「そうなの。さらに魔法の腕前も大したものだったのよ」
ティファリアが身を乗り出すと、
「だよね~。次の日にさ~。うちの部室で模擬戦をしたんだけど、これがとんでもなく凄まじい魔法でさ~」
いささか呆れ顔でルテネスは天を仰ぐ。
「ええ~っ! 魔法にも才能があるなんて……。何か不平等だなぁ~」
エアは妬ましそうな顔をしていると、
「確かにあの才能は妬ましいわね。でも、彼女には彼女なりの悩みもね。あの外見でしょ。何も考えずに言い寄る男もいるのよね」
ティファリアの脳裏には、間抜けな男子生徒の顔が浮かんでいた。
次の日の放課後、ティファリアとルテネスは精霊魔法研究部に慌てて移動していた。
「楽しみだよね。ルネ」
「魔法の適性確認かぁ~。まぁ、客観的な評価は必要だよね~」
などと言いつつ待っていると、小柄な少女と、その後に付き従うように歩く長身の青年の姿が部室に現れた。
「お待たせしてしまってすみません」
アカリ手には身長を超える長杖が握られていた。
「アカリちゃん。もしかしてそれが武器かな~」
ルテネスは確認するように尋ねた。
「はい。杖っていうとこれしか想像できなくて」
「メイスといわれる短杖があるわよ」
ティファリアが答えると、アカリは首をかしげながら、
「それも考えたのですが、旅をするなら歩くときに使えるかなと思って。それに護身用に棒術が扱えるので、長い杖なら利用できます」
アカリの長杖は、先端に魔石を組み込んだ武装魔道機となっている。そのデザインは彼女の好みなのか、とてもシンプルだ。
「棒術も使えるの?」
「はい。ボクは身長が低いのと筋力的に重い剣を扱うことができないので、材質の軽い長杖を棒術の要領で護身用にしているのです」
「その気になれば短剣や細剣を扱えるだろう」
アカリの言葉に、ロベルトがさらっと新事実を二人に開示した。
「え、と言うことは他にも扱えるの?」
「一通りは扱えます。変わり種の武器でなければ」
そう答えるロベルトの顔は、何故か嬉しそうだ。
「本当に天才だね」
「これで身長があればね~」
「うっ、気にしているので言わないでください。そのうち身長が伸びる魔法を発明しますから」
アカリは背伸びを繰り返す。
やはり『魔女』と噂される彼女でも、身長の事は気になるようだ。
「さて、顧問には伝えてあるから私達だけで始めましょうか」
「部長に伝えて来るよ~」
ルテネスはそう言ってその場を離れて行った。
「私は場所の確保をするわ。申しわけないけどロベルトも手伝ってくれる」
「えっ、こいつの傍から離れる訳には……」
「いいよ。ボクは大丈夫だから行ってきて」
「わかった……。直ぐに戻ってくる」
名残惜しそうに離れるロベルトに、ティファリアは苦笑していた。
「さて、ボクはどうするかな。エレスグラムの確認でもしようかな」
エレスグラムの確認を始めたアカリに一人の男が近づいて声を掛けた。
「お嬢さん。綺麗な茶髪ですね」
「いきなりナンパですか」
話し掛けてきた男子生徒に、アカリは冷たい視線と言葉を投げかけた。
「そのような無粋な言葉が、美しい貴女の愛らしい唇から零れ落ちるとは。失礼、私は精霊科五年ヒューイック・カルシ・ビスタシオ。カルシ伯爵家の長男です。琥珀のように魅惑的な貴女の名前を窺っても宜しいですか?」
この男子生徒は不意に顔をアカリに近づける。ヒューイックは自分の顔に自信があった。確かに大多数の人間が、イケメンと言うだろう。そして伯爵家の長男と言うブランドがある。それ故に、彼は交際する女性に困った事はなかった。
声をかけた女性が顔を赤らめるのを、当然の如く彼は期待をしていた。
ところが、アカリは無表情である。
彼女にとって顔は関係ないのだ。
「アカリです」
彼女は滅多なことでは、家名を名乗らないことにしている。それは養女として引き取られた家に、迷惑が掛からない様にするためである。
「アカリさんですね。これからご一緒してもよろしいですか?」
「お断りします」
「えっ!」
意外な返答に、ヒューイックの表情は固まってしまった。今まで女性から断られたことがないからだ。
ヒューイックは気を取り直して、
「この部活に初めて来たのでしょう? 色々と教えてあげますよ」
「必要ありません。ボクには信頼できる先輩がいますから」
アカリの言葉は裏を返せば、『貴方は信用できません』と言っているのである。
それに気が付いたヒューイックの動きが止まった。崩れそうな身体を支えながら、それでもヒューイックは粘る。
「それでも、ひとりでは心細いでしょう?」
わざとらしく大きなため息をついたアカリは、素早くヒューイックから離れ、長杖の先を向けた。
「しつこい男は嫌われますよ。魔法を使われたくなかったら、ボクに近付かないでください」
杖の先は赤い輝きを放っている。本気だと察したヒューイックは、背中に流れる冷や汗を感じながら数歩後退った。
そこへロベルトが慌ただしく駆け寄ってきた。
「おい、大丈夫か。何かされなかったか?」
「まさかここでも、ナンパされるとは思っていなかったけど」
彼女は向けていた武器を下げて精霊魔法をやめた。
「やはり離れるべきじゃなかったか」
いままで黙って聞いていたヒューイックが、
「君は何者なんだね」
ロベルトの全身を、値踏みするように眺めながら冷めた視線を投げかける。
「俺か。俺はロベルトだ。アカリの兄だ」
ロベルトはアカリの前に立つ。
「兄? 似ていないではないか」
ヒューイックはあからさまに疑いの目を向ける。
「義理の兄妹だからな。それと、いくら先輩だからって妹をナンパしないでいただきたい」
ロベルトの眼が鋭く光る。
「くっ」
悔しそうな顔をすると、ヒューイックはその場を走り去っていった。
それを見送るとアカリは、ロベルトに尋ねた。
「わざと精霊名を出さなかったね」
「ステラの名前はあいつには出すべきではないだろう。本当にぎりぎりまではな」
精霊名とはステラなどの家名のことをいう。この精霊名があるのが貴族の証でもあるのだ。
「ところで、あいつの名前は?」
「ヒューイック・カルシ・ビスタシオだって」
「ああ、カルシ家か」
ロベルトは聞いて納得した様な顔をした。
「知っているの?」
「反女王派に名を連ねているな。ステラ家にとって、カルシ家は貴族の裏切り者ってところか」
アカリはそれを聞き、
「全ての貴族が女王に賛成では、国が誤った方向に行った時に止める者がいなくなるよ。でも、自分の既得権益を守るのだったら話は別だよ。ボクは、それは守るべきものではないと思っている。あったとしても、いつかは手放すべきものだと思っている。それにしても改革の話は聞いているけど、とんでもない時代に来ちゃったな……。ま、変わらないものなんてないよね。女王も貴族も国民も、時代と共にその関係性は変わっていくんじゃないかな」
「そうだな。さて、先輩が場所を確保してくれたからいこうか」
「そうだね」
二人がその場を離れる時に、鋭い視線を向ける人物がいた。
「ん」
その気配に二人は辺りを見回したが、気のせいと思ってその場を後にした。
ティファリア達の所に行くと、彼女たちは武器の手入れをしていた。ルテネスが短槍を出して構えたり、素振りをしていたりしていた。
「ルテネス先輩は想像通りと言う感じかな。短槍なのは屋内でも使える様にという配慮かな」
アカリが感心したように言うと、
「だろうな。長槍よりは扱いやすいだろう。戦術の幅としては中距離か」
ロベルトが答える。
「対してティファリア先輩は意外だね」
「レイピアでも扱うかと思ったんだが」
二人は呆れた顔をしてティファリアを見つめていた。
その彼女の手には意外な武器が握られていのだ。
「打撃武器のウォー・ハンマーだよな」
「ボクには鍛冶屋が使う槌に見えるよ」
その武器の形状は柄が長く、先端の金槌状の頭は小さい。それをティファリアは手入れしていた。
その様子を眺めながら、アカリとロベルトも武器の確認をし始めた。
「やっぱり兄さんの武器は刀か」
「共和国に一年修行にいったからな。師匠には厳しくしごかれたものさ」
「魔石造りの代わりを求めたのかい?」
アカリが顔を伏せながら尋ねた。
「聞きにくい事を直球で聞くのは、相変わらずだな」
「ボクは駆け引きが嫌いなの。それと回りくどいのもね。それに兄さんには直球が一番だと思っているから」
その言葉を聞いたロベルトは渋い顔をして、
「はぁ。答えはその通り、としか言えないな。でも俺がやれることは、お前を守ることだ。魔石造りに才能がない、一族の恥さらしとまで言われたんだ。だが、幸い武術と魔道機造りが得意だった。それに武術の腕があれば、あの時の様な悔しい思いをしなくて済むからな」
「ああ、あの時ね。ボクがステラ家を狙う通り魔に襲われたときだったね。偶然通りかかった精霊師が助けてくれたからよかったけど」
アカリは無意識に自分の背中に手を当てた。そこには癒えない傷がある。
「結局、あれは親族の馬鹿どもがやったことだったな。やった奴は一族を追放されたがな」
「この世界って、悲しいほど権力がものを言うんだなぁ。まだ法治国家には程遠いね。でも、その事件で兄さんが悩んでいたんだ。そして、その後に一年いなくなったんだ」
「自分を鍛える必要があったからな。でも、リアナには泣かれた」
リアナとはロベルトの血の繋がった妹である。
「あ~、仕方ないよ。突然いなくなったんだから。帰ってきた時なんて一日べったりだったし。今頃、屋敷で勉強しているのかな」
アカリは、幼いリアナを思い出して微笑んだ。人懐っこくて明るい女の子、というのが印象に残っている。
「俺達が入学する時だって、屋敷から居なくなると知って泣いたからな」
「そうだね。今度は二人揃っていなくなるから、孤独感は半端無いと思うよ。でもちょっと甘え過ぎだと思うけど」
「だよな。さて、武器の確認は終わった。先輩達の指示に従うか」
「そうだね」
会話の終了と同時に、魔導機の確認が完了した。
「うちのナンパ男が失礼したわね」
「あ、やっぱり有名ですか」
ティファリアがアカリに謝罪すると、
「うちの部ではね~。要注意人物になっているよ~」
ルテネスが笑いながら言った。
「それでも引っ掛かる子がいるから、騒動が起こって大変なのよ。まぁ、引っ掛かるのは大抵一年生なんだけどね」
ティファリアが言うと、
「なるほど、入学たばかりで右も左もわからない子が引っ掛かる訳ですか」
アカリがナンパ男であるヒューイックのいる方向を見て言った。その視線の先では、懲りずに別の女生徒に声をかけている。
アカリがうんざりしながら、
「あの人にとって女性を口説くとは、呼吸するのと同じことなのですか」
「最低の人種だな」
ロベルトが吐き捨てるようにいった。
「伯爵家だから、あからさまに注意出来ないのよね」
「家の各を利用しているからやりたい放題なのよ~」
「とはいっても、余りに酷いなら鉄拳制裁を喰らわした方がいいわね」
「鉄拳制裁じゃなくて、鉄槌制裁になりそうね~」
ルテネスの発言にアカリたちは、ティファリアの持つ武器が武器だけに、思わず頷いてしまった。
「そこ! 納得しないでよ。視線が武器に行っているのはわかっているんだから」
「いや、思わずね」
「そう、だな」
二人は咄嗟のことに、誤魔化すことが出来なかった。
「ま、いいわ。とりあえず始めましょう。ここであいつの事を愚だ、愚だと駄弁っていてもしょうがない。初めは私とルネで行きましょう」
「二人は被害が他に行かない様に、監視していてね~」
「わかった」
「了解」
アカリとロベルトが頷いた。
ティファリアとルテネスは離れた場所に移動した。その位置ならぎりぎり人の声が聞える。
その様子を見てアカリが、
「さて、この部活は魔法を創ると言うけど模擬戦でもやるのかな?」
「いや、多分相手を一人的にして、もう一人が魔法又は魔法技を使うのだろうな」
ロベルトは答える。
「なるほど、ならこの相対する配置はその為ということか。ボク達は魔法があらぬ方向に外れたり、暴発した時に対処するのが役目かな」
「だろうな。だから俺達の後ろは他のコートということだろうな」
ロベルトは後ろで魔法を使っている他の部活員を見て役割を判断した。
「いざとなったら闇魔法で中和しようかな」
アカリはちろっ、と舌を出して杖を握り直す。
「それにしてもよく闇魔法に他の魔法を中和する性質があるなんて気が付いたな」
「光と闇は対極の魔法だよ。防御の魔法は光属性で反射させる。じゃあ、闇は何だろうと考えたんだよ。それで闇魔法を使ったら、他の属性の魔法の効力を弱めることが分かったんだ」
「ああ、それはわかっている。どういう理屈になってるんだろうな」
「ボクは専門家じゃないからわからないよ。それに専門家に聞くと難しい言葉を並べて逆にわけがわからなくなるのがオチじゃないかな。重要なのは闇魔法が他の魔法を弱める、又は掻き消すことが出来るということだよ」
「そうだな。そろそろ始まるぞ」
二人の視線の先ではルテネスとティファリアが相対していた。
「私の方からいくわよー」
「了解~」
二人は武器を構えると魔法力を練り始めた。
一番初めに魔法を発したのはルテネスだった。
「亀甲の盾よ。その頑丈な甲羅で守りたまえ。亀鎧の盾」
六角形の細かい板が組み合わさって大きな盾を形成した。
「やるわね。魔法技、火炎鎚!」
ティファリアは火を纏ったハンマーでルテネスの作った盾を叩いた。盾は叩かれた衝撃で崩れ去った。
「本当に力技ね~」
「ルネのことだから、盾にもう一段階罠を仕掛けているかと思ったわ」
「仕掛けてもよかったんだけどね~。咄嗟のことに対応できないと思って~」
「う~ん、それならもう一段盾の強度を上げる事は出来ない?」
「やってみるわ~」
「そんじゃ、もう一回」
「はいはい~」
二人はそう言ってまた所定の位置に戻った。
「守る者は強く願う。あらゆる災厄を防ぎたまえ。鋼鉄の盾」
詠唱によってルテネスの前に鋼鉄の盾が出現した。
「強度はありそうね。では秘奥義いきます」
ティファリアはハンマーを構えると魔法力を解放した。
「いくわよ! 乾坤一擲、一撃必殺、光焔破城槌!!」
ハンマーの頭に白い炎が宿りそれを盾に向かって叩きつけた。
傍から見ていたアカリ達は、目を丸くした。
「秘奥義って、ボクには力でごり押ししているように見えるね」
アカリは両手で目を擦っている。
「安心しろ、俺にもそう見える」
ロベルトは瞬きもせずに言い返した。
「よかった。ボクだけ眼医者にいかないといけないかと思った」
「行くなら俺もついてくよ」
「ありがと。それにしても力技だねぇ。ボクには真似できないよ」
アカリは大きなため息をついた。
アカリはティファリアに対するイメージを、かなり修正しなければならなかった。
昨日までのアカリのイメージでは、ティファリアは知的で活発な女性という感じだったのだ。それが今では力で突破する女性になってしまったのだ。
それはロベルトも同じだ。
「真似しようだなんて思うな。それにしても軽々とハンマーを振るっているな。いくら身体強化魔法を使っているからって、全力は出せないだろう」
「相変わらずよく見ているね。ボクは身体強化魔法がなくても、彼女は扱えると思うよ。でも、威力を出すなら使うってことだと思う」
「使い分けているのか」
「たぶん。こればっかりは本人に聞かないといけないけど」
「だな。それにあのハンマーは叩いた時に衝撃破が出るようになっているな」
「なるほど、ハンマーの接地面が当たったら衝撃破がでる。それで威力が倍増するわけだ。なら地属性だね。火属性もそれに相当する働きがあったね」
「どの道、使い方としては正しいだろう。ああ、思い出した。同じ原理がうちの軍が使っているスタンハルバートと同じだ。魔道機が組み込まれているから見た目以上の重いのが難点だな。地属性が使えない奴は他の武器で代用していたな」
「なるほど。風なら剣を軽くして切り刻み。水なら刀身を凍らせて切れ味鋭く、火なら相手を燃やし尽くす。属性に応じた戦い方があるわけだ。一度、軍を見てみたいな」
「見るなら地龍軍がいいぞ。あそこは統率がとれた軍になっている。それに応じた戦い方を編みだしているし、指揮官がマッシュ・テレベラム・グランドールで副官が武の世界で有名な弟のヴィクトル・テレベラム・グランドールだからな」
「兄さんが見たいのは弟さんのヴィクトルだね」
「そうだ。ラグゼイトの大地の剣聖に勝てるかもしれない人だからな」
「ま、一度は見てみたいものだね」
二人はそう言ってティファリアとルテネスを見つめていた。
★作者後書き
連載も長くなりました。休みながらなので、エアとユウの物語はまだ終わりません。皆さまに本当に感謝しております。ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします。
★次回出演者控室
エア 「ティファリアさん。ハンマーが武器だったんですね」
ユウ 「らしいというか、らしくないというか」
ルテネス「こんなんで驚いてちゃダメだよ~」
ティファ「そうよ。あのボクっ子なんて、えげつない魔法を――」