ルドベキアとウラジロ 2
エアは学生時代の話に花を咲かせる二人を見つめ、
「なんだか楽しそうですね」
と羨ましそうに二人を見つめる。
「友人に恵まれれば、楽しいわ。それに、何にでも興味を持つことが大切」
と積極的なティファリアが言うと、
「ん~、そうだね。他人の言う事に振り回されるとつまらないかな~。他人にどう言われようとも守らなきゃいけない自分の心と、指摘されたら直さないといけない自分の言動を区別することが大事かな~」
いつも冷静なルテネスらしい意見が返ってくる。
「まぁ考えてみれば、同年代の子供の集団なのよ。指摘する方もされる方も未熟なんだから、揉めて当然よね。いろいろな考えがある、と柔軟な考えを育てながら、自分がどうすべきかと思考する時よね。それでいいんじゃないかしら」
ティファリアは前向きな考えを示す。
「そうだね~。学生のうちに『自分の人生はこれしかない』みたいな決めつけは、とってもよくないよね~。そう言えばとんだ思い込みで、学園で殺傷まがいの事件が起こったもんね~」
そのルテネスの言葉にエアは、
「ええっ! 何が起こったんですか?」
目を丸くして話の続きを催促すると、
「ルネ。あのステラ家の長男と長女に飛び火した事件でしょ。あの面白いカップルにね」
ティファリアが首をすくめながらルテネスに視線を送ると、
「女の嫉妬は、例え浮気した男が悪くても女に向かう。男の嫉妬は何故か同じ男に向かうのよね~。あのカップルに手を出した馬鹿がいたから、大騒動になったのよね~」
さらにルテネスは呆れ顔で、
「でも、ステラ家も変わっているわね。長女は養女で、おまけに長男の婚約者だなんて」
「婚約は確か十八歳になってからだったわね~」
二人の話を聞いて、エアは首を傾げた。
「じゃぁ学生のうちから、婚約していたんですか?」
するとティファリアが、
「ええ、十八歳以前に婚約することは珍しいわ。あと、婚約者がいる女性を口説くのは厳禁だったわね」
「たしか、女精霊と婚約者の人の女を二股掛けた、馬鹿な人の男の話が元だったわね~」
「ええ、確かあの話の結末は、騙されて不貞をはたらいたと知った女精霊が消滅、婚約者も自殺だったわね。口説いた男は二人を死なせてしまったとして、精霊王の裁きで消し飛ばされたって話だったわね」
とティファリアが溜息をつくと、
「情緒もへったくれもないわ~」
ルテネスが呆れたように返す。
「これは戒めの話よ。最近では忘れられ始めているけど、不倫等は恥ずべき行為とされているから。それにしても婚約だなんて、確か理由が――」
「ステラ家は魔石合成で有名な家なのよ~。ところが、その家の長男に魔石合成の才能がなかった。だから魔石合成の才能のある女の子を養女にしたのよ~」
ルテネスがポツリと答えると、窓際でくつろいでいたユウが不思議そうに、
「精霊師になるには生まれ持った資質が左右するが、魔石師はその制限がなかった筈だが?」
ルテネスに確認するように尋ねると、彼女はこいつが話の途中で口を挟むなんて珍しいと思いつつ、
「そうよ~」
とルテネスは同意した後、ふと真面目な顔になって、
「決められた分量、手順で合成をすればただの真似ごとだけどさ~。色んな合成をして新しい魔石を創り出すのが才能よ~。長男の方は魔石の合成を、何故か必ず失敗するんだって。でも、自分に他の才能があると信じて努力したそうよ~」
するとエアが、そっと胸に両手を当てて、
「自分を信じる、なんて言うのは簡単だけど、本当に難しいですよね。私は自分に何が出来るのかいつも不安で……。いつも皆に助けてもらっているから……」
うつむき加減で、そう口ごもっていると、
「でも、他人に助けてもらえるのも才能かもね。その長男は実際に、一度は投げ出したそうよ。逃げたかった、そう言っていたわ。でも、逃げ出した自分がみじめになって、自分がどうするべきか悟ったみたいね」
とティファリアは納得した様に頷いている。
「会ってみたいなぁ。そのステラ家の二人に……。ねえ、どんな人たちなの?」
エアは二人に話をせがんだ。
「ねぇ、ルテネス。やっぱり長女に会いに行ったところからかな」
と笑顔でティファリアが確認すると、
「そうだね~。あれは三年生の始めだったかなぁ~」
ルテネスの心は、学生時代へと羽ばたいていた。
――第五の月、世間ではアリオトの月と世間では言われている。
花壇では黄色いチューリップの花が咲いている。
ルテネスとティファリアは、三年生になっていた。
授業が終わった二人は、教室で部活までの時間を潰していた。
「ところでリムが面白い情報を拾って来たわ」
「んん~?」
「今年の一年に魔石合成の天才と呼ばれている女子がいてね。その子が魔石部に入ったらしいわ」
「ああ、最大爆発部にね~」
この学園には部室どころか、建物そのものを爆発で吹き飛ばした部活が三つ存在する。その内の一つが、魔石合成部である。最大などと例えられるのは、学園にとってその被害の大きさが一番大きかったからである。
「学園始まって以来の天才って言われているわ。その子は精霊十二家のステラ家出身らしいわ」
「なるほど~。十二家の出身か~。たしかステラ家は魔石合成で成り立っている家系だったわね~」
ルテネスは、顎に人差し指を当てて思い出す様に言った。
「明るい茶色の髪を腰まで伸ばしていて、瞳がトパーズ色だそうよ。で、付いたあだ名が『黄玉の魔女』だそうよ」
「あらら、すごいあだ名だね~。ということはやっかみ半分、尊敬半分といった所かしら~」
冷静に分析しつつもルテネスは、ふとティファリの顔を見つめ笑いをこらえた。
向かいに座る親友のあだ名を思い出して……。
「ルネ。何よ」
「だってさ~。ティファのあだ名が『暴走戦車』だなんて。くくっ、的を射ていると思わない~?」
「その件については十分議論する必要があるみたいね……」
ティファリアは少々むくれつつ、腕を組んだ。
「仕方ないじゃない~。厄介事に首を突っ込んでは正義の鉄槌を振るっているんだから~。馬を何頭ひっつけて戦車を走らせているのさ~」
「うっ……。反論できないわね」
「でも、正義は脆いものよ。自分の立ち位置を見失わないでよ」
突然、真顔になった親友の忠告にティファリアは頷いてしまった。ルテネスが真面目になる時は、決まって重大な忠告だ。
無視することは出来ない。
そうすることが正しい、とティファリアは実感していた。
「注意するわ。でも、迷った時はよろしくね」
「わかっているわよ~」
ルテネスはティファリアを眩しそうに見つめ返した。
ティファリアはその視線を受け止めつつ、
「そう言えば、その魔女につき従う騎士がいるみたいよ」
「騎士ね~。護衛かしら~?」
「みたいよ。さすがステラ家。そこいらの貴族とは格が違うわ」
貧乏貴族と自認しているティファリアが溜息をもらす。
「ところでさ~。話は変わるけど、本当に来年は生徒会に入るつもりなの~?」
ルテネスは気にしていたことを尋ねると、
「当たり前よ」
さも当然、と首を縦に振り、
「それにその生徒会だけど、もちろんルネも参加してもらうわよ」
ルテネスは、やっぱりと思いながら、
「生徒会じゃなくても、他にあると思うんだけどさ~?」
ルテネスはティファリアの性格を考えて、別の選択肢を伝えた。
「勿論考えたわ。でも、私が将来やりたい事を考えたら、生徒会が一番なのよ」
「官僚ないしは政治家?」
「そうよ。これからの時代に世襲制は必要無くなるだろうし、女王は実力ある者を就任させるつもりだから頑張らないとね」
ティファリアの瞳が輝いている。
「実力主義か~……。聞こえはいいけど残酷かな。裏を返せば実力がない人は雇うつもりはないということだから~。今まで馬鹿でも雇われた貴族たちが雇われない可能性があるという事か~」
「そこらへんの調整が大変みたいだよ。今、王国の政治は改革の初期だから、この試みが成功するか失敗するかは誰にもわからないわ。でも、私は必ず政治の舞台に立って見せる」
ティファリアの右手に、力のこもった拳が作られた。
「ま、ティファなら実現できるかな~。さて、いい時間になったわね~。部活にいこうよ~」
ルテネスの口元に、小さな笑みが浮かんでいた。
そう、彼女には力がある。
暴走戦車と呼ばれるほど、他人を巻き込みながら目的を達するパワーがあるのだ。
ルテネスの想いを知ってか知らずか、
「そうね。早く行きましょう!」
立ち上がったティファリアの顔は、差し込む日の光を浴びて輝いていた。
石造りの校舎の廊下は、少し薄暗い。日当たりの悪い場所ではなおのことだ。
高い天井から照らされる魔光灯の光が、十分に下まで届かないからだ。曇り空や夜には、数メートル離れたところに居る人物の顔がはっきり分からないほどだ。
その廊下を歩きながらティファリアが、
「それにしても精霊魔法研究部といい、魔石合成部、魔道機開発部は学園の僻地に追いやられているわね。ま、仕方ないか。三大爆発部だもんね」
どの部活も、爆発した実績は相当なものだ。巻き込む人間が少ないように学園や他の部活から隔離されている。
「おや? あの男も相変わらずね~」
部室に入ったルテネスは、部屋の隅で話し込んでいる二人の男女に目を移した。
「ああ、あいつねぇ。男の方に良い噂を聞かないのよね」
「どんな噂~?」
「ちょっとかわいいと思う女の子を、片っ端から声をかけているみたい。変なファンクラブみたいなものも出来ちゃってるし。でも甘い言葉に乗せられて熱を上げた女の子同士喧嘩したり、付き合っていた女の子に声をかけられた男子もかなりの数だそうよ。まぁ、私から言わせると、あんな奴は一度死ぬ目にあうといいわ」
「それには同意ね~。しかし、何であんな男がいいのかねぇ~」
「口がうまいのと、顔と家柄がいいからでしょ。あんな奴は魔法の暴発で、吹き飛ばされちゃえばいいのよ」
この二人は意見が会うと、とことん過激な発言になるのだ。
「さてと、装備の確認をしないとね」
二人は武器とエレスグラムの確認を行った。
エレスグラムは精霊師が所持している物とは違うデザインとなっており、二枚羽の妖精は描かれていない。替わりに学園章が描かれている。そう、このエレスグラムは学園からの支給品で、魔法の威力が弱められるように調整されている。
「そろそろ、魔石を新調するかな~。純度の高いものが欲しいな~」
「だったら噂の天才魔石師に頼みましょうよ」
「それは本人に迷惑じゃないかな~。見世物じゃあるまいしさ~」
元々ルテネスは興味本位の行動をとるのを好まない。
「大丈夫よ。こちらは仕事を発注するのだから」
ティファリアはエレスグラムのふたを開いて頷いた。
「私も新調する必要があるわね。新しい魔法を創るにしても、魔石の組み合わせに限界がきているから。新しい魔石を足してもらわなくちゃ」
「じゃあ、明日行こうか~。魔石合成部の顧問の先生には、帰りにでも依頼書を提出しておこうか~」
「そうね。あっ、うちの顧問の先生が来たから始めましょうか」
「はいはい~」
こうして、精霊魔法研究部の活動が始まった。
広い室内の中で、部員たちが散らばり呪文を唱えだした。
すると突然、室内の一角に黒い雲が湧き上がり、稲光が走った。
「誰だよー! 雷雲なんて造ったのは!」
悲鳴と共に男子生徒の罵声が飛ぶ。するともう一方の部屋の隅で、
「た、たすけて……」
いきなり鉢植えの花が大きくなり、その下敷きになった生徒がうめき声を上げている。
「みんな遠慮がないね~」
ルテネスが飛んでくる小さい氷粒を避けながら、ティファに声をかけると、
「うちも爆発部呼ばわりされるのも仕方ないわね」
とティファリアが炎の盾を出して防ぎ、
「この建物は爆発で壊れた後、リゲル・カーレッジが建て直した。魔防と強度だけは最高の建物と聞いているわ」
感心したように呟くと、
「確かにね~。これだけ魔法を打ち合っても何ともないもんね~。使い勝手は悪いけど、三大爆発部には頑丈な建物じゃないと部活がつぶれちゃうもんね~」
ルテネスは槍を構え、
「それじゃ、新しい魔法を試してみるかな~。試しにあそこでイチャついてる馬鹿男にお見舞いしようか~。地の精霊よ。裁きの拳を降らせたまえ!」
岩石を降らせ始めた。
「いい考えね。部活に来ても、女子を誘ってばっかり。何しに来ているんだか。ちょっと懲らしめてやりましょう」
ティファリアは軽くルテネスに向かって、目で合図をし、
「天かける炎よ。邪な心を覆い隠し、閉じ込めてしまえ!」
炎の盾を弾けさせた。すると、女子に盛んに声をかけていた顔と家柄が良いだけの男子生徒の周りに飛び散った。
「うわぁぁぁぁぁっ! 誰だよ!」
その男子生徒は叫び声をあげるが、飛び散った炎は微妙な間隔で周囲を取り囲まれて脱出できない。
「ひやぁあああぁぁっ! た、助けて!」
見るも耐えないほど狼狽えているその男子生徒の様子を見て、
「情けないなぁ。もっと素敵な人だと思ったんだけど……」
先ほどまでその男子生徒の傍で甘えていた女子生徒が冷めた感想をこぼした。
クッキーをつまみ、ポイッと口に放り込むと
「その男が騒動の種になってさ~。ステラ家の長女がえらい目に合うんだよ~」
ルテネスが食べながら言うと、
「本当につまらない男なんだけど、それでも本気で好きになっちゃった女の子がいたの」
ティファリアがエアのカップにジュースをつぎ足しながら、
「その無駄に顔と家柄の良い男はヒューイック・カルシ・ビスタシオ。カルシ伯爵家の長男だったわね」
エアは搾りたてのぶどうジュースを一口飲み、
「何しにその人は学校に来ていたのかなぁ。他にやる事もあるような気がするんだけど……」
と首を傾げた。
「まあ、確かうんざりするほどやる事があるな。友人を得たり、学んだり、遊んだり……。それに喧嘩したり、怒られたり。学校は家庭以外の大半の時間を過ごす場所だからな。ましてや寮生活なら、一日の全ての時間になるだろう。ストレスも溜まるだろうな」
ユウがうんざりしたような顔をして答えた。
「まあね~。そのストレスをどう解消するかなんだけどさ~。楽しくないことを、いかに楽しくやれるように考えを変えるのが大事かな~」
ルテネスがティファリアに向かって言うと、
「そうね。ストレスのない生活は何処に行っても無いから、いかに心の負担を軽くするかかしら。興味が無い事でも、少しでも疑問を持つのがコツかしらね。疑問に思っていたことが解けると、ちょっと楽しかったりするのよね」
彼女はそう答えた。
するとエアが、
「でもたくさんの女の子に声をかけるのをストレス解消法にするなんて、情けないというか、馬鹿馬鹿しいというか……。なんだか時間がもったいない気がして……」
と渋い顔をしながら感想を口にすると、皆が顔を見合わせ、一斉に笑い声をあげた。
滅多に笑わないユウまでが笑顔を浮かべている。
「そいつは自分に自信が無いんだろう。それでティファリア、ルネ。その騒々しい男が、黄玉の魔女にちょっかいを出したんだな」
「そうなの。彼女は変わった子だけど、本当に可愛いのよ。黄昏の光を集めて出来たような少女なの」
ティファリアはうっとりとした顔をすると、
「ん~。今思えばエアちゃんに似たところもあるかな~。小柄で、顔立ちが優しくて、瞳が大きくてさ~。精霊力を強く感じるっていうか……」
ルテネスがエアの顔をまじまじと見ると、
「そう言われれば……。でも『中身』は大違いよね」
とティファリアがきっぱりと言い切る。
「だね~。初めて会った時にゃ驚いたわ~。あれは寝込んでいたティファにいたずらした日だったな~」
ルテネスが笑いながら言うと、
「あれは最悪。ちょっとエアちゃん聞いてよ。ルネったら酷いのよ」
とティファリアはむくれながら、
「私はそんなに寝起きは悪くないのよ。それなのに――」
学生寮での出来事を語りだした。
★作者後書き
読んでいただいている皆様、ありがとうございます。ティファリアとルテネスのが学生時代は、天下無敵の二人組だったのではと思います。
★次回出演者控室
エア 「頭のいい人なんですね」
ユウ 「俺、この二人に会ったことがあるかもな」
ルテネス 「年下なんだけど~。しっかりした子なのよね~」
ティファリア「まあね。私、あの子に怒られちゃったわ」