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紫銀の精霊師  作者: 金指 龍希
潜竜の精霊師編
78/87

アキノキリンソウ 下

 それから三日間、スティングはトッドと共にレイメル市内を駆け回った。

「二人とも、お疲れさん。昼ご飯、食べていきなよ」

 ふいに、スティングとトッドは、商店街で声をかけられた。

「あ、ありがとう」

 スティングは、ぎごちなく礼を言った。

「調子が悪かった魔光灯が直ったんだ。おかげで店の中が明るくなったよ。腹が減っただろう。二人で食べてくれよ」

 トッドが一緒だったから、住人もスティングを受け入れやすかったのかもしれない。そんなことを思いつつ、

(お人よしの住人ばかりだな)

 と呆れながらも、スティングの気分は悪くなかった。

 ランチを頬張りながら、

「手伝ってくれてありがとう。魔法を扱う精霊師と組まないと、魔道機は修理が出来ないんだ。お礼に、僕が造った魔道機だけど使ってよ。これは面白い魔法が使えるんだ」

 トッドが差し出した腕輪は、スティングの目に眩しく見えた。




 その日の夕刻。

 トッドにもらった腕輪をはめている左手首に、無意識に視線を落とした彼は、少し微笑んでドアを開けた。

 中ではレティがエアからの手紙を読んでいる最中であった。

「スティング。エア達が受けた依頼が、とんでもない大事になったの」

 手紙を睨み付けていたレティが、その内容をざっくりと彼に伝えた。

『たかが幽霊調査』と思っていた依頼が、闇市を壊滅させる計画に変更になったと聞かされ、スティングは目を丸くした。

「あの闇市を?」

 彼が驚いていると、マッシュが協会に現れた。

「さて、君にも頑張ってもらうよ。改めてグラッグ村長と共に、私からも依頼をしたい。彼の指示に従って、魔物退治に参加してもらいたい」

 マッシュの左手は、グラッグと甲冑を身に着けた軍人に向けられた。

「君がグラッグから退治を頼まれた魔物は、我らが国境沿いで追っていた魔物と同一だと思われます。我々、地龍軍で魔物が移動しない様に包囲します。精霊師の方は討伐隊に合流していただきたい」

 几帳面そうな軍人は、スティングに軽く頭を下げた。




 翌朝、スティングはレイメルの近くにある街道をあるいていた。

 街道には、よく見かける黄色い花が咲いている。

「地味な花だな……」

 その花の名前はアキノキリンソウ。

 そして花言葉は『指導』。

 彼にとって、指導を受けることは不快でしかないだろう。しかし周囲の人間は広い視野に立ち、それが彼の為になると思っている。

 人が育つという事は、地道な修練の積み重ねなのだろう。手早く、そして確実に成果が目に見えるようなものではない。しかし、それを理解するにはスティングもレティも若すぎるのかも知れない。

 スティングの頭の中には、昨日のマッシュの言葉がちらついていた。

 穏やかだが、変わり者の貴族。

 そうマッシュの事を評していた彼は、

『君の成長の為には、共同で作業をこなすことが必要だと思っているよ』

 その言葉の意味を、計りかねていた。

(何が言いたいんだ……。変わり者が、変わったことを言っているよ)

などと思いつつ、スティングは目当ての魔物を探していた。

 名前はガンズ・ウルス。熊の様な身体で爪が鋭く、体表が鎧の様に硬い。そのくせ、素早く移動をするため、何度も討伐隊から逃げおおせていたのだ。

 ラヴァル村近くの街道で、口に髭を蓄えた壮年の軍人に呼び止められた。

「ここからは凶暴な魔物が出る為に封鎖している。別の道をいってくれ」

 事務的な口調だが、それが彼の仕事なのだろう。

「その凶暴な魔物を討伐する隊に、僕は合流するように依頼を受けたんだ。軍人の君たちに代わって、精霊師の僕がね」

 スティングはふて腐れ気味に、腰のポケットにしまっていたエレスグラムを見せた。

 すると口髭の軍人は、顔を歪めながら答えた。

「ん、お前。王都から来た精霊師か?」

「ああ。それが何か?」

 さらに不機嫌そうに、スティングは即答すると、

「なんだ。都落ちか」

 と口髭の軍人が言い返した。

「今、何て言った?」

 険しいまなざしを相手に向け、スティングは声を低くして答えた。

「違うのか?」

 問い返した相手は、とぼけた表情を浮かべている。スティングはさらに苛立ち、

「レイメルの精霊師が出張でいないから、代わりに派遣されているだけだ。終わったら帰るよ」

「なるほどな」

「わかったら、さっさと通してくれませんかね?」

「ふっ、いいだろう。通っていいぞ。俺達に代わって倒してくれよ」

 口髭の軍人はニヤッと笑い、封鎖していた道を空けてくれた。

「言われなくてもやってやるよ!」

 捨て台詞を残して立ち去るスティングの後姿を、『若いな』と思いながら見送った軍人は、赤いのろしを上げた。

 しばらくすると、軍の討伐隊が到着した。

「彼が来たか?」

 隊長が話しかける。

「はい。精霊師の若い奴が、一人でグロー退治に向かいました」

「ああ、マッシュ殿の手紙に書いてあった奴だな。王都で有名な問題児だろう」

「ええ、私も知っているぐらいですから。名前までは聞きませんでしたが、間違いないでしょう。いちいち嫌味を言うあの口調がなければ、まともなんでしょうが……。あれではとてもじゃないが、付き合いきれない。若い奴だったら怒っていますよ」

「なるほど、協調性が無い子供みたいな奴だな。では、俺達も行くとしよう。お前ら、今日こそ仕留めるぞ!」

「「おう!!」」

 部隊全員の気合いが街道に木霊した。




 スティングは学生時代を思い出しながら歩いていた。

彼が通っていたルピナス王立学園は、四方を山に囲まれたカルナル地方に存在する。

 山も囲まれた小さな盆地に学園都市が造られ、住人は学生と学園関係者が占めている。いくつか設立されている学校の中で、ルピナス王立学園がある。

 その学園の学科は多岐にわたり、精霊師学科も存在する。有名な卒業生にはルテネスとティファリアの名前が並んでいる。

 入学すると、スティングは迷わず精霊師学科を選択した。

 理由は精霊魔法に適性があり、軍人になる気が全く無かったからだ。

 担任の教師は、平民出身者に『貧乏人が』とつらく当たった。失敗すれば鬼の首を取ったように、得意げな顔をして説教が続くのだ。

 彼が人に対して、嫌味を言うようになったのはその頃からだ。

 とにかく成績を良くして、規則は守る。

 これが学校の競争社会で、自分を守る方法に思えた。

「簡単に他人を信じて馬鹿を見るのはごめんだね」

スティングは果たせなかった依頼を思い出していた。

 果たせなかった依頼、それは精霊師学科の卒業試験。

 精霊師のように、街で依頼を受けて解決する。

 卒業試験を兼ねて、引き受けた依頼は『幼い少女から、人形を探して』であった。

 簡単な依頼と思って引き受けたのだが、人形はどこを探しても見つからなかった。スティングは落ち着かない様子を見せていた少女の友達を問い詰めた。すると、その子が人形を自宅に隠していたのだ。

 隠した本人が素直に謝れば、大事にならずに済むことであった。ところが、その子の親は『うちの子はやっていない』と否定し続けた。それどころか、その親は『この子と遊んじゃいけません』と交流を絶たせてしまった。彼女達の友人関係は、破綻してしまったのだ。

 なんとも、後味が悪い話であった。卒業の試験がやり直しになった上に、そんな結果になるぐらいなら、引き受けなければよかったとスティングは後悔した。

それからは依頼人に対して、深入りするのはやめた。勿論、依頼そのものに対してでもある。だから、自然と受付に対しても斜に構えたのである。

 でも、王都の受付の少女はそれが気に入らないらしい。今では、顔を合わせるだけで口喧嘩になる。何がそこまで気に入らないのかわからない。そして、レイメルの受付も同じことを言う。おまけにユウとかいう、そこの精霊師と比べるようなことを言いだした。

 冗談じゃない。そいつは運が良かっただけだ。

「あ~イライラする。なんでこうも、ケチをつける奴が多いんだ!」

 スティングは近くにあった小石を思いっきり蹴った。

 ところがその小石は、やぶの中に消えたのに、スティングの方に跳ね返って来た。

 ――グルォ~~!――

 獣の唸り声が聞こえた。

「マジかよ……。こいつは例の奴か……」

小石を蹴って魔物に当たるなんて、偶然にしては出来過ぎだ。

「倒すしかないな」

 そう呟いて、背にある大剣を構えた。




 スティングは剣に風属性を纏わせた。

 彼は守りを主とする地属性が使えない。だから彼は戦い方に工夫を凝らした。風属性の魔法は、移動力や武器の重さを変える変化させられる。つまり素早い連撃が大剣でも可能となるのだ。

 彼は素早く相手の背後に移動して、何度も斬り伏せる。その戦闘方法を得意としていた。

 スティングが察した通り、魔物は討伐対象のガンズ・ウルズだった。よく見ると、あちこちに切り傷や矢が刺さっている。上半身は筋肉質で肌が岩のようだが、それに対し足は細く、そんなに丈夫とは思えなかった。

(弱点は足かぁ……)

 スティングは大剣を構え直した。

「我は風をまといし者。空を飛ぶ鳥のような速さを、我に与えたまえ!」

 彼は祝詞を捧げると、細い足を狙い、自身の移動スピードを風魔法で上げた。

「楽勝だ!」

 彼は大剣の重みを変え、勢いよく振り下ろした。

 剣の切っ先が、魔物の足み食い込むと彼が確信したとき、

「なっ……!」

 魔物の足が、彼の視界から消えた。




 ガンズ・ウルズも、彼同様に移動の速さを上げたのだ。

「魔物が……。魔法を使っている……? そんな事があるのか!」

 驚くスティングをしりめに、魔物の移動力はさらに上がっていく。

 鋭い牙が、鋭い爪が、四方から襲ってくる。

「なっ!」

 恐怖で顔を強張らせ、彼は必死に大剣で防いでいた。

 それと対照的に、魔物は獲物をいたぶる喜びに笑っているように見える。

「くっ、くそう!」

 己が得意とする戦法を、魔物にやられているのだ。

 このままでは切り裂かれてしまうと思った瞬間、

「――トッド!」

 スティングの左手首の腕輪が強く輝いた。

 すると次の瞬間、彼の身体は空高く舞い上がっていた。

「まさか、この腕輪の能力って……。瞬間移動か……」

 トッドが言っていた『面白い魔法』とはこれだったのか、とスティングは腕輪をまじまじと見つめた。

 その時、力強い男の声が響いた。

「精霊師を支援せよ! 魔物を縛る地魔法を唱えよ!」

 それは討伐隊の隊長の号令であった。

 その号令のとおり、隊員が唱えた魔法によって、地面が急に盛り上がった。そして、その地面に足を掴まれた魔物がもがいていた。

「今だ、精霊師よ! とどめを刺すのだ!」

 スティングはその声に導かれるように、大剣を構えて空中から魔物に飛び掛かった。

「やあぁぁぁぁっ!」

 彼は空高くから、勢いよく魔物の背中に大剣を突き立てた。

 ――グオオオオオッ!――

 大剣を背中に突き立てたまま、魔物はうつぶせに倒れ込んだ。

「君の風魔法と、我ら地龍軍の地魔法を合わせれば、必ずこの魔物は倒せると思ったよ」

 隊長は肩で息をしているスティングに話しかけた。

「僕だけでは、勝てなかった。きっと死んでいた……」

 そうつぶやくスティングの脳裏には、魔物の鋭い牙や爪が浮かんでは消えた。

 トッドのくれた腕輪、地龍軍の地魔法。

 自分だけでは勝てないと思った魔物相手に、他人の力を合わせたら勝つ事が出来た。

 しみじみと魔物の背中に刺さっている大剣を、スティングは見つめていた。

「良い協力関係とは、そういうことさ。より良く己の力を生かし、目的を達成できる」

 隊長の言葉に、スティングは無意識にうなずいていた。




 彼がレイメルの精霊師協会に戻った時には、すでに日が傾いていた。

「討伐成功、おめでとう。よかったわね。きっと、村人も安心して働ける。みんな喜ぶわよ」

 レティはそう言いつつ、何故か机を片付け始めた。

「今日は店じまいなのか?」

 スティングは思わず訊いた。すると、レティは動かしていた手を止めて答えた。

「たまには片付けないといけないのよ。依頼の書類だけで、かなりになるから。メリルのところで、今日の最後の依頼になるわ。さっさと行きなさい」

 スティングは不審に思いながらも、その場を後にした。

 そして、神霊教会の前で立ち止まった。

 そこは本来なら、厳かな空気が流れている筈である。

 しかしこの街の教会には、その空気をぶち壊すようなシスターが居たな、とスティングは思いながら教会の扉を押し開けた。

「あらあら~、いらっしゃい」

 メリルはにっこりと笑いながら、スティングを出迎えた。

「さて、探し物の依頼なのですが。地下になります。案内しますのでついてきて下さい」

 メリルはランプを手にしながら、スティングを隠し扉の奥へと案内した。

 階段を下って行った先には納骨堂があった。

「骨? 僕は何を探せばいいんだ?」

 スティングがメリルに尋ねた。

「ここには変わった魔道機があるのですよ。普段は魔光灯として使うのですが……」

 メリルが二対の妖精像に近づき、明かりを灯した。

「この魔石を組み合わせると、別の働きをするのです」

 片方の妖精像には白い魔石、もう片方には黒い魔石を台座にはめ込んだ。

「この魔道機を使って、貴方が忘れた記憶の中から、探してもらうのです」

 メリルはにっこりと笑って、スティングに向き直る。

「何を言っているんだ……?」

 スティングは得体のしれない恐怖に襲われた。これは魔物の爪や牙とは、全く別のものであった。

「あらあら~。そんなにおびえなくても~。ちょっと、無理やり記憶を掘り起こすだけですよ~。嫌な記憶も、良い記憶もね。自分と向き合ってもらう為なのよ~。付き合っているこちらにも、その記憶が視えちゃうけどね」

 最後に「うふっ」と付け加えたメリルは魔道機を作動させた。

「冗談じゃないぞ! 趣味が悪い!」

 悲鳴をあげて扉から脱出をしようと、慌てて振り向いたスティングの顔面に、後ろにそっと忍んでいたレティが、

「往生際が悪い! 反省しやがれ!」

 と叫びながら拳を撃ち込んだ。

「親にも殴られたことがないのに!」

 協会の地下からスティングの絶叫が響き渡った。




 ティーアは長い手紙を一気に読み上げたが、ここで一息ついた。

 その横で、バルクが火のついてないパイプを口にして、

「なるほどのぅ。そんなことがあったのか」

 心の片隅でスティングの事を気の毒に思った彼だが、

「まぁ、メリルとレティなら、手加減はしたじゃろうて。それで、後は何て書いてあるのじゃ」

 と、孫のティーアに話の続きを催促した。

「私は手加減なんかいらない、と思うけど。えっと、レティはね――」

 彼女は笑いをこらえながら、続きを読み上げた。




 ――本当に大変だったんだから、ティーア。

 あぁ、疲れた。あのバカ、仕事を増やすんじゃないよ。日々の業務日誌が愚痴で埋まったわ。

 あの野郎がよりによって、暴言を吐きやがったので、レイメル名物の反省部屋に入れたけど……。案外、大変な思いをしていたことが、彼の記憶を見て分かったの。あの曲がった性格が出来上がったのも、なんとなく理解が出来た気がしたの。それで、あの野郎の人間不信をそのままにしておけなかったんで、しばらく一緒に仕事をしたわよ。

 でも、何かまた、別の意味でおかしくなった気がするけど……。

 私の顔を見ると、下を向いて急に押し黙ったり、街中で「レティさーん」と叫んで走ってきたり……。

 何か、変でしょ。

 早くエアちゃんとユウが帰って来ないかなぁ。

 

             精霊師協会レイメル本部受付 レティアコール・イシディス


★作者後書き

 お待たせいたしました。風邪で一家全員寝込むなど、お祓いを受けなければならないレベルの状況を乗り越え、更新にこぎつけました。スティング君に何が起こったのか、楽しんでいただければ幸いです。

★次回出演者控室

エア  「学校はどんなとこなの?」

ユウ  「退屈なところさ」

ルテネス「私はティファに出会ったことが一番良かったかな」

ティファリア「私もルネと強引に友達になれたことが、いい思い出かな」

ルテネス「あぁ、後は魔女と騎士がいたこともかな」

エア  「学校にそんなものが?」

ユウ  「想像できんな……」

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