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紫銀の精霊師  作者: 金指 龍希
潜竜の精霊師編
77/87

アキノキリンソウ 中

 噴水広場に面した『ヴォルカノン』は、昼間は喫茶店で観光客をもてなし、夜間は大衆酒場に早変わりする店であった。

 その一席にどっかりと陣取り、彼女は赤い髪をかき上げ、

「あんまり酔えないなぁ~。このワイン、水が入っているんじゃないの」

愚痴をこぼしながらレティは飲んでいた。

それもかなりのペースで、ワインの瓶が空になっていく。

「えらく荒れているわね。例の子が原因なら、やっぱり潰しちゃえば?」

 若い女性がレティに呆れたように声をかけた。

 彼女の名はエレナ。

 祖父からこの店を引き継ぎ店長になったレティの顔なじみである。

「まぁねぇ。手に負えないわ。やっぱ、グラッグの言う通り、鉱山で働かせて鍛えるしかないかぁ」

 レティは飲み干したカップを、『ドン!』と木の机に叩き付けた。

「祭りが終わって、街の皆は退屈しているから協力してくれるわよ」

 エレナがそう答えた時、

「辛い時に独りで飲む酒は、得てして思考の迷路に入り込み、身体に悪いものですよ」

 年の頃は五十ぐらいの、穏やかなそうな金髪の男性がレティの傍に立っていた。

「市長……」

 彼の名は、マッシュ・テレベラム・グランドール。この街の市長である。

 彼はレティの周りに散乱しているワインの瓶をエレナに渡し、レティの向かいに静かに座った。エレナは瓶を受け取りつつ、マッシュに注文を尋ねた。

「市長、ご注文は?」

「コート・ロティルを。あと山羊のチーズもね」

「かしこまりました」

 エレナは厨房に駆け戻った。




 不機嫌そうなレティは、ちらりとマッシュの顔を見ると、

「珍しいですね。店に来るなんて。で、今日は?」

 何しに来たのか、と言わんばかりに尋ねた。

 取り繕っても仕方がないか、とマッシュは、

「そうですね。酒は家で飲むのですが、メリルに少し頼まれましてね」

 あっさり白状した。

 レティの気性はよくわかっているつもりだ。

 変に誤魔化すより、正直に話をした方が彼女の怒りを買わずに済む。

「普段から気が回るけど、今回は余計かな……」

 レティはここに居ないメリルに毒づいた。正直、自分の気の済むように、一人で飲みたかったのだ。

 そこにエレナが、

「お待たせしました」

 ワインとグラス、山と積まれたチーズの盛り合わせをテーブルに置いた。

「おや、すごい量ですね。これはおまけですか?」

「ええ、夜は長いですから。お願いしますよ」

「お引き受けしましたよ」

 マッシュは笑顔で答えた。

(何を引き受けるんだよ……)

 レティはそれが気に入らず、相変わらずふて腐れている。

 マッシュはグラスにワインを注いで、一口含んだ。

「この味わいが好きでしてね」

 マッシュが注文したコート・ロティルは、スパイシーな香りとどっしりとした味の赤ワインである。このワインはグラセル地方の中心部にある太陽の道で造られている。強い日差しを浴びたブドウから濃厚なワインが出来るのだ。彼は様々なワインを飲んでいるが、このワインの値段が手ごろで、庶民的な味わいが気に入っている。

「それでは本題に入りましょう。ユウとエアが出張する前から話題になっていた、例のスティング君のことで悩んでいるのですね?」

「まぁ、悩んでいるというより、醜い言い争いになったというのか……。私も大人げなかったと思うけど、あそこまで言われるとね……」

 レティはもやもやしている胸の内を明かした。

 その様子を見つめながら、マッシュはレティのグラスにワインを注ぎ、

「住民から私のところにも、スティング君の苦情がありましたよ。そう言えば、ケントが亡くなった頃のユウの時にもありましたしね」

「そうですね」

 レティはその時の頃を思い出していた。王都での研修を終えて赴任した矢先にユウの友人が亡くなったのだ。

 彼からは笑顔が消え、ただひたすらに友人の死を忘れる為に、仕事に没頭していたのを思い出す。

 レティはその時の、ユウに対する印象が抜けないのだ。

そう、『怖い』という印象が……。

「精霊師と受付の関係は、上司と部下の関係と似ています。私も若くして将軍の職に就いたので苦労した経験があります。つい、部下と言い合いをしたこともね。よろしければ、お話を伺いますよ」

「だからお酒ですか?」

「ええ、こんな話をするにはお酒は欠かせません」

 マッシュはそう言って、右手のワイングラスを高く掲げた。




 年下の相手でも、丁寧に、そして気取らずに接するマッシュに安心したのか、スティングとの口論のてん末を話し終えたレティは、

「それで、思わず奴に『緊急指示命令』を出しちゃったんです。でも、何だかすっきりしないんですよね」

 一気にグラスのワインを飲み干す。

「受付にそのような権限があるとは、初めて知りましたね。強権発動とは穏やかじゃありませんが、やむを得なかったのでしょう?」

 穏やかに話の先を促しながら、マッシュはレティのグラスにワインを注ぐ。

「そう思ってはいるんだけど……。無理やりやらせるんじゃなくて、自分から態度を改善させるような方法を考えられなかったのかと思うと、何だか寂しくなってきちゃって……」

 レティはため息をつく。

 マッシュはその表情を探り、

「自分の指導力が足りないのでは、と自己嫌悪を感じているのではありませんか? それとも、精霊師になりたくてもなれなかった貴女から見れば、彼は精霊師になったのに真面目に仕事をしない大ばか者と思えて仕方がないとか?」

 それまで肯定的に話を聞いていたが、一気にレティの心に踏み込んだ。

「た、確かに私は精霊師になれなかったけど……」

 即座に否定できなかったレティは、言葉に詰まった。グラスを持つ彼女の手が震えている。

 マッシュの言葉はレティの心の底を、ゆっくりと照らしていく。

「でも、貴女は受付の仕事に満足しているし、誇りも持っている。決して、精霊師を馬鹿にしている訳じゃない。でも、自分がなりたかった精霊師になった人は『こうであってほしい』という思いが強すぎませんか?」

 その言葉はレティに衝撃を与えた。急に酔いが回ったのか、頭がクラクラとしてきた。

「それと、ユウと比較して諭そうとしたのは間違いだと思いますよ。他人と比較されて、真の能力が発揮される人はほとんどいません。むしろ反発をしてしまうでしょう」

 マッシュは自分が将軍職に着任したばかりの頃を思い出していた。

「私は父の跡を継いで地龍将軍に就任しました。当時、何かと父と比べられて困惑したものです。私は私なのに、てね」

 レティは酔った頭で考え、

「……そうですね。精霊師は『こうあってほしい』と変にこだわってしまった。でも、奴は何であんなに上っ面の成績にこだわるんでしょう。それが私には、どうにも納得できないんです。とっても性格が悪く思えて……。それに失敗を極端に恐れているようだし……」

 そしてハァ~、と大きなため息を吐き出した。

 山羊のチーズをつまみながら、マッシュはレティを見つめる。

(しっかりしているようですが、彼女も年若い女性なんですね)

 と心の中で呟き、

「貴女が失敗にとらわれず、立ち向かっていけるのは、やはり育った家庭環境や仲間に支えられてきたからでしょう。失敗しても「大丈夫。大丈夫だから」と励まして、支えてくれた人たちがいたからでしょう。果たして彼はどんな環境だったか……」

 マッシュはスティングの育った環境を、レティが知ることが必要であると察していた。

「調べておいたんですよ。スティング君は着任前から話題でしたからね」

「調べた? 彼の事をですか?」

 いつの間に、とレティは目を丸くした。




「彼は貴族ではありません。普通の一般市民が通える、教会の学校で才能を見出されました」

 マッシュが語りだすスティングの過去は、レティは耳にしたことがなかった。

「才能?」

「ええ、精霊魔法に高い適性があったのです。そこで、その教会の神父はルピナス王立学園に、入学の推薦状を送ったのです」

「カルナスの学園都市にある学校に?」

 レティは聞き直した。

「ええ。ですが、そのことによって、彼は重圧を背負うことになったようです。親は喜んだようですが、同時に彼に過剰な期待を寄せた為です」

 マッシュは淡々と語っていく。重たい話を、重たい口調で語ることは、必要以上に気持ちを暗くしてしまうと考えたのだ。

「王立学園を卒業すれば、子供が出世する。そうしたら親も偉くなれる。そのように親は思い込んだ。だから、両親は彼に厳しく接するようになった。『失敗をすると、出世が出来ない』から、『優等生なのに、そんなみっともないことを』とか、『この子と遊んではいけません』など世間体を気にするようになったのですね」

 レティは唇を噛んだ。

「子供と親は、別人格なんだけどね。親が偉いと、子供が『自分が偉い』と勘違いしている奴は多いけど……。その逆かぁ……」

 スティングは親の愛情を感じなかったのだろう。親は親なりに、子供の為にと思っていただろうが、子供からみたら親の事を信じられなくなっただろう。

「私は兄妹が多くて、下の子の面倒を見なくちゃいけなくて……。いつも「お姉ちゃんでしょ」って言われるから、寂しかったな……。でも、ちび達やお母さん、お父さんが「ありがとう」と言ってくれるから頑張れた……」

 自分が頑張っていることを認めてもらえたことで、満足感を得られた。だから、そんなに卑屈にならなかったのかもしれない。

 感謝の言葉を贈られたことによって、愛情を感じたのだ。そして、家族としてのつながりも実感することが出来たのだ。

 レティは自分が育った小さな農家と家族の顔を、幸せな気持ちと共に思い出していた。




 マッシュは空になったレティのグラスにワインを注ぐ。

「彼が王立学園に入校したのは、十二歳だったそうです。誰一人と顔見知りのいない学校に、親と離れて寄宿舎に入り、大変だったでしょう。でも、そこで良き友人、先生に巡り合えば、ぽっかり空いた心の穴を埋められたかもしれません。彼は他人からの助言を素直に受け付けなくなってしまっていました。親の愛情でさえ疑っていたゆえかもしれません」

 マッシュはさらに話を続ける。

「運の悪いことに、彼の担任は貴族しか認めない古臭い考えの人だったようです。そこで彼は何としてでも、成績を上げなければならなかったのでしょう。自分を守るためにね……。それにしても残念な事です。未だにそんな考えの人間が教壇に立っているんですね」

 レティは気分が悪くなってきた

 マッシュが注ぐ酒に酔ってきたのか、差別的な考えで子供を導く教師になっている人間がいるという事実に悪寒が走ったのか、彼女は分からなくなってきた。

「成績を上げて認めてもらえることが、自分を守る砦であり、自分の存在の証なんですね」

 レティは、自分がスティングに対し、何一つ褒めていなかったことに気が付いた。結果はどうあれ、彼は彼なりに考えて仕事に取り組んでいたのだ。それは認めても良かったのではないか……。

「褒めることや感謝することは、相手を認めることにつながります。そして、褒められた人や感謝された人は認められたことを喜び、その相手を認めます。そうして信頼関係の第一歩が築かれていくのでしょう」

 マッシュは自分が地龍将軍だった時に、部下達と親しくなるきっかけを懐かしく思い出していた。

「自分がどうしたらいいか、少し分かったような気がします……」

 レティの目には涙が浮かんでいた。




「さて、それを踏まえて、どの様に彼を矯正しましょうか? 彼の事情を汲んでも、このレイメルの大事な一員であるレティを困らせるのは、市長として許せませんからね」

 穏やかなように見えても、マッシュは厳しい人なのだ。

「まず、グラッグの依頼を最後までやらせたいと思います。この依頼を中途半端に放置しては、彼の成長は見込めないような気がするんです」

 レティの目には、生気が戻ってきた。

「それについてですが、話を聞く限りでは魔物は素早く移動しているようですね。国境沿いの部隊から、魔物が逃げたと連絡が来ています。中級の魔物ですが、名前は『ガンズ・ウルフ』と呼ばれています。時期的にタンホブ山に現れた魔物と同一でしょう。軍と協力して退治をした方が良いでしょう。これは私が準備を整えて、改めてグラッグと共に依頼を出します。三日ほど時間が必要ですが……」

 マッシュは軍への協力要請を出すことに決めた。

「それまでは街の皆に協力してもらいます」

 レティはにんまりと笑みを浮かべた。

 マッシュの脳裏には、暇を持て余している住人たちが、喜々とする様子が浮かび、

「それは喜んで参加するでしょうね……」

 彼がポツリと呟くと、レティがさらに追い打ちをかけた。

「後はメリルにも協力してもらおうと思っています」

 しかし、マッシュは頭を抱えて、

「それは……。気の毒ですね……」

 本気でスティングに同情をしてしまった。




 精霊師協会の窓から、差し込む朝の光が目に沁みる。

「あ~ぁ。光が青い~」

 レティがそうぼやいたが、勿論、朝日が青い訳では無い。

 二日酔いなのだ。

(市長って、私より酒飲みじゃないの~)

 彼女は痛む頭を抱えながら、依頼の書類を選んでいた。

「おはようございます」

 スティングは挨拶をしつつ、協会のドアを開けた。

「おはよう。今日から溜まっている仕事を片づけましょう。取りあえず、向かいの護身用魔道機を扱う店に行って。トッドから商品の選別を頼まれているの」

 レティが努めて平静を保ちながらスティングに指示を出す。

「はぁ? 僕が商品の選別なんかするのかい?」

 文句を言ったが、

「昼には終わる簡単な仕事よ。出来ないとは言わせないわよ」

 レティに睨まれ、スティングはトッドのもとを訪れた。

「やぁ! 新しい商品を開発したんだ。実験を手伝ってよ」

 トッドは茶色のふわふわした髪を揺らしながら、スティングを店の裏にある庭に案内をした。

「僕は細工師。護身用魔道機を製作しているんだ。いつもはユウの兄貴やエアが付き合ってくれるけど、しばらく出張だからさ」

 トッドはスティングに腕輪を差し出した。

「これは昨日、出来たばかりの護身用魔道機さ。風の魔法盾と下級の攻撃魔法が出せるのさ。失敗作だと爆発する時もあるけど、たぶん大丈夫だと思うよ」

 嬉しそうにトッドは胸を張って言ったが、スティングの顔色は冴えなかった。


★作者後書き

 読んで下さる皆さま、ありがとうございます。レティやスティングの悩みは、どちらも自分の記憶にある事です。この解決は次回にしたいと思います。もちろん、『レイメルらしく』ですが。

★次回出演者控室

レティ  「さあ! 私の頑張りを皆様に届けるから!」

スティング「とんだ災難だ!」

エア   「私たちが留守の時に、そんなことがあったの……」

ユウ   「気にするな。レイメルらしいさ」

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