表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紫銀の精霊師  作者: 金指 龍希
潜竜の精霊師編
76/87

アキノキリンソウ 上

 王都の受付に、一人の精霊師が戻ってきた。

 彼はレイメルでの仕事を終えて戻ってきたばかりなのだが、

「ティーア。レイメルに転属希望を出したい」

 少し顔を赤らめながらカウンターに書類を出した。

 いつも皮肉な笑みを浮かべている彼が、何故か深刻な顔をしていたので、

「はぁ? どうしたの? スティング、何か悪い物でも食べたの?」

 そう言葉を返したティーア・ベルセルトと彼女の祖父であるバルク・ベルセルトは時が止まったように、身体が固まってしまった。

 唖然としている二人を前に、

「と、とにかく僕は、レイメルに転属したいんだ。頼んだよ!」

 そう慌てて言い放ち、スティング・ハーンはドアを開けて、街へと飛び出していった。

 その後姿を見送ったティーアが、

「レティ、何をやったのよ……」

 目をクリクリさせながら呟くと、バルクは一通の手紙を取り出し、

「先ほど着いたレティからの手紙じゃ。スティングが転属したいと言い出した理由は、これに書かれているじゃろう」

 ひらひらさせながらティーアに見せた。

「早く見せてよ!」

 と彼女は手紙をひったくるように奪い取ると、

「うわぁ~……。たくさん書かれているなぁ~」

 とため息をついたが、バルクに聞かせる為に読み上げる。

 王都の精霊師協会の受付のカウンターには、赤い花瓶に小さな黄色い花をたくさんつけたアキノキリンソウが飾られていた。




「指示に従わないと、指示義務違反で協会から追放されるわよ!!」

 若い女性の怒鳴り声が、レイメルの精霊師協会に木霊した。

 この声の主は、レティアコール・イシディス。

 皆からは『レティ』と呼ばれ、レイメルの精霊師協会の受付を担当している。

 真っ赤な髪の持ち主の彼女は、その髪色のごとく勇猛な気性をしており、そして街一番の大酒のみで有名人であった。

 彼女の怒鳴り声は、建物近くを通った通行人の耳にも響いた。何が起こったのかと精霊師協会の窓を覗きに行った者まで現れた。もちろん、猛獣と化したレティに睨まれ、すごすごと退散したのだが、それほどまでに彼女の機嫌が悪かったのだ。

 目下、レティの頭を悩ませている当の本人の名はスティング・ハーン。

 周囲に響き渡るレティの怒声を浴びた当人だ。

 彼は王都に配属された新人精霊師で問題児とされているのだが、この街専属の精霊師がフォルモントに出張となったために一時的に配属となったのだ。

 その問題の彼は、精霊師協会から噴水広場に向かっていた。

「何で僕が怒鳴られるんだ。仕事はちゃんとしたじゃないか!」

 噴水が見える長椅子に、どっかりと腰を据えた。

 ライトブラウンの髪を右手でかき回しながら、同色の瞳をパチパチとさせ、男性にしてはやや甲高い声で愚痴をこぼしている。

 彼の横には得物である大剣が立てかけてある。この武器は王都で人気のセデラン工房製で、名は「ライデンシャフト」という。

 彼自身はとても気に入っている武器だが、レティに『武器に振り回され、ハッタリで使っている』と酷評されてしまった。

「僕を馬鹿にして……」

 僕はあの大剣を使いこなせているのに……。王立学園での剣技の成績は普通だった。それで十分じゃないか……。

 スティングは悔しさに、ただ唇を噛みしめる。

「それに、あの説明のどこがいけないんだよ……」

 自分の理屈は間違っていない。

 スティングは青い空を見上げた。

「あの依頼が、無茶だったんだよ」

 彼がレティに叱られた原因となった依頼とは、ラヴァル村付近に出没した魔物退治であった。

 ラヴァル村の近くのタンホブ山に鉱山がある。

 ところが村人が採掘をした鉱石の運搬路の近くで魔物が出現したため、鉱石の出荷が止まってしまったのだ。そこで鉱石の出荷の期日が迫り、村長であるグラッグが精霊師協会に退治の依頼をしてきたのだ。

 しかし、期日までに退治が出来ず、グラッグらしいやんわりとした苦情があったのだが、

「期限が間近な依頼は、達成できない確率がかなり高くて当然。それを承知で頼んだんじゃないの。出来なくても僕の責任じゃないですよ」

 スティングはいつも通りの口調で、グラッグに返事をしたのだ。

 彼は普通に説明したつもりだったのだが、いささか高圧的にも受け取れる口調の為、いつもは鷹揚なグラッグも本当に怒ってしまったのだ。

 そう、彼は『相手の立場を思い遣り、言葉が選んで話すこと』が出来ないのだ。

「僕のどこが! いけないってんだ!」

 依頼の達成率を上げるには、可能性が低い期限が間近な依頼は捨てればいい。無理をして引き受けて成績を下げる必要はない。

「仕事を選ぶのは当たり前じゃないか!」

 成績が優秀なら文句は無いだろう、と彼は考えていた。

 引き受けた依頼の達成率はかなり高いので、彼は自分なりに優秀な精霊師だと自負していた。それなのに王都では先輩精霊師や受付のティーアから、依頼をえり好みをしてはならないと言われ続けた。

 いささかうんざりしていたところに、レイメルへの一時的な配属を言い渡された。

「田舎町なら暇だと思ったのに……」

 良い気分転換だと思って引き受けたのだが、言われることは変わらなかった。

 スティングの鼻先を、甘い花の香りが漂う。

 近くの花壇に咲く花の香りだが、彼には全く興味がなかった。

「何が第二種緊急指示命令だよ……。何で無理やりやらされなきゃぁいけないんだ……」

 彼は抱えた頭の中で、先ほどの言い争いを確かめるように思い返していた。




 彼が頭を抱える『緊急指示命令』とは何か。

 スティングを叩き出す時、レティは受付が持つ職務権限である緊急指示命令を発動したのだ。それは、戦争中や街の治安に関する非常時に発動する第一種緊急指示命令。依頼が殺到した場合に優先的に片づける仕事を、受付が精霊師に指示できる第二種緊急指示命令だ。

 受付と精霊師の関係が良好なら、そんな権限を発動しなくても、話し合いで意見を一致させる事が出来る。故に、規則はあっても発動させることなく、使われることがない権限である。

 赤毛を逆立てたレティは、

「グラッグは貴方を非難した訳じゃない。期日に間に合わなかった理由を、尋ねに来ただけじゃないの。普通に説明できないの!」

 スティングに詰め寄るが

「はいはい。でも普通に説明したら怒ったじゃないですか。僕は間違ったことは言っていませんよ」

 その言葉を耳にしたレティのこめかみに、うっすらと青筋が浮き上がる。

「小さな仕事の達成率ばかり良くても優秀だなんて認めないわ! 協調性が無い人間に大きな仕事は出来ない。大きな仕事は誰かと組まないと成功しないからよ! それが出来ないなら、せめて依頼人には愛想よくしなさい!」

「ふっ、愛想笑いぐらい、やっていますよ」

 馬鹿馬鹿しくなってきたスティングはレティに向かって、わざと笑った。その顔は人を小馬鹿にしているような表情に思えた。

「人を馬鹿にしてるんじゃないよ!」

 瞬間的に頭に血が上ったレティは、スティングの頬に平手打ちをした。

「普通に話しをしなさいよ! あと何で期限が近い依頼を引き受けないのよ! やっとの思いで、必死に頼んでくる依頼人だっているのよ! 何とか言いなさいよ!」

 腹の中で思っていた不満を吐き出したレティは、後に引けなくなってしまった。

 叩かれた頬を手で押さえたスティングも、彼女と同様の心境であった。

「何をするんだよ! 僕達の仕事はいかに多くの人を助けるか、それが重要なんだろ! 一日より二日、二日より三日と期限が長い方が計画的に、効率よく、依頼が達成できるだろうが! 期限の短い依頼じゃ、その一日を無駄にするだけじゃないか! その無駄になる一日を計画的に利用する、それのどこが悪いんだ!」

 スティングの言葉はある意味で正論だ。

 しかし、レティはこの男の考え方に納得が出来なかった。

「私たちは、依頼人の想いも引き受けているのよ! 最初から不可能な依頼は、私達受付で断っているわよ! 確かに成功する可能性が低い依頼もある。だけど、それは受け付ける時に、私達受付が依頼人に必ず説明しているのよ!」

 レティは依頼を断る時の辛さをよく分かっていた。断られて落胆して帰る人の後姿を、胸を痛めながら見送ることもあったのだ。

「私達受付の判断が信用できないっていうの!」

 レティの目は血走っている。

 ところがスティングは、

「僕が不可能と判断したんだ。他の精霊師でも絶対に不可能だね。何でそんなに必死になって僕に説教をするのか、訳が分からないね」

 スティングは胸を張って答えた。その言葉にレティの青筋がさらに増える。

「この世には〝絶対〟という言葉はない! どんな場合にも可能性が存在するの! 私達はその可能性に掛けて仕事しているのよ。あんたは依頼人の想いすら捨てているのよ!!」

 レティの怒鳴り声が続く。しかし、怒りに震えるレティと対照的に、スティングは白けた気分になってきた。

「僕は小さな可能性に掛けていられるほど暇じゃない。掛けていたらそれこそ身体がいくつあっても足りない。それに期限が長すぎる依頼もお断りだね。ここの所属の精霊師だって、それで不在にしているんだろ。自分が担当する街の依頼を引き受けられない状態にして、代わりに引き受けた依頼が幽霊調査なんて、全く正気と思えないね。君が受け付けたんだろう? でも、それをまともに引き受ける精霊師もおかしいんじゃないか? レイメル支部は変人の集まりなのか」

 エアとユウが引き受けた依頼を侮辱した、そして引き受けた二人を侮辱する発言をレティは聞き逃さなかった。レティにとっては自分が依頼を受け付けたことを馬鹿にされるよりも悔しかった。

「あんたねぇ、馬鹿なこと言ってんじゃないわよ!!」

 再びレティの怒りが爆発する。ところがスティングの顔色は全く変わらず、薄ら笑いを浮かべている。

「お前らこそ馬鹿な事ばかり言っているじゃないか! 無駄な事だって意味がある、なぁんて別の受付の奴にも言われたけど、君もその口だろ?」

 彼が『お前ら』と口走ったのは、他の支部でも説教されたからだろう。

「それが精霊師の仕事なのよ」

「つまり、依頼は最後まで粘れというんだ?」

「可能な限りよ」

 その言葉にスティングは笑うように口の端を歪ませた。

「さっきも言ったけどさ。一つの依頼をこなしていて、もう一つの依頼をこなせない。気が付けばどちらも期限切れなんて事態もある。それだったら最初っから可能性の高い方を優先した方がよくない?」

「依頼人は成功の結果だけを認めるんじゃないわ。たとえ失敗しても、その過程が納得できれば、満足してくれる。誰かが自分の為に力を尽くしてくれた……。その事で心が満たされる依頼人がいるのよ! それを知っている精霊師は大勢いるわ。アンキセス様や、ここの所属のユウもエアもそうよ。ユウにはかなり無茶をしてもらったことがあるわ。同時に依頼を三件片付けたわ」

「それは運が良かっただけだろうが。他の人がやっているからと言って、僕はそれにならう必要はない。会ったことのない精霊師と比較されるのも、僕には納得いかないね。だから受付ごときに、僕が非難されるいわれはない」

「受付や他の精霊師をそこまで馬鹿にするなら、こちらにも考えがあるわ! 只今より、職務権限を発動するわ。発動したことは本部にも通知します。解除されるまで受付の指示に従って仕事をしてもらうわよ!」

「嫌だね。何で僕が他人の指示に従わなくちゃいけないんだ」

 そう吐き捨てるように言い放ったスティングが、外に出ようとドアノブに手をかけると、

「指示に従わなと指示義務違反で、協会から追放されるわよ!!」

 レティの怒声が、スティングの背中に叩き付けられたのだ。

「何でここまで言われなくちゃいけないんだ……」

 スティングは頭痛がすると言わんばかりに、両手で後頭部を押さえて唸っていた。




 噴水広場で彼が頭を抱えていた時、精霊師協会では未だに怒りが収まらないレティが、本部への報告書を作成していた。

 彼女は怒りの余り、涙目になっていた。

「あらあら~。相変わらず忙しそうね~」

 そこへ、のんびりとした口調のシスター・メリルが入って来た。

 その顔を見たレティは、何故かほっと安心した気持ちになり、

「お帰り、メリル。ユウとエアちゃんの仕事はどうなっています?」

 自然と笑顔になっていた。しかし、その声には疲れが滲んでいた。

「リゲルにフォルモントに行ってもらいたいと思って戻ってきたけど、行き違いになったみたいなの~。どうやら、人形に神霊が封印されたバイオエレメントが埋め込まれているみたい。これはリゲルの出番だと思ってね~」

 メリルはエア達の近況をかいつまんでレティに話をした。

「二人とも、頑張っているわね。それに、イワンだっけ。以外に真面目なところもあったのね」

 レティは自分が酔い潰した男の顔を思い浮かべていた。

「あらぁ~。そういえば二人の代わりに王都から来た精霊師の方は?」

 メリルがそれとなく尋ねると、

「最悪」

 レティは一言で、バッサリと切って捨てた。

「あらあら~。予想通りというか、予想以上というか。大変ですね~」

 メリルはレティの様子がおかしいことに気が付いていた。

 レティの傍に座ったメリルは、

「おやおや~。実際のところ、どんな人柄でしたか~?」

 何か手伝えることは無いかと思い、腰を据えて詳しく尋ねることにした。

 親しい人間の顔を見て、気が緩んだレティはスティングと言い争った経緯を一気に話をした。レティは悔しさから、時々涙をこぼしていた。

 頷きながら黙って話を聞いていたメリルは、

「なるほど~。それはいろいろと問題ですね~」

 メリルの目が次第に細くなっていく。

「それは教育のしがいがありますね~」

 とメリルが感想をこぼすと、

「教育どころか、矯正のレベルよ。あれでは、たいていの受付が根を上げるわ。おかげで、第二種緊急指示命令を出すことになっちゃったわ」

 レティは本部への報告書に一気にサインをして、

「伝家の宝刀を抜く以上は、何が何でも矯正してやる! レイメル支部の名に懸けて!」

 再び、気勢を上げた。

「それでは私も参加しましょうか~。楽しそうですしね~」

 メリルはにっこりと笑顔をレティに向けた。

「メリルが参加なら心強いなぁ。例えるなら『劇薬投入』かな」

 メリルはレティの言葉に『貴方も相当なものよ』思った。

「メリル。場合によってはあの部屋を使わせてもらうわ」

 あの部屋とは、メリルが『反省部屋』と称している場所。かつて、詐欺で捕まったイワン・バカラが放り込まれた場所だ。イワンがどんな目にあったのか口を割らないので、中で何が行われていたのか、実際のところはメリルしか知らない。

「ああ、あそこですか~。いいですよ~」

 メリルはのんびりとした声で了承した。

 こうして、二人の女傑がレイメルを舞台に、矯正作戦を繰り広げることになった。

「さて、今日はエレナの店で飲んでくるわ。少し頭を冷やしたい」

「あらあら~。余計熱が高くなりますよ~」

「大丈夫よ」

「じゃぁ、私はマッシュの処に行ってフォルモントの状況を報告してきますね」

片付けを始めたレティを残し、メリルは市庁舎へと向かっていった。


★作者後書き

読んでいただいている皆様、ありがとうございます。短編を挟むことになりました。王都から来た精霊師はどうなるのか、彼の言動にレティは動揺します。二人とも成長すると良いのですが……。

★次回出演者控室

レティ 「参ったわぁ~。エア達に手紙を出そうっと」

メリル 「レティもまだまだ……」

レティ 「どうせ私は妖怪になり切れないわよ!」

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ