表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紫銀の精霊師  作者: 金指 龍希
潜竜の精霊師編
75/87

潜竜の精霊師編 エピローグ

―― サリア五世(トルネリア王国女王・王都在住の為、特別出演)

―― フルカス(黒龍将軍であり、女王の執事)

「陛下。フォルモント市長のティファリア殿より親書が届いております」

 フルカスが差し出した書類に目を通した女王は、

「マッシュの真似をしおって!」

 と叫びながら手紙を丸めて床に叩き付けた。

「陛下、落ち着いてください」

 フルカスはテーブルの上に温かい紅茶を差し出した。女王はどっかりと椅子に座り、

「復興資金の援助を申請してきた。それも補助金の出る活用可能な制度を全部調べてきおった。その上で、不足する資金を算出し、償還払いでの借り入れの申請。市民とボランティアだけでは人員は不足として、復興の初期稼働として軍の派遣の承認を求めてきた」

 と頭を抱えながら紅茶を一気に飲み干した。

「さすがですね。マッシュ殿がレイメルを復興させた時に使われた方法を、よく勉強をされていらっしゃる。前例があるだけに、認めない理由がありませんね。さて、準備を始めなければ。近々、ティファリア殿が乗り込んでくるでしょうから」

 フルカスは間抜けそうな貴族から、いかに資金を集めるか算段を始めていた。




――ティファリア・レム・プリンセプス(フォルモント市長)

 フォルモントの闇市は調査を終えたら、広々とした公園にする予定だ。

 二度と闇市が出来ない様に……。それは街づくりの問題だけではないことを彼女は痛感していた。

 ルテネスからマークの身の上を聞いていたのだ。不当な差別がマークを、そして闇市を化け物の様な存在にしてしまったのだ。

(難しい……)

 彼女は唇を噛みしめた。

 街並みや制度をつくることは、書物などで深く考えることが出来る。しかし、人を育てることは、それだけでは難しい。人を育てる為の人材が必要なのだろう。

(まずは市民の生活を安定させる事ね。そして人材の育成……。フォルモントはこれからだわ。その為には、女王陛下から予算をふんだくってこなくちゃね)

 市庁舎の屋上から街を眺めるティファリアの瞳には強い輝きが宿っていた。




――ルテネス・プロプス(フォルモント支部所属・精霊師)

 彼女は住民から『猫被りの精霊師』と、不本意な呼び名で声をかけられていた。

 しかし、それでは「余りに可愛そう」とティファリアとミリアリアが密に相談をした。

「急にギルドに来るなんで、どうしたのさ~」

 にやけているティファリアとミリアリアの二人を前にして、ルテネスは「今度は何の仕事だよ」と思いながら、胡散臭そうに声をかけた。

「だからさ、ルネに新しい呼び名をプレゼントしようかと思って」

 ティファリアがにやにやしながら返事をすると、

「貴女に『蘭芷の精霊師』という正式なギルド名を与えるわ」

 とミリアリアが話を続けた。

「はぁ。らんし?」

 ルテネスは眉を寄せながら再び尋ねた。

「姿も良くて才気に溢れている、という意味よ。『猫被り』じゃあんまりだから」

 とミリアリアが答えると、ティファリアはルテネスに抱き付き、

「ルネ。フォルモントを一緒に守っていきましょうね!」

 と嬉しそうにはしゃいでいる。しかし、ルテネスは、

「あちゃぁ~。ティファの巻き込み宣言かぁ~」

 憂鬱そうに愚痴をこぼした。




――ラルフ・ラッツマン(新聞記者であり、黒きフクロウ)

――ラナリス(黒龍軍所属・黒きフクロウ)

「調べれば調べるほど、闇市は恐ろしい存在だった。でも、人が生み出したものなんだ。それを忘れてはいけない」

 アルガイアたちが調査を済ませ、更地になろうとしている闇市を眺めながら彼は呟いた。

「妹とは、まだ会えていないの。どうしても闇市には入れない一角があったから」

 ラナリスも取り壊されていく建物を見つめていた。

 闇市と不法に関与していた商人たちの実態が、軍の取り調べによって判明した。ほとんどはトラミネールワイン組合に所属する商人たちであった。組合は解散に追い込まれたが、それによりワイン農家が不当な扱いを受けることがなくなった。

 また、アルガイアたちは調査中に発見した亡骸を丁重に弔った。中には子供の骨も多数見つかった。皆が整列して黙とうを捧げた。

 その様子はラルフが記事にして、発行されると王国中が悲しみに包まれた。そして今、女王が建立した慰霊碑には花が供えられていた。

「記事にした途端、女王は慰霊碑を立てた。三年前の失敗をほじくられない様に、素早く対処したんだ。それに商人たちとつるんでいた貴族たちも、いずれ捕まるさ」

 ラルフは何かを吐き出す様に言い、

「もう一人、あの場にフクロウがいた」

 と、ラナリスの顔色を窺うように切り出した。しかし、ラナリスは何も答えない。前を向いたままだ。

「まさか精霊師協会の中にいるとはな。精霊師協会、受付のシリウス。彼もフクロウだったんだな。そして彼の事情を協会も了承した上で、受付をやらせていたんだ」

 ラルフの探るような言葉にも、ラナリスは黙ったままだ。

「闇市を滅ぼすことに執念を燃やした男。彼は『シリウス』を名乗ったまま、生きていくんだな」

 その言葉に、ようやくラナリスは言葉を返した。

「その覚悟を無駄にさせないでね。マークの生死が不明な以上、彼はきっと探し続ける」

「分かっているさ。黒きフクロウは己の目的の為、自分の生活を犠牲にして黒龍に協力をしている。それは彼も同じだろう」

 ラルフは夕闇の中を動き回る、アルガイアたちの姿を眺めていた。




――ダグザス・アジーナ・ネレウス(トルネリア王国水龍将軍)

「さあ、諸君。陸の上でも、見事な働きを国民に見せよう!」

 ダグザスは船の上でなくても元気だ。彼の号令で闇市の調査や建物の解体が進んでいく。

「さて、魔法師団の諸君は、その能力で街の復興を助けるのだ!」

 フォルモントの街は海水に洗われた。建物が倒壊することはなかったが、海に面した地区は、床上浸水の被害を受け、海底の泥などが広がっていた。

 魔法師団の面々が呼び出した妖精たちが、片づけに追われる市民の手助けをしていた。

「将軍。こんな仕事も悪くありませんね」

 と、一人の軍人が呟く。

「そうだな。戦って、人を殺すことだけが国を守る事じゃないさ」

 ダグザスも妖精に水を運ばせ、民家に入り込んだ泥をモップでかき出していた。




――アルガイアとゼアドリックと部下達(港湾局の職員)

「なぁ、ゼアドリック。いいのか、息子の事は?」

 アルガイアは作業の手を休めずに尋ねた。

「奴は奴の考えがあっての事。マークの行方が分からないままでは、心の中で決着がつかないものもあるんでしょう」

 ゼアドリックは黙々と瓦礫を片づけている。

「なんちゃってぇ~。寂しんでしょ、お父ちゃん」

 と、誰かが冷かし始めると、

「子離れは難しいよなぁ~」

 と、さらに誰かが突っ込み、

「無理しちゃって~。俺が息子の代わりに撫でてやろうか」

 と言ったかと思うと、ゼアドリックに飛び掛かった。

「うわぁぁぁっ!」

 ゼアドリックは声を上げて逃げようとしたが、次々とのしかかられてしまった。

「どけぇぇぇっ! お前らぁっ!」

 もがいているゼアドリックを横目で見ながら、

「我が小隊は、いつも通りだな」

 と、アルガイアは笑い声をあげた。




――シリウス(フォルモント支部所属・精霊師)

 慰霊碑の前にはたくさんの花束が積み上げられていた。

 シリウスが目を凝らすと、その中に変わった花があった。

 葉牡丹である。

「これは……。あの庭に植えてあった……」

「私が供えました」

 彼の後ろから女性の声がした。振りかえると、そこには見知った人物が立っていた。

 ラフィアの母、セリーナだった。

 彼女が慰霊碑に捧げた葉牡丹の花言葉。

 それは『記憶に残る思い』。

「お久しぶりです。そして、申し訳ありませんでした」

「いいんです。約束を果たしてくれましたから」

 彼女は優しげな笑顔を彼に向ける。

「ですが、マークを見失いました。生死不明です」

「でも、探すのでしょう?」

「はい」

 シリウスは即答をした。

「ラフィアの為に、貴方がこれ以上の苦労をされなくても……」

「いえ、他にも大勢の子供の命が失われました。この罪の償いは、潜竜の精霊師の名に掛けて、必ず……」

「余り、ご自分を追い込まないでくださいね」

 セリーナの瞳は涙で濡れている。

「はい。ありがとうございます」

「あの子も喜んでいますよ。貴方が精霊師に戻って」

「はい……」

 セリーナにいたわりの言葉をかけられたシリウスは、慰霊碑を向いて静かに涙を流していた。




――カイル司祭(精霊教会本部所属)

――リゲル・カーレッジ(レイメル市専属機械師)

――イワン・レサト・バカラ(元貴族であり、元詐欺師)

 ヴェルヌイユ島にある教会の一室で、三人は目の前の古文書の写しを眺めていた。

「グラセルに保管してあった分は、これで全部だ。読めねぇのも多い」

 リゲルが素直に言うと、

「確かに、古王国以前の物もありますね。これは大変な作業になるでしょう」

 カイルは古文書を孤独の中で、ひたすら移し続けた男の心情を思い遣った。

「いつか、きっと役に立つと信じて作業したのでしょう」

 カイルは唇をかむ。

 その様子を見つめていたイワンが、

「カイル様、僕も頑張ります。役に立ちたいんです。学園都市に行ってもいいでしょうか? 古文書の勉強をさせて下さい」

 思いつめたようにカイルに申し出た。




――アンキセス・リーズン(精霊師協会・元会長)

――ユウ・スミズ(レイメル所属・精霊師)

 精霊師協会の宿舎の窓を開け放つと、フォルモントの街の喧騒が伝わってくる。

「片付けが大変そうじゃ」

 と窓の外を覗いていたアンキセスが振り返ると、ベッドの上に横たわるエアの姿があった。その傍らには、ユウとホシガラスの姿があった。

「じいさん。彼女は大丈夫なのか?」

 不機嫌そうにユウが尋ねる。アンキセスには他にも聞きたいことがある。が、ありすぎてまとまらないのだ。どれから聞いていいのか分からない。

「アジーナはエアに精霊力を分け与えた。古の伝承にある暁姫に力を与えたように……。小さな器に、大きな力を注いだのだ。今しばらく、眠っておるじゃろう。自然と目覚めるまで待つのじゃ。ホシガラスも力を貸しておる。きっと、もうすぐじゃ」

 アンキセスはため息をついた。そして、

「アジーナの告げた話について、詳しい事は分からん。『世界樹が枯れている』と言っておったが、原因に心当たりがない。わしが知っておったのは、神霊が人形に封じられており、その封印が解けようとしておる事じゃ。神霊は十二柱。故に人形も一二体。わしが存在を確認しておるのは、アジーナを含め三柱のはずじゃが、後は人形の場所も分からん」

 ユウに淡々と告げた後、

「それよりも心配なのはお主の方じゃ。世界樹を通じて、お主をアジーナが『呼び寄せた』とは驚きじゃ」

 幼い子供のように目をくりくりさせ、アンキセスがユウの顔を覗き込んだ。

「じいさん……。俺は自分が何でここに居るのか、数えきれないほど考えた。ケントが殺されて、俺は独りになって……、苦しんだ。簡単に納得など出来る訳じゃないが、アジーナが俺をこの世界に連れてきたことが分かった。俺に何をやらせたいのか分からんが、いや、何の役割をさせたいのか……。さっぱり分からん」

 ユウは苦痛に襲われた様に、顔を歪ませていた。




――エア・オクルス(精霊師協会・レイメル支部所属)

 彼女は闇の中を行先もわからず、ひたすら歩いていた。

「早くレイメルに帰らなくちゃ。ユウは先に帰っちゃったのかなぁ」

 誰に聞かせるともなく呟いた。すると、女性の声が響いてきた。

「何故、レイメルに?」

 誰からの問いなのか全く分からないのに、エアは不思議だとも感じず、

「皆の処に帰りたい……。私、レイメルの皆が好きなの」

 エアは素直に返事をした。

「何故、好きなの?」

 誰かの質問が続く。

「レイメルの皆に私は育ててもらったの。優しく、厳しく見守ってもらった。師匠はおじいちゃん。メリルはお母さんみたい。市長さんはお父さんみたい。リゲルは親戚のおじさんみたいで、レティはお姉さん。ミリアリアさんもね。トッドはお兄さんみたい。ユウは……。ユウはお兄さんというより、大切な人なの。だから私は帰らなくちゃ」

 誰の問いなのか気にもせず、何のわだかまりもなく、エアは素直に答えた。すると再び、

「家族のように?」

 女性の声が響く。

「うん。大好きなの。私にとってレイメルは故郷の様なものなの。だから帰りたい」

 エアは目を輝かせて答えた。

「人間が好きなのですね……。しかし返事としては、まだ不十分。それだけでは足らないのです。今しばらく、私の力を分け与えましょう。それで時間が稼げるでしょうから」

 するとエアのペンダントの石が輝きだした。

「あっ!」

 ペンダントの光が強くなり、エアの行先を明るく照らし出した。

「さあ、白い鳥が迎えに来ていますよ」

 女性の声が響く中、エアは光に包まれた。




 フォルモントでは、ワイン祭りが行われていた。

 ワインの生産者と、ワインに合う料理を提供したシェフをたたえる祭りだ。

 この祭りは街の教会で開かれ、トランペットを持った楽隊が朗々と吹き鳴らし、回廊は厳かな雰囲気に包まれるのだ。

 街には、大波が押し寄せて運んだ泥や、流された家財の残骸が残っていた。

 片付けの手を休め、市民やダグラス始め水龍軍やアルガイア達、港湾局の面々の姿があった。勿論、シリウスやルテネスの姿も見えた。

 その顔には自然と笑みが浮かんでいる。

 ティファリアはその様子を満足そうに眺めていた。

「市長。街がこの状態では、祭りは延期した方が……」

 と職員がティファリアに進言したのだが、

「怪我人は出たけど、死者が出なかったのは幸い。感謝の気持ちを忘れない様に、そしてこの街が復興に前向きであることを国内に示すために……。そして何よりも市民の一人一人が、生きていれば良いこともあるのだと思えるように……。いつも通りに祭りを行いましょう」

 ティファリアは悩んだ末に、そう結論を出したのだ。

(これでよかったのよ……)

 心の中で頷くティファリアの前で、赤いローブを纏った司会者が壇上に上がってワイン普及者を称える。

「ムッシュー・ゴルド。あなたはフォルモントのレストランで十年修行し、シェフとなられ……」

 照れながら頭を下げるシェフに向かって、盛大な拍手が送られた。

 その音は教会近くの精霊師宿舎まで響いてきた。

「今日は祭りじゃ。ティファリア殿もなかなかやりよる。街は人が集まる事が大切じゃからのぅ」

 アンキセスが再び窓の外に目を向ける。

「祭りか……。そんな気分にはならんが」

 窓から目を背けたユウが、ふとエアの顔を見つめた時、彼女の口元が微かに動いた。

 うっすらと瞼を開いた彼女は、ぼんやりと見えたユウに向かって、

「ユウ……。レイメルに……。帰ろう」

 微かにその言葉を耳にしたユウは、

「あぁ、帰ろう。レイメルへ……」

 彼女の頬に手を当てて、何度も頷いていた。


★作者後書き

 皆さん! 潜龍の精霊師編が完結しました。エアとユウの運命はこれから神霊と共に、激しく変動のはずですをしていきます。短編を幾つか掲載して、学生編に突入したいと思います。

★次回出演者控室

レティ  「さぁーて、私の出番だよ!」

スティング「僕のどこが矯正されなきゃいけないのさ」

レティ  「自覚、無いんだ……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ