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紫銀の精霊師  作者: 金指 龍希
潜竜の精霊師編
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第六章 潜竜の精霊師 その二

 落雷の様な砲撃音に驚いたのは、闇市の面々も同じくであった。

 ゴオッと身体に響いてくる音や揺れを感じ、マークは部下を怒鳴りつけた。

「何が起きたんだ!」

 すると粗末な木の扉を、壊れんばかりに勢いよく開けた男たちが、

「大変だ! 海軍の奴が大砲を撃ち込みやがった!」

「塔が壊されました!」

 口々に叫びながら転がり込んできた。

「いきなりか! ふざけやがって! 武器を取れ。ゲリラ戦に持ち込むんだ!」

 マークは頭に血を昇らせながら、もたついている部下たちに指示を出していた。

「闇にまぎれて取り囲むなんざ、高貴な女王の軍隊がやる事かよ」

 そう吐き捨てたマークは、フランベェルジュを手にした。

「軍隊がどうした。俺がこの街の支配者だ」

 彼は騒がしくなった外に向かって、ゆっくりと階段を上り始めた。




 ――そして、海上では――

 闇市の中心地にそびえたっていた塔が、見事に崩れるのをラルフは乗り込んだ軍船から、

「ほぉぉ~、いい腕前だねぇ」

 身を乗り出して眺めて唸っていた。すると、むさくるしいひげを生やした軍人が、

「おい! うっかりしていると、海に落ちるぞ。全く、久しぶりに顔を見せたと思ったら、連れて行けと駄々をこねやがって。可愛くない奴だ。おかげで俺の船は出航が遅れたぜ」

 そう文句を言いつつも、彼は大きな笑い声をあげた。

「すまねぇな、エンリケ。あそこで何が起きているのか、この目で確かめたいんでな。それに……。こいつらも連れて行きたいし」

 ラルフが視線を滑らせた先にイワンとリゲルが立っていた。

「すいません、ラルフさん。あそこにある人形の為に、どうしても行きたかったので……。無茶を言いました」

 その視線を受け止めたイワンが素直に頭を下げると、隣でリゲルが鼻の頭を擦りながら、

「助かったぜ。ワシらがグラセルから戻ってきたら、もう戦が始まっていやがった。人形が目を覚ます前に見つけたいんでな。どうしようか焦っているところを、この記者の兄ちゃんに声をかけられたのさ」

 揺れる船の上で、早く上陸したいと焦っていた。

 ラルフは二人を冷やかに横目で見ながら、

「まぁ、そこの金髪君の素性を、俺はたまたま知っていたからな。イワン・レサト・バカラ。炎の神霊の名前を持つ、この地方の領主である貴族の本当の後継者。それが君の名前だろう?」

 ラルフは腕組みをしながら、イワンをまっすぐ見据えた。

「……はい。僕は実の父から『死人』にされ、名前を奪われました。それでも、僕は家名を捨てきれなくて、罪を犯しました。僕はその償いをしなくては……」

 イワンは唇をかみながら、他人を傷つけた事を悔やんでいた。

「そこらへんの事は、後でゆっくり聞かせてくれないか。俺もバカラ家にちょいと因縁があってね」

 ラルフが少し痛みにゆがんだ表情を見せた時、

「おい、ラルフ。荒っぽいが、このままこの船で浅瀬に乗り上げるぞ。全員、衝撃に備えろ!」

 エンリケが大声で叫ぶと、船は大きな軋んだ音を上げ、全員の体が吹き飛ばされる様な衝撃が襲った。




 ごちゃごちゃとした細い路地を、持っていた杖を振りかざしながら、

「水流刃! アンディもお願い!」

 エアは魔法を放ちながら移動をしていた。妖精のアンディも空中に身を躍らせて、隠れている敵に体当たりをしている。

「エア、はぐれるなよ! 大鳳、隠れている奴を炙り出せ!」

 ユウも妖精や盾魔法を出しながら、

「思ったより敵の数が多いな。おまけに建物の陰から襲ってきやがる」

 精霊師たちは、敵の魔法攻撃を防ぎながら先へと進んだ。

「海軍の連中も上陸したみたいよ~。私たちは手筈通り、人形を探そうか!」

 先頭を走るルテネスはそう叫び、後ろを振り向くと、

「シリウスの姿が見えないけど、どこへ行った?」

 と叫ぶ。

「きっと、あいつは先に行っている」

 ユウがそう答えると、

「えっ! 先に?」

 周りを見回したエアだったが、急に体が引っ張られるような感覚を覚えた。

(何だろう……。この先に何かある……)

 どうしても、磁石に引き寄せられるように、身体の中の何かが引き寄せられるのだ。

「ねえ、何か感じる。身体から何かを引きずり出されるみたい」

 エアが思わず口にすると、

「俺もだ。まさかと思うが、人形の影響か?」

 ユウは人形の目が開いた時の情景を思い起こした。

 それはエアも同じで、

「まさか、皆が精霊力を使っているから、人形が目覚めた?」

若い精霊師たちに追いついてきたアンキセスは、

「まだ、早いと思うんじゃがのぉ」

 エアの呟きに、戸惑いながら答えた。

「爺さん。いい加減、誤魔化すのは限界だと思うんだが」

 ユウがアンキセスを睨み付けると、

「教えて! 師匠は何を知っているの! 死んでしまった人や、不幸になった人がたくさんいるんだよ! あの人形は何なの!」

 エアはアンキセスに向かって声を荒げた。




 アルガイアとゼアドリックは焦っていた。

「ゼアドリック! 早くマークを確保して人形を探さないと!」

「確かに! 探すのが面倒になったアンキセス殿が街を灰にしちまうぞ!」

 二人の言葉を聞いた部下たちが、押し寄せてくる敵をぶちのめしながらも、

「恐ろしいことを言わないで下さいよ~」

「もたもたしていたら始末書の山と!」

「減給の嵐が来ちゃうじゃないですか!」

 過去の忌まわしい思い出が蘇ってきたようだ。

 シリウスは眉間にしわを寄せ、

「もうすぐ、地下の入り口のはず……」

 塔のがれきと土埃の中を見回していると、剣を振るっていたゼアドリックが、

「シリウス。お前、こっちに来ていてもいいのか」

 手を休めずに尋ねる。

 シリウスは油断なく周りに目配せをしながら、

「僕の三年間はこの瞬間の為に……。子供たちの無念を晴らすためにも、今度は負けない! 負けられないんだ!」

 彼が走り出そうとした時、耳をつんざく破裂音と同時に、目の前の建物が崩れてきた。

 焦げ臭く、もうもうとした土煙の中から、

「見つけたぜぇ。獲物がいっぱいだぁ」

 不気味な男の声が聞こえてきた。




 アンキセスは天を仰いだ。

「もう誤魔化せんのぉ~。このわしとて、あの人形について、全てを知ってはおらん。この戦いが終わった時、知っておる事を話そう」

「……。分かりました。必ず話してくださいね」

 不満そうなエアは、涙目になってアンキセスに念を押した。

「話す。必ず人形について知っておる事を全て話そう」

 真っ直ぐに問い詰めてきたエアを、アンキセスは快く思っていた。

彼女は他人の為に涙をし、怒っているのだ。それは心に優しさが宿っている証拠だとアンキセスは感じたのである。

「今は、作戦中だ。納得は出来ないが、仕方ないな」

 ユウが簡単に引き下がったのは、アンキセスは『必ず約束を守る』という事を知っているからである。

 慌ただしく移動しながらアンキセスは、

「これだけは知らせておく。人形はおそらく修復されておる。そして起動したら、見境なく人を殺すじゃろうて。その前に破壊する必要がある。破壊方法は額の石と心臓部じゃ。両方破壊する方がいいじゃろう」

「理解した。だが、出来れば無傷で回収したいのだが」

 ユウは無傷で回収したいと協会が依頼をした事を思い出した。

 しかしアンキセスは、

「無理じゃ。さっきも言ったが、一度起動したら壊すことでしか止まらん。それに壊してやる方が救いになる」

 きっぱりと『壊す』しかないと言い放った。

「救いになるって、どういうこと?」

 エアは『破壊』が『救い』を意味することが呑み込めなかった。

「神霊が封じられておるのじゃ」

 いつもは飄々としてるアンキセスが真顔で答えた時、

「では、シリウスから聞いたリゲルの話は本当だったのですね」

 とルテネスが答えた。

「すいません、アンキセス様。シリウスの姿が見当たらないので、ひょっとして先に行ってしまったのではないかと……。私は先に行きます!」

 嫌な予感がしていたルテネスは勢いよく走り出した。




 にやにやと笑いながら現れた男は、

「はっ、はぁ~。警備兵の皆さん、ご苦労様だねぇ。こんなところまでやってくるとは、なんて仕事熱心なんだ」

 曲がりうねった剣を構えながら、ゆっくりと近づいてきた。その剣を目にしたシリウスは、

「お前、マークだな」

 唸るような低い声で、彼の名を呼んだ。その声を耳にして我に返ったゼアドリックは、

「アルガイア小隊! 隊列整え、構えよ! 今度こそ精霊師を援護するぞ!」

 周囲に響き渡る大声で叫んだ。

「おぅ!」

 その声を耳にした部下たちは、一斉に隊列を組んでマークを遠巻きに取り囲んだ。

「マァーーーークッ!」

 叫びながらシリウスは走り出していた。




 走り出したシリウスに向けて、ゼアドリックは叫んでいた。

「思う存分やれ! 周りの雑魚は俺たちが片づける!」

 その声に押される様に、レリックは二本の剣をマークに向けて突き出した。それは、怒りをその身に宿し、長年に渡り耐え抜いた男の想いだった。

「うるせぇ! 気安く呼ぶんじゃねぇ!」

 相対するマークも叫びながら、レリックの剣を受け止め、目の前に切っ先が突き出ている刃を観察した。

(見たことねぇな。長さは六十~七十センチ。S字カーブの独特な形状。柄は刃の長さと比べても、かなり長いな。刀身には花が描かれている。つぅか、あの形状で二本だと。剣を折るつもりか!!)

 マークがシリウスの意図に気が付き、顔を険しくした。

「気が付いたみたいだね。この剣は君の剣を叩き折る為に手に入れたのさ」

 今度はシリウスがニヤリと笑みを浮かべる。

「花柄で、おまけに武器破壊の剣かよ。趣味が悪いぜ」

 マークは逃げ道を目で探しつつ、すり足で移動をする。すると、取り囲んでいる警備兵たちもゆっくり動く。

「君に言われたくないね。相手を無効化するには武器を折るか、君が僕にやったように心を折るか。どちらにしろ戦意を喪失させる必要がある。前者より後者の方がよっぽど性質が悪い」

 再びシリウスが交互に突き出す剣を、器用にはじき返しながら、ふとマークの視線は見覚えのある物が目に留まった。

 シリウスの手首に巻きつけてある、貝殻のネックレス。あれは三年前の炎の中で見たものであった。

「お前、あの時の精霊師か……。大人しく死んでりゃいいものを、正直、うざいぜ!」

 マークが吐き出すように言うが、

「ありがとう」

 シリウスの冷静な答えが、マークをとても不快な気分にさせた。

「チッ、なめてんのか。褒めちゃいねぇぜ」

 舌打ちしながら答えていた。

 三年前に殺したはずの精霊師が、どんな仕掛けだか知らないが、姿を変え、不敵な笑みを浮かべ自分の前に立っている。

(確かに顔立ちに面影があるが、髪の色とか別人じゃねぇか……)

 戸惑うマークの苛立ちを肌で感じながら、

「いいや、褒め言葉だよ」

 シリウスは油断なく剣を構えた。

 冷静なシリウスとは対照的に、マークは次第に苛立ちが募り、

「褒めたけど! お前はきっちり殺しとくべきだったぜ」

「それが君の甘さだよ」

 シリウスの口元に、皮肉な笑みが浮かぶと、

「なんだとぉ!!」

 マークの顔が怒りに歪んだ。

「あの時とは立場が逆になったね。今、人質はいない。だから、僕は逃げない。殺された子供達の為にも」

「気真面目な奴だな。それだったら俺を殺しゃいいだろうが。何故それをしない?」

「殺さない。確かに、今でもこの腕にあの子の感触が残っている。僕はあの子の遺体の前で誓っているんだ。精霊師として闇市を潰すと、そして殺した君を捕まえると」

 シリウスに殺気がないと確信したマークは、逃走するための方法を模索し始めた。

「はぁ、言葉重ねても無駄だな。揺さぶりも通じねぇ」

「偽善者と言われることも、覚悟しているよ」

 シリウスはじりじりと、マークとの距離を詰めると、

「なら、これはどうだ!」

 マークは懐から魔道機を取り出した。




 ゼアドリックはマークが取り出したものが何であるか、一目で理解した。

「それは軍で支給されるエレスグラム!」

 アルガイアは号令を発した。

「魔法盾、発動! 気を付けろ! 改造されているぞ!」

 警備兵たちは、一斉に魔法盾で身を包んむと、シリウスの顔が険しくなり、

「やっぱり君は脅威だね。でも推測は出来る。魔石の配置を工夫したんだろう?」

 シリウスの問いに、マークは口の端を歪め、

「正解だ」

 と答えると、シリウスも不敵に笑う。

「それならとっくに造られているよ。いや造らなくても精霊師なら、呼吸をするように出来る。例えば、光を纏いし氷の刃よ。舞い踊れ。氷刃光舞!!」

 詠唱と共に無数の氷の刃が空中に生まれて、光が刃を覆う。それが一斉にマークを襲った。

「ちぃ、闇を纏いし焔の剣よ。邪魔者を滅却しな!」

 マークはフランベェルジュに赤黒い焔を纏わせ、シリウスの魔法を斬り裂いた。

「互角かな。それなら銀嶺!」

 シリウスの呼びかけに、青銀の大きな狼が現れた。

 大きな狼は氷の息をマークに向かって吹き付けたが、

「まだだぜ。魔焔滅刃!」

 素早く避けたマークのフランベェルジュが、迎撃姿勢をとれていないシリウスを襲った。

「しまった!」

 思わず叫んだシリウスだったが、迫り来る凶刃が激しい金属音と共に、目の前で止まっていた。

 ルテネスが彼の後ろから、槍の先で止めていたのだ。

「招待状は無いけどさ~。私も参戦させてもらうわ~」

 ルテネスが不敵な笑みを浮かべ、シリウスの後ろに立っていた。

「増援かよ」

 マークが槍を弾き、後ろへ飛んで距離を取る。

「私はただの付き添い。シリウスが一人で戦うと思ったから~」

「付き添いねぇ。それって一緒に来ないか普通」

「だから言ったでしょ~。招待状は無いってさ~」

「確かに。こりゃ一本取られたよ」

 マークはおどけていたが、シリウスは両眼をむいて驚いていた。

「何故ここに?」

「ここにマークが居るのはわかっていたし~。貴方が一人で戦うと思っていたから~」

「気が付いていたのか」

「報告書の話が詳しすぎるからね。もう一人気が付いている子がいるわよ~」

「ユウか。やはり同業者は誤魔化せないな」

「さぁて、待たせたわね。今度は二対一よ。必ず捕まえるからね!」

 ルテネスの口調は変わっていた。それは厳しい戦いに臨む彼女の、気合に満ちた声だった。

「本当に分が悪いな。捕まる気は全く無いがな」

 マークは距離を詰める為に走り出した。


★作者後書き

 更新が出来て、とても嬉しく思っています。読んでいただいている皆様がいることが、書き続ける原動力になっています。

★次回出演者控室

マーク 「どうやって逃げようかな」

シリウス「簡単には逃がしませんよ」

エア  「人形は何処なの?」

ユウ  「しかし、あの人形は動けるのか?」

イワン 「そこら辺は僕とおっさんで頑張るよ」

リゲル 「おっさんと言うな」

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