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紫銀の精霊師  作者: 金指 龍希
悲嘆の魔石師編 
7/87

第一章 誓いの噴水 その五

 とっぷりと日が暮れ、片付けを終えた三人は冷えた両手をさすりながら、

「レティ、ちょっと寒いかも~」

「エア、お湯を入れてあるから暖まりなよ。市長とリゲルには珈琲を出すわね」

 ギルドの扉を開けながら倒れこんだエアに、レティが明るく声を掛けた。

「ふあぁーい」

 エアはくたびれた返事をしつつ、奥のバスルームに向かった。

 マッシュとリゲルはその後ろ姿を見送りながら、ホールにある応接用の椅子に腰掛けた。

「お疲れー、暖かい珈琲をどうぞ」

 カップを二人の前に出したレティは、マッシュが白い花を抱えているのに気が付いた。

「あらら、市長。その花どうしたの?」

「い、いや、その、王都の大聖堂の広場に咲いている薬草を貰ったのですよ」

 いささか慌て気味に答えたマッシュがうろたえていると、

「あらあら~、皆さん大変だったわね~。でも大通りがとっても綺麗になったわ~」

「や、やあ、メリル。大聖堂の薬草を貰って来ましたよ。何の薬になるのか、私にはさっぱりですが」

 相変わらず満面の笑みを浮かべて入ってきたメリルに、立ち上がったマッシュは球根を包んでいる袋ごと白い花を手渡した。

「リコリスですね~。ありがとう、マッシュ。これは痰を取り除く薬になりますよ。作り方を間違えると毒薬になっちゃいますけどねぇ~。リゲル、これを増やしてくれるかしら~」

「おう、そんなに難しい花じゃないぞ。時間はかかるが、工房の脇で増やそうか」

 メリルがあっさりと、リゲルに花を渡すのを目撃したレティは、

(市長も可哀想にね、メリルもわかっててスルーしたのかしら……)

 レティは穏やかだが微妙な三人の雰囲気を察し、市長を気の毒に思いつつも、メリルの珈琲を用意していた。




 再び、三人はレティの出した温かい珈琲を飲みながら談笑していたが、突然、

「なあ、気が付いたんだけどよ」

 リゲルの言葉に、姿勢よく座りながら珈琲を味わっていたマッシュは顔を上げた。

「どうしました? 珍しく真面目な顔をして」

「噴水の水が大きく噴き出した時、嬢ちゃんのペンダントの石が光った気がするんだが……」

「あらあら~、いつも彼女が服の中に隠しているペンダントですね~」

「あれは彼女の両親の形見の品だと聞いています。他には特に聞いていませんが」

「気のせいだったかなぁ……」

 リゲルはカップを置き、両の瞼を掌で押さえていると、マッシュはいたわるように答えた。

「老眼には、まだ少し早いと思いますよ」

「あらあら~、私が目薬を作ってあげましょうか~」

「おい、メリル。毒はいらんぞ、本当にいらんからな!」

 メリルが作る薬は、当たれば良く効くが、外れれば毒薬になることがある。リゲルはその事を知っていたので、悲鳴を上げんばかりに断っていたのである。

 頑固に断るリゲルを見て、マッシュは自分より年若い友人に王都で買った目薬でも差し入れてやろうかと本気で考えていた。




 騒いでいる中年達をよそに、エアは風呂に入って暖まり、生き返ったような気分になっていた。

 鏡を見ながら髪を整えていると、首から下げているペンダントの留め金が緩んでいる事に気が付いた。

(どこで引っかけたのかなぁ~。大事な物なのに、気を付けないとね)

 覚えているのは誕生日に貰ったこと。両親が亡くなる半年前のことだった。

 ペンダントの先には、銀のフレームに包まれた雫形の青い石が付いている。その石は謎めいた海の様に複雑な色彩を閉じ込めた青色を放っていた。


「これはおまえの物だよ。誰にも渡しちゃいけない、約束だよ」


 父から貰った時、なんだか大人になった様な気分がして、とても嬉しかった……。

「えへへ~、似合ってる?」

 ペンダントを着けてから、父にそんなことを言ったのを思い出した。

 あの時、私は幸せだった――

 鏡を見つめるエアの瞳に涙が浮かんできた。




「お待たせしましたぁ! すいません、手間取っちゃいました」

 エアは慌てたふりをして、珈琲を啜っている三人の傍に駆け寄った。

「嬢ちゃんも女の内か。長風呂だなぁ」

 リゲルがおちょくった物言いをしたのを、マッシュは視線でたしなめて、

「私は気にしていませんよ。それより、明日は精霊師への昇格試験ですが、心の準備は出来ていますか?」

「い、いやぁー、それなりに頑張っているつもりなんですけど……。どうも魔法の威力が調整出来なくって……」

 マッシュの鋭い指摘に彼女は思わず頭を掻いた。

「アンキセス殿は、『グラセルに行かねばならないので、試験の立会いは出来なくなった。近々行われる豊穣祭の最終日に帰る』との伝言を預かりました」

「え~っ! 半年ぶりに会えると思ったのに~」

 マッシュに文句を言いだしたエアを、メリルが慰める。

「あらあら~、ちゃんと正式に精霊師になってお会いすれば良いではありませんか。さあ、今日はレティと宿舎に戻って、食事をしなさい」

「ん~っ、じゃあ明日に備えて早く寝ます! レティ、早く帰ろう」

「よし、私が夕食を作ってあげる。エアの好物はオムレツだっけ」

「レティ、卵は三つにしてね。あんまり大きいと食べきれないよ~」

 二人が慌ててギルドを出て行くのを確認したマッシュは、

「リゲル、それにメリル。気になることがあるで……、相談したいのですが?」

 マッシュが急に深刻な顔をしたので、リゲルは「おう」と短く返事をした。




 誓いの噴水にエアとレティが差しかかった頃、日が暮れてきた為か人の姿が少なくなってきた。観光客で賑わうレイメルだが、やはり夜間の人出は少なくなるのだ。

 噴水の近くに来て、レティは食材が足りない事に気が付いた。

「おっとエア、ここで少し待ててくれる? 少し買い物をしてくるからさ」

 商店街へと走り去って行くレティの後ろ姿を見送ったエアは、しょんぼりと噴水の縁に腰掛けた。

「今日は失敗しちゃったなぁ……」

 なにも失敗は今日だけではないのだが、指を折って思い出すと気持ちが重たくなってくるので、なるべく忘れる様にしている。とはいえ、多くの人を巻き込んだ今回の失敗については、さすがに落ち込んでしまった。

「おや、お嬢さん。元気が無いですね」

「あ、ガスパーさん!」

 彼は長い白髪を後ろで束ね、少し濃い色眼鏡をいつも掛けている紳士であった。あからさまに、年齢を尋ねたことは無いが、エアはマッシュと同じくらいの年齢だと思っている。彼はレイメルに長期療養の為に滞在しており、エアが郊外で魔法の練習をしている時に知り合って親しくしている人物であった。

「また、失敗しっちゃったの」

「それは噴水の魔道機が暴走したことかな?」

「うわっ、やっぱり知っているんだ。なんでかなぁ~、うまくいかないの」

 エアはこの半年、ガスパーを相手に愚痴をこぼしてきた。魔法の練習をしている時間より、話をしている時間の方が長かったかもしれない。

 知り合ったばかりの頃に、エアはうっかりと目のことを聞いてしまった。それでも「先天的に色素が薄いんだ。瞳が赤茶でね」と彼は怒らずに、穏やかな表情で色眼鏡をいつも掛けている訳を話してくれたのだ。

 エアは陽だまりの様な暖かい彼と話をすることが大好きだった。

 それは記憶の底に眠っている父を慕うような感情だったことに、エアは気付いてはいないのだが……。




「きっと力が入り過ぎていたのですよ。気にしないで明日、元気に頑張ればいいんです」

 ガスパーはしょげているエアの横に腰掛けた。

「仕方がない子ですね……。お嬢さんはこの噴水で誰と何の約束をしましたか?」

「――師匠と守護精霊師になることを約束した……。この噴水にある二枚羽の妖精の様に、盾と杖をもって街を守るって約束したの」

 アンキセスがレイメルを発つときに、『守護精霊師』は街の住人から信頼される精霊師に贈られる称号だと教えられ、この噴水の前でエアはレイメルを守ると約束したのだ。

 エアにとってこの噴水は、守護精霊師となる『誓いの噴水』であった。

「思い出しましたか? この街の住民を大切に思い、また住人に愛されれば充分だと思いますよ。お嬢さんは皆さんに大切にされているじゃないですか」

 ガスパーは自分の子供に諭すように話し掛けた。

「私に家族はいませんが、こうやってお嬢さんと話せることは幸せなことだと思っていますよ。何も『守護をする』というのは、力で行うことばかりでは無いでしょう」

「ごめんなさい……。いつも励ましてもらってばかりで……」

「いいんですよ」

 膝を押さえながら立ち上がったガスパーの表情は、痛みの為に少し歪んで見えた。

「ガスパーさん、怪我をしたの?」

 心配そうなエアに、

「二、三日前に転んでしまって、大丈夫ですよ。いつもなら、もう治っている怪我なんですが……。いささか、治りが悪くなってきたようです」

「大事にして下さい。そうだ、明日試験が終わったら保養所へ遊びに行きますね」

「駄目ですよ。立派な精霊師になったら、やることが沢山あるんですから……。仕事は遊びじゃないんですよ」

「え~っ! つまんないよ~」

 むくれる子供をなだめるように、

「そのかわりに豊穣祭の最終日に花火が打ち上げられるそうですから、一緒に眺めましょう。それじゃ、私は教会に寄ってから帰りますね」

 微笑みながらエアと約束したガスパーは、右足を軽く引きずりながら教会へと向かって行った。




「おまたせー、今日もいっぱい『勝った』わよー」

 商店街から戻ってきたレティは、大きな紙袋を抱えていた。

「さすが値切りのレティ、きっと商店街の人が泣いているよ。それにしても食べきれないほど買ってきてぇ~」

「当然じゃないの、おなかいっぱい、胸いっぱいってね。たくさん食べないと背が伸びないよっ!」

「うわっ、気にしているのに~。ねえ、レティ。そういえば豊穣祭って来週だったっけ?」

「そうねぇ、満月の夜から開始だから、あと四、五日ぐらいかな」

「楽しみだなぁ~」

 限りなく満月に近い月が昇り始めた夜空に、小さな星が無数に瞬く。

 噴水の中に佇む精霊王と二枚羽の妖精に見送られて、二人は笑いながら宿舎へと歩いて行った。


 エアを中心とした第一章が終了しました。

 ご意見やご感想、評価など頂けましたら幸いです


 第二章では『ちょい姫』と違って、落ち着いた(不器用な)青年が登場します。


 

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