第五章 記憶に残る想い その五
レリックは魔法盾を咄嗟に出した。
「そんなもん! 役に立つか!」
男の持つ剣は黒い炎を纏った。
それを見たゼアドリックは、
「レリック! 盾破壊の闇魔法だ!」
走りながら叫んだ。
男は振り下ろされた大剣をかわして魔法盾を斬り裂き、無防備になった左手足を素早く切った。
「つっ……」
痛みに耐えかねて、レリックは倒れ込んでしまった。
「無様だな。そこで見てな」
男はレリックを一瞥すると、ラフィアに駆け寄ろうとした。
「銀嶺! 彼女を抱えて飛べ!」
銀嶺は唸り声を上げ、魔物を凍らせた息を男に向かって吹きつけた。
ところが男は銀嶺が吐いた氷の息を素早く避ける。
そしてラフィアを切り捨てようとした時、レリックが割って入った。
「斬らせない!」
「頑張るねぇ」
男が投げた蛇の様な剣は、ラフィアの小さな胸に刺さった。
「かはっ……」
ラフィアは小さな息を吐いた。
「くそっ!」
レリックは大剣を無理矢理、片手で振った。
男は笑いながらレリックの腹を足で蹴った。
「隙だらけなんだよ。その馬鹿でかい剣で接近戦が出来る訳ねぇだろ」
男はラフィアから剣を引き抜き、レリックの前に立った。
「さあ、お前もお仕舞だ。世界樹の下に旅立つ前に教えてやる。俺の名前はマークだ。覚えて死ね」
「ふざけるな、俺は死ねない!」
そう叫んだレリックは、ラフィアと共に川へ身を投げた。銀嶺もその後に続く。
「しまった。まだ闘志があったか……」
マークは呆けた様な顔から、一転して皮肉な笑みを浮かべ、駆け付けたゼアドリック達に剣を向けた。
「獲物が一杯だなぁ」
マークは嬉しそうに、声も出さずに笑っている様だった。
ところが突然、
「いやぁ~、間にあわなかったかぁ。まぁ、おめぇさんを止めりゃあいいよなぁ」
大きな弓を片手に、黒の色眼鏡を掛けた男がマークの後ろに立っていた。服装は共和国の東方人街の服装に似ている。
「今度はえらい適当そうなのが来たな。何者だ?」
マークはフランベルクを男に向け、
(ちっ、いつの間に後ろを取られたんだ……)
冷静に問いかけていたが、内心はかなり驚いていた。
「精霊師だよ。お偉いさんは「根なし草」だの「極楽鳥」なんて言っているがな」
「分かんねぇ奴だな。俺は名前を聞いてんだよ」
急にペースを乱されたマークは苛立ちを感じた。
「素直に答える訳ないじゃん。どうしても呼びたきゃ「お兄さん」でどうかな?」
「お前、どう見てもおっさんだろうが」
「傷つくなぁ。まだ三十代なのに。ところで、その剣で子供を殺したな?」
男の声が一段と低くなった。
「だとしたら?」
マークは男の纏う雰囲気が変わったのを感じた。
「……殺せとは命令されちゃいねぇがな。もっと早く着いてりゃぁ、子供は助かったか……。悔しいが、魔物化した子供を殺すよりマシか」
男は嫌悪を混じらせた声で呟いた。
「お前、同類か」
危険を感じたマークは、男に向かって剣を構えた。
しかし、男は口の端に笑いを浮かべながら、
「おめぇさんと違って、そこまで墜ちちゃいないよ。じゃ、始めっか」
軽い声で答えた。
木造の橋は燃え上がり、二人の姿を浮かび上がらせていた。
――シリウスは静かに報告書を閉じた――
「生き残った子供は約二十人。ミリアリア会長は無傷。突入した警備兵は全員負傷した。最後に応援に来た精霊師が戦っている間に、西の橋にいた警備兵が撤退出来たんだ。しかも彼は無傷で、マークに手傷を負わせたそうだ。そしてマークに刺されたラフィアちゃんは……。下流で発見されたそうだ。彼女の遺体の横に、レリックの大剣があったが、彼の遺体は見つからなかった」
語り終えたシリウスは悔しそうな表情をしていた。
残る三人も渋い顔をしていた。
同じ精霊師なら、依頼を達成できなかった悔しさも、ましてやそれに命を掛けた気持ちも分かる。
半泣きの顔をしながら、エアはシリウスに尋ねた。
「殺された子供の数は?」
「その後、誰も橋を渡れなかった。現場に入れなかったんだ。だから正確な数は把握できてない。ただ、少なくとも助かった子供の倍の数は……」
シリウスは最後まで言葉に出来なかった。
「ひどい……」
エアの目から涙が零れた。
「ああ、許せるものではないな」
「本当に街の汚点だね~」
エア同様に、ユウもルテネスも俯いた。
シリウスはしんみりとしている三人に向かって、
「その許せない相手と、君達は対峙することになる。秘書のハウラスはマークだから……。あの闇市の頭領と言うべき男だよ」
強い口調で念を押した。
「二人とも、黙っていてごめんなさい。そのマークっていう人は、私の両親を殺した人に間違いないと思うの」
そう言ったエアの表情は強張っている。
「どういう事なの?」
「初耳ですが?」
シリウスとルテネスは、思いがけない言葉に驚いている。
ユウはエアの頭を軽く撫でた。その様子を見たシリウスは、
「ユウは知っているんだね」
「あぁ。でも俺が話せる事じゃない」
ユウが答えると、エアはぎごちない笑みを浮かべた。
「大丈夫だよ。話しに出てきたガスパーって、デボスさんだよね。私のお父さんはデボスさんの親友で、魔石師だった。神霊石を研究していたお父さんは、一緒に家に居たお母さんとマークに殺されてしまったの。私も殺されそうになって、デボスさんが助けてくれた。あの時、私が見た剣は、蛇が這っているみたいにうねり曲がった剣。きっとフランベルジュだよ」
エアは淡々と答えているが、内心は混乱していた。父母を殺した仇が、間違いなく闇市に居る。そして、自分の目の前に必ず現れる。
「絶対、会うんだよね」
思わずエアの口から言葉が漏れた。
「君はマークに会うのが怖い、と思っているのかい? それとも仇に会ってやろうと思っているのかい?」
シリウスはエアの心を計りかねて尋ねた。
「分からない……。でも、心臓が口から飛び出しそう」
正直にエアは答え、さらに考えながら、
「精霊師なりたかったのは、何にも負けない力が欲しかったの。でも、それは間違いだって……。自分に負けない心の強さが大事だと、皆に教えてもらった。マークって人は仇だけど、私は精霊師になったから、精霊師として彼と向き合いたい」
唇を強く噛んだ。
シリウスは少し安心した。
この少女は大切な事を学ぼうとしている。
「レリックの様な後悔をしない様にね。感情に任せて突っ走っても、事を成す事は出来ない。時には深く感情を沈めて、機会を狙わなければならない。若い君には難しいかもしれない。でも、僕達は『負けたら誰も守れない』ということを肝に銘じておかなければいけないと思っているよ」
シリウスの言葉にエアは黙って頷く。
ユウはエアの肩を抱き、
「皆、心の中に想いを抱いているのさ。死んだ者達の想いは、生き残った者達の心に残る。レリックの想いは、俺達が引き継ごう」
身を小さくしている彼女を気遣う。
「シリウスは、悪気は無いけど言葉がキツイから~。エアちゃんは、エアちゃんなりに想いを育てればいいのよ~」
ルテネスはシリウスに向かって、子供を目で叱るように睨み、
「それにしても、強敵な事に間違いないね~。そのマークって男。使用した魔法は、盾破壊のみか~。素早くて癖のある剣さばき。きっと性格も癖があるんだろうな~」
ルテネスはどう戦うか、すでに考えている様であった。
「マークという男が攻撃魔法を使わないのは、単に魔法が使えないのか、もしくは使う必要が無かったのか」
シリウスが唸ると、ユウがその後に、
「前者だったら剣の腕がいい。後者だったら最悪だ。力量が計れない」
言葉を続けると、
「そうだね~。一人で戦っちゃいけない相手だね~」
ルテネスは納得した様に、また誰かに聞かせるように呟いた。
「そんなに強いのなら、悪い事をしなくても生きていけそうなのに……」
エアの戸惑いの言葉に、皆は押し黙ってしまった。
シリウスは静かに口を開いた。
「そんなふうに考えた事は無かったよ……。人は最初から悪に染まっていたのか、それとも何かが人を悪に染めさせるのか」
エアは沈んだ声で、
「もし……。もし私が師匠や皆に出会わなかったら、誰かを殺してでも生き抜いて復讐をする事を考えていたかもしれない。誰かの為に、自分を大切にして生きて行こうなんて、思えなかったかもしれない」
戸惑いを含んだ想いを吐き出した。
「誰に出会って、何を学ぶか……。何を感じて、自分の生き方を決めるのか。それが大事なんだろうな」
そう言いつつ、ユウはエアの頭を優しく撫でる。
「もし、俺が闇市の人間に拾われていたら、何をやらされていたんだろうな。否、それどころか命があったかどうか。リゲルに拾われた事が、幸いだった」
「二人とも、いい出会いをしたんだね~」
ルテネスは安心した様に答えると、
「師匠に出会って、レイメルで精霊師になって、本当に良かったと思っています」
そう答えたエアに、シリウスは何時言いだそうかと迷っていたが、
「あと闇市にある人形の事ですが……」
言われてエアは、
「ああっ! それもあった!」
「忘れていたのか」
ユウが呆れたように言うと、エアは慌てて手を前に出して振っている。
「だ、だって話しに集中すると他の事を忘れるというか。なんというか」
「ふ~ん……」
エアの必死の言い訳に、ルテネスが意地悪そうな顔で笑うと、
「すみませんでした」
笑顔の圧力に負けたエアが素直に謝罪した。
「素直でよろし~い」
ルテネスは笑顔を止めて、真顔でシリウスに向き直った。
「シリウスが言い淀むなんて、気になる事があるんでしょ~」
「相変わらず鋭いね。実はリゲルから人形について聞いている事があるんだよ」
そう答えるシリウスも真顔になっている。
「何を言っていたんです?」
エアが首を傾げるとシリウスは、
「実はね。人形に神霊が封印されていると言っているんだ」
ゆっくり、はっきり伝えたのだが、
「はぁ? 神霊?」
ルテネスの声が大きく室内に響いた。
「つまりだね。リゲルが言うには――」
シリウスは言葉に詰まりながら、リゲルに聞いた話を伝えると、
「つまり、バイオエレメントは古の魔道機で、神霊を封印して力を利用するのが目的ということ?」
エアは目が落ちるほど、目を丸くしている。
「アンヌが発明したんじゃないのか……」
「発明させられる状況って何なのかしらね~」
ユウとルテネスが唸っている横で、
「何で? あんなにデボスさんが命を掛けて守っていたのに。それが他にも存在していて、女王様も知っていた、師匠も知っていたって……。何でなの! 沢山の人が死んだんだよ。何で黙っていたの!」
エアは驚きを通り越して、混乱をしてしまった。
「婆さんはともかく、あの爺さんが何の考えも無く、ただ黙っていたと思うのか?」
ユウはエアの両肩を掴んだ。
だが、彼女が混乱をするのも仕方が無いと彼も思っていた。彼女を諌めるユウ自身もその意図は分からなかったのである。
その頃、闇市でマークはある男と会っていた。
その男はアイスブルーの瞳をした冷たい印象を与える人物だった。普通の人間なら恐怖を覚えるが、マークにとっては慣れた相手だった。
二人並んで佇む姿は周りに対して、かなりの威圧感を与えていた。
「選挙に負けたとなると、この場所も危ないですねぇ」
独特の口調だ。静かだが、低音で声が周囲に浸透する。
「変わらないな、その口調。どうにかならないのか」
マークが苦笑すると、
「無理ですよ。それにしてもあなたが似合わない正装をすると、口調が丁寧になるんですねぇ」
「おう、折り目正しくして「こんにちは」だ。知り合いにはぞんざいだがな」
「そうですね。で、本当に危ないですよ?」
「ああ、そうだな。モール、あの記事が出た時点で負けが決定したんだ。ったくあのアホが勝ったら闇市の再建が進んだってのに」
マークは苦虫を噛み締めた様な顔をして言った。対して男は平静である。
「計画が狂いましたねぇ。私にとっても重要な拠点だったのですが」
「すまねぇな。どうも俺では粗くなっちまうようだ」
「いえ。かなり慎重にやっていたと思いますよ。ただ、記者の執念が勝ったようですね」
「それだけじゃないような気がするがな。前に言ったよな。闇市を潰したければ軍隊持ってこいと」
「ええ、言いましたね」
「女王の奴、本当に軍隊を動かすようだ。気が付いたんだろうな。落そうと思えばあっさり落とせる事に」
「でしょうね。市場は不文律と貴族が守っています。今まで女王も潰すだけの大義名分が無かったのでしょうが……」
「大義名分を得たと?」
マークは隣に居る男に問うた。
「ええ、その名分はデボスか貴方でしょうね」
「あちゃ~。やっぱりあいつはこっちで処理すべきだったな。俺はともかくな」
「そういっても仕方ない事です。それより頼んだ仕事は済みましたか?」
「ああ、やるだけはやった。頼まれた機械の図面は出来た。持っていけ」
マークは懐から丸めた用紙を取り出して投げた。それを片手でマークは受け止めた。
「前のとは違って完全品だからな。それと人形の修復だが……、部品が揃わなくてな。集めていた奴が捕まったからな」
「部品が揃わないとは、完全修復出来なかったのですか?」
モールは目を細め、楽しそうに質問した。
「そもそも材質が理解できない。どうやったらあんなもんが出来るんだか。職人連中が発狂寸前までいったぞ。だから鉄の腕になっている。それも脆い鉄だ。すぐに壊れるだろうな」
「鉄の腕ですか。人形は少女でしょう。無粋ですねぇ」
「お前が言うと変態に聞こえる」
マークは心底嫌そうに答えた。
「捕まるつもりですか?」
「まさか。最後にあの人形を起動させて逃げるさ」
「私としても、優秀な人間には捕まってほしくはありませんから」
「お前の場合は利用価値で決めているだろう」
マークは呆れたように横にいる男を見た。
「おや、心外ですね。私にとって、貴方は数少ない友人ですが」
「ああ、少ねぇだろうな。お前は誰からも理解されない」
「これが私の決めた人生ですから」
男は自嘲気味に呟いた。マークはそれを聞いたが言葉が出なかった。
しばらくして、マークは男に声を掛けた。
「俺はここに残る。これでも俺は頭領だからな。お前は早くここから立ち去れ」
「そうさせてもらいます」
男はマークに背を向けて歩き出した。途中で足を止めて
「ああ、それと最後に」
「なんだ?」
「気を付けて」
モールはそう言い残して去って行った。マークが唖然としながらそれを見送った。
「珍しいな。あいつがあんな言葉をかけるとは……」
付き合いとしては数十年、奴は全然変わっていない。誰にも理解されずに誰かの犯罪を手助けしていることだろう。犯罪計画者として、死の影を引き摺りながら。
(これは……。本気で気を付けるしかないか)
マークは皮肉な笑みを浮かべながら、その場を後にした。
星明りが瞬く、静かな夜空の下。
それぞれが想いを抱え、フォルモントの街は決戦の時を迎える。
★作者後書き
遅くなりました。申し訳ありません。パソコンを買い替え、少し騒動が。(笑)物語も、次回から最後の章になります。よろしくお願いします。
★次回出演者控室
ラルフ 「俺、忘れてねぇか」
ティファリア「私もいるのよ」




