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紫銀の精霊師  作者: 金指 龍希
潜竜の精霊師編
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第五章 記憶に残る想い その二

 翌日の夕方、ラフィアは急いでいた。昼に家へ戻るのも忘れ、うっかり友人の家で遊びに夢中になっていたのである。

(お兄ちゃんと一緒に帰ろう)

 そう思いついた彼女が小さな足で走っても、レリックが魔物退治から帰ってくる時間に間に合いそうもない。そこで彼女は近道を行くことにした。

(大丈夫だよね。急がなきゃ!)

 そこは母親から注意されていた路地裏であった。

 ところが突然、彼女の前に男達が現れて道を塞いだ。

「――!」

 彼女は恐ろしさの余り、身体が強張り、声も出なかった。

「さて、行こうか」

「やだ! 放してぇー!」

「おい、口をふさげ」

 男達はラフィアの口を布で塞いだ。逆さに持ち上げられた彼女の首から、貝の首飾りが滑り落ちた。

(助けて、お兄ちゃん!)

 捕らわれたラフィアの意識は闇の中に墜ちて行った。




 その頃、レリックは精霊師協会に戻る途中だった。

「ん? 何か今日は物足りないな」

 そう言えば、いつも駆け寄って来るラフィアの姿が無い。言葉に出来ない不安が全身を駆け巡った。

「何だ? この嫌な感じは……」

 そう呟いたレリックは、急いで精霊師協会の扉を開けた。

「戻った! ガゼット、俺宛に何か連絡が来ていないか?」

「おう! お疲れさん。まず報告書を書けや」

 出迎えたのは受付のガゼット・クロスト。やせ形で褐色の肌をしている。髪は黒で瞳も黒。そして口元に、いわゆる「ちょび髭」を生やしている。そして服装は蝶ネクタイが無いだけで、バーテンダーの様であった。このまま酒を目の前に出されたも、違和感がなさそうだ。

 レリックは一気に報告書を書き上げた。

 彼から報告書を受け取ったガゼットは、すぐに書類整理に入る。レリックが終わらせた依頼関係の書類をまとめておくのだ。

 その作業をしながら、チラッとレリックに視線を移したガゼットは、

「レリック。お前宛に依頼があった。気を落ち着けて聞け」

 ガゼットは真面目な顔をして言った。彼は普段はにこやかな顔をしている。その表情に釣られて、依頼人は嘘がつきにくい。そして巧みな話術で、依頼人から話を聞き出すのだが、その彼が見た事も無い深刻な顔をしている。

「何が……。何が起きた?」

 レリックは、どんな事態なのだろうかと身構えた。

「ああ、お前にとってはな……」

 ガゼットは一旦、間を置いた。

「先程、セリーナさんが来てな。ラフィアちゃんがいなくなったそうだ」

「な……に?」

 言葉を失ったレリックは、膝が震えているのを感じた。街のざわめきが遠のいていき、何も聞こえなくなってしまった。

 レリックの頭の中には、昨日の会話が駆け巡っていた。


「最近、街で噂になっているのよ。子供が攫われると」


 心配そうなセリーナの顔。闇市の方角を見つめた自分。

 異変の予兆はあったのだ。

(あの時、俺がもっと気を付けていれば……)

 レリックにとって、平和だった日常が崩れ落ちた。

「おい! 落ち着け! お前が呆けてどうする? 直ぐにセリーナさんの所へ行け!」

 ガゼットはレリックの両肩を掴んで揺さぶった。

「あっ、あぁ。大丈夫だ」

 ガゼットはレリックの強く握られ、震えている拳を見つめた。このままだと、爪が喰い込んで血が出そうだ。

「おい、血が出るぞ。その手は人を救う為にあるんだ。まだ間に合う」

「あぁ……」

 レリックは手を開いて俯いた顔を上げた。その顔は覚悟を決めたようだった。

 その様子を見たガゼットは、

「さて、いなくなった場所はわからんが、多分路地裏だと思われる。もしそうなら何故そこに行ったかだが、今は考えても仕方ないな」

「……」

「とにかくセリーナさんの所に行け。依頼を受諾する事と状況を詳しく聞け。それと港湾局と連携しろ。今の港湾局長は話しやすい。マッシュ元将軍の部下だったからな」

「分かった。ガゼットも何か分かったら頼む!」

 走り出したレリックの背中を見送ったガゼットは、慌てて手紙を書き始めた。宛先は精霊師協会の会長だ。

(レリックの奴は、猪みたいなもんだからな……。俺の仕事は、危険な仕事に送り出す精霊師を守ることだ)

 事件の概要と自分の考えられる最悪の予想を書いた。封筒の表には『緊急』と赤く記し、握り締めて飛行船の発着場へ向かって街に飛び出した。

(嫌な予想は当たらなくて良いんだ)

 そう自分に言い聞かせながら、必死の形相をした彼は目に入った馬車を呼び止めた。




 既に日が暮れ、闇に包まれたセリーナの家は暗く沈んでいる様だった。

「セリーナさん!」

 家に飛び込んだレリックに、

「あぁ! 待っていました」

「すいません。お呼び立てをして。娘を捜して欲しいんです」

 久しぶりに顔を見たラフィアの父親は、泣き崩れた妻の顔色と同様、真っ青になっていた。

「勿論、依頼は受諾します。状況を聞かせて下さい」

 するとセリーナはしゃがみ込んだまま、

「娘が遊びに行く、と言って出て行きました。いつも昼には戻って来るのですが、戻って来なかったのです。それで人攫いの噂を思い出して、慌てて娘が立ち寄りそうな場所を捜しました。でも……、友達の家から帰った後で……。それから何処へ行ったのか分かりません。路地裏は危なくて、私にはとても近寄れませんでした」

 夫に抱えられ、セリーヌは肺を絞り上げるように泣いていた。捜したくても、捜しに行けない。そんな思いが彼女を苦しめていた。

「……。もう、あそこしかないですね」

 レリックは闇市の方角を見つめた。




 レリックは路地裏を歩き回った。しばらくすると、ある物が目に入った。

 貝の首飾り。

 レリックがラフィアの為に作った物だ。それを拾い上げ、

(ここで攫われたのか……。きっと怖い思いをしただろうに。そして今も……。俺は、俺は……)

 唇を噛み締めて、レリックは呻いた。

「俺は馬鹿だ!」

 許せない。

 それも、ただ許せないだけではない。

 噴き出す様な、どす黒い感情。

 あの闇市を焼き尽くしてやりたい。

 大切な人達を傷つける奴らは、全て滅ぼしてやる。

「うおおおおおおぉぉぉっ!」

 獣の様な叫びを上げたレリックは、胸に憎悪の炎を燃やし、今までに感じた事の無い感情に包まれていた。

 そして彼は、港湾局へと走り出した。




 警備兵などが所属する港湾局は、港も含めフォルモントの治安を守るのも仕事であった。重要な拠点であるが故、不祥事が原因で一年前に女王が人事異動を行った。

 前任の局長はレリックの調べで不正に金銭のやり取りを行っていたことが判明して処罰されたのだ。後任は地龍軍から選ばれた。それがアルガイアである。

「おう、レリック。直ぐにゼアドリックも来る。いやぁ、しかし懐かしいな」

「お久しぶりです。今まで御挨拶もせずに、すいません」

 レリックにとって、彼は幼い頃からの顔見知りであった。彼の後に続けて男が入って来た。

「局長、遅れました。ん? レリックか。久しぶりだな」

「久しぶり。父さん」

「うむ。何年ぶりかな」

 彼はゼアドリック・ガラン。レリックの父親である。精霊師になりたいと言い出したレリックと親子喧嘩になり、思わず「勘当だ」と口走ってしまった事を、彼は少なからず後悔をしていた。

「どうした? 何かあったのか?」

 ゼアドリックは息子の表情が冴えない事に気がついた。

「父さん。街の路地裏で知り合いの子供が攫われたんだ」

 レリックの声は震えていた。

「なっ……」

「くそっ……。気を付けていたのに!」

 レリックの言葉に二人の顔がみるみる険しくなっていく。

港湾局の大半の人間が入れ替えられたのは闇市に関係していると判明したからだ。アルガイアが局長になって始めたのは、まず局内の浄化と治安の回復であった。

 彼らが来る前は、子供の住めない街とも呼ばれていた。何故なら、白昼堂々と街中で攫われることもあった。新しい局長を迎えた港湾局の努力で、そのような事件は激減していたのである。しかしアルガイアはそれで満足せず、さらに警備兵を増強し、治安に力を入れた。闇市には直接手を出せないが、一般の家々がある市街地は治安を維持し始めた時だったのである。

「目につきにくい路地裏か……。警備兵を責められないな」

「見回りを増やそう。特に路地裏には三人一組で回ってもらう。市民には通達を出そう。路地裏にはいかないように、特に子供一人での外出禁止を。闇市絡みなら、女王にも報告しないとな」

 アルガイアは急いでドアを開けて、部屋から出ようとした時、

「それとゼアドリック。レリックから話しを聞いておいてくれ。お前ら、親子なんだから、ちゃんと話しをしろよ」

 にやりと口元に笑みを浮かべたゼアドリックが姿を消すと、残されたのは喧嘩の後遺症でぎこちない親子であった。




 残されたゼアドリックとレリックは、頭の中で同じ事を感じていた。

(久しぶりに顔を合わせたのに、仕事の事しか話題が無いとは、我ながら不器用だな)

 先に言葉を発したのはアルガイアであった。

「攫われた子は誰だ?」

「ラフィア。九歳の女の子だ。もしかしたら他にも攫われた子がいるかもしれない」

 慌ただしく扉が開き、若い警備兵が飛び込んで来た。

「報告いたします! この二・三日で子供が次々と攫われたそうです!」

「数は!!」

 アルガイアの顔色が変わった。

「少なくとも二十人以上です」

「非番の者も呼び出し、すぐさま付近を捜索しろ!」

「はっ!!」

 若い警備兵はすぐに部屋を出ていった。アルガイアは拳を机に叩きつけた。

「なんで、子供を攫う。そんな事をしても何にもならんというのに!!」

 アルガイアもレリック同様、頭に血が昇りやすい様だ。やはり親子である。

「父さん、俺は行きます。探す所があるので」

「探す所……? 待て!」

 アルガイアは、息子が何をするつもりなのか気がついた。

「お前、まさか『黒闇の市場』に行くつもりか?」

「そうです。彼女がいるのは、あそこで間違いないでしょう」

「俺達は支援できんぞ。今、人が足りない。それはそっちも同じだろう? もう少し待てないのか? 援護体制も整わん」

「行きますよ。あの子が助けを求めているから」

「そんなに大事か?」

「ええ。あの子に尊敬してもらいたい。それに引き受けた依頼は必ず果たす。魂に恥じない精霊師でありたいと思っていますから」

「せめて、軍が丸ごと来てくれると助かるんだがな。救出が楽になるし、お前も動きやすくなるんだが」

「軍が動くのを待っていたら、あの子は売られてしまいます。それを黙って見過ごす事はできません」

「早まるな、少し待てと言っているだろう! お前一人がいってどうにかなると思っているのか!!」

「なんとかして見せますよ!!」

 レリックはそう言って出て行ってしまった。

「死に急ぐなよ。レリック……」

 息子の後ろ姿を見つめるゼアドリックの瞳には、涙が滲んでいた。




 局長室に戻ったアルガイアはすぐさま指示を飛ばした。そして、自身も動き出す覚悟を決め、主だった部下を急いで部屋に集めた。

「子供達が攫われている。それを助け出す為に、一人のバカが闇市に突っ込む。俺達はその支援をする」

 そのアルガイアの言葉に、集まった部下達がざわめく。

「バカって誰です? 俺達でなきゃ、精霊師ですか?」

「まさか、ゼアドリックの息子か」

「そういやぁ、さっき来てたよな」

 ざわめきに煽られて、感情を抑えきれなくなったゼアドリックは、すぐさま息子の後を追おうとした。それを周りの部下達が慌てて止める。

「止めるな。あいつだけを行かせない!」

 ゼアドリックは自分を止めようと伸びて来る腕を、やみくもに振り払う。

「だから、行かせないってよ!」

「行かせたら、あんたも一緒に闇市に突撃しちまうだろう」

「どんだけ猪なんだよ!」

 なお暴れるゼアドリックを、皆が羽交い絞めにして押し倒した。

「放してくれぇ!」

 うつぶせに押し倒されても、なおもゼアドリックは叫ぶ。

「落ち着けってば。あいつも大人し、危険も承知だろう。俺達が出来るのはあいつの生存率を上げる事だ」

「その為に支援の準備をするんだろうが! 落ち着けよ!」

「俺達は! 生きるも死ぬも一緒のアルガイア小隊だろうが!」

 ゼアドリックに馬乗りになっている男達が口々に叫ぶ。

「うっ、ううーっ」

 しゃがみ込んだアルガイアは、声を殺して泣いているゼアドリックに、

「なぁ、ゼアドリック。俺達は何度も死線を越えてきた。その俺達が見守って来た子供達は、きっと逞しく育っている。この前、久しぶりにレリックに会ったが、すっかり逞しくなって、男前になっていたじゃないか。信じてやろうぜ」

 涙で顔を濡らしているゼアドリックは、何度も、何度も頷いていた。




 ゼアドリックに馬乗りになったまま、

「で、ところでよ。俺達は具体的にはどう動くんで?」

「いくらこの港湾局が『三軍共同』と言っても、実際のところ、将軍たちは動けんでしょう?」

「どちらにしても、俺達警備兵は総力戦だなぁ」

 と男達が話していると、


「お前ら、いい加減にどぉけぇーっ!」


 ゼアドリックは思いっきり叫んだ。

「あ、すまん。忘れてた」

「まぁ、そんだけ大声が出りゃぁ大丈夫だな」

 男達に助け起こされたゼアドリックは、

「お前ら、覚えてろよ~」

 と恨めしそうに呟いた。

 アルガイアはその様子を、

(これでいつも通りだな)

 と眺めつつ、号令を発した。

「いいか! 港湾局所属の警備兵は、精霊師協会と協力して総力戦に突入する。一番の目的はレリックが逃がす子供を橋の入り口で保護する。あと、武器を所持している闇市の関係者は斬り捨てても構わん。レリックと子供達の退路を守れ。俺が責任を取る」

「「了解!」」

 男達は威勢よく応える。

「もう一度言う。子供の命が最優先だ。場合によっては橋に入っても構わん。命を救えるだけ救え! 以上。状況開始だ!!」

 その言葉で皆が装備を整える為にそれぞれ動き出した。


★作者後書き

 読んで頂いている皆様、本当に感謝しております。

 ツイッターはパソコンを買い替えるまで(来月の予定ですが)入るのを断念しました。いまいち、機械音痴なのでしょうか……。

★次回出演者控室

エア   「精霊師協会も大変だったんですね」

ルテネス 「街の人から少しは聞いていたけどね~」

ユウ   「命がけの仕事か。そんなことも本当にあるんだな」

シリウス 「僕も話すのはつらいんだけどね」


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