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紫銀の精霊師  作者: 金指 龍希
潜竜の精霊師編
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第四章 黒きフクロウ その三

 ルテネスはブラッツ商会の裏手にあるカフェで本を読んでいた。

 彼女はラフなグレーのチュニックワンピースに黒のパンツで、髪型を変え、銀縁の眼鏡を掛けていた。そして首には銀のリングが下がっているネックレスを付けている。一般人を装っているので、当然武器は持っていない。脇に置いたシンプルな手提げカバンには、手帳などが入っているが、大事なエレスグラムは服の下に隠している。

 ルテネスは視線の先にある、建物の入り口を気にしつつも、別のテーブルにいる四十代くらいの男が商会を気にする様に新聞を読んでいる事に気がついた。

(あの人、素人さんじゃないなぁ~。見る人が見たら変装してるってばれるよね~。やりにくいな~)

 ルテネスがそう思っていると、男から近づいてきた。

「同席してもいいかな?」

 相手の返事も待たずに強引にルテネスのテーブルに座った男の顔は面長で、口の上に髭がある。髪はくすんだ金色で瞳は深い緑色だ。細いフレームの眼鏡をかけている。しかし、くたびれたシャツとズボンはよれよれで、髪の毛も寝ぐせで跳ね上がっていた。

「お嬢さん。さっきからあの商会を気にしているようだけど、同業者かい?」

「同業者?」

 ルテネスは首を傾げて聞き返した。

「おっと、違ったみたいだな。悪りぃな。俺はラルフ・ラッツマン。この手に持っているトルネリアタイムスの記者だ」

 ラルフと名乗った男は、片手に持った折り畳んだ新聞をひらひらさせ、もう片手で名刺を取り出した。

 ルテネスは受け取って手帳に挟み込み、いつものおっとりとした口調を引っ込め、

「失礼。私はルテネス・プロプス。精霊師を務めています」

 冷静にチラリとエレスグラムをラルフに見せる。

「なるほど、二枚羽か。調べているのはチュダックの金の事だろ?」

 二枚羽は精霊師のあだ名でもあり、蔑称でもある。子供達は魔法を操る存在に憧れ、そして妖精の羽に憧れ、精霊師を『二枚羽』と呼ぶ。悪党は自分達を捕まえる忌まわしき存在として、世界の秩序を守ろうとする目障りな精霊師を『二枚羽』と呼ぶ。

(この男はどちらの意味で『二枚羽』と呼んだのかしらね)

 ルテネスはラルフの情報源が気になった。彼は精霊師が調べていると、何処からか情報を得ているのだ。

「情報はどこから?」

 ルテネスはくすっと笑いながら問いかけた。もちろん、商会の裏口を見張るのを忘れてはいない。

「お互い持っているモノを交換しねぇか? その方がお互いの目的に近づくはずだ」

「なるほど。ですが後で精霊師協会に同行してもらいますよ。でも交渉したいなら、自分の腹の中を明かすのが先ですよ」

 ルテネスはラルフが只の記者とは思えなかった。目的を達成するなら自分の情報も渡すという人物だ。

「まぁ、その通りだな。じゃぁ、まずはこっちだ。この商会がチュダックに献金しているんだ。他にも四社ある。ここ以外は見返りの裏付けが取れた。市長選にチュダックが勝利したら便宜を図るということだ。具体的には他商会のワインより優先的に扱う。つまり、他の商会の排除だな」

「予想通りだけど、かなり露骨な便宜ね。こちらの情報は在るとしたら。チュダックの過去かしら。知ってる?」

「いや、そこまでは手が回っていない。さっきの情報は市長選の前に流したい。っと、お嬢さん、煙草は吸っても?」

 ラルフは懐から煙草と携帯灰皿を出した。

「構わないわよ」

 許可をとってから、カチンと音を立てライターの蓋を開け、煙草に火を付けた。ラルフが息を吸って煙を吐くと、うっすらと紫煙が上がっていく。

「正直、過去にチュダックが何をやっていたかなんて王都じゃ知らないんだ。せいぜい知っていてどっかの田舎で市長だったくらいだ。で、それは答えてくれるかい」

「ええ、話すと長いから精霊師教会で聞いて。書類になっているはずよ」

「そいつはありがたい。色々な手間が省ける。奴の過去がないと話の重みに欠けるからな。過去に同じ事をやっていると盛り上がるし。俺自身そういう奴が許せねぇんだ」

 火のついた煙草を灰皿に押しつけ、ルテネスに言った。

「情報、感謝する。これからもよろしく頼む」

「こちらこそ、よろしく~」

 お互い、なんとなしに商会を見張っていたが、事態が動き始めた。

 チュダックと秘書のハウラスが建物に入って行ったのだ。

 二人はしばらくして商会に入った。もちろん忍び込む形だったが……。




「では、お願いします」

 ブラッツ商会のカーラル・ブラッツがチュダックにワインの木箱を渡す。

 チュダックはその木箱を開けて中を確認する。その中には金貨などが大量に入っていた。

「では、見返りは便宜と云う事でよろしいですね」

 チュダックの秘書、ハウラスがカーラルに確認する。その横にいるチュダックの目は金貨に奪われている。

「ええ、今年のワインを女王に献上していただければ幸いです。良い宣伝になりますから。毎年、ラヴァル村のワインに話題をさらわれていては、我々としては面白くないですからな」

 でっぷりと太った体を揺すりながら、カーラルは高笑いをした。

(しょうもねぇ奴ばかりだぜ)

 腹の中ではうんざりしながらハウラスが、

「では、カーラル様の取引している農園主達の票を取りまとめして下さい」

「おまかせ下さい。自分達のワインが女王に献上されるなら、彼らは喜んでチュダック様に投票して下さいますよ」

「ありがたい。今後ともよろしくおねがいしますよ」

 笑み満面のチュダックは、カーラルの手をしっかりと握っていた。




「おい、出ようぜ」

 ラルフは小声でルテネスに声を掛け、身を縮めて歩き出した。

(それにしても……。人間のあさましさを露骨に見せられたわね)

 ルテネスもこっそりと歩き出した。

 建物の外に出た二人の上に、赤みがかった空が広がっていた。

「えれぇの聞いちまったなぁ」

 眉間にしわを寄せながら呟くラルフの言葉に、怒りが滲んでいる。

「そうね~。でも、容赦なく書けるんじゃない? ゴミは掃除しなくちゃね~」

 ルテネスはラルフの記事が、フォルモントに変化をもたらす事を確信していた。

「あぁ、任しておきな。後は奴が過去に何をしたかさ」

 二人は夕暮の街を歩いて行った。




「あーっ! 可哀想な徹夜明けの工場の人!」

 ユウとエアは特に収穫が得られずに戻ってきていた。訊けば二人とも観光客を装って歩きまわっていたそうだ。

 疲れたエアがシリウスが差し出した飲み物でくつろいでいた時、ルテネスに続いてドアから入ってきたラルフを思わず指差した。昨日の調査先で話題になった人物に違いないと思ったからだ。

「うっ! 確かに徹夜明けだがな……」

 ラルフが額に手を当てながらうめく。

「あぁ、あの受付嬢が言っていた記者か……。確かにな……」

 ラルフの姿を頭からつま先まで眺めたユウも、思わず頷いた。

 ルテネスが苦笑しながら、

「こちらはラルフさん。チュダックの不正献金を追っているの」

「ラルフ・ラッツマンだ。『トルネリアタイムス』の記者を務めている」

 ラルフは自己紹介をし、懐から名刺を取り出して三人に渡した。

「トルネリアタイムスですか。この機関誌は創刊四百年近く経っていましたね」

 シリウスはそういって名刺をファイルに挟んだ。

「よぉく知っているな。最初は壁新聞から始まったんだが、印刷機の改良や魔道機の発達、特に飛行船で空輸が出来るから部数が伸びてんだ。読んでんのか?」

「ええ、他社と違って中立的ですからね。たしか、王族に対しても容赦ない糾弾をするところだったね。他社は遠慮したけど。例を挙げるなら火精の乱だったかな」

 火精の乱――。エアやユウにとっても忘れる事が出来ない、バイオエレメントを手に入れようとした皇子が発端となった事件だ。

「ああ、あれか……。ベレトスの馬鹿皇子が工房を襲った事件だろう。取材を担当した奴が怒り狂っていたぜ。これが軍人の、それも王族のやる事か、ってな。出来あがった記事を読んで、俺も憤りおりを感じたもんだ。煙草いいかい?」

 ラルフは懐から既に煙草を取り出している。

「一本だけなら、いいですよ」

 それを見たシリウスは灰皿を差し出す。それを見たエアは窓を開け、

「仕方ないですよね」

「まぁ、ある意味で病気だからな」

病気と言われたラルフだが、おもむろに煙草に火を付け、煙を吸い込んだ。

 紫煙が精霊師協会に広がる。

「ごほっ、ごほっ」

 煙草独特の匂いにエアは思わず咳をした。

「すまんな。これを吸わんと落ち着かないんだ」

 どうやらラルフは、主にストレスで吸っているようだ。

 一本吸い終わると彼は慌てて灰皿に煙草を押し付け、火を消してから話を続けた。

「俺の担当は貴族と政治だ。で、チュダックを調べているのは社にタレこみがあったからだ。手紙にチュダックが不正献金をしていると。紙や文字が上品だったからな。何かの意図があると思ったんだが飛びつく事にした。俺はへそ曲りだから本当は乗りたくなかったんだがな」

「そこまでして、記事が書きたかったんですか?」

 エアは思わず訊いた。

「ああ、貴族だろうが政治家だろうが社会的違反者だったら書く。たとえ命が無くなろうとな」

 シリウスも首を傾げながら、

「怖くないんですか。貴方も御存知でしょう。この街には闇市があります。関わったら殺されます。もし、そこにネタがあったら、それでも貴方は書きますか?」

 エアには、シリウスがラルフに覚悟を訪ねている様に思えた。

「ふん。俺は記者だ。今の今。そして、死ぬ瞬間までな! 殺されるのがわかっていても書くかって! ああ、殺されるのは怖いさ。自分には家族がいるからな、そいつらが路頭に迷うかもしれねぇのが怖い。だがな、俺は記者だ! たとえ殺されるとわかっても書ききってやる。上から書くなと言われても書いてやる。特定の候補者が有利になると言われても書く。それにな、権力に屈する記者は記者じゃねぇ!!」

 ラルフの言葉は魂の叫びだった。それだけの覚悟があるのだ。

 エアはラルフが信念を持って仕事をしているのを理解した。

「覚悟の程は理解出来たよ。で、どんな情報が欲しいのか言ってくれ」

 ユウはラルフに先を促した。

「俺が知りたいのはチュダックの過去だ。調べ始めたのが四日前だからな。商会での会話は聞いたが、過去は調べてなかった。本社でも調べているが時間が無い。このままだと記事が薄いものになる。それだけは避けたい」

「いいだろう。こちらは不正献金の件を詳しく報告書に記載しなければならない。教えてくれ」

「なるほど、ちょうどいいな。お互い補える」

 ラルフはニヤッと笑った。

交渉は成立した。




「なるほど、過去にそんなことがあったのか……。それに中心人物が語ったとなると説得力がある」

 ラルフは手帳に書き込んで行く。そして彼の手元には精霊師協会がまとめたチュダックの報告書があった。

「しかししても、改めて考えるとチュダックは小物だな。言っている言葉は耳障りは良いが中身がねぇ。こんなんが当選するとフォルモントが潰れるぞ。まあいい、記事にしてやる。そうしたらはっきりする」

 ラルフはそう言ってペンをしまった。シリウスが言葉を発した。

「わかっているとは思いますが」

「ああ、あんたらのことは書かないし情報提供者の名前も出さない。情報はさっき話した通りだ。内容はブラッツと同じだがな」

「いや、いい。もともと俺達の依頼も不正献金がらみだった。その情報が貰えただけで充分だ」

 ユウの言葉に、ラルフは察した。精霊師協会への真の依頼者を……。

「なるほど、上のお達しか。ついでだ。ハウラスって秘書が闇市に青い髪の人形を持ち込んで修復しているぞ。あいつ、ただの秘書じゃねぇ。随分前に精霊師が殺されたが、それの関係者だってわかった。『ハウラス』てのは偽名だ。本名もしくは通り名はマークだ。あいつは以前からうちらの記者の間では有名だ。裏で汚ねぇことをやっているとな」

 その言葉にシリウスは静かに拳を握った。

「青い髪って……」

 エアはユウを見た。ユウは頷いた。

「あそこで修復しているのか。間違いないな。どうやら、もう一つの依頼も済みそうだ」

「役に立った見てぇだな。よかったぜ」

 ラルフはそう言って手帳を閉じて、懐にしまう。

(依頼人について聞きたいが答えてくれねぇだろうな)

 精霊師協会の情報管理は尋常ではない。依頼人や精霊師に関する事は金庫にしまうほどだ。昔、盗もうとした奴が開けられずに捕まった事がある。どうやら金庫を開けられずに意地になってしまったようだ。こうなると只の笑い話だが、同時に管理体制の良さがうかがい知れる。と、同時に情報の精度にも信頼がある。もし、精霊師協会が偽った情報を流したとすれば、時間をかけた作戦が進行中という事だ。そしてそれは、終わったとしても公表されない。

「じゃぁ、俺は直ぐに戻って記事を作るよ」

 ラルフは精霊師協会を後にした。ただいつもと違うのは護衛にルテネスが付き添った事であった。




 夜のフォルモントは物騒でもある。ひったくりや傷害など犯罪なんて聞き慣れた言葉になっている。路地裏なんて論外だが、大通りでも油断できない。

 ここまで治安が悪いのは前市長が治安に力を入れなかった事と、やはり大きいのは闇市の存在であった。

「俺に護衛は必要ないんだがなぁ。ここに重要な人間がいます、て言っているようなもんだろう?」

 ラルフはぞんざいな口調で断るが、ルテネスはついて来た。

「いえ~、気になるからですよ~」

「何がだ?」

 ラルフがその言葉に片方の眉をぴくっと上げた。このつかみどころのない精霊師は興味の質が違うと思ったからだ。

「あたかも自分が正義であるかのように記事を書く理由ですよ」

「なるほど、お前ぇはおれが偽善者だと言いたいのか?」

「そうは言ってないですよ~」

「じゃあ、何だ?」

「貴方の過去に何があったのか気になるんです。強烈な体験がないと、そこまで身を張って記事を書けませんよね?」

「自分の過去なんてのは、気安く語るもんじゃないが……。そうだな、取り合えず言えるのは『大きな失敗』をした。二度と同じ過ちは繰り返さねぇ。それだけだ。納得したか?」

 ラルフは苦虫を噛み潰したような顔をして話した。

「ええ。すくなくとも記事に関する失敗ではないみたいですね。納得しました」

「やれやれ。ペンが武器の記者にあるまじきことなんだが、よく気がついたな」

「足運びや、目を見ればわかります。素手で戦えますよね。元軍人ですか?」

 調べれば分かることだからな、と思ったラルフは、

「ああ、そうだ。ついでに短剣を使える。今では魔物に襲われた時に使っているがな」

 ルテネスは手に持っている武器を見た。つい最近、相手が積荷泥棒とはいえ、人に対して振るったことがある。

「それでいいんですよ。人になんて向けるものではないですから」

「そうだな。魔物に襲われるから武器を持つ、て言っても、この世から武器は消えねぇだろうな……」

 ラルフの言葉はフォルモントの大通りに溶けて消えていった。


★作者後書き

 更新出来ました!

 ひどい腰痛の為、座っておられず原稿もいまいちのスピードでしか上がりませんでした。まだ痛いのですが、良くなってきました。

 ご心配をおかけしました。

★次回出演者控室

シリウス「彼も頑張りましたね」

ユウ  「渾身の記事だな」

エア  「きっと徹夜続きで、さらに――」

ルテネス「よれよれだよね~」

ラルフ 「ZZZZZ……」

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