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紫銀の精霊師  作者: 金指 龍希
潜竜の精霊師編
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第四章 黒きフクロウ その二

 エアとユウの二人が精霊師協会に戻ると、

「戻ったぞ」

「戻りましたー!」

「お疲れ様。レティから手紙が来ているよ。この前の続きだ」

 シリウスが手に持っている手紙をちらつかせた。

「えっ! 何て書いてあるんですか?」

「酒を飲んで二日酔いになった事、あの問題児に手を焼いている事、早く仕事を済ませろ、と書いてある」

「えっ! 珍しいですね……。レティが酔うなんて……」

エアがレイメルに居た間、レティのそんな姿を見た事が無かった。

「珍しいどころか、見た事がないな」

 ユウもエアと同様に驚いていた。よく出張しているとはいえ、レイメルを拠点にしているのだ。レティとは当然顔を合わせるが二日酔いの姿は見た事が無い。

「私だけでも戻った方が良いのかな……」

 レティが心配になったエアが思わず呟くと、

「違うな。今の仕事を放り投げるべきではない。放り投げたら逆にレティに怒られるぞ」

 厳しい口調で注意したユウであったが、エアの言葉が優しさから出ているのは分かっていた。しかし、それでは責任ある仕事をすることが出来ないのだ。

 精霊師は時に非常な判断を下す事を求められる。何かを得る為に、何かを捨てる覚悟がなければ必要な時に最善の判断をすることが出来ない。つまり、何かを捨てた事により被る不利益を受け入れる覚悟をすることなのだ。それは平素からの訓練が必要なのだ。ユウはさりげなくその事をエアに伝えようとしているのだ。

「だよね。じゃぁ頑張って依頼を終わらせなくっちゃ」

 少し慌てていたエアは、ユウを見上げて安堵した表情を見せた。

 その様子を眺めていたシリウスはユウに向かって、

「誰かに対して『責任を持つ』という事は人を大人にするらしい……。ユウ、君はもう簡単に死ねないし、死んではならないよ」

「ああ、俺にはやる事がある。惰性で仕事をしていた時とは、今は違うと思っている」

 ユウは唇を噛み締めていた。




「ただいま~」

 足取りも声も軽く、ルテネスが帰って来た。

「お帰り、ルネ。それでは会議を始めようか」

 シリウスの言葉で皆がそれぞれ席に着く。

 まずはユウとエアが調べた事を報告し、ルテネスも報告した。シリウスはそれを紙にまとめていく。

 しばらくして、皆一様にどこから手を付ければいいのかという表情になった。

「う~ん……。その五つの商会って古株だよね。シリウス?」

 ルテネスはそう言ってシリウスに確認した。

「そうだね。ライオル商会やブラッツ商会などがワイン取引を仕切っているね。考えられるのは組合を介さないワイン取引の邪魔をする事かな。具体的には組合に属さない新規商会を妨害するとか、ワインの値段一定額以下にならない様に取り決めて利益を確保するとかね。もちろん利益は多い方が良いから高めの金額に決めるんだ。これらは自由な商取引の競争を妨げる不正行為だね」

 淡々としたシリウスの説明に不満げな顔をしたエアが、

「そんなことして稼いだお金って良い気持ちしないよね。なんで、大人ってずる賢くなるんだろう?」

 エアの頬は大きく膨れている。他の三人ともエアの気持ちは理解出来たが、また現実も理解していた。誰もが失っていく物が在る。慌ただしく時間を過ごし、捨てられない物を背負い、生活をするうちに価値観が定まっていく。金の有る無しは、生活をするうえで確かに大事なことかもしれない。それ故に、金は人間の価値観を左右する大きな要因な事は間違いないのだ。

「エアちゃんみたいに考えられなくなったのはいつからかな~」

 ルテネスはエアを見てボソッと呟いた。それは答えの出ない自分自身への問いかけだった。

「こう言って悪いけど、エアはまだ世間的には子供だからね。考え方が直線的なんだね。でも、悪い事じゃないよ。問題の本質を真っ直ぐ指摘しているのだからね」

 シリウスの言葉をユウが継いで、

「そうだな。自分を厳しく律することが出来る奴もいるが、エアの言う様にずる賢い奴もいる。子供の頃は色々出来ると思っていたが、大人になるにつれて生活の現実を知っていくんだ。現実を知るということは出来ない事が増えていくんだろうな」

「そっかぁ~、そうだね~。私もそう思っていたよ~」

 すると今度はルテネスが何度も頷きながら同意をすると、シリウスが書類を手にしながら、

「社会に出ても今度はしがらみが出てくる。そして、社会の汚さを目の当たりにして、自分がその社会に染まっていくんだろうね。当然だけど、子供の頃の気持ちなんて慌ただしさの中で忘れていく。でも、嫌だよね。自分が汚れていくのは……」

 シリウスは表情を暗くして話を止めた。

「そうね~。私もこの仕事を始めて四年目だけど子供の頃の理想とかは忘れちゃったなぁ~。でも、本当は忘れてはいけない事だと思うよ~。だって理想がないと成り立たないものもあるしね~。それに本当の大人なんていないと思うしさ~」

「みんな……。ありがとう。私はこの気持ちを大切にして生きるよ」

 たとえ子供の考えと言われても、不条理と思える事に従って心を殺しながら生きる事は自分には出来ないかもしれない。エアは漠然とそんな事を考えていた。




 シリウスは穏やかな視線をエアに向けていた。

(思ったより彼女は言い出したら聞かない頑固者なのかもしれないね。頼りなげな風情をしているんだけどね……)

 と思いつつ打ち合わせを締めくくる事にした。

「よし、さっき挙げた二つの商会を見張ってもらおうかな。ルテネスはブラッツを、エアとユウはライオルをお願いするよ。あとはこっちでなんとかするよ」

 若い精霊師達にテキパキと指示を出した。

エアはふと疑問に思い、左手の指を折って勘定しながら、

「後の三商会ですけど、誰が見張るんですか?」

「僕の知り合いだよ。信頼は出来る。それに今回はかなり乗り気だしね」

 シリウスはそう言って話を切ったが、ユウはその言葉の意味を見逃さなかった。

「俺はアンキセスの爺さんの仕事をやらされることが多い。我々は政治と無縁、との建前だが、現実的にはかなり女王に協力的だ。今回の選挙はバカラ家がチュダックを支援しているなら、女王にとっては目ざわりどころか、チュダックの息の根を止めてやりたいと思っているだろう。そうなると、今回の協力者は『黒龍のふくろう』ってとこだな」

 ユウの指摘に、シリウスはニヤリと口の端で笑い、

「冷静な分析だね。間違ってはいないけど、チュダックを快く思っていないのは女王だけじゃないさ」

「なるほど。策士だな、シリウス」

 シリウスとユウの会話の意味が良く解らなかったエアは、

「ねぇ、『黒龍のふくろう』って何?」

 紫の瞳を見開きながら、二人に尋ねた。するとユウは、

「女王の傍に侍従長として付き従っているフルカスという老人がいる。俺は話をした事はないが、彼が黒龍将軍だ。黒龍軍の主な仕事は『諸外国も含め、全ての情報収集や情報操作』なんだ。戦闘部隊というより、潜入専門の隠密部隊という感じだな」

 アンキセスに連れられて王宮で女王に接見した事があった。その時、

「あの胡散臭い爺さんが黒龍将軍じゃよ」

 とアンキセスが女王の後ろに控えていた老人を顎で示した。胡散臭い爺さんが『胡散臭い』と称するのだから、その鋭い眼光を放つ老人はかなりの曲者なんだろうとユウは感じた事を覚えている。

「それで『ふくろう』って?」

 未だ話が呑み込めないエアは先を催促する。

「うん、ここからは僕が説明しようか。黒龍軍の潜入部隊や協力者は各都市に居る。規模の大小はあるが、小さな町にも居るだろう」

 シリウスの言葉に驚いたエアは、

「それじゃレイメルにも!」

「居るだろうね」

 彼女の問いにシリウスは当然だ、と言わんばかりに平然と答え、

「彼らは連絡を取り合うのに妖精を使っている。それは夜に飛んでいてもおかしくない鳥の形をした妖精なんだよ」

「あっ、だから『ふくろう』なんだ!」

 エアは思いっきり納得をした。ホシガラスのように伝言を運ぶ妖精を使っている。だが、秘密裏に連絡を取らねばならず、それ故に、夜に見ても不思議に思わない鳥の姿を借りているのだ。

 しかし、ぞっとする。自分の身近にいる人間が『黒龍のふくろう』かもしれないのだ。知らない内に観察され、そして自分の言動を他人に知らされているとしたら恐ろしい。

 みるみるエアの表情が曇って来たので、シリウスは彼女が何に思い至ったのかを察した。

「我々が『二枚羽』と呼ばれるように、彼らは『黒きふくろう』と呼ばれている。彼らが良き統治者に従っているうちは脅威とならないが、愚かで民を弾圧するような統治者に従ったら、王国は暗黒の時代を迎えるだろうね」

 シリウスの遠慮のない言葉に、

「そうならない為に『精霊師協会』や『神霊教会』が存在するんだよね~。お互いを監視し合う為にさ~。ま、国民も頑張らなきゃね~。『良き統治者』を選ぶ為にね~」

 ルテネスはおどけながらも本心を吐露した。




「さて、もう夜も遅い。今日の仕事は終了だな。エア、宿舎に行くぞ」

 ユウはそう言って立ち上がった。

「あ、待って~」

 エアも慌てて立ち上がる。

 ルテネスとシリウスの二人が取り残され、静けさが部屋を満たした時、

「知り合いってさ~。港湾局にいる軍人さんかなぁ~?」

 ルテネスが少し含みのある質問をした。

「そうだよ。手紙で治安に関する事だから情報を流したんだ」

「それだけ~?」 

いたずらっ子の様な顔をしてルテネスが尋ねたが、シリウスは顔色を変えずに問い掛けに答えた。

「それだけだよ。僕ができるのはここまでだ」

「ふ~ん」

 ルテネスはシリウスの返事をまるで信じていないようだ。

「では商会の監視をお願いするね」

「チュダックが負けたらフォルモントも変わるわね~」

「そうだね。もしかしたら街の姿も大きく変わるかもしれないね」

「闇市もね~」

「それは分からないよ……」

 シリウスの顔に陰が出来たようだった。

「それは精霊師が亡くなっなっても、闇市が無くならなかったから~?」

「そうだね。精霊師協会は闇市に対して犠牲を払っている。闇市に対してはかなりの準備が必要だと思うよ」

「そうねだよね~。攻めにくい地の利を生かしているからね~。あの市場はさ~」

 あの『根下に向かう橋』だけが市場へのは入り口。船で近づけば、岸から狙い撃ちされてしまう。ルテネスの手元でカップがテーブルに鈍い音をたてた。

「もしかしたら、闇市を潰す事は出来るかもしれないね」

 シリウスはテーブルの上を片付けながら呟くと

「どうやって~?」

 ルテネスは眉を寄せた。

「チュダックの秘書がうかつな行動を取ってくれたからだよ。だから何とかなるんじゃないかな」

「意外と楽観的ね~。ま、悪くないわね。闇市の依頼が来たら行動力を調達すればいいんだし~」

「そうだね」

「ところで亡くなった精霊師について詳しく知りたいんだけど~?」

「その話か……。まだ闇市と関わると決まった訳じゃないから話せない。話すならユウとエアにも話さないといけないしね」

「そっか……。多分関わる事になるわよ~」

「それは勘かな?」

「もちろん~」

「ルネの勘はよく当たるからなぁ……。僕としてはどうする事もできないよ。精霊師ではないからね」

 シリウスは視線を外に向けた。

窓からは通りが見える。日付が変わるこの時間でも人通りがある。それぞれに家庭があるだろう。その家庭も政策しだいで壊れてしまう。自分は精霊師協会に勤めているが、一市民としても幸せな生活を望んでいる。誰もが自分の家族の幸せを守りたいと思っているだろう。だからこそ職分を超えて介入したくなる。でも、それをしたら決まりを守れなくなる。精霊師も受付も自由に仕事をしているようで、実はかなり不自由なのだ。そして、いまでも二人は悩んでいる。それは先に帰った二人も同じだろう。

「今はやれる事をやっていくわ~」

「そうだね。ルネも今日はちゃんと寝てくださいね」

 シリウスは再び、窓の外の静まり返った街を眺めていた。




 同じ深夜に、港湾局の局長室で二人の男が向かい合っていた。

「すまんな。呼び出して」

「構いませんよ。局長」

アルガイアは部下であるゼアドリックを呼び出していた。

「精霊師協会のシリウスから手紙が来た。チュダックの秘書ハウラス。いや、マークが怪しい動きをしているらしい」

「あいつですか……」

 港湾局でマークの事を知らない事はない。闇市の実質の支配者だと目されているからだ。

 マークはゼアドリックには忘れようもない男だ。自分も重傷を負わされた上に、精霊師である息子を失ったからだ。あの橋から血まみれで海へと落ちて行く息子の姿を眺めるしかなかった自分が今でも恨めしい。そして高笑いをするマークの顔は脳裏に刻み込まれている。

 アルガイアは手紙を渡しながら、

「手紙によるとチュダックの秘書としてマークが組合から不正献金を受け取っているようだ。その会合を押さえて欲しいと書いてある。難しい処は俺達の面が割れている所だな」

 手紙を受け取ったゼアドリックは忙しく目を動かして読むと、

「そうですね。面が割れていないのは局長と戦った者だけですね。俺と共に戦った者は面が割れています。それでも上手くいけばマークを捕まえる事が出来る」

 彼は爪が手のひらに食い込むほど強く握られている。

「焦るな! 焦ると好機を逃す。マークはあの時捕まらなかった。黒闇の市場の捜索がバカラ家によって妨害された。俺達は機会が来る事を待つしかない。あいつを合法的に捕まえる機会をだ」

「機会は作るものだ!」

 ゼアドリックはアルガイアの言葉を真っ向から否定した。

「ふぅ、そうだな。なぁ、ゼアドリック。お前は今でも後悔しているか?」

 アルガイアは大きく息を吐き、怒りに震える部下の顔を見た。

「後悔ですか……」

「お前の息子が闇市に子供を助けに行って殺された事だよ」

 アルガイアは言いにくい事をはっきりと言う。

「後悔しているなら……。一人で行かせるのではなく軍を引き連れて行かなかった事ですよ。闇市に子供が売られている。あそこでは人身売買が行われているなんて許せるものじゃない」

「そうだな。俺達も一緒に突入するべきだった。だが、子供が全員殺されていた可能性もあった。悔しいが数少ない選択肢の中で最善策だったんだ」

 肩を落としながら力なく呟くアルガイアに、

「過ぎた事をいっても仕方ないでしょう。今、出来る事は闇市を潰す事。それが息子にしてやれる唯一のことです」

「そうだな。やる事としては地龍将軍を通じて女王に手紙を出す。後は精霊師協会の会長にも送る。闇市を潰す機会を得る為、軍が介入出来る様に準備を整えよう」

 アルガイアはゼアドリックに二つの手紙を渡した。地龍将軍と精霊師協会の会長であるミリアリア宛てである。

「必ず、必ずあの市場を消し去りましょう。もう後悔をしたくないから……」

 ゼアドリックはそう言って手紙を受け取り、飛行船の乗り場へ急いで向かう事にした。


★作者後書き

 読んで頂いている皆様、本当に感謝しております。この作品も折り返しに入ってきました。エアとユウの二人には頑張ってもらわないといけません。勿論、作者もですが……。ハイ、頑張ります。

★次回出演者控室

ラルフ 「いや~、こんな形で皆さんと会えるとは」

エア  「あっ、徹夜明けの工場の人!」

ユウ  「確かにそんな風情だな」

ルテネス「冴えない男よね~」

ラルフ 「手厳しいなぁ……」

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