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紫銀の精霊師  作者: 金指 龍希
潜竜の精霊師編
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第四章 黒きフクロウ その一

 ルテネスがエアとユウの二人を連れ、ティファリアの元へ向かうと、

「さて、イワン君。精霊師宿舎に行って、君を含めて三人分の部屋を整えてもらえますか? こんなに宿泊人数が多いのも久しぶりです。よろしくお願いします」

「分かりました。直ぐに行ってきます」

 シリウスは精霊師宿舎にイワンを向かわせると、

「さて、リゲル。この街に来た理由を教えてもらえますか? 私に隠し事は無しですよ。優秀な機械師の貴方が、魔道機らしき人形が盗まれたタイミングでやって来た。つまり、盗まれた人形は『やばい物』だと察せられますからね」

 静まり返った事務所の中で、淡々とリゲルに話しかけた。

「まいったなぁ。やっぱり、ばれちまったか」

 鼻の頭を人差し指で掻きながら、リゲルは苦笑を浮かべ、

「先におめぇに話しておいた方が、気が楽になるか……。あの二人にどう話したら良いか迷っていたからな。先のレイメルでの騒動は知っているよな?」

 そう問われたシリウスは黙って頷く。

「あの時に世間に知られた『悲嘆の魔石師』こと、デボス・エンデュラはわしの親友だった。禁断の魔道機であるバイオエレメントの開発者、アンヌの夫だ。そう、わしらはそう思っていた。ところがバイオエレメントは新しい技術じゃなかった……。本当に初めて開発したのはもっと古い時代の人間だ」

 眉間を寄せて話すリゲルの最後の言葉にシリウスの顔色が変わり、

「はぁっ? つまり、発掘した魔道機を真似て造ったという事ですか?」

 思わず、眉間にシワを寄せて声を上げた。

「今の時代に造られた最初の魔道機の様にな」

 約五十年前、遺跡の中から偶然発見された遺物は古代文明の水準の高さを示していた。その使用目的の分からない機械を研究した結果、最初に造られた魔道機は魔石灯であった。火を使わずに闇夜を照らす機械に人々は、さぞかし感動をしたであろう。

 リゲルはどよめく人々の姿を頭に思い描きながら、

「今より大昔の方が、とても文明が発達していたんだろう……。なぁ、シリウス。古代の王国は今より発達していた。そんなすごい文明を持っていながら、何で滅びちまったんだろうなぁ」

 リゲルが肩を落とし憂鬱そうな顔をしている。シリウスはその表情を見ながら、

「滅ぼしたのは『発達し過ぎた文明』なのかも知れませんね。……リゲル。貴方が心配しているのは、魔道機らしき盗まれた人形が『それ』だと思っているのでは?」

 暫く沈黙していたリゲルは重い口を開き、

「あの人形の胸に埋め込まれていたのは、オリジナルのバイオエレメントだ。アンヌはそれを治療用生体魔道『バイオエレメント』と名付けたが、おそらくオリジナルの本当の目的は、神霊を封印し、その力を引き出して人間が利用できるようにする魔道機だろう。アンヌはそれに気が付かなかった」

 思いがけない内容に、珍しくシリウスは大声を上げ、

「神霊を封印だって! そんな事があり得るのか!」

 シリウスは心底驚いていた。例え受付といえども精霊師協会に在籍している以上、妖精や精霊の存在は信じている。しかし、神霊となると、王国創世のおとぎ話のように感じていた。ところが、その神霊が存在すると言うのだ。さらに、妖精すら封印するのは難しいのに、力のある神霊を封印するなど想像もつかない。

「リゲル、そんな高度な封印魔道機が存在するのか……?」

「先代の話から想像出来るのは、そういうことだった。先代が精霊師協会を創立する前に、あの人形と同型と戦ったらしい。詳しく話してくれなんだがな……。その時、先代が破壊した人形が王都に保管してあった。それを見せてもらったんだが……」

 王宮の封印扉に守られた、死んだばかりの人間如く、精気の無い表情をした人形。大地を現した黄金色に輝く髪をなびかせた麗しい女性の姿をしていながら、とても強力な大地の魔法を放つのだとアンキセスが語ったのをリゲルは思い出した。

「おい、シリウス。盗まれた人形は青い髪と青い瞳だと言っていたな……。先代が言っていた事が正しければ、その人形が暴走し始めれば水の神霊の力が人間を襲うことになるぞ」

 深刻な顔をしているリゲルに、

「あの人形の名はアジーナ……。偶然にも海を司る神霊の名を付けた司祭のセンスは抜群でしたね……」

 シリウスはそう答えるのが精一杯であった。




 その頃、ルテネスに連れられたエアとユウの前には、ティファリアが座っていた。

「それじゃぁ、また後でね~」

 にこやかに手を振りながら部屋を出て行くルテネスに、

「ありがとうございます」

「ああ、すまなかったな」

 と礼を言っている二人を眺めていたティファリアは声をかけた。

「貴方達が聞きたいのは、チュダックの事かしら?」

「はい、そうです」

 前を向き直したエアは、思わずティファリアの顔をまじまじと見つめた。

 ふんわりとしている金色の髪、上気してほんのり赤みを帯びた頬、はつらつとした緑の瞳、可愛らしく引き締まった薔薇色の唇、そして利発そうな顔立ち。ティファリアは同じ女性も惹き付ける魅力を放っていた。

「どうした?」

 急に黙り込んでしまったエアを不審に思ったユウが声をかけると、

「うん。ティファリアさんって綺麗だなぁ、と思って……」

「それで見惚れていたのか?」

「うん」

 素直に頷いたエアに対し、ティファリアは思いっきり吹き出してしまった。

「貴方達、面白いわね。エアちゃんとユウだっけ。私の事はティファと呼んでくれれば良いわ。先ずはそちらが知っているチュダックの事を教えてくれる?」

 二人はティファリアに促されて、グラッグから聞いたレイメルでのチュダックの評判や行動を話し始めた。

 するとティファリアは緑の瞳をくるくるとさせながら、

「じゃぁ、チュダックは鉱山の運営を商社に任せたのね。でも儲けを追及しすぎる商人に運営を任せれば人件費や経費も節約できるかもしれないけど、働いている人間は使い捨てになるし、市民も高い利用料を払わなきゃいけないとか問題が出て来るわね」

 などと話の途中で自分の感想を述べる。

「実際、その通りになったようだ」

 顔色を変えずにユウが話の先を進める。しかし、その横で、

(すごいなぁ……。先がどうなるか分かっているし、その理由もちゃんと言えている。この人が市長になるときっと良い街になるよね)

 エアは聡明なティファリアをすっかり気に入ってしまったのである。




 二人の話を聞き終わったティファリアが、

「今度は私の番ね。私が知っているのは、チュダックの後ろ盾はバカラ家を中心とした反女王派の貴族たちだってこと」

 いたずらっ子のような顔をして言うと、

「バカラって、あのバカラ?」

「反女王派の急先鋒だったな。それにこの街の領主だ。操るのに都合の良い、頭の悪い奴が必要だったのだろう」

 ユウが遠慮のない物言いをした。

「ふと思ったんだけど、何でバカラ家は反女王派になったんだろう」

 エアはイワンの顔を思い出しながら呟いた。すると、ティファリアが呆れたように、

「私が知っているのは、再婚してから反女王派になったと聞いているわ。先妻が死亡した後、ほどなく妻になった女性の影響だともっぱらの噂よ」

「そう言えばイワンの継母が、どこの家の出身か聞いていなかったな」

 イワンからバカラ家の内情を多少聞いてはいたが、そこまで詳しくは尋ねていなかった事にユウは気が付いた。

「あっ! 確かに聞いていなかった」

 ユウを横目に見ながら、エアも小さな叫び声を上げた。

「貴方達、多少はバカラ家の事を知っているのね。長男が戦死した事も知っている?」

 ティファリアは目の前の二人を、両目をくりくりさせながらじいっと見つめる。

「あぁ、まぁな」

 長男のイワンが生きているとは言えない二人は曖昧な返事を返した。するとティファリアは、

「露骨だったと聞いているわ。自分の産んだ子供を跡取りにする為に、長男は学園都市に追いやられ、その後軍隊に行かされ戦死した……。バカラ家の当主は元々、その先妻だったの。金持ちの商人が、金でバカラ家を買った様なものね。その後に妻になった女性も商人の娘ね。彼女が社交界にデビューした時は、金欠の貴族たちがこぞって求婚したらしいわ」

 エアはふと、メリルがバカラ家の後妻について言っていた事を思い出した。

「メリルが嫌っていたよね。綺麗な人だけど危険な人だって……」

 ティファリアも同意見のようで、

「一度だけ、社交界で会った事があるわ。私も一応、田舎の貧乏貴族だけど、社交界デビューはしているのよ。でも、政治的な話しをする女は馬鹿にされてね。それで二度と行っていないけどね」

 ティファリアは少し悔しそうな顔をしている。女王が治める国であっても、男性が主な役職を占める事に変わりはない。男性とか女性とか関係なく、その人の『適性』というものが判断されれば、違う世の中になるのかもしれない。

 ティファリアはそっと溜め息を吐き、自分が市長になることで世の中に変化が起きれば良いと願っていた。

「それでどんな人だったの?」

 エアに促されたティファリアは、

「頭が良くて、綺麗で、でも油断が出来ない人。う~ん、何ていうのか、優しさとか慈しみを感じないの。笑顔をいつも浮かべているのに、目が笑っていないの」

 それを聞いたユウは、

「メリルが嫌う訳だな」

 子供好きで本当の優しさを持ったメリルなら、偽りの優しさの皮を被った人物を嫌うのも無理はないと思ったのだ。

「すると……、チュダックを抱きこんでいるのは、その切れ者の後妻かもな」

 ふと、ユウが洩らすとティファリアは、

「私もそう思うわ。同じ事を尋ねに来た人物もいるの。ラルフ、とかいう新聞記者だったわ」

 これから面白くなりそうだと笑みをこぼした。




 ユウとエアはシリウスに言われて選挙管理委員会にチュダックの資金に関する報告書を調べに行った。そこに記載されていた献金をしている商会を、ユウは手帳に書き込んでいく。精霊師には手帳が必須だ。依頼によっては覚えきれないことが多い。手帳に書く事によって思い違いを防止するのと、後に提出する報告書を書く為に必要だからだ。

「やっぱり、この五つの商会が怪しいね」

 エアが上げたのはトラミネールワイン組合に所属する商会だった。

「ああ、金の流れがおかしい。こいつらアホか、こんなつじつまの合わん決算書を出したら怪しんでください、と言っているようなもんだ」

 ユウは手に持った書類を机の上に放り出した。

「よく手に入ったね。普通こんなの隠すと思うけど」

「捕まらない、罰せられない。そんな絶対的な確信があるんだろう。堂々と出したのか、それとも商会内部でも意見が割れて密告するような形で出したのか……」

 ユウは持っていた資料を棚に戻し始めた。エアも慌てて書類を戻す。

「ねぇ、ユウ。この調査って意味があったのかな……?」

 エアはふと手を止めて呟くと、ユウは手を止めずに答えた。

「意味はある。そう思わないと、この仕事はやれない」

 その言葉にエアは、はっとして顔を伏せた。

「ごめんなさい。そうだよね。そう思わないと答えに辿り着かないよね」

「謝るな。俺も初めの頃は同じことを考えていた。俺達の仕事は無駄の積み重ねだ。魔物を倒すなら単純だが、今回の様な仕事の方が圧倒的に多い。俺が経験した中には訪ね歩いた人々の言葉の中から一つの真実を探さないといけない場合もあった」

「大変だったんだね」

「ああ、解決したが後味は悪かったよ。それを気にしても仕方ない。戻るぞ」

「うん。あっ、お礼言わないと」

「そうだな」

 受付に戻ったエアが、

「ありがとうございます」

 と頭を下げると、

「いいえ、今日は新聞記者の人が見に来ただけで暇だったんです」

 若い女性があくびをしながら答えた。

「記者?」

「はぁい、トルネリアタイムスのラルフ・ラッツマンと言っていましたね」

 眠そうな受付嬢は名簿を見ながら答えた。

「ねぇ、ユウ。ティファリアさんに会いに来た人かな」

「多分な。彼はどんな感じの人物だった?」

 ユウに問われた受付嬢は、

「冴えなくって、むさ苦しくって、眼鏡をかけたタバコ臭い中年のおっさん」

 手厳しい感想をさらりと言ったので、ユウは戸惑いながら、

「まぁ、何だ。その……、つまり徹夜明けで疲れ切った工場の労働者みたいな感じ、てことかな」

「その人、すごく可哀想な人に思えてきた……」

 エアがぽつりとこぼした。




 とある建物の裏には、店は質素だが安くて旨いカフェがあった。

 頻繁に客が入れ替わる中で、パイプに煙草草を詰め替えながら長時間座っている男がいた。

「あぁ、兄ちゃん。おかわり」

 店員に頼んだ珈琲は何杯目であろうか。

「そんなに煙草を吸うと、身体に悪いですよ」

 と店員は言いながら、店の奥に消えていく。

(もうそろそろ、やって来てもいいんじゃねえかなぁ)

 誰と待ち合わせをしている訳ではない。

 そう、俺が勝手に待っているだけだ。

 いらいらとする気持ちを、煙草を吸って誤魔化してみる。

「ぶぁっくしょん!……うぅ~っ」

不意にくしゃみが出た。

(ちっ、誰だよ。俺の悪口を言っている奴は……)

 若い受付嬢と黒髪の精霊師が自分を何と例えたか知らない彼は、苦い珈琲を喉に流し込み、とある建物に出入りする人物を眺めていた。


★作者後書き

 やっと更新出来ました。新年度の忙しさに負けてしまい、さらに急な暑さにダウンをしてしまい、冷房による風邪をひいてしまい、鼻水を垂らしながらの更新でした。皆様、体調の管理が難しい時期ですが、お身体を大切にして下さい。

★次回出演者控室

ユウ  「冴えないおっさんだな」

エア  「でも記者さんだから、いろんな事を良く知っているよね」

ルテネス「昼間はボワッとしている感じなんだけど~」

シリウス「皆さん、ペンの力は侮れませんよ」

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