表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紫銀の精霊師  作者: 金指 龍希
悲嘆の魔石師編 
6/87

第一章 誓いの噴水 その四

「皆も色々と聞きたいことがあるだろうが、わしはエアが自然と記憶を取り戻すことを、まずまず大事にしたいと思っておるんじゃ」

 レティが淹れた紅茶を一口すすったアンキセスは、

「これから話すことは、街の皆には内緒じゃ。わしは旅の間、エアの両親は火事で亡くなったと他の者に説明して来た。しかし、本当は殺害されたのじゃ。しかもその後、炎の中で取り残されてしまったのじゃ。そのせいか、感情や記憶を失っても火と雷は怖がっていたかのぅ。まぁ、元々雷は苦手なようじゃがな」

 マッシュは以前、ラヴァル村でエアの世話をしていたメリルの様子を思い浮かべ、

「もしや、メリルはその事を知っているのですか」

「いや、知らぬ。話してはおらん。あの時のメリルは、エアの様子を見るなり、あるがままの彼女を受け入れることにしたようじゃ。わしが皆に望むのは、メリルの様に今の彼女を受け入れてもらいたい」

 黙って話を聞いていたミリアリアは、老人が言いたい事や隠していたいことを、

「つまり、おじい様が言いたいのは、彼女の身元を詮索するなということね。彼女の身元が明るみになると危険が及ぶかもしれない、それもおじい様が連れ歩いて隠していたということは、政治的なことも絡んでいるとしか思えないわ」

 と、遠慮なく断定した。

「先代、あの嬢ちゃんの記憶が全部戻った時、どうするんだよ。街の皆には隠しきれねぇぜ」

 リゲルのわりにはまともな意見だと思ったレティは、

「それに、精霊師になって魔道機を手にした時、両親を殺した相手に出会ったら復讐を考えても不思議はないわ」

「思慮深いアンキセス殿が、ただ可哀想だと思っただけで彼女を引き取ったのではないとは理解しています。しかし、ご自身の立場も危険ではありませんか? 貴方が関わる以上、あの少女が抱える背景とは簡単なものとは思えないのですが……」

 マッシュが締めくくった言葉を最後に、皆、アンキセスの答えを待って押し黙ってしまった。




 アンキセスは身体に沁みるほどの沈黙を破り、

「いずれ彼女に試練の時が訪れるじゃろうて……。日が暮れた後に夜が訪れ、全てが闇に包まれる様に……。悲しみが喜びを覆い尽くし、涙が止まらぬ時もあるかもしれん。しかし、人の優しさに触れ、他人の力になれる喜びを知った人間は、邪に染まることはあるまい。わしはこのレイメルで、エアが真に人の喜びを学び、精霊師となることを願っておる。またその姿を、そなた達にも見守ってもらいたいのじゃ」

 老人は頭を下げて心からの願いを、友人であるレイメルの住人に託した。

 今度は、沈黙を守っていた四人が答えを出す番である。

 最初に口を開いたのは、沈黙に耐えかねたリゲルだった。

「先代、嬢ちゃんの魔道機は杖型でいいんだよな。今から造らねぇと精霊師になるまでに出来あがらねぇからな……。ワシはめんどくさいことを考えるのは苦手だからよ、難しいことは市長に任せたぞ」

 話を向けられたマッシュは、がっくりと観念したように溜め息をついた。

「まぁ、愚問でしたね。三十年もアンキセス殿の傍に居れば、かなり危険な事も有りましたし、いわゆる『やばい橋』というのも渡りましたし、今さら、という話ですね。後でメリルには私から伝えておきましょう。もっともメリルは、何の事情が有っても問題ない、と言うでしょうがね」

 二人に続いてレティが、ドン、と大きな胸を叩く。

「人を育てるのが事務局の仕事よね。真っ当な精霊師として育てて見せます。今、ユウがいなくて良かったのかもね。何も知らずに接した方が良いことも有るもんだし」

「おじい様は決めたら譲らない性格だから、仕方ないわ。それにしても、一蓮托生とはこのことね。でも、ユウと同じく、エアがセラシスだと知られない方がいいわね。自分の身が守れるようになるまでは……」

 と言って、ミリアリアは冷めた紅茶を飲み干した。




――再び秋の王都にて――

 馬車に揺られながら思い出話に付き合っていたマッシュだが、視線の先に魔道飛行船の姿が小さく見えて来たので、老人を現実に引き戻す事にした

「宿舎の隣室はレティですが、エアは夜中にうなされているようだと言っておりました。父母を殺された記憶が彼女を捕えて離さないのでしょう」

「彼女は真実を求めておる、しかし恐れてもおる」

 老人の皺だらけの両手は強く握り締められていた。それを見たマッシュは話を変えた。

「デボスの件をリゲルやメリルに伝えた方が良いでしょうか……。特にリゲルはグラセルでデボスやアンヌと共に仕事をしていたはず。あと、各街区の代表も集めなければ……。女王の命令を果たすには街中の協力が必要ですしね」

「マッシュ、苦労を掛けてすまぬのぅ」

 アンキセスは自分の子供程の友人に頭を垂れる。

「今更、何を言っておられるのですか。私とリゲルやメリルの三人は、貴方の冒険に三十年近くも付き合っているんですよ。おかげで退屈しないで済みます」

 マッシュは諦めた様に笑い声を立てたが、

「そうかの。それじゃぁ『ヤングアンキセスの冒険』とか本でも出すかのぅ」

 急に元気を取り戻した老人の思いも掛けぬ戯言に呆れてしまった。

「安易な本の題名はともかく、黙って座って書き物なんか出来る性分ではないでしょう。ギルドの会長の座も面倒だとミリアリア殿に押しつけたではありませんか」

「そうじゃったかのぅ」

 アンキセスがトボケた返事をした時、馬車はゆっくりと停車した。

 二人が乗っている馬車の窓から、魔道飛行船の姿が入りきらない程大きく見えた。




「さあ、飛行船の乗り場に着きましたよ」

 馬車を降りようとしたマッシュがアンキセスの手を取ると、

「あんな大きな物が空を飛ぶなんぞ、何度考えても恐ろしいわい。三十年前にあんな鉄の塊は空を飛んでおらなんだわ。わしゃ、あれに乗るのは嫌じゃのう」

 魔道飛行船を目の前にした老人は座席に座り直し、子供に戻って駄々をこね出した。

『年を取ると子供に戻る』と言うが、知恵が付いている分だけ子供より始末が悪い、とマッシュはアンキセスとの付き合いから学んでいる。

 この場合、理屈で畳み込んでいくしかないと決めているマッシュは魔道飛行船に乗らなければならない理由を並べたてた。

「アンキセス殿、今日中にグラセル大工房に行って打ち合わせを始めないと間に合いませんよ。それに、バイオエレメントの事も詳しく調べるつもりなんでしょう。エアには豊穣祭には会えると言っておきますから……」

「しかしのぅ――」

「気に入らないからといって、火の玉を出さないでくださいよ」

 アンキセスは不機嫌になると、杖から火の玉を出して脅かすことがあるのだ。それを知っているマッシュは、先に『出すな』と念を押したのだ。

 本日、二度目の脂汗を額に浮かべたマッシュは子供に戻った老人と押し問答を始めた。




――その頃、誓いの噴水の周りでは――

「やっぱり、ちょい姫だ!」

「期待通りだぜ、さすが見習い」

 子供達がバケツを持って、はしゃぎながら走り回っている。

「また市長の奴が冷や汗を掻くぜ、こりゃぁ見物だな」

 リゲルは楽しそうにモップを操っている。

「皆さん。ありがとうございます。本当にすいません」

 反論する元気もないエアは、ペコペコと頭を下げながら懸命にモップを動かしていた。

 噴水から飛び出た大量の水は、広場を中心に四方の大通りを流れて行った。広場に面したカフェの屋外に並べてある椅子や机も、水の流れにその位置を変えてしまった。

 最初は野次馬を決め込んでいた住人達だったが、大量の水が噴き出したために、ネジを巻いたようにモップを手に働くことになったのだ。

 日が傾いて片付けも目途が着いた頃、広場で花を抱えて呆然と立ちすくむ男の姿があった。

「これは……、何が起こったのでしょうかねぇ。リゲル、説明して下さい」

 マッシュは、レイメルに着いて直ぐに異変に気がついた。建物は濡れていないのに、大通りの石畳が濡れているのはおかしいと思いながら市公舎へ急いだ。途中で出会うモップを持った住人に「怒らないでやって」とか、「市長も頑張ってね」とか声を掛けられ、ますます、これは何があったのだろうと心中穏やかならぬ思いで広場に辿り着くと、モップを持った人々が独楽鼠の様に動き回っていたのだ。

 本日、三度目の脂汗が背中に流れるのをマッシュは感じていた。




「まあ、大したことはないんだがよ。噴水の魔道機が働き過ぎてな、多めに水を汲み上げたのよ」

 リゲルがスキンヘッドの汗を拭きつつ、呆然としているマッシュの傍にやって来た。

「すいません、市長」

 エアも慌ててリゲルの後を追った。

「……何か壊れましたか?」

 レイメルの財政を預かる身として、まず金銭的な経費を一番に考えるクセが身についたマッシュはモップを持っている二人に尋ねた。

「今回は、何も壊してねぇよ」

「はい、噴水の魔道機も無事ですし、水量調整も終わりました。でも、皆さんに迷惑を掛けちゃいました。ごめんなさい」

 エアはすまなさそうに、小さい体をさらに小さくして謝っている。

「まあ、今回は皆さんに礼を言ってください。それからアンキセス殿から伝言を預かっています。さあ、早く片付けを終えましょう」

 仕方がないなぁと思いつつ、エアの肩へ手を置こうとしたマッシュの手に、

「人手が多い方が早く片付くからなぁ」

 にやりと笑ったリゲルは、モップの柄を突き出した。

 それを黙って受け取ったマッシュは、

(アンキセス殿の相手をしているより、モップを操っている方が楽かもしれませんね……)

 秋風に吹かれながらマッシュは、手足が冷えていくのを感じていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ