第三章 猫被りの精霊師 その五
話し終えたルテネスはエアとユウの二人を交互に見つめ、
「選挙の相手候補についても、多少は参考になったかな~。それに計画的な積荷泥棒に関しても、人形の盗難も何か関係ありそうだよね~」
一気に手にした飲み物を飲み乾した。
「ああ、情報としては充分だな。すまないがもう一人の候補者、ティファリアに会いたいが連絡を取ってくれるか?」
彼女からもう少し詳しい情報が得られるかもしれない、とユウは思ったのだ。
「構わないよ~。ティファの性格から言っても協力したいって言うだろうしね~」
正義感の強い彼女が、ユウ達の話を聞いて協力をしない筈がない。ルテネスは溜め息をつきながら、引き合わせたその先を想像する。きっと彼女はユウ達に協力するどころか、尻を叩いて振り回すだろう。
「ありがとうございます。ティファリアさんに会うのが楽しみです」
同年の友人がいないエアは、ルテネスとティファリアの関係が羨ましく感じると同時に、市長に立候補しようとする彼女に強い興味を覚えたのだ。
かつてのレイメルはチュダックの悪政に苦しめられた。今のレイメルの状況しか知らなかったエアにとっては出発前に聞かされたグラッグの話は衝撃であった。市長を目指すことは、自らに『住民の生活を担う』重い責任を進んで背負うことなのだ。なのに彼女はそれを求めているのだ。一つの依頼をこなす為に、必死になっている自分とはかなりの違いを感じるのだ。
「それにルテネスさんも、この広い街を一人で担当しているなんて、とってもすごいです」
「ルテネスでいいわ、エアちゃん。考えてみたらそれほど苦労して無いのよね~。今回は夜に働くだけだったし~」
「それでも、犯人を捕まえたのだから苦労したと思うよ」
シリウスはルテネスの言葉をやんわりと否定した。そう、実際に仕事するのはルテネスなのだ。仕事をやりやすいように情報を集めて分析をしてから、ルテネスに依頼を紹介しているつもりなのだが、面と向かって文句を言わないルテネスの考えている事はシリウスも計りかねるのであった。
「それで、港湾局の皆はどうなったの?」
エアは話に出てきたアルガイア達の事が気になったが、
「やっぱり減俸処分になるみたいだよ~。管理不行き届きだってさ~。でも彼らの心配はいらないよ~」
ルテネスにとって、アルガイアの事など全く気にならないのだ。
どうせ抜かりの無いアルガイアのことだから、副局長を出向させていた警備局に場外乱闘的な喧嘩を売ることだろう。出向した職員が泥棒に加担した警備局にしてみれば迷惑な話だが、バカを出向させた方が悪い。
その場外乱闘は減俸されたアルガイアの気が済むまで続くだろう。
「エア、俺達に出来る事は依頼を解決することだ。その後の事には依頼人自身が対処することだ。それはフェニエラの事件で理解しただろう?」
ユウはエアの心の整理が出来る様に促す。その言葉を黙って聞いていたイワンは唇を噛んだ。
「うん。分かってはいるけど……」
シリウスはエアの曇った表情を見て、
「下手に首を突っ込んで泥沼になる事もあるからね。依頼人とは依頼があってこそ出会う事になる。だからこそ、その依頼には最大に応える。その後の事は依頼人次第、というのが僕たちなんだ」
静かに精霊師の心得を諭す。
おもむろにユウがそれに頷き、
「言い方は悪いが、依頼人のその後を一々追いかけられないんだ。一つ一つの依頼のその後なんてやっていたら精霊師の数が足りない。気になるだろうが割り切るしかないんだ」
「そうだよね。ごめんなさい」
エアが小さな頭をぺこりと下げると、
「謝る必要はないわよ~。精霊師なら誰だって通る道だしね~」
ルテネスは明るく応じた。
(自分が言うと、どうしても厳しくなってしまうからね)
こんな時は彼女の明るさに助けられる、とシリウスはルテネスに感謝していた。
穏やかな空気になったところで、シリウスは皆の面前で封筒をひらひらとさせ、
「そういえば、レイメルから手紙が届いたよ」
「本当ですか!」
両目を大きく見開いたエアはシリウスから手紙を奪い取り、
「レティからだ!」
「内容は?」
ユウが手短に尋ねると、シリウスは相変わらずだなと感じた。やはり、彼には世間話的なものではなく要点を的確に伝えた方が良いのだろう。そして口数の少ない彼に、この幼そうな少女は不安や不満が無い様だ。これも珍しい、とシリウスは思えた。受付の仕事を通じて、自分の問いに思った様な答えが無いと不満や不安に思う女性は多い、と経験からシリウスは知っていたからだ。
背の高ユウを見上げたエアは手紙に目を通し、
「えっと、応援で来た王都の精霊師が依頼人を怒らせたんだって」
「ああ~、あの子か~。スティング・ハーン君ね。あれは大変な子だよね~」
ルテネスは思い出した様に呟くと、
「君も似たようなものだけどね……」
シリウスがポロッと本音をこぼした。
「何か言ったかな~」
ルテネスが笑顔で凄んでくると、シリウスの顔が少し引きつった。その様子を見たエアは手紙の続きを慌てて読み上げる。
「他には、彼が徹底的な合理主義なのが悩みみたい。これは病、て書いてあるよ。なんかその病を治す為に荒療治をしてやる、とも書いてある」
「レティの奴、かなり頭にきているな。しかし……、怒る理由ももっともだ」
「分かるの?」
納得した様な顔をしたユウに、エアは首を傾げて尋ねると、
「合理主義という事は、期限の短い依頼は受けない。そして、時間の掛かりそうな依頼を受けない。とにかく効率的に数多く依頼をこなすことを目的にしているんだ」
「それって、依頼人の気持ちを無視しているのでは?」
エアの問いに大きくユウは頷く。
「だろうな」
「困った後輩だよね~」
「後輩?」
ルテネスの呟きにエアが聞き返すと、
「彼は同じ王立学園の卒業生なの~。たまに先生からも手紙が来るけど、その時に困った生徒がいると書いてあったのよ~。そりゃスティングの事だったね~」
「学校かぁ」
エアは学校など行ったことが無いので、どんな所かと想像していると、
「学校は面倒な事もあるけど良い処だよ~。同年代の友人が出来るし。色々な行事が楽しいし~。エアちゃんも通ってみるといいかもね~」
「う~ん……。でも、私は精霊師の仕事が楽しいから」
「そっか、残念。ユウは?」
「俺の歳だと大学だろう。それに今更、学校など通うつもりもない」
ユウも一言で切って捨てた。
シリウスは仕事の話を改めて切り出し、
「さて、チュダックの事だけど。方針としては秘書に絞り込んで聞き込みだね。イワン君には既にある情報や、これから集まってくる情報の整理を頼みたい」
役割をイワンにも与えた。
「ありがとうございます。僕は今まで皆さんの話を聞いていて、真剣に仕事をしている事と、影に隠れて人を操る奴の存在を確信しました。積荷泥棒にしても、そそのかした奴がきっといるんでしょう。これ以上、僕の様に甘い言葉にそそのかされて、犯罪に手を染める人がでない様に協力したいと思います」
潔く頭を下げたイワンは、自分をそそのかしたモールの顔を思い浮かべていた。ひょっとしたら、人形の盗難事件もモールが関与していると彼は感じたのだ。言葉巧みに他人のを操り、自分の目的の為に捨て駒にする。その駒に人生や命も無いが如くの扱いだ。
「さて、ティファリアに面会した後、話に出たハウラスとかいう秘書の動向を探る方がよさそうだ」
「私もそう思うな~」
ユウの言葉にルテネスが賛同すると、エアがふと、思った事を口にした。
「選挙資金って普通に考えたらどこから出るんでしょう?」
その言葉に三人が口ぐちに答えた。
「個人資産だな」
「違法献金かな~」
「つまり、商人からの個人献金。もしくは貴族からの献金ですね」
最後のシリウスの言葉にエアが反応した。
「それって……、この国では違法ですよね」
「そう、利害関係者からの献金は禁止されていますね」
「へぇー。そうなんだ」
エアはその言葉で納得した。
「いまごろ、チュダックの懐には黒いお金が流れているのかな~」
ルテネスの言葉は虚空に吸い込まれた。
そして重苦しい空気に皆が支配された時、
「おめぇら! 元気にしてたかぁ」
大声を出しながらリゲルが勢いよく扉を開けた。
「おっさんか。脅かすなよ」
「もうメリルから連絡をもらったの?」
「おや、リゲルでしたか」
「大声を出さなくても聞こえるよ~」
「レイメルに居た大男?」
五人が同時に返事をしたので、慌ててリゲルはフォルモントに来たいきさつを説明し、
「先代に教会で見つかった人形を調査するように言われたんだが、盗まれたらしいな」
リゲルがエアとユウの顔を見回すと、
「それでね、メリルが教会を出た後に煙が立ち込めると、あっという間に……」
「かなり計画的だったな。頭の切れる奴だ」
そし二人の話を聞き終えたリゲルは、
「じゃぁメリルの奴と行き違いだな。まぁ、先代がレイメルに向かったからワシがフォルモントに行ったことは分かるだろうよ。王都にも黒龍の梟から連絡が在って、人形が盗まれた事は女王も知っている。さてと、人形の事なんだが……」
リゲルは大きな手で、シリウスが差し出した大きなカップを持ち上げた。彼はバイオエレメントの事をどう説明したらいいのか悩んでいた。すると苦悩する彼の前にイワンの姿が目に入った。そして彼の左手の小指には白い魔石をあしらった指輪が光っているのに気が付いた。
「その指輪はワシが造った物だ。当時、おめぇの母親に頼まれた。病弱な彼女は初めての妊娠で不安だったんだろう。子供を無事に出産したいってぇ言ってたぜ」
リゲルは儚げな細身の女性が自分の腹を擦りながら、穏やかに微笑む顔を覚えている。
「母さんに会った事があるんですか!」
そう驚くイワンに、
「おうよ。幸せそうな笑顔で話していたよ。命を守る護身用の指輪が欲しい、そんな依頼だったな。おめぇさんが黒い霧に包まれた戦場で命が助かったのは、その指輪におめぇの母親の願いが詰まっていたからだろうな」
白魔法を発動する護身用魔道機とはいえ、この小さな魔道機で多くの兵士の命を吸い取った黒い霧を防げるとリゲルは思えなかった。自分が造った魔道機がそこまで優秀とは思えない。ましてや護身用魔道機は自分の専門外なのである。この奇跡は誰かが起こしたとして、その誰かはイワンの母親しかいない、とリゲルは確信していた。
その言葉を聞いたイワンは、大粒の涙をボタボタとこぼしながら、
「バカだなぁ……。僕は本当にバカだ。母さんは僕の傍に居てくれたんだ。これは母さんの形見だからって……。でも只の指輪だと思って、何も考えずに、何も気が付かないで身に着けていたんだ」
彼は改めて愛おしそうに指輪を撫でていた。
「教えてもらって良かったね。親の愛情を実感できるなんて、そんなにないことだよ~」
ルテネスは崩れ落ちて泣いているイワンに近寄り、そっと声を掛けた。
猫被りの精霊師と異名を付けられているルテネスだが、イワンに対しての慰めは心からのものだと誰もが感じていた。
フォルモントのとある商会でチュダックは接待を受けていた。円卓の席には商人が座っている。チュダックの後ろには秘書のハウラスが控えている。
「いやぁ、すいませんねぇ。ありがたいことです。選挙運動も金が掛かるで、頭が痛いとこだったんですわ~」
チュダックはご機嫌でワインを飲んでいる。
「我々も街の発展の為に、出来る事をしようと決めましてな。そうなると、次の市長にはチュダックさんになって頂くのが一番良いと考えまして」
この席にはフォルモントの有力商会五社が揃っていた。それぞれ既得権益を守るためにチュダックに取り入っているのだ。
「あの小娘には負けませんのでご安心ください。まぁ、私が市長になれば、商人の皆さんのやり易いようにしますで~」
チュダックの調子のいいダミ声が響く。
商人たちはこの会席で彼を見極めていた。そして、結論としてこいつが勝てば損する事はない、負けそうなら逃げれば良い。商人たちはそれだけだと思っていた。
商人たちはチュダックが言う小娘、ティファリアにも取り入ろうとしたが、事務所の前で断られた。選挙戦で自分が不利となる事は一切しない。それがティファリア陣営の方針だった。それによって取り入る隙が無かった。
(これなら私の計画通りにいきそうですね)
ハウラスはチュダックの後ろで計算していた。未来への算段を。
(しかし、秘書になって見て思ったが……。混沌とした汚れた世界が『あそこ』以外にまだあるなんてな)
ハウラスの視線は木箱に移った。木箱には多分選挙資金が入っているだろう。
自分もやれる事をやるだけだ。
目的の為に……。
★作者後書き
投稿したつもりが、反映されておらず慌てております。皆様、ご迷惑をおかけました。(疲れていたのでしょうか……。すいません)
さて、物語もしっかり中盤になりました。偉大な『潜竜』は誰なのか、楽しんで頂けると幸いです。
★次回出演者控室
エア 「選挙ってめんどくさい」
ユウ 「仕方がないだろう。嫌な奴が市長になったら大変だからな」
シリウス「愚痴を言ってないで、早く仕事をして下さい」