第三章 猫被りの精霊師 その四
コメンス港に存在する港湾局は、積荷等の管理をしている部署である。
コメンス港は地龍軍と風龍軍、さらに水龍軍の三軍共同で取り締まりや監視を分担しており、港湾局の仕事の半分以上は書類仕事と貿易収支の計算である。密輸入などの監視業務も行うが、海上では水龍軍が、地上では地龍軍が、情報収集と後方支援は風龍軍が担当しており、お互いに口を出さないのが不文律だ。
出向者の多い港湾局としては、三軍に囲まれて身動きがとりにくい立ち位置になっていた。
足取りも軽く、ルテネスはコメンス港湾局の前にやって来た。
「さぁてと、入るかな~」
ルテネスは入り口にはいると受付に身分証であるエレスグラムを見せて局長を呼んだ。
「少々お待ち下さい」
「は~い」
しばらくして局長室に案内されて中に入ったルテネスは、
「久しぶりね~、アルガイア。以前の依頼も泥棒だったよね~」
「御面倒を掛けてすいません。ですが、今回は計画的な様です」
頭を掻きながら答えたのは、アルガイア・コンラード。
この港湾局で局長をしている軍からの出向者だ。彼は軍人でありながら書類仕事が得意で部下からは文武両道を地で行く人といわれている。
特徴はこれといってなく、姿勢の良さと鋭い眼光くらいだろうか。髪は少しくすんだ茶色で瞳は薄い黒色である。
かつて、彼はマッシュの部下として働いていた経歴がある。その経歴もあって精霊師には好意的であった。ルテネスにとっては仕事がしやすい相手である。
「犯人の目撃はない、てね~?」
「ええ、気が付くと荷が無くなっている。やり方は派手ではないので気付きにくいのです」
「資料を見たけど、泥棒は必要な少量の荷を盗むだけ。つまり多くは盗らないから、傍から見ると分かりにくい。商人にとっては誤差の範囲だから盗られた事に気が付かない、て訳か~」
「派手にやってくれた方が、痕跡が残って捕まえやすいのですが……。まぁ、今までの相手が間抜けなだけでしょう」
アルガイアは苦笑しながら今まで捕まえた泥棒の事を思い出した。それぞれ派手に盗んでいたので、犯行中に捕まえる事の方が多いのだ。
「言いたくない事だけどさぁ~。内部犯は?」
ルテネスが目つきを変えて質問する。その様子に本気になったと判断したアルガイアは素直に答える事にした。
「勿論、疑いました。今回精霊師に依頼したのは内部犯の炙り出しです。実行犯と内部犯がいてこの窃盗は成り立つと考えています。貴方は実行犯の方を私は内部犯を捕まえます」
「その作戦だと、内部犯を捕まえてからでないと実行犯が捕まえられないわね。逆をやると内部犯が逃げるか、居直ってとぼける可能性があるから」
ルテネスが作戦で起こる懸念事項を上げていく。
「ええ、私の責任が重大になります。内部犯がいない場合は貴女に頑張ってもらうことになります」
「その場合でも支援していただけますよね?」
ルテネスの目が細められる。不穏な空気を感じ取ったアルガイアは神妙に頷いた。
「わかっていますよ。もとより一人で捕まえられるとは思っていません。一人の能力が突出していても数の原理にはどうしても勝てませんから」
「ええ、それはよく分かっているわ。で、具体的にはどんな作戦でいきます?」
「私の方で偽の積荷の情報を流します。明日に動きがあるでしょう。協力してくれる商社は依頼にもある名前です」
「なるほど、この商社達はいままで積荷が盗まれていたというわけね」
盗まれたのはどれも新興の商社である。ここにも傾向があった。
「そうです。偽情報は大量に用意出来ます。泥棒捕まえるなら、って喜んで協力してくれましたよ」
アルガイアはふっと笑って書類箱から荷の詳細情報が載っている書類を取り出した。そこには誤差の範囲と保険についても書かれている。
「これは寝ずの番になりそうね~」
「既に私も怪しい動きをしている部下を数人把握しました。彼らにはそれとなく監視が着けてあります。この仕事に限って睡眠時間が減りそうですよ」
「身内を疑わなきゃいけないなんて大変よね~」
ルテネスはアルガイアの顔にちらりと視線を向けると、
「仕方がありませんね。今晩にでも信用の置ける部下を集めて打ち合わせをする予定です。我々、元地龍軍アルガイア隊の鉄の結束をご披露しますよ」
アルガイアは不敵な笑みを浮かべていた。
アルガイアはその夜、信頼できる部下を局長室に集めた。
集まったのは彼がマッシュの部下だった当時のアルガイア小隊の面々だ。
彼は自分が港湾局へ出向する時に、部下を連れて行きたいと申し出た。その異動願いに驚いた軍の上層部は部下十名に意向調査をしたところ、皆が二つ返事で承諾の意を伝えた。
その部下曰く、
「あの人の頑固さはわかっていますよ。それにいままで体を動かすことばかりだったから、書類仕事も悪くない」
しかし、彼らのやっている事は結局、積荷泥棒で身体を動かすばかりだった。ちなみに書類仕事は元々早いのが更に早くなった。
コメンス港の治安の良さは彼らのおかげである。
彼らはそれぞれ思い思いの位置に座ったり立ったりしている。普通なら整列するのだが、アルガイアは自分の前では自由にさせていた。
「集まってもらって悪いな。今日はもう上がりだって言うのに」
その言葉にアルガイアと同じくらい年配の男が言葉を返した。
「何言っているんですか。皆を集めるというのは、それなりに重大な事なんでしょう。あの時みたいに」
「ああ。そこまで深刻ではない。集まってもらったのは積荷泥棒の犯行についてだ。こいつは今まで発覚しなかった。誤差として処理していたからな。だがちょっとしたミスでようやく発覚したが、こいつはかなりの積荷を盗んでいると思われる。被害額も算定できん」
中年の男が言葉を繋げる。
「もしかして、局内で噂になっている泥棒ですか?」
「そうだ。奴は商人が誤差として見逃す程度の量を盗んでいた。見つかった理由は知っていると思うが、誤差の量を僅かに超えた事と、木箱を破壊した痕跡があったことだ」
「ケチくさい泥棒め」
「ああ、本当にケチくさい。派手にやってくれればいくらか捕まえやすいんだがな」
部下二人が口々に言う。
「まあ、そういうな。この犯人だが、内部犯の疑いがある」
アルガイアの言葉に部下に動揺が走る。
「それは俺達も疑っているのかい?」
「いや、お前達の勤務態度はよく知っている。俺達は生きるも死ぬも一蓮托生のアルガイア小隊だ」
アルガイアは腕を組んで部下を見回した。
「信頼してくれて嬉しいよ」
「まぁ、当然だな」
アルガイアは胸を張って頷いた。
おもむろに部下の一人が口を開いた。
「それでも実際のところどうするんですか。ここは三軍合同です。それぞれの所属の問題が降りかかってきますよ」
「それについては問題はない。すでに各将軍からは許可をもらっている。話しが通しやすい将軍で助かったよ」
「本当ですね」
「準備は怠るな。それがマッシュ将軍の言葉だった。そして、あの時の後悔を忘れるな」
アルガイアの最後の言葉に皆が反応した。
「そうですね……」
「未だに傷が残っていますからね」
過去の戦闘での腕の傷痕を撫でる人もいた。
「それと風龍将軍、水龍将軍はむしろ『やってくれ』と返答して来たよ」
「あの人達、豪快ですからね」
「心配するだけ損でしたね」
「で、どう捕まえるんです?」
アルガイアはルテネスに見せた書類を皆の前で見せた。
「精霊師と協力して捕まえる。作戦は偽の積荷情報を局内に流す。お前達は俺が怪しいと目星を付けてある局員の動向を監視してくれ」
もう一つの書類を右に居た部下に渡すと、
「こいつは驚いたな。何を考えているんだか……」
「副局長の奴じゃねぇか!」
その書類は三名の名前が書いてあった。端から端に書類を見た部下は隣に渡す。全員が見終わった時に部下の一人が口を開いた。
「かっちり、取り巻きの奴のまで仲間になってやがったのか」
「内部犯なら俺達も減俸ものですね」
「そうだな。だが、減俸が怖くて軍人がやってられっか! 必要な時に責任をとるのが上司の役目だ。お前らも知っていると思うが、俺の元上司マッシュ殿はアンキセス殿と一緒になって無茶をして、何度減俸になったことか。あの人の場合は部下の為でもあったがな」
アルガイアの口調が素になった。彼は自分の行動が減俸になると知っていてもそれが正しいと信じたら行動をする人間だった。そして、部下の為に先頭に立って戦う姿勢故に部下にも慕われているのである。
「懐かしいですね。あの時は忙しくも充実した日々でした。あの当時、精霊師の連携協力は軍でも試験的でしたからね」
全員はその時の事を思い出していた。
「こりゃぁ、例の『減俸積立貯金』の出番ですかね」
「久しぶりに取り崩しかぁ。かなり貯まっているんで、一年ぐらいの減俸なら楽勝で補てん出来ますね」
減俸積立貯金とは、マッシュの部下たちが自発的に始めた共済貯金の様な物である。地龍軍所属時代に、マッシュ部下たちは数カ月の減俸処分を受ける憂き目に何度も遭っていた。
人として当然の行為も、軍の戒律からは処罰されることがある。それはアンキセスのした後始末を地龍将軍であったマッシュが請け負う事になるからであった。しかし、豪快で人情味のあるアンキセスの人柄と、貴族の名家の出身でありながらも親しみやすく部下の命を大切にするマッシュに惚れ込んだ彼らは甘んじて処分を受け入れていた。
ある日、何度目かの減俸処分を受けた後、誰かが言い出した。
「貯金しようぜ。皆で積み立てておけば何とかなるし、家族に迷惑かけないしよ」
「そうだよなぁ。減俸の度に、かぁちゃんに頭が上がらないしよ」
実際、減俸処分を受けた時は生活が苦しい時もあった。街の住人が気の毒がって、詰め所に野菜などの生活物資を持ってくることも多かった。そしてアンキセスやマッシュも、こっそりと部下たちの家に金品を届ける事もあったのだ。
実際、マッシュ達はアンキセスのした事の後始末をよくしていた。マッシュの部隊はおかげで書類仕事から治安維持、果ては対外交渉と万能部隊になってしまったのだ。マッシュが将軍職を退いてからは、彼の弟がその座に就いてマッシュの方針をそのまま継いでいる。マッシュが育てた軍人たちはどこからも引き抜きがあった。そして今でも、今の将軍は部下の育成方針を守っている。これは地龍将軍を引き継ぐグランドール家の家訓なのかもしれない。
「今回も協力するということは、ここの精霊師はルテネスでしたね」
「彼女、気まぐれな猫みたいですよね。そういえば彼女の妖精も猫でしたね」
「そうだな。まぁ大丈夫だろう。仕事の時には本性になるし」
彼らの中でルテネスは猫被りの精霊師として通っている。一緒に仕事した時に戦闘で彼女の普段とは違う姿を目撃したからだ。その姿に惚れかけた局員もいたぐらいだ。
「さて、早速で悪いが状況開始だ。積荷の情報は明日に流す。それぞれ役割を決めて動いてくれ。以上解散!」
アルガイアの号令で各々帰って行く。
彼らにとって役割なんて、軍属であった時から自然と決まっている。改めて話し合いをするなど、全く必要の無い行為であった。
そして部屋には年配の部下が一人残っていた。アルガイアにとって、もっとも付き合いが長い同期の部下だ。
名前はゼアドリック・ガラン。
「大変な事になったな」
「ああ」
言葉少なく頷くアルガイアに、
「盗まれた品はあの闇市に流れているのだろう?」
ゼアドリックは尋ねた。
「そうだ。あそこは手が出せない。手が出せる時は潰せる時だけだ」
そう答えて、アルガイアは闇市のある方向に目を向けた。
闇市はフォルモントの中州にある。中州に向かってかかる橋を市民達は『根元に向かう橋』と呼んでいる。根元とは世界樹の根には冥界と呼ばれる罪人たちの牢獄が存在すると言い伝えられている。そこから取ったのだろう。今では犯罪者の巣窟になっている。
観光客が余り来ないのはこの闇市のせいだという声も多い。軍は女王の派閥に属しているのでなんども闇市を撤去しようとしたが貴族側の妨害で何度も挫折した。
「なぁ、ゼアドリック。俺達はあの時の選択を間違ったのだろうか」
ゼアドリックはアルガイアの肩に手を置いて、
「局長がそれでどうする。それに、あの時はそれが最善だった。だが、それでも俺の息子はあの闇市で死んだ。やむを得ない事だったんだ」
「配置を間違えた。それは現場の指揮を取っていた俺の責任だ」
「やめましょう。もう済んだ事だ。ただ、闇市を潰せる時は必ず潰す。それだけだ」
ゼアドリックの目に闘志が宿っていた。アルガイアにはそれが復讐の闘志に見えた。
アルガイアは朝に職員全員の前で緊急で積荷が入る事を伝えた。積荷は機械の部品なので慎重に取り扱う事と保管に注意するという、当たり前の説明だった。
部下達は二人一組になり、リストに載っていた三人を交代で見張った。そして、すぐにぼろが出た。警備局から出向していた元警備兵達だった。三人まとめて酒場で実行犯とおぼしき男と話しているのを目撃された。三人は店を出た後、アルガイアの部下達に後を付けられ、
「ほい、お疲れさん。副局長殿」
「お前ら、警備局からの出向なのによ。正義はどこ行ったのやら」
人気のない路地で声を掛けられ、身柄を取り押さえられた。
盗みに加担した理由は、自分の方が港湾局の局長に相応しいという思い上がりからくる局長の首のすげ替えが目的だった。
不祥事でアルガイアが局長の座を追われれば、自分が局長になれると考えていたのだ。
身柄を確保したと報告を受けたアルガイアは、
「よっしゃ! 俺の首を狙うなら、正面から掛かって来いや!」
と叫んだという。
そして内部犯を捕えたと知らせを聞いたルテネスは、積荷を根気よく見張って実行犯が現れるのを待った。
夜が更けていき、明け方近くにルテネスの前に一人の男が現れた。
抵抗する男にルテネスは、
「それはお前が盗みを働いたからだ。とりあえず、おとなしく捕まってくれればいい」
と一喝した挙句、身柄を確保したのだ。
深夜の捕り物でユウ達が到着した時には、彼女はベッドの中であった。
★作者後書き
読んで頂いている皆様、本当に感謝しております。今回の話は作者自身も楽しみながら書いておりました。若かりし時のアンキセスに付き合っていたマッシュとその部下達はきっと大変な目に遭っていたのだろうと想像していました。そこで思いついたのが「減俸積立貯金」でした。自分自身が病気療養中に収入が減った事も経験していた為、「あればいいな」と以外にも切実な願望なのかもしれません。
★次回出演者控室
リゲル「いやぁ~、フォルモントは遠いなぁ」
エア 「あっ!」
ユウ 「なんだ。おっさんか」
イワン 「げっ! レイメルで見た大男!」
ルテネス「相変わらず騒々しいね~」
シリウス「ルネ、あれでも機械師として優秀なんですよ」
リゲル 「おい! さらっ、ときつい事を言ってねぇか?」