第二章 青き人形 その五
夜も更けた教会内の食堂。
その一角で四人は何故人形が盗まれたのか考えていた。
「真っ先に思い浮かぶのは帝国だな。あそこなら魔道機に関する物なら何を盗んでも不思議はない」
ユウが話の口火を切ると、
「帝国か……」
イワンが苦々しい顔をする。六年前の国境の戦いを思い出したからだ。
ブラスバンド帝国――。色々と内紛が絶えない国だ。軍事力こそが全て、という国で植民地を増やそうとしている。彼らなら軍事力強化の為に何でもやりそうだ。
ここ最近では国力を着々と蓄えているようだ。
「私は帝国の内情について詳しく知りませんので何とも言えませんが、今回は教会内部にも協力者がいるような気がします」
もっともな意見だった。人形を盗むには内部の協力が必要だ。ましてや今は発掘の為の作業員も出入りしているのだ。
「まず、いなくなった作業員がいないか調べてくれないか?」
ユウの言葉を耳にしたイワンは、
「カイル司祭、僕が作業員達の宿に行ってきます」
そう言って席を立った。食堂を出るイワンの姿を見送ったエアは、
「でも人形を盗まれちゃったら、幽霊の正体を解明するって依頼は失敗したも同然だよね」
がっかりしつつ、エアは素直に失敗したと口にした。
「言い訳をするつもりはないが、計画は以前からあったのだろう。他の物には目もくれず、人形だけを盗んだ。言い変えれば目的は人形だけ、と言うことだ。つまり、その為だけにこの計画を立てた」
「計画って?」
「人形を何に使うか分からんが、計画の概要は分かる。レイメルの豊穣祭で悪党達をまとめて捕まえる為に、王国の警備は極端な体制になっていた。そして、レイメルで騒動が実際に起きて後始末に追われた。その隙を狙ってこの教会に潜り込み、準備を整えて大潮を待っていた」
自分の考えを一気に話し終わったユウは額に手を当てながら、
「大したもんだな。この計画を立てた奴は……」
と大きな溜め息を吐いた。
ポストル地区近くの海上に浮かぶ小舟ではモールと二人の男が盗んだ人形を見下ろしていた。
「もう少しで捕まるところでしたねぇ」
モールの呟きに男達は安堵の表情を浮かべていた。
「優秀な二枚羽でしたねぇ。どうしてあんなに早く追いついて来たのやら。迷いが無い行動でしたねぇ」
そして何も知らずに眠っている人形を眺め、
「美しき古代の魔道機。これから何に使われるかも知らず眠っている。私の目的とは一致しませんが、一つの通過点になるでしょう」
「それにしても売ったらいくらやら」
「すみませんねぇ。それはもう売約済みですから」
モールは思考を止めて、二人に話しかけた。
「まあ良いか。売約済みなら俺達は金を受け取れますよね」
「おう、その金で家族と陸で暮らすんだ」
喜んでいる二人の男を眺めながらモールは暗闇の中、ある方向を指で示す。
「さて、では例の場所に持ち込んで下さい」
「了解です」
こうして、男達の乗った小舟はポストル地区の闇に吸い込まれていった。しかし、この二人の作業員が家族の元へ戻る事は無かった。
教会ではエアもユウに負けない大きな溜め息を吐いて、
「盗む方法は解ったとして、やっぱり何で盗んだかよね」
「まさか、盗んだ人物はあの人形が何の魔道機か知っていたとか……」
カイルは自分が口にした答えに驚いていた。
「でも、今まであんな人形は見つかった事が無いよね。何の魔道機か誰も知らないんじゃないの?」
「精霊力で動く機械人形か。封じてあるのは人型の妖精か?」
ユウは少女の姿をした幽霊の姿を思い起こした。
「私の光の妖精みたいに?」
ユウの問いに答えるエアの光の妖精、リュ―ル・フェルーは人型をしているが、生身の人間ほどのはっきりとした姿をしてはいない。金色の双眸に純白に輝く身体をしている。
「少し違う気がするな。司祭、封印魔道機に関して知っていることは無いか?」
と尋ねられたカインは必死に記憶の扉を叩いた。
「私は魔道機の専門家ではないので、はっきりとした事は分かりませんが……。王家には暁姫が封印した黒い邪龍を宿した魔道機が保管されているとされていますし、教会で大切に保管されている杖は聖女メリルが使用した杖の中に妖精が眠っていると伝えられる聖遺物。また、エアレーン湖の中央の島にある遺跡には『黄昏の邪霊師』と喩えられる暁姫の妹が使用していた『数多の厄災』が封じられた魔道機が在ると伝承が残っています。後は学園都市に『はぐれ妖精』を封印したと言い伝えられている魔道機を集めて研究していると聞いています」
「はぐれ妖精?」
エアが聞き返すと、
「ええ、文字通り『主とはぐれてしまった妖精』です。普通、召喚主が亡くなるとその妖精も形をとれなくなり、精霊力を解放して消えるのですが、はぐれ妖精は消えずに魔石の中に残っていると思われています」
「じゃぁ、野良になった妖精なのね」
「ふふっ、面白い例えですね。宿っていた魔石の精霊力が強いからなのか理由は分かっておりません。しかし研究の結果、主の無いはぐれ妖精の力は弱く、人に害を及ぼす事は無い様です」
カイルは学者らしく丁寧にエアに説明をしていた。
(野良妖精か。しかし、あんなにはっきりと姿が現せるものなのか?)
ユウは首を傾げながら再び考え込んだ。
その時、血相を変えたイワンが戻ってきた。
「カイル様、遅れてすみません。確かに二人の作業員の居処が確認できませんでした」
「イワン君、お疲れさまです。精霊師のお二人に報告して下さい」
イワンはエア達に向き直り名前を告げた。
「ブレズ・マッケン、モリス・ノーティス。この二人は作業員用の宿から煙の様に消えていたそうだ」
カイルに対しては畏まって敬語を使うイワンだが、年下のエア達には素のままで接しているが、誰も気に留めていなかった。
「荷物は残ってなかったのか?」
ユウは荷物から詳しい事が分からないかと思ったのだが、
「いえ、何も残っていなかった。どうやら、寝起きするだけだった様だ」
「手掛かり無しか……、せめて荷物があれば何とかなると思ったが」
ユウの口から悔しさがにじみ出ている。
「僕が他の作業員から聞いた話では、この二人は他の船の乗組員で船の仕事を辞めたいと言って参加したそうだ。採用する時に親方が船員の身分証を確認したと言っていた。それでなくても教会本部内での大切な遺跡発掘だ。更に作業員の身元は出身地の役場に全員確認されている。偽名の人間は紛れこむ事が出来ない筈だ」
イワンは自分の知る限りの情報を話すと、ユウが眉を寄せながら、
「つまり身元確認は厳重にされていた。偽名じゃないとすると、その二人は殺されるかもしれないな。この計画に利用されただけで詳しい事は何も知らないだろう」
彼の指摘はおそらく正しいのだろう。それ故に全員が重苦しい空気に包まれた。教会の石壁が押し寄せて来るような息苦しさだ。
イワンも鉛を飲み込んだ様に胸が苦しくなっていた。自分も騙されて魔石を盗む様に指示された。勿論、騙された自分も甘かった。しかし盗んだ魔石を渡した後、自分は殺されていたかもしれない。この若い精霊師達に捕まったから生きていられるのだ。
「許せない。二人とも他の作業員達に、この仕事が終わったら家族と一緒に生活するって言っていたそうだ。本当に楽しみだって……」
イワンの肩が小さく震えている。そして碧い瞳から涙が溢れてきた。
「希望を持っちゃいけないのか! 夢を見ちゃいけないのか! 誰だって生きて行くには必要だろう! 僕は許せない、認めない。あの幽霊は『助けて』と言っていた。僕には聞こえたんだ。あの幽霊は、きっとあの人形で、利用されるのを嫌がっていたんだ! 助けてやらなくちゃいけないんだ!」
イワンの叫びは広い食堂内に響き渡った。その心の内を悟ったカイルは、
「精霊師協会に改めて依頼を出しましょう。人形を、アジーナを探して下さい。イワン君がアジーナの声を聞いたのも何かの縁でしょう。イワン君も彼らを手伝って下さい」
今ここでイワンの背中を押さなければ、とカイルは思ったのだ。
「ありがとうございます。カイル様」
イワンは深々と頭を下げた。
――人形が盗まれた夜 王都では――
女王の私室で二人の妖怪が向き合っていた。
(面倒な二人だな。元気過ぎるのも考えもんだ)
などと思いつつ、その横ではリゲルが天井を見上げている。
二人が放つただならぬ妖気は幽霊も裸足で逃げ出すほどだ。否、幽霊に足は無いのだが……。
「レイメルでの件、お主には苦労をかけたのう」
女王サリア五世はにまっ、と笑って向かいの老人に話し掛けた。
「お主の持ってくる話は苦労ばっかりじゃ、若い者が気の毒だのぅ」
飄々と答えたのはアンキセスだ。
「言ってみただけじゃ。おぬしは何の苦労もしておらんじゃろ。マッシュに仕事を投げておるのではないか?」
「ん? 何の事かのぅ」
しれっ、と答えるアンキセス。
リゲルには女王の私室が極寒の地の様に感じられた。
「さて、ところで何しに来た。タヌキ殿?」
「タヌキ殿とは余計じゃ、キツネばばぁ」
「ほほほっ、キツネで結構」
真顔のアンキセスに対して、女王は笑い飛ばしている。
「本題に入ろうかの。デボスの胸にあったバイオエレメントじゃが、何処かで似たような物を見た気がするのぅ」
「ほう、何処で見たんじゃ?」
と、とぼけてみせる女王はアンキセスの話に冷や汗をかきつつ答えた。
「あの部屋じゃ。確認する為にリゲルを連れてきたのじゃ」
そう言ってアンキセスは右手の人差し指を下に向けた。
「あの部屋の管理はどうなっておるのかのぅ?」
「ふむ、厳重に管理しておる。もし入れるなら……。いや待てよ、すぐに確認しようぞ」
女王はアンキセスとリゲルを伴って問題の部屋に移動した。
城の地下には開かずの部屋が幾つか存在する。
大抵は王家の美術品などが保管されているが、その鍵穴の無い部屋は魔道機による封印が施されていた。
女王は首から下げたペンダントをはずし、扉の中央にあった窪みに押しつけた。
「我は七色の光を集めし者。我は全ての力を従えし者、行く手を阻む力は消え去らん」
女王の祝詞に応じる様に、ゆっくりと扉が動いていく。
「やはり、誰か入ったようじゃなぁ」
アンキセスは床を見て、埃の積もり方が違う場所にある事に気が付いた。
「魔道機による封印が破られるなんてあり得ねぇ」
リゲルは目を大きく見開き、扉の魔道機を調べ始めた。
「破壊した後は見当たらん。王家の血を引く者があのペンダントの魔石を持って、決められた祝詞を唱えないと封印を開けられん筈なのに……」
リゲルの説明を聞き、渋い顔をしたアンキセスは
「王家の血を引く者は意外に多い。後継者以外は相応の家柄の貴族と婚姻する。主要な貴族は全て王家と姻族の関係にあるのじゃ。言い換えれば全て『王家の血を引く者』と言っても過言ではない」
まるで頭痛が起きたように頭を抱えた女王は、
「すまんな。わらわの管理不行き届きじゃ。このペンダントを外す時は僅かな時間じゃ。その隙を狙える者は、この王宮内を自由に出入り出来て、我の日常を知る者しかおらん。つまり長い時間を掛け、怪しまれずに王宮に入り込み、我の動きを見張っておったのじゃ」
悔しそうな女王を慰める様にアンキセスの、
「人は何か隠されていると知ったらその扉を開けられずにはいらない生き物じゃよ。例えそれが冥府への扉でものぅ」
しみじみとした口調に、
「そうよのぉ。」
「さて、少し調べるとするかのぅ」
アンキセスは部屋の中心に置いてある物に近付いた。
椅子に金色の髪を垂らした人形が座っている。
その近くには被せてあった筈の布が放置されていた。
人形の額は何かかが埋め込まれていたのだろう窪みがあり、そして半分開いた瞼からのぞく瞳は、大地に実る小麦色をしている。
無残にも人形の心臓部分は中身がむき出しになっている。
「これはデボスの……。そっくりじゃねぇか!」
リゲルは自分の懐からデボスに託された魔道機を取り出した。彼が驚くのも無理もない。人形の心臓部にある機械はバイオエレメントと酷似していた。
「やはり似ておったか……」
「その様じゃのぉ……」
二人の呟きを耳にしたリゲルは振り返り、
「先代、この人形は何なんだ! 何故、この魔道機が存在しているんだ! アンヌが初めて造った物じゃないのか!?」
リゲルの頭の中は混乱で一杯になってしまった。
「今は言えぬ。しかしあの時、わしが完全に破壊しておれば、デボス夫妻はあれを作る事もなかったろうに……」
「タヌキよ、わらわ達はもう後悔できる年ではない。一手の間違いが後の世代に引き継がれる。必死にやるしかないのじゃ。さて、今は誰が入ったかじゃ」
「そうじゃな」
二人はしばらく考えて結論を出した。
「やはり、あの者か。そう思わんか、タヌキよ」
「誰を考えておるか想像はつく。じゃが、それだけかのぅ……?」
「わらわもそれを考えておるが、それは最悪の結果じゃ」
「そうじゃ。じゃが、この機械を見ただけで図面を起こしたのは魔道機に詳しい者じゃろうて」
「そうじゃの、持ち去った方が早いからのぅ。だとすると誰を連れて入ったかじゃ」
そこに侍従長のフルカスが入って来た。
「失礼します。ここに居られましたか、女王陛下」
「どうかしたのかえ?」
「手の者から梟がまいりました。報告でポストル地区に神霊教会の地下遺跡から奪取された人形が運び込まれたそうです」
梟とは黒龍軍が使役している連絡用の妖精のことであった。彼の言葉に反応したのはアンキセスだった。
「何じゃと!」
「心当たりがあるのかえ」
「あるも何も、この同型の物が動き出せばどうなるか知っておろう」
「これかぇ……」
皆の視線の先には壊れた人形が在った。
「あの時の再来、ですか」
フルカスの冷静な問いに、
「その可能性もあるじゃろうて」
過去にアンキセスが多大な犠牲を払って人形を壊しているのだ。
「ポストル地区に運びこまれたとなると厄介じゃのう」
「諜報活動で手に入れた情報だけであそこを潰すのは大義名分が無い。それに今のフォルモントは選挙中じゃ。わらわがあの時マッシュを支援したが前市長のチュダックがおった筈じゃ。奴を利用して派手な大義名分が欲しい」
「じゃからって、根も葉の無い事を捏造するでないぞ。嘘の無いようにせんとのぉ」
「事実は作るものよのう」
二人の隠す気のない悪意にフルカスは寒気を覚えるのだった。
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ」
「ほっほっほっ」
キツネとタヌキの高笑いが部屋に響いていた。
★作者後書き
第三章はフォルモントの精霊師を中心に話が進んでいきます。通称『猫っ被りの精霊師』ことルテネスが登場です。楽しんで頂けたら幸いです。
★次回出演者控室
イワン 「苛められた~」
ルシリス「心外ですね」
ルテネス「厳しい事を言うから~」