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紫銀の精霊師  作者: 金指 龍希
潜竜の精霊師編
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第二章 青き人形 その四

 イワンは薬草園へ向かって歩きながら話し始めた。

「僕には聞こえたんだ。あの幽霊が何か言っているのを……。確か、時がどうとか、何かが来てとか、助けてとか言っていた」

 彼は俯きながら、何故自分に幽霊の声が聞こえたのかと考えていた。

「残念ながら私には聞こえませんでした」

 カイルは本当に残念そうな表情をしている。

 教会を出て大回廊に囲まれた大きな中庭に出た。そこで足を止めたイワンは、

「何でかな。何で僕に聞こえたのかな。でも、あの少女は悲しそうな顔をしていた。彼女は本当に助けてほしいんだと思う。あの声を聴いたら他人事だと思えなくて……」

 彼は自分が行き詰って救いを求めている気持ちを幽霊の言葉に重ね合わせ、そして少しでも開放的な気分を味わいたくて彼は空を見上げた。

 彼の碧い瞳に空の青が映る。

「君のその碧い瞳に、アジーナは魅かれたのかもしれませんね」

 カイルはイワンの瞳を見つめた。

「そう言えばイワンの目は綺麗な青い色をしているよね」

 エアも納得した様にイワンの瞳を見ている。

「あの人形、アジーナと言うのか。海を司る水の精霊。その象徴の色は『紺に近い青』だったな」

 ユウもイワンの瞳の色は、その通りの色に思えた。

「アジーナの額の魔石に、瞳の色が似ているよね」

 エアは人形の額の魔石を思い浮かべ、気が付いたことを口にした。

「偶然でしょうが、その通りですね。後で人形とイワン君を会わせてみましょう」

 カイルはふと、イワンと人形を会わせてみたいと思い付いた。それは学者としての好奇心からだった。古代の人形から何か聞きとることが出来るかも知れない、と考えたからだ。

「あらあら~。いっその事、カイル様の助手になったら良いと思いますよ。カイル様は司祭のお勤めも有りますから、考古学の調査等は一人でははかどりませんでしょう?」

 メリルは彼女なりにイワンの事を気に留めていた。女性を騙して盗みを働いたことは許せないが、自分の過去を思い起こせば責め立てる事も出来ないのだ。

「良い考えですね。それではイワン君。教会の一員として治癒魔法の勉強は続けてもらわなければなりませんが、古い文献の整理などを手伝ってもらいましょう」

 カイルはポン、と手のひらを打った。

「そうですね。僕は学園都市の王立学校で古代語の勉強をした事も有りますから、多少は役に立てるかも……。それに、何かに熱中した方が今は良いかもしれないし……」

 懐かしい学生時代。振り返れば大変な事もあったが、今ほど空虚に過ごしてはいなかった。そんな気持ちがイワンを再び苦しめていた。




「さて、当教会の自慢の薬草園です。中庭の薬草は取り扱いが危険なものが多いので、間違っても口に入れないでください。私は部屋に戻りますのでイワン君は早速、私の手伝いをして下さい。後の案内はメリルにお任せしますよ」

 カイルは近くに居たシスターに精霊師が噂の調査で来ている事を伝え、自室に向けて歩き出した。その後をイワンは慌てて追いかけて行った。

「あらあら~、お忙しい方ですから~」

 メリルはカイルとイワンを見送ると、中庭に一歩踏み出した。

「綺麗な花が咲いているね。でもこれは何の薬草なの?」

 エアが指差したその花の名前はコルチカム。

 草丈十センチほどで、葉はなく花の色はピンク、淡紫色とある。

「あらあら~、これは痛み止めの特別な薬草なのよ。でも使い方を間違えると強力な毒薬になってしまうの」

 以前、この薬草は痛風の痛みを止める特効薬として盛んに用いられた。だが副作用が激しく、一歩間違えると死を招く危険性がある。

 花言葉は「危険な美しさ」。

それは美しいが毒草であることを表している。

「何か不思議。まるで魔道機や精霊魔法みたい。使い方を間違えると死人が出るから心せよって師匠がいつも言っていた」

「そうだな。何事も使う人間の心がけなのかもな」

 ユウは目を細めて回廊の石柱にもたれかかった。




 ユウの物憂い気な黒い瞳を見つめながら、

「ねぇ、ケントってどんな人だったの?」

 エアは前から思っていた疑問をぶつけた。ケントのことを知ればユウを知ることに繋がると思ったからだ。

「一言で言うなら、器用貧乏かな。無駄に知識を溜めこむが遊び心もある奴だ。あいつ独自の魔法を作っていたくらいだからな。それは俺も使える。先程の緑の魔法もそうだ」

「でも魔法を創り出すなんて、すごく器用で博識な人ですね」

「そうだな。広く浅く、でも気になった事は良く調べていたな。そしてあいつは俺の事をこう評価していたよ。『ユウは推理作家になれるぐらい、色んな事に気が付いて答えを出すよね』てな」

 ユウはその時の事を思い出していた。ケントの最後に加えられた一言は『羨ましいよ』だった。『それは俺も同じだ』と、何であの時言ってやれなかったのか……。いつも人の輪に居て人生が薔薇色に染まっている様な印象を彼から受けていたので、どことなく気後れしていたのかもしれない。

 俺は人との関わり方が下手だった。

 それは今になっても変わらない。

 少しの間を置いてユウは続けた。

「あいつは『自分は知識を持っているがその知識の使い方が下手だ』とも言っていた。その割にはいろんな魔法を創ったがな」

 エアは彼が内心ケントを羨ましいと思っていると感じていた。

「そうなんだ……」

「お前が気にする必要は無い。俺に出来るのは、あいつの杖を取り戻して傍に置いてやる事だけさ」

 エアは言葉が出なかった。邪霊師が持っていると思われるケントの杖を取り戻すと決めているユウの意志は固い。自分はどう関わるべきだろうか先々決めなければならない時が来る予感がした。




 日暮れまで教会の周囲を見回っていた二人は夕食の為にレストランに入った。

 ここの名物である海辺の草を食べて育つ子羊肉の料理。潮風味の子羊ロースト。ほんのりとした旨みのある塩味がエアの食欲を誘った。

「あ~、おいしかった。それにしてもすっかり夜だね」

 満腹になったエアとユウは島の大通りにいた。

「あぁ、そうだな」

「まさか教会の反対側にも出入り口があるなんてね」

「緊急脱出用だそうだ。でも使えるのは満潮の時だけ。これでは緊急にならないと思うがな。そういえば今日の満潮は深夜だったな」

 ユウは立ち止まり月を見上げて呟いた。

 満潮や干潮は月の引力によっておこる。月の導きによって起きる自然現象だ。

 そして今夜、フォルモントは大きな潮が押し寄せる日だ。

 多くの巡礼者を飲み込んだ大潮が来る。

 ユウはふと、観光客の中に見覚えのある男がいた。

「あの男。何処かで……」

 エアはそっとユウの視線をたどった。その先には冷ややかなアイスブルーの目をした中年の男がこちらに向かって歩いてきている。周りの店を覗く事もせず……。

「あの人がどうかしたの?」

「足を止めるな。このまますれ違うぞ」

 ユウはまっすぐ歩む。エアはそれについて行く。

「あの男は豊穣祭の前に、王都からレイメルに向かう飛行船の中で見掛けた事があるんだ。あいつが来た後に戦闘がおきた。只者ではない気がする」

 エアはユウが結論づけた理由が解らなかったが、その男とすれ違った時、良く見えなかったが皮肉な笑みを男が浮かべた気がした。

「はぁ~っ。緊張しちゃった。でも、ユウはどうしてそう思ったの?」

「観光客に見えなかった。一見、観光客に見えるが行動が違う。観光客は土産物屋や、この時間なら灯りに照らされた教会などを見て回るが、そんな素振りはない。それに目的地が何処か知らないが、行動に迷いがない」

 エアは豊穣祭での観光客の動きを思い出していた。花を見たり、イベントに参加したり、店を覗いたりと動きは曲線的であった。脇目も振らずにまっすぐ歩く人はいなかった。

「確かに変だね」

「この島の地図を頭に入れている気がする。まさかとは思うが……」

 立ち止まって振り返ったユウの頭に嫌な予感が渦巻いていた。それはエアも同じだった。




 賑やかな通りを抜けて人気の無い島の裏側に辿り着いたモールは、

(あれはレイメルの精霊師達。計画に気が付いているのでしょうかねぇ)

 エアとユウがこの島に居る理由を計りかねていた。冷たく湿った海風が渡る海は暗く、対岸にある港町の灯りが星の様にささやかに輝いていた。

(ビアーネがいなくて良かったですねぇ。あの黒髪の青年に執着していましたから……)

 モールは密かに安堵のため息を漏らした。

 そして薄暗い島の岸辺には二人のむさ苦しい作業着を着た男がたむろしていた。

「これで準備が整ったな」

「ああ、後は計画通りにことを運ぶだけだ」

 そこにモールが岩陰から現れた。

「お疲れ様ですねぇ」

「あ、あなたが何故ここに?」

 男達は慌ててモールに視線を向けた。

「少々気になりましてねぇ。様子を見に来ました」

 冷たい視線に射ぬかれた様に男達は直立して答えた。

「大丈夫ですよ。こちらは計画通りにやります」

「勿論ですとも。かならず人形はお届しますよ」

「気を付けて下さいねぇ。厄介な事に二枚羽がいます。少し礼拝堂に小細工をしておきましたから、貴方達は計画通りに」

「わかりました。しかし、小細工とは?」

「ふっ、余興ですよ。死人がでない程度にね」

にやり、と笑ったモールの顔を見た男達は震えが止まらなかった。




 エアとユウは教会の食堂で、メリルと話し込んでいた。

「あの人形は魔道機の様だが……」

 頭を抱えるユウの横で、

「何か閉じ込められている感じがする。出るに出られない、みたいな感じ」

 エアは思った事を口にした。

「あらあら~、これはリゲルを呼んだ方が良いかもね~。フォルモントへ向かう船の最終便に乗れますから、今から手紙を出しに行きますわ」

 メリルは言い終わると同時に立ち上がり、食堂の外へ駆け出して行った。

「さすがメリルだな。しかし、お前の言う通りだとすると、あの人形は封印魔道機となるが……。中身は何か、だな」

 封印魔道機は実在するものの、数は少なく希少な存在だ。ユウもその現物は見たことがない。

「う~ん。封印が解け掛けて、姿を現したのが幽霊ってこと?」

「片腕が無くなったので、封印が緩んでいるのかもしれない。あと、封印されたモノが目覚めたきっかけは何かだな」

「きっかけかぁ~」

「封印解除が出来そうな魔法は闇を司る黒魔法か……」

「じゃぁ、ひょっとして邪霊師が近くに居るってこと……」

 エアはレイメルで遭遇した黒銀の龍を思い浮かべた。

「可能性はどの属性にもあるが……。邪霊師が絡んでいるとやっかいだな」

 二人の上に重苦しい沈黙が圧し掛かっていた。

「大変だ! 礼拝堂で煙が!」

 イワンが沈黙を破って現れた。

 煙に包まれた礼拝堂で慌てふためくカイル司祭を見つけたエアは、

「どうしました?」

「ど、どうやら遺跡に侵入者が……。煙が祭壇から噴き出したものですから、皆で火事だと思い込んで騒いでいる間に入られたようです」

「ええっ!」

「この先は遺跡しかない。急ごう!」

 ユウを先頭にエア達は遺跡へと駆け出した。




 遺跡の中に飛び込んだ皆の眼には何も置かれていない祭壇が映っていた。

「無い! 人形が無い!」

 カイルは青ざめた。歴史的発見と言える魔道機と思われる人形を盗まれたのだから無理もない。

「ユウ、どうしよう?」

 慌てるエアを手で制したユウは、

「じゃぁ、俺が人形に持たせた物もか?」

「ええ、その様です。祭壇の周りには何も有りません」

 祭壇の周りをうろついていたカイルはすかさず答えた。

「なら、あれが使える」

 双剣を抜き放ち、目を閉じて祝詞を唱えた。

「我は二枚の羽を持つ者。先に願いし風の力を借りて、その真の姿を我の前に見せたまえ」

 双剣から解放された様に広がった銀緑の光は何かの形を浮き上がらせ始めた。

「えっ、花? あっ、ラベンダーだ!」 

 エアはラベンダーの匂いが強くなるのを感じた。

「もしかして、これって……?」

「ああ、ケントに教えてもらった魔法だ。一回目は対象物の指定を、二回目に唱えた祝詞でその物の匂いを姿に変える魔法さ」

「そうなんだ。でもすごい魔法だね」

 エアの目の前には別の通路へと向かって、ラベンダーの花が連なっているのが見えた。

「急ごう! この魔法は効果時間が短い」

 ユウ達はラベンダーの花が舞っている通路を走り抜けた。長いその通路の先は教会裏手にある崖に通じていた。そしてその崖に掘られた階段の先は海中へと消えていた。

「カイル様、これは緊急用の脱出階段では?」

 イワンがカイルに問うと、

「そうです。しかし、何時の間に遺跡から通路を掘ったのか……」

 そして逃げていく小舟がユウの目にはっきりと見えた。

「遅かったか。カイル司祭、すまない。盗まれた様だ」

「申し訳ありません。謝るのは私の方です」

 カイルは二人に頭を下げた。

「こちらの管理体制の不備です。こんな通路を掘られていたなんて、貴方達の責任ではありません」

 カイルは二人に謝る必要は無い、と首を振って答えた。

「とりあえず、教会内に戻りましょう。ここは寒いので」

 カイルに促されて皆は重い足取りで教会に戻っていった。

 そしてエアにとって、精霊師として初めての依頼失敗だった。


★作者後書き

 新年、あけましておめでとうございます。(すこし遅いですが……)

今年中に、次の学園編に突入すべく頑張って更新していこうと思っています。


★次回出演者控室

女王   「久しぶりに出番じゃ」

アンキセス「わしもじゃ」

リゲル  「全く元気な年寄りだぜ」

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