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紫銀の精霊師  作者: 金指 龍希
悲嘆の魔石師編 
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第一章 誓いの噴水 その三

「レティったら、相変わらずよねぇ」

 ホールの奥にある階段を、笑いを噛み殺しながら降りてくる女性の姿が目に入った。

「居ったのか、ミリアリア……。久しぶりじゃな」

 なぜかアンキセスは苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべ、逃げ腰になっていたが、

「お待ちしておりましたわ、おじい様。本部でお仕事が待っておりますよ、今回は逃がしませからね!」

 と、叫んだミリアリアに襟元を掴まれてしまった。

 凛々しい顔つきの彼女は二十代の後半ぐらいだろうか。金色の長い髪を纏めていて、瞳と同じ深緑色のローブを纏っていた。

 彼女の名前はミリアリア・リーズン。精霊師ギルドの現会長でありアンキセスの孫娘である。

「貴方がおじい様の大事なお弟子さんね? さて、どんな精霊師になりたいのかしら?」

 彼女は屈んでエアと目線を同じにした。その顔にはエアを安心させようと笑みを浮かべていた。

「はい、どんなことがあっても、負けない力を持った精霊師になりたいんです」

 その言葉は彼女の心からの願いであった。




「負けない力、ね……。それは何に負けない為なのかしら?」

「何にって、悪いことをする人にです」

「それだけ?」

「……?」

 ミリアリアが静かに投げかけた言葉の意味を尋ねようと、エアが口を開きかけた時、

「アンキセス殿!」

「先代!」

 ドタドタと慌ただしく入ってきたマッシュとリゲルである。

「騒々しいのぅ~。予想通り、二人揃って来おって」

「ご帰還されたと連絡がありましたので、ご挨拶に参りました」

 汗をかきつつマッシュは頭を下げると、少女の顔を見ながら少し眉をひそめた。

「この幼い娘が精霊師希望者ですか?」

 アンキセスは老人とは思えぬ強い口調で、

「そうじゃ、マッシュよ。このアンキセス・リーズンが認めた、この街の精霊師となるものじゃ。ユウ・スミズと同じ様にじゃ」

「先代、こんなちっこい嬢ちゃんを精霊師に?」

 リゲルは少々困惑した顔つきでエアを見ながら腕を組み鼻の下の髭を摘んでいる。

 いきなり、いい歳をした男達に「こいつが精霊師なんて務まるのか?」と疑問をぶつけられたエアは泣きそうな顔をしながら、

「頑張ります! 何があっても負けませんから! やらせて下さい!」

 思わず必死で叫んでいた。

「あらあら~、そんなに心配しなくても大丈夫よ~」

 その時、黒い修道服の裾をひらめかせて走り込んで来た女性が、エアを優しく抱きしめた。

「ようこそ、レイメルへ。私を覚えているかしら……。神霊教会の修道女、メリルよ」

 ほんわりと、柔らかい笑顔を浮かべた女性は四十代前半ぐらいだろうか。少々太っているが、それが愛嬌と安心感を与えていた。

「アンキセス様、ご安心下さい。この娘は、私達がこの街の住人として、共に生活していけるよう出来る限りのことをさせていただきます。隣国にこの街が攻められて落ち延びなければならぬとき、アンキセス様のご助力がなければ住人のほとんどは生命が絶たれていたことでしょう。ぜひとも、おまかせ下さい」

 メリルの強い決意を秘めた口調にマッシュとリゲルは押し切られてしまい、沈黙せざるを得なかった。




 メリルの決意表明を受け、珍しく真顔になったアンキセスは、

「メリルよ、心から感謝する。今ここで、我が弟子の力を皆に明らかにしておこう。エアよ、おいで」

 少し涙ぐんでいるエアを連れ、ギルドの裏庭にある野外訓練場の中央に立った。

「ここならば良かろう、他の者は下がっておれ。さて、エアよ。わしの杖を持つのだ」

 エアはアンキセスの言葉に従い、彼の長い杖を受け取り両手で支え持った。

「皆、この杖が何であるか知っておるな」

 すかさず、リゲルが胸を張って答える。

「ワシが造った魔道機だ。最高の魔石を組み込み、持てる限りの技術を注ぎこんだ。銘は『世界樹』、六属性を使える最高傑作の杖だ」

 ここに立ちあっている者達は、皆その言葉に頷く。アンキセスの為に、リゲルが造った武装魔道機である事を知っているからだ。

「さて、エアよ。以前、教えた『誓いの言葉』を覚えているかの?」

 その言葉に、アンキセスを振り返ったエアは、

「まだ意味はよくわからないけど……。なんとか覚えました」

 少し自信なさ気に答える。

「まあ、とりあえず良かろう。さて、精霊力は常に己の周りに見えずとも存在する。足元の大地や周りの大気から、漂う精霊力を自分の肌で呼吸をする様に体内に取り込むのじゃ」

 アンキセスに促された彼女は、両手で支えている杖にそっと願を掛ける。

「よろしく、世界樹……。私に力を貸してね」

 エアが持つ『世界樹』と呼ばれる杖は、上部にオリーブの葉を模った魔石が付いた枝が六本巻き付いており、世界を構成する火・水・土・風・光・闇の六属性を表していた。

 エアは六本の枝を見つめながら、六属性を司る始祖十二神霊と呼ばれる精霊の姿や性格を想像した。


 火精霊は赤い炎を発し、苛烈で勇ましい。


 水精霊は青き水を制し、冷静で慈愛に満ちている。


 土精霊は黄に輝く大地を支え、頑丈で豊かさを生み出す。


 風精霊は緑の木々を渡る風を操り、優しいけどいたずら者。


 光精霊は白く輝く光で、裁きと希望を与える。


 闇精霊は黒き空間を司り、恐怖と安らぎを併せ持つ。


 未熟な自分でも精一杯集中して、少しでも偉大な彼らの力を、人の目で捕えられるように出来たらいいんだけど……。

 集中したエアは静かに祈り始める。

「我は二枚の羽を持つ者。杖を持って邪を払い、盾にて民を守る者。我は誓いを守る者。我が神霊の力に触れることを許したまえ……」

 エアの祝詞が終わろうとしたとき、野外訓練場の空気が揺らめきだした。

 その揺らめいた空気に包まれた『世界樹』は、柔らかな六色の光を放ち始め、次第にその明るさを増していった。

「うそ! 全部光っている!」

 思わずミリアリアが驚きの声を上げた。




「もう祈らなくてもよいぞ……。さて、わしがエアを精霊師に推薦したのは間違いだと思う者はいるかの?」

 目を固くつむって必死に祈り続けるエアが持つ杖をゆっくりと取り上げて、アンキセスは呆然としている皆に尋ねた。

 しかし、その問いかけに皆は無言で答えた。

 現在確認されている精霊力の属性は六つ。光と闇の二属性について、人間は魔道機さえ持てば誰でも扱う事が出来る。しかし、他の四属性は素質が無ければ発動が出来ない。訓練して精霊師になった者でも、全ての属性を発動させる使い手は『セラシス』と呼ばれ、世間ではアンキセスのみと知られている。

 何故、セラシスと呼ばれる人間が居ないのか。もちろん素質の問題もあるが、たとえ発動させても『水と火・風と土』この二対の属性は反発しあう故に、制御を誤ると魔道機が爆発してしまう事もあるのだ。

 その難しい全属性発動を、この貧弱な少女がやって見せたのだ。彼女の精霊魔法に対する素質について、この場に居た者は文句をつけることなど出来るはずがなかった。

 アンキセスに祈りを止められたエアは、「はぁ~っ」と大きく息を吐いた。全身に力が入っていたことに、自分でも全く気が付いていなかった。




 その場にヘタヘタと座りこむエアを、目を大きく開いて見つめていたミリアリアは、

「驚いたわ、三人目のセラシスがいるなんてね」

 と、呟いた言葉にエアは指を折って勘定しつつ、

「師匠と、私……。あとは……誰?」

「ユウ・スミズじゃよ。彼はこの街の精霊師じゃ。あのせっかち者、もうすでにカラメアへ行ってしまったようじゃの」

 アンキセスが答えると、レティが不満げな顔をして、

「そうなのよ、今日にもアンキセス様が来るって言ったのにさ。朝一番の飛行船で出発したわよ」

 そこで溜め息を漏らしたミリアリアが、

「それはおじい様がいけないのよ。共和国のカラメアにある機械師ギルド本部の仕事は、おじい様が引き受けることになっているのに、ユウに押しつけて」

「うぅん? 仕方なかろうて。依頼の中身が潜入捜査などと言われては、目立つわしが出来る訳ないじゃろうが」

 アンキセスは額に汗を滲ませ、必死に言い訳をしている。

「面倒なことは人任せにしてるんだから。何が何でも今回はカラメアへ行ってもらいますからね」

「それは勘弁してもらいたいのぉ~……」

(無敵の師匠にも勝てない相手がいたんだね……)

 孤児であるエアは内心、微笑ましく、でも羨ましく思いながら二人を眺めた。

 がっくりと肩を落とすタヌキじじぃの天敵は、王宮に居るキツネばばぁではなく自分の孫娘であった。




「あらあら~、もうすぐお昼御飯よね~。エアちゃん、精霊師の宿舎に案内するわね。それに貴方のお部屋も整えないとね~」

 メリルに促されたエアは、不安そうな顔をしてアンキセスを振り返ると、

「メリルについて行きなさい。後でわしも行くからの」

 彼女はその言葉に軽く頷き、メリルと共に大通りへと出ていった。

 その後ろ姿を見送ったマッシュは、

「さて、アンキセス殿。彼女は以前、ラヴァル村に連れて来た娘ですね。」

「おうよ、前に見かけた時に比べると、別人みたいに元気になってるがよ」

 マッシュに続いてリゲルが話し出すと、

「私も思い出した。この街が帝国に占領された時、私達、アンキセス様とラヴァル村に避難したわよね。その後、アンキセス様が王都へ援助を求めに行かれて、戻って来た時にはあの子を連れていたわ」

 レティは口元に手を当て、さらに「どっかで見た子だと思ったわ」と付け加えた。

「……おじい様、私は何の事情も聞かされておりませんのよ」

 目を細めたミリアリアに睨まれたアンキセスは、深い溜め息をつきながら呟いた。

「分が悪いのぅ……。とりあえず、お茶でも飲ませてくれんかの」

 彼はゆっくりとソファーに向かって歩き出した。


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