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紫銀の精霊師  作者: 金指 龍希
潜竜の精霊師編
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第一章 新たな依頼 その四

 マッシュとグラッグはしばらく沈黙していた。

 エアはその様子を見ていたが、きっと二人にしか分からない出来事があったのだろうと感じていた。

 マッシュはカップから立つ湯気を眺めながら、

「チュダックが居なかったら今でも私は軍に在籍して居たのでしょう。いや、分かりませんね。選択しなかった未来で自分がどうしているか、なんて……。もしかしたら、でしかないのでしょうし……」

 グラッグは若い二人に向かって話しかけた。

「なぁ、嬢ちゃん達。俺はなぁ、人生なんてうまいこと出来ていると思うんだ。大きな山が目の前にそびえ立ったり、底も見えねぇ谷が横たわったり、時には逆らう事も出来ねぇ激流に流されることもある。だがよぉ、どれも乗り越えられないものはない。時間が掛かっても諦めても投げ出さないことさ。そして人生の勝負時を迎えたら迷わず立ち向かう事だな」

 二人はその言葉が実体験からきているのだと思うと、とても重いものを感じた。

「でも……、でも挫けそうになる時もあると思うの」

 エアはおずおずと本心を呟いた。

 両親が殺された後、しばらく放心して心を閉ざしていたことやアンキセスと共に旅をしていても埋められない喪失感を抱えていた自分を思い出していた。

「そんな時はだなぁ、声に出して『助けて』と言えばいいのさ。悪い人間ばかりじゃねぇ、自分の出来る範囲で誰かを助けようとする奴は結構多いのさ。嬢ちゃんの周りにだってそんな奴は大勢いただろう?」

 グラッグはにんまり笑ってエアを見つめる。

「あらあら~、エアちゃん。明けない夜は無い、と言いますのよ。人が人に手を差し伸べたくなるのは自然な事。その小さな積み重ねが夜明けの光を生み出すのですわ」

 若い二人を見つめるメリルの眼差しは優しい。

「おやぁ~、エアちゃ~ん。このレティ様という姉の様な存在が居ても挫けそうになるかな~」

 レティはエアの頭をグリグリと撫でまわす。

「俺達では不足か?」

 エアを見つめるユウは真剣な顔をしていた。




「いえ、そんな……」

 エアが顔を赤らめて言葉に詰まると、

「皆さん、そんなにいじめなくても……。ちなみに私にとってレイメルで守らなくても良い存在は何も有りませんよ」

 そうとりなすマッシュも少し苦笑いをしながらエアに諭していたが、おもむろに真顔になり、

「そうですね……。国や市であろうが事業者であろうが、皆が人を大事しないとね。鉱山事業でも利益を上げて金が稼げれば幸せになる訳ではありません。無理の無い事業、安定した雇用。不安が無いからこそ少々稼ぎが少なくても幸せを得ることはできるでしょう」

 チュダックと事業者の経営姿勢はレイメルの街や人々の生活を崩壊させた、とマッシュは考えている。それはグラッグも同じ意見であった。

「そうだな……。あの時の俺は事業者に人ではない扱いを受けたと思った。替えなどいくらでもあるみたいにな。だが、人を大事にするという事は事故も起きないし、働く人間の心も安定する。社会が不安になる事は無いんだ。あの時のレイメルは荒んでいたな」

「そうですね。復興で訪れたレイメルがこんなにも酷い状況だったとは思いもしませんでした。私は過去のレイメルには戻したくありませんからね」

「そうだな」

 立ち上がったグラッグとマッシュは頷き合って握手を交わした。

「お忙しところありがとうございます。このまま帰って休んで頂いても構いませんよ」

 マッシュは長話をさせたせめてもの礼として休みを与えようとした。ところがグラッグは彼の提案をやんわりと断った。

「気遣い無用だ。それこそ無理のない事業って奴だからな。安心して働ける」

 仕事の終業は五時三十分で労働時間は八時間と決まっている。例外も多いがこの基本的な規則は守られている。これも市民が勝ち得た権利でもあった。

「そいじゃあな、嬢ちゃんとユウ」

 グラッグは大きな体を揺らしながら、手を振って部屋を出ていった。




 静かになった部屋の中でマッシュはゴホンと咳払いをして、

「さて、皆さん。今後の段取りと注意点を確認しましょう。レティ、メリルを通じて精霊教会から正式に依頼を受諾したと言う事で良いですね」

「勿論よ。王都への応援要請が承認され次第、二人をフォルモントへ派遣するわ。さっき王都へ出した手紙の返事は三日も有れば帰ってくると思うわ。それにフォルモント支部の受付にも二人の派遣の知らせの手紙を出しておくわ」

 レティは左手の親指を突き出して軽くウィンクをした。

「では、まずメリルにもう一度フォルモントへ行ってもらいましょう。カイル司祭に二人が行く旨を説明して、受け入れの準備をしてもらった方が良いでしょう。調査の為に教会内を自由に行動できるように許可も必要でしょうしね」

 マッシュの言葉を聞いて嬉しそうにメリルは、

「あらあら~。またあのオムレツが食べられるのね~。それでは今日の夕方にでも出発しますわ~」

 彼女は意外にも遠出が好きな様である。

「それからチュダックの背後についてです。彼を支援しているのは貴族でも反女王派だと思われます。名前を上げればきりがありませんが、あえて一つ挙げるならバカラ家が有力だと思われます。この家はかなりの強硬派ですね。黒い噂が絶えませんが、巧妙に立ち回っているので証拠は掴めていません」

「もしも証拠を掴めればバカラ家を問い詰めることが出来る……か。ん? バカラ?」

 ユウはバカラの名前に聞き覚えがあった。

(レティが酔わせて情報を吐かせた奴が確かイワン・バカラって名前じゃなかったか……? そういえば奴は貴族だったな)

「ねぇ、ユウ。豊穣祭の時に捕まえた詐欺師って――」

 エアが口を開いたところで、今まで眉を寄せながら黙っていたレティが声を上げた。




 彼女はパンッ、と手を合わせ、

「ああ! あの少ない酒で酔った奴か!!」

「ふふっ、気が付きましたね。レティが酔い潰した結婚詐欺師、イワン・バカラはバカラ家の戦死したはずの長男です。その事は一部の人間しか知りません。現在、彼は『バカラ家』の死んだ長男の名を騙り、罪を犯した為に教会預かりになった事になっています。しかし彼が本物と分かれば殺されてしまうでしょう」

 マッシュの指摘にユウは頷きながら、 

「そうだな。それにしてもあの時は大変だったな」

「ふふ~んだ。あたしは良い酒を飲ませてもらったわ~」

 レティの目には恍惚の光が浮かんでいた。

「本当に底無しだな。最終日の夜中に観光客きっちり百人、教会送りにしやがって。処理が大変だったんだぞ」

 ユウはうんざりした顔でレティに苦言を呈した。祭りのフィナーレに打ち上がった千発の花火が終わった後、彼女のミニスカート姿に目を奪われた男達がレティを口説こうと近寄った結果――。

 ヴォルカノンの店先で杯を片手に彼女が『あたしと飲み比べで勝ったら付き合ってあげる!!』と宣言したことから地獄が始まった。

男達はレティと共に大量の酒を注文し挑んだが、誰ひとり勝てずに全員が酔い潰された。

 潰れた観光客はユウが一人で店の外に放り出した。勿論その観光客たちはメリルが待つ教会の中に吸い込まれていった。

 ところでその時エアはどうしていたか。

 ユウに「酔っぱらいは危ない」と言われ、片付けには関わらせてくれなかった。仕方が無いので傍観者を決め込み、ヴォルカノンのカウンター席で料理を食べていた。

 その料理は黒大根にバターを付けたものと根セロリを千切りにしたサラダ、そしてパンを食べていた。

 しかし予想外の事態が起きた。

 レティが潰した人数が五十人を超えた時点で店に充満したアルコール臭により、エアが酔ってしまったのだ。

 そこで寝込んだエアをユウが寮に送ることになった。

 翌日、エアは街の住人から教えられることになった。

 ユウにお姫様だっこで寮に送られた、と。

 これを聞いたエアは顔から火を吹かんばかりに真っ赤になってしまった。

 エアとしては寝込んでいたので自覚は無いが、同じ様なことが以前にもあったことを思い出し、恥ずかしさでしばらく動けなくなったのだ。

「あらあら~。あの晩は教会も寄付金が集まって嬉しかったわ~」

 メリルは軽く言っているが、彼女の治療を受けて百人のうちどれだけの人間が財布の中身をからっぽにされて寒空に放り出されたか、考えるだけも恐ろしい。

 ちなみにヴォルカノンの売り上げとレイメル教会の寄付金は過去最高金額だったという。

 そして次の日、精霊師協会に出勤したユウとエアはレティが二日酔いせずに働いているのを目撃する。

「それにしても、あんなたしなむ程度の酒量で酔ってんじゃないよってーの」

「はぁ……」

 珍しいことに溜め息を漏らしたのはユウだ。当然、エアにもユウの気持ちは理解出来た。これでは嫁の貰い手は本当にいないだろう。

 レティと結婚出来る男はどれ程の酒豪であろうか……。いや、逆に全く酒が飲めない人物の方が良いかもしれない。





「さて話を戻しましょう。気を付けるのは秘書の存在です。メリルが見ただけなので危険度は分かりませんが、普通の人間では無いことは間違いありません。もし彼がバカラ家などの貴族から送られた者か、又は別の目的で近づいたなら、彼から黒幕に辿り着くかもしれません。気を付けて探りを入れる事ですね」

 マッシュは秘書の存在が気になっていた。メリルが『危険』を感じたのなら、その勘を信じた方が良いと思っていた。

「相手もバカじゃないから尻尾はそうそう出さないだろう。その秘書が普通の市民だったというのが一番良いのだが……」

「あのチュダックの近くに居るのです。ただの人はあり得ません。貴族が送った監視役か、チュダックを操っているのか。探ってみないと分かりませんね」

 マッシュの言葉にエアは疑問に思った。

「操るなんて出来るんですか?」

「出来ますよ。巧みな言葉で誘導すれば可能です。自分が『賢い』と思っている人ほど、自分の意思で動いていると錯覚するようです。これは言葉と交渉が巧みな者が使う手口で、自分の手を汚さぬようにしている人物の常ですね」

「恐ろしいですね。そんなことが出来る人なんて……」

「そんな知能犯は今まで会った事が無いな」

 エアとユウはそれぞれ感想を述べた。

「本当ならそんな人物とは関わらない方が良いのですが、君たちは精霊師です。普通では関わらない事にも仕事で関わります。覚悟を決めて下さいね」

 マッシュは厳しい表情で二人を見据えた。

「分かっている」

「はい」

 二人は素直に返事を返した。




 マッシュはレティに向かい、

「まぁ、確認はこれぐらいです。ユウとエアをレアンスに派遣するとなるとこの街から精霊師が不在になりますが、代理の精霊師は?」

 マッシュは話を戻し、精霊師の勤務体制を確認した。このレイメルで精霊師の存在は不可欠だと彼は考えていたのだ。

「大丈夫ですよ。さすがに仕事が溜まっているので来て貰います。リンデン地方の王都に精霊師が四人いますから、そこからひとり代わりに派遣してもらいます」

「助かります。精霊師はこの街にとっては欠かせませんからね」

「ただ、問題がある奴が来る可能性が高いわね。最近、精霊師になったという王立学園卒業の馬鹿男が来たら大変かもしれない」

「ああ、さっき話していた何処の支部で引き取るか揉めた人の事だよね。何が問題なの?」

 エアはレティの言葉にとげがあるのを感じた。

「ええ、王立学園の出身だから気位が高くってね。そのせいで仕事に問題が発生しているわ。リンデンの受付が頭を悩ませているらしいわ」

「なるほど、そういう奴か……。対処法としては大きな失敗してもらうか、鼻っ柱をへし折ってやるしかないな」

 ユウが物騒なこと言ったので、思わずエアがびくっとした。どうやら彼は気位が高い人が嫌いな様だ。

「ええ、そうね。そいつが来たら徹底的に教育してやるわ。腕がなるわね」

 レティが物騒な笑みを浮かべた。それはまるで獲物を狩る眼つきそのものだった。

「あ、あの……、程々にして下さいね。別の意味で騒動が起きる気がします」

 マッシュは話題の人物が来ない事を祈った。しかし後日、彼の祈りは全く効果が無いことが明らかになったが……。

「さて、解散しましょうか。それにしても忙しくなりますね」

 マッシュの言葉と同時に全員が立ち上がった。




 レイメルから遥か南にある街で、伸ばしっぱなしの白い髪とひげを風が弄ぶのに任せている老人が杖を突きながらゆっくりと息を切らせながら歩いている。

 頑丈そうな石と鋼鉄で出来ている建物が並ぶ坂道は彼にとって苦痛でしかないが、目的地がその先にあるのではやむを得ないと諦めてつつも愚痴をこぼしていた。

「難儀な所じゃのぅ~。このグラセルの街は」

 そう呟く老人の横で、白髪を綺麗に撫でつけたもう一人の老人が、

「アンキセス殿。この程度で息が切れるようでは精霊師を引退された方が良いのではないでしょうかな」

 と息をゼイゼイと切らしながら嫌味を言うと、

「何を言っておる、アイオン殿。おぬしの方こそ息が上がっておるではないか。その有様ではグラセル大工房の所長など務まらぬであろうのぅ」

 アンキセスはアイオンに言い返している。その様子を二人の後ろからついてきている若い工房の職人は、

(またやってるよ。二人とも額に青筋を立てながら懲りないなぁ。それにしても血圧高そうな二人だな~)

 と呆れ気味であったが、

「仕方有りませんよ。このグラセルはケルプス山脈にある山岳都市なんですから、酸素も少し薄いので息が上がっても不思議じゃありませんよ」

 二人の老人を慰めたが、言ったのが若い職人だったのが気に入らなかったのか、

「分かっておるわい。飛行船でしか入れない街なんぞ用事が無ければ来もせんわ」

 とアンキセスの不評を買い、

「余計な事は言わんでもよろしい。高い山の中腹にあるから工房で開発する魔道機の秘密が守られておるのだ」

 とアイオンにまで叱られてしまった。首をすくめた職人は、

(気難しいお年頃なんだな。いや、扱いづらいが正しいか……)

 と心の中で溜め息を吐いた。

「あれがリゲルの滞在している工房ですな」

 アイオンが指差す坂の上に、小さい、しかし他の建物と変わりの無い石と鋼鉄で出来た建物が見えてきた。


★作者後書き

 読んで頂いている皆様、ありがとうございます。

 レティが百人酔いつぶした話は書きたかったのでいれてみました。この作品は脇役の個性が強烈で、主人公は接着剤のような立場になってしまいました。でも彼女が大活躍する場面も用意しますのでお待ちください。(うっ、すいません。詳しくは書けませんので……)

 次回の更新ですが、11月17日になります。


★次回出演者控室

リゲル  「ワシは忙しいんだよ。呼びだすな!」

アンキセス「仕方なかろう。お前にも新しい仕事があるんじゃ」

リゲル  「胡散くせぇ……」

エア   「でも、リゲルが元気そうで良かった」

ユウ   「おっさんはしぶとそうだから心配いらないな」

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