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紫銀の精霊師  作者: 金指 龍希
潜竜の精霊師編
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第一章 新たな依頼 その三

 再び市長室にレティが戻って来た。

「まあ、エア達が出張中に王都から応援に来て貰うように手紙を出したわ。誰が来るのか分からないけど……。やっぱりあいつかなぁ」

 レティの頭の中には、問題児で有名な青年が頭に浮かんだ。

「ねえ、レティ。『あいつ』って誰?」

 エアは首を傾げながら尋ねた。

「問題児なのよね。どの支部で引き取るのか揉めて、結局ミリアリアが所属支部を決める事になったのよ」

「そりゃぁすごい奴が来そうだなぁ」

ユウは無言で聞いていたが、そこへマッシュが一人の男を連れて部屋へ戻って来たのだ。その男はタンホブ山の鉱夫長であり、ラヴァル村の村長でもあるグラッグ・ガンドールであった。

「なぁ、レティ。そんな問題児なら、うちの鉱山で鍛えてやるぜ。よぉ、ユウに嬢ちゃん、市長に呼ばれてやって来たぜ」

「今日はこっちに滞在していたのか?」

 ユウがグラッグの顔を見上げると、

「おぅ、街の修復があるからな。力仕事で駆り出されている。リゲルの工房を修復するのに最低でも一カ月はかかりそうだ」

「そうか、すまないな」

 ユウはグラッグに礼をいった。リゲルの工房がある区画は邪妖精との戦闘の爪痕が酷く、未だに建物の基礎がむき出しになっていた。ユウとエアも修復に参加したかったが精霊師の仕事が忙しく関われなかったのだ。

「いや、いいさ。お前らの仕事は市民を守ること。軍や憲兵でも出来るがそいつらとは立場が違うからな」

 グラッグは手近にあった椅子を軽々と持ち上げ、エア達の近くにどっかりと座った。




「さて、市長。なんで俺を呼んだんだ?」

「仕事中にすみませんね。実はメリルがフォルモントでチュダックを目撃したと――」

 マッシュの言葉は最後まで続かなかった。なぜなら、


「なんだと! 奴はまた何をしでかしてるんだ!!」


 部屋にグラッグの怒声が響き渡った。余りの大声にエアは思わず耳に手を当て、フルフルと身体を小刻みに震わせていた。ちなみにエアは雷が苦手である。

 そしてこの怒声は市庁舎全体だけでなく外にも聞こえていた。市庁舎に来ていた市民は思わず職員に『何かあったのですか』と聞いたらしい。心配した職員が部屋に飛び込んで来た。

「市長! ど、どうかしましたか?」

「大丈夫です。このレイメルにとってあまり耳にしたくない人の名前を聞いただけですから」

「それはどなたです?」

「チュダック・リュイソー」

「うえぇぇぇっ!」

 今度は叫んだ職員が顔を青くしながら、身体を小さくしてフルフルと震えていた。過労死しかけた職員にとっても、負担を払い続けた市民にとっても聞きたくもない名前である。

「か、彼はどこに? だ、大丈夫ですか……?」

「ええ、少なくともレイメルは大丈夫です。現在彼はフォルモントの市長選に立候補しています。もし彼がフォルモントの市長になれば、あちらの市民がいずれ大変な目に遭うでしょう。それにフォルモントは他国に対して我が国の大規模な貿易の拠点都市ですから、輸出や輸入に頼る他都市との調整などに支障をきたす事になるかもしれません。今、彼に対してどう対処するか話し合っています。とにかく私達で何とかしますよ。さぁ、心配しないで仕事に戻って下さい」

 マッシュは無用の心配を掛けたと思いつつ、不安げな顔をした職員に指示をした。

「分かりました。市長が大丈夫と言われるなら、きっと大丈夫ですよね」

 職員は背を丸めながら部屋を出ていった。その後ろ姿には隠しきれない不安が見てとれた。

「本当に嫌われているんだ……」

 エアはその様子からぽろりと感想を漏らした。




 マッシュは大きな溜め息を吐き、

「レイメルにとってチュダックが市長になった事は大きな傷ですからね。嫌われても仕方ないでしょう」

「嫌われている、なんてもんじゃねぇ。奴のせいで俺達の仲間が何人死んだと思っている。両手の指じゃ足りねぇぜ」

 グラッグの言葉から怒りがにじみ出ていた。その場にチュダックがいたら殴り飛ばすだけでは済まないだろう。

「さて、貴方を呼んだ理由はそのチュダックについてです。貴方はあの時、彼の解任運動の中心人物でしたからね」

「ああ、本来なら俺が立候補して市長をやるべきだったんだが。いかんせん、俺には学が無かったからな」

「学問など関係無いですよ。貴方は人をまとめる力がありましたから」

「市長、あんたには負けるよ。で、まだあるんだろう?」

「ええ、エアとユウにチュダックがこのレイメルで何をしたのか話して欲しいのです。貴方の話を聞くことが二人の仕事の成功に繋がると思いますので」

 マッシュに促されたグラッグは、しばらく腕組みして考え込んでいた。そして顔を上げてエアとユウに話し始めた。

「そうだなぁ。あの時のことを最初から知っているのはこの場では俺だけか。まぁ、嬢ちゃん達がこの街の歴史を知るのも大事な事だよな」

 正直、チュダックの事なぞ思い出したくもなかったグラッグは憂鬱そうに話し始めた。



「役人の仕事を市民でやれば~、皆の仕事も増えるし、役人を減らした分の税金も安くなる~。そりゃぁ生活も楽になるで~。他の街には無い面白い行事をやって、人を集めて活気のある街にしましょうよ~」

 チュダックの奴はそう俺達に言っていた。

 最初は俺達も奴が市長になったら生活が楽になるし、街や村も賑やかになると思ったさ。中央から来た貴族が市長になるよりマシだと思ったからな。

だから俺達は彼を選んだ。

 ある意味、奴が市長になって効果が直ぐに現れた。

 当時俺はタンホブ鉱山でまとめ役の補佐をしていたが、レイメル市から村に戻った奴からいろいろと聞かされていた。

 まず、チュダックが市の職員を次々と退職に追い込んでいると……。

 奴は公約通り、役場の仕事を事業家にやらせることにしたんだ。でも、それは俺達が考えていた以上に事業家に仕事が回った様だ。それで職員が余っていると言って退職するように嫌がらせをしたらしい。

 でも、俺達は気にしていなかった。

 役人なんて同じ市民だと思っていなかったし、役人の仕事なんて誰でも出来ると思っていたのさ。

 後で分かったんだが、この騒動で一番大変だったのは市職員だったよ。どんな仕事でも一人が出来る仕事量には限界がある。適正な量ってもんがある。だがレイメルではその適正量を軽く超えていたのさ。当然、職員が過労や精神的に追い詰められて職を離れる奴が現れる。現場は更に苦しくなるの連鎖だったそうだ。

 俺達は全く気が付いていなかったのさ。

 それによって市民である俺達にどんな影響が出てくるのか。




 まずは市のゴミ出しが有料になった。他にも無料だった行政サービスが有料になった。老人達を集めて時々やっていた食事会、子供達の勉強会、各村への馬車による送迎サービス、保養所で市民に対して無料で行われていたリハビリの温泉療法、治療費の補助金。他にも数えたらきりがねぇ。

 それに役場じゃぁ、職員の数が足らないとかで書類が山積みになっていた。申請した書類が何時になったら出来上がるのか分からねぇ。事業者から派遣されて来た職員が法律も分からず受付して間違いだらけだった。その後始末も市の職員がやっていたんじゃ仕事が間に合うはずもねぇ。

 それでも俺達は役場の職員は怠慢をしていると思っていたんだ。

 今思えば、俺達は結果だけを求めていたんだなぁ。

 でも、それに気が付いた一部の市民がチュダックに詰め寄った。

「これが民意だで~。それに市の財政が赤字に近いしよぉ~。市民の皆さんのご協力、よろしくお願いしまぁす」

 奴にこう言われて納得する市民がいたがそれはチュダックによって利益を受けている市民と市の職員に対して反感を持っている奴だった。




 俺は『民意』という言葉を軽く使ってはいけないと思う。

選挙によって市民から選ばれても、自分の政策の全てを市民からの支持を得ているのか考えるべきだと思う。民意があるから何をやってもよいと勘違いする奴がいるがチュダックはまさにそんな人物だった。

 俺が行動しようと思ったのは鉱山で大規模な落盤事故があったからだ。

 恥ずかしい話だが、俺は自分が当事者になってこの現状を理解したんだ。

そのころタンホブ鉱山は事業者に売られ、事業者が利益を上げる為に無茶な計画で採掘を行っていた。当然、山崩れや落盤事故が多発した。事業者に売られて半年で死者五人、これまでの事業では死者は二年に一人いるかいないかだった。

 この事故や過剰な労働で仕事仲間は一人、また一人と辞めていった。当初は百人近くいたのが四十人にまで減った。

 異常事態だった。

 仲間の顔から笑顔が次第に消えていった。皆、感情の消えた暗い表情で仕事に向かって行った。そんな仲間達に俺はどうする事も出来なかった。

 そして、恐れていた大規模な落盤事故が起こった。

巻き込まれたのは鉱夫長を含む七名だった。鉱夫長は皆を逃がす為に俺と最後まで残った。生き残った仲間が全員逃げたのを確認した後、俺達は出口に向かった。

 鉱夫長は出口の近くで、俺の目の前で崩落した岩の下敷きになった。

 俺は鉱山の入り口で立ち尽くした。そして絞りだす様に言葉を吐いた。

「なんでこんなことになったんだ……」

 この言葉は鉱夫全員の言葉でもあった。

 俺達は利益を上げる為の駒だったんだ。人では無い、ただの遊戯盤の駒だった。

 この事故で事業者は撤退し鉱山は閉鎖となった。

 鉱山で潤っていたラヴァル村の財政は傾き、廃村の危機が迫っていた。




 全ての元凶である市長を追い出そう。

 治療を終えてラヴァル村に戻った俺は、直ぐに皆を集めた。

「皆、これから市長の解任運動を行う。レイメルにいる家族にも協力を頼んでくれ。あの市長をレイメルから追い出すぞ!!」

「「おおっ!!」」

 思えば鉱夫の結束が固いのはこの運動があったからだ。

残った鉱夫は俺を含めて三十三人。レイメル市で市長の解任の為に署名を集めた。

 驚いたことにこの運動を支えてくれたのは退職や休職をした市の職員やその家族だった。法について詳しくなかった俺達は素直に知恵を借りることにした。

 大事な事は開始から三カ月で署名を集めることだ。そして市民の三分の二の署名が集まると解任が決定される。ところが開始から一カ月たったが署名はなかなか集まらなかった。

 しかし、状況が一変した。

 地震だ。

 この地震によって死者が多数出た。

 王都に行っていたチュダックは戻って来たが、恰好をつけて騒ぐだけだったので職員達が独断で対応した。避難所の設置などを行ったが人員が足りない為に動きは鈍かった。そして市の予算だけで復興するには金が足りなかった。チュダックの奴はいざという時の積立金を取り崩して華やかな行事をやったり、豪華な建物を造っていたからさ。

 停滞していた解任運動は一気に加速した。

 危機管理が全く出来ない市長。

 低下した行政サービス。

 この時になって市民は失ったものの大きさ知った。レイメルは王家から援助を貰わなければ成り立たない状態になっていたんだ。

 すぐに署名は集まった。途中様々な妨害があったが今の市民にはそんな妨害はどうでもよかった。

 とにかくチュダックの解任がレイメルを変えると信じたからだ。

 そして奴は解任されて出直し選挙となった。




 しかし、俺達にはレイメルの顔となる市長候補がいなかった。このままでは投票無しでチュダックが再選されてしまう。そう分かっていても候補者がいなかった。

 この時、軍からの応援でレイメル地方の領主である地龍将軍のマッシュが来ていた。彼は精力的に復興を手助けしていた。指示は的確で市民と対話しながら、復興に必要なものを揃えていった。

 俺は彼なら街の未来を託せると思ったんだ。

 軍の駐留しているラヴァル村で、俺はマッシュに懇願した。

「頼む。今、このレイメルを任せられる人は他にいないんだ。あんたならレイメルを救うことが出来る。あんな奴を再選させるわけにはいかないんだ!!」

 最初、彼は断るつもりだったらしい。だが、俺が余りにしつこく頼み込んでつきまとったせいなのか、最後には諦めたようだった。

「承知しました。準備が整い次第、ただちに選挙の手続きに入りましょう。女王やアンキセス殿に手紙を送らないといけませんね」

 この時の俺の選択は正しかったと思う。彼は精霊師協会の会長アンキセスや、そして彼が貴族である故に女王とも繋がりがあったからだ。

 貴族が全部駄目だってぇ訳じゃねぇんだな。

 それと恥ずかしげに選挙演説をする彼の顔は今でも忘れられないねぇ。

 まぁ、とにかく選挙はチュダックのマッシュに対する誹謗中傷があったが、正攻法で挑んだ彼が大差をつけて勝利したのさ。

 そして選挙に負けたチュダックは煙の様にレイメルから姿を消したんだ。




 やっと落ち着くかもしれないと思ったところに戦争が始まった。

 レイメルの住人はラヴァル村に避難する事になったが、街は帝国軍に包囲され、戦火から逃げるのは困難を極めたそうだ。

 アンキセスの爺さんが大きな火の龍を呼び出し、帝国軍を牽制する間に市長が市民をまとめ上げて避難に成功したらしい。

 俺は今でもよく覚えているさ。

「ラヴァル村の皆さんにご迷惑をお掛けしますが、なにとぞご協力をお願いします。レイメルの市民が生き延びられるかは皆さんのご厚意に掛かっております」

 そう言った市長は俺達に頭を下げた。

 彼の後ろに従っている避難して来たレイメルの住人達は疲れ切っていた。拒む理由なんて俺達には無い。共に選挙を戦った仲間じゃねぇか。

 そして戦争が終わってからレイメルに戻った時は、街は廃墟同然だった。

 その廃墟の中で金蓮花(ナスタチウム)が咲いていた。あの輝くような黄色の花は印象的だったよ。

 花言葉は『困難に打ち克つ』だそうだ。

 分かる気がするねぇ。あの酷い有様の中でも、あの花は見事に咲いていたんだ。

 レイメルの住人と俺達はもう一度、あの廃墟の中で新たに生きる決心をしたんだ。

 そして市長は街を一から再建することにした。当然、俺達も協力をしたさ。だてに鉱夫なんざしちゃいねぇ。力仕事や石の加工なら任しときなってなもんさ。

 住宅を建てる為の魔道機はリゲルがレイメルに住む事によって充実したよ。

 それと鉱山はレイメル市が再び所有者になり、植林活動や無理のない事業計画で俺達を雇ってくれた。レイメルの市民達は植林した木を間引きしたりして山の手入れを定期的に行ってくれている。

 安全に仕事が出来て、安心して生活が出来る。

 俺たちゃぁ、今は幸せさ。




「まぁ、大した話じゃないけどよ。俺は今度こそ選択を間違えなかっただけだ。チュダックは俺達にとっては憎しみの対象ではあるが、おかげで今の市長がいると思えば良かったと思えるな」

 話し終えたグラッグはマッシュから渡されたお茶を飲み乾した。


★作者後書き

 なんだか政治臭くなってしまいました。一年以上前に考えていたプロットなのに、今の情勢と変わっていないところが残念な気がしています。

 難しい話題になってしまったのに、読んで頂いている皆様に感謝しています。お気に入り登録して下さった方、勇気を下さってありがとうございます。何とか書き続けて行こうと思います。


★次回出演者控室

レティ「ちゃんと支度は出来たの?」

エア 「まだ、あと少し」

ユウ 「俺はそんなに荷物は無いから」

レティ「可愛い子には旅をさせろというし、気を付けてね」

ユウ 「そう言えば俺達の代わりに来る奴――」

レティ「忘れようとしていたのに言わないで!」

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