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紫銀の精霊師  作者: 金指 龍希
悲嘆の魔石師編 
43/87

外伝 スイートピー 後編

 午後の仕事が始まってすぐに精霊師が戻って来た。

「戻ったぞ~」

 野太い男の声が受付に響く。

「お疲れ様です」

「お帰り」

「ん、こっちの嬢ちゃんは?」

 戻って来た精霊師はレティを見て言った。

 精霊師の特徴として年は四十くらいで茶色の髪で口の周りに髭を生やしている恰幅のいいおっさんだ。背中にはクレッセントアクスを二丁背負っている。

「おっさん。この人は受付の研修で来ているの」

「レティアコール・イシディスです」

「そうかい。大変な所にきたなぁ。俺の名はガイゼル・バルガインだ。よろしくな」

 ガイゼルはそう言って右手を差し出した。レティは握手した。

「ふむ、鍛えているようだな。精霊師になれなかったと言ったところか」

「おっさん、失礼よ」

「失礼も何も、まずは認める事だ。認めない事には次に進めない。ところでおっさんは失礼じゃないのか。ティーアよ」

 そう言いながらティーアの頭を撫でる。だんだん彼女がイライラしているのが傍から見て分かる。

「あんたがおっさんである事を認めなさい。で、仕事は終わったの?」

「おう、終わったぞ。荷物は運び終えた。報告書と始末書をくれ」

「始末書だと! 何を壊したぁ!!」

 ティーアはすぐに怒鳴り声を上げた。

「冗談だよ。なにも壊しとらん」

「笑えない冗談ね。勘弁してよ」

 報告書を渡した。渡された書類を直ぐにガイゼルは書き込んでいく。

「そもそも、俺が仕事で始末書を書いた事があるか?」

「ふぅー……。そう言えば無いわね。リーデルだったらあるけど」

 レティは二人の会話を余所に考え込んでいた。自分には何処か受付になる事を認められないところがあった。やはり本心では精霊師になりたい。だが精霊師にはなれない。持って生まれた資質という壁はどうやっても崩すことは出来ないのだ。

 二人の会話は続いている。バルクは書類の整理をやっている。受付はティーアに任せているようだ。

「そういえばあいつは子供がいたな」

「ええ、二人とも女の子で二人目が生まれて一年経ったから復帰したわ。そして、すぐに物を壊してくれたわ……」

 ティーアは頭が痛いとばかりに額に手を当てている。

 ガイゼルは会話をしながらも書類を書く速度が落ちていない。

「あたしがこの仕事を始めたばかりでまだ慣れていない頃にあった事だからよく覚えているわ。じい様と一緒にどれだけ憲兵所で頭を下げた事か……」

 憲兵所ではいつもの事だと思っているのかすぐに許された。憲兵所にとって精霊師はありがたい存在だ。憲兵所は本来の仕事である犯罪者の逮捕に尽力できるからだ。迷子とか瑣末な仕事は精霊師協会が引き受けてくれるから他の雑務に追われることはない。たまに発生する雑務が、精霊師が破壊した建造物の跡片付けに変わるのだが。

「さて、考え込んでいるようだが。ここに居るうちに答えを出すんだな。でねぇと何も始まらん」

 ガイゼルは書き上げた書類をティーアに渡して言った。その顔はさっきとは打って変って真面目だった。

「さて、この仕事を引き受けてくるよ」

 リストから依頼書を取り出してティーアに渡した。

「ああ、これね。遺言状の立会いか。その場で揉めないようにする為とはいえ、人が悪い事をさせるわね。だからこそおっさんはやれるのだけど」

「俺は人が悪いか?」

「悪いわね。少なくとも私には出来ないわ」

 依頼書を見てティーアは溜め息を吐いた。

「出来る様になるさ。もう少し年を取ればな」

「女の子にその言葉はないんじゃない」

「人生経験を積めという事さ」

 大らかな性格のガイゼルは、にかっと笑って答えた。

「私に足りないのはよく知っているわよ。さて、その依頼は最低でも三日は拘束されるわ。頑張ってね」

「おう。では、弁護士の所に行ってくる」

 ガイゼルは足音をドカドカと立てて出て行った。

「いってらっさ~い」

「気を付けてな」

 レティは黙って見送ることしか出来なかった。何故ここに自分が居るのか答えが出なかったからだ。

「悩んでても仕事はやってくるわ。答えはいずれ出るでしょう。さ、頑張りましょう」

 ティーアはそう言って仕事を始めた。

「そうじゃのう。こういうのは自然と折り合いが付く物じゃ。焦る必要は無い」

 バルクもだ。

「はい」

 こうして、レティの王都での受付研修が始まった。




 研修を始めて一ヶ月が過ぎた。レティの中では未だに折り合いが付かなかった。そんななか今後のレティの生き方を変える出来事が起きた。

 きっかけは貴族からの依頼だった。

 その日はレティ一人で受付をしていたので一人で対応しなければならなかった。

「どのような依頼ですか?」

 身なりは良い男で装飾品豪華さからの貴族ではないかと思われた。だが、何におびえているのか少しおどおどしている様にレティは思えた。

「実は私の屋敷で働いていた奉公人の女性が荷物を持って逃げましてね。訴える事はしたくないのですが、探して連れて来てくれませんか」

「分かりました」

 その依頼自体はおかしいと思わなかったレティは依頼書の作成を始めた。と、そこへ、

「その依頼、俺が引き受けよう」

 帰って来たガイゼルが声を掛けてきた。

「詳しい話は外でしようか」

「はい」

 そう言ってガイゼルは男を連れて出て行った。

「いってらっしゃい」

 レティはそれを見送った。

 しばらくしてティーアとバルクが帰って来た。

「なにか変った事はあったか?」

「実は……」

 二人にさっきの出来事を説明した。

「じい様」

「うむ」

 祖父と孫は頷き合った後に、

「依頼人が嘘ついているわね」

「そうじゃな」

 同時に口を開いた。

「えっ!!」

 レティの顔が真っ青になった。あれほど言われて気を付けていた事なのに……。

 衝撃を受けた為か、レティが暫くしてから口を開いた。

「何故、どうして嘘と分かったの?」

 ティーアは腕を組んで、レティが書いた依頼書を見ている。

「依頼人の言葉がここに書いてあるけど。一言一句間違ってないなら怪しいわ」

「貴族からの依頼は大抵裏があるのじゃよ」

 この時まだ禁煙していなかったバルクは、咥えたパイプから紫煙を立ち昇らせて答えた。

「そうね。この場合は物を盗んだと言っているけど訴えるつもりは無い、と言っている。まともな貴族だったら訴える為に憲兵所に行くわよ」

「あ、そうか……」

 レティの顔が納得した様だった。

「それに『連れてこい』なんておかしいわよ。物を盗ったのなら『物を持ってこい』と言うはずでしょ」

 ティーアの言葉に、次々と男の怪しさが浮き彫りになってくる。そして自分は何を考えて依頼を受けていたのかと思う。

「じい様」

 ティーアはバルクに説明の続きをお願いした。

「うむ、考えられるのは奉公人が貴族の犯罪現場を目撃したといったところじゃな。それも生きていてもらっては困るといったところかのぅ」

 もしそうなら、その奉公人は連れて行ったら殺される可能性もある。顔がさらに青くなっていった。

「大丈夫よ。ガイゼルのおっさんだったら全て承知の上で引き受けたと思うわよ」

「そうじゃ」

 二人の言葉からガイゼルに対する信頼を感じた。対するレティは不安しか覚えなかった。




 しばらくしてガイゼルが戻って来た。手には荷物を持ち、隣には女性が立っていた。

「戻ったぞ。すまんがこの女性は保護対象だ」

「よろしくお願いします」

 レティはガイゼルに近寄って言った。

「すみません。依頼の段階で断るべきでした」

 ガイゼルは厳しい顔をして言った。

「謝るのは後だ。今は仕事に専念しろ。それとリーデルが戻ってきているから此処の守りでいてもらえ。ったく、気分の悪い仕事だ」

 ガイゼルはそう言うとすぐに出て行った。

 入れ替わりにリーデルが戻って来た。事情を話すと喜んで護衛を引き受けた。

 女性の話では依頼人の貴族は不正蓄財をしていた。そして、その中には盗品もあったという。盗って来た物を買い取る取引現場を目撃してしまったので急いで逃げたのだそうだ。その時に証拠となる品を持って取り合えず逃げたが、どうしたらいいか分からずにいた所にガイゼルが声をかけたという事だった。

 彼は話を聞いて貴族が探している事と精霊師協会に虚偽の依頼をした事を告げ、急ぎ保護しにきたと女性に説明をしたのだ。

 ガイゼルは初めから依頼人の嘘を見抜いていたのだ。そして、それを知りながら引き受けたのだ。咄嗟に彼は探す対象となった女性を急ぎ保護すべきと判断した。レティはそれを思い至った時、自分の未熟さを思い知った。ただ反省するしかなかった。




 全てが終わって今は酒場に居る。ガイゼルは酒を飲んでいる。何故ここに居るかというと終わった後にレティに向かって「飲みに行くから飯ぐらい付き合え」と言って引っ張り出したのだ。近くではティーアが料理を食べている。内心レティを心配している彼女も一緒に来たのだ。

 レティは料理を食べているが味がしない。

「暗い顔をしているな。二十歳前だから飲ませるわけにはいかないか。こればっかりはしょうがないな」

 ガイゼルはエールを片手に笑っている。

「今回の事は気にするな。誰でも始めの頃は失敗する。それとも何か気になる事が有るのか?」

 大きな失敗に心が沈んでいたレティの重い口が開いた。

「私は精霊師になりたかった……。幼い頃にアンキセス様に助けていただいた時から憧れていた。アンキセス様の孫のミリアリアに偶然会ったその時に、私は精霊師になれるか試験を受けた。でも、私は精霊師になれる資質が無かった」

 ティーアは無言で話を聞いている。

「あの爺さんに会ったのか。そりゃ憧れもするわな。まだあるんだろ」

 ガイゼルは先を促す。

「精霊師になれないと分かった時に受付をやってみないかと言われて引き受けたんです。ですが、ここで仕事をしているうちに本当にやりたかった事をやれていないのが悔しくなって。ここの精霊師の人達を見ているうちに不満が溜まって。羨ましかったのですね」

「なるほど。どおりで仕事の手が鈍かったわけだ」

 二人はしばらく無言になった。

「おめぇさんは、受付をどう思っているんだ?」

 不意にガイゼルが問いかけた。

 レティは考え始めた。しばしの黙考の末、

「精霊師の雑務をこなす人達?」

「それは違うだろう。難しく考えすぎなんだよ」

 ティーアはいつの間にか眠っている。その頭を撫でながらガイゼルは言った。

「レティよ。現場で働く奴が万能だと思うな。俺達は受付がいて初めて成り立っているんだ。市民や子供はどうしても現場で華々しく働いている奴に目がいく。そんな俺達でも受付が居ないと何やっていいか分からん時もあるのさ」

 ガイゼルの言葉にレティは驚く。自分が憧れているのは偶像だったのだ。確かに受付での会話を聞くと、いつも精霊師達は情報を受け取っている。

「現場に居る奴が脚光を浴びている訳だが、それも後ろに居る奴がいて初めて成り立つ。受付も立場は違えど精霊師だよ」

 その言葉にレティは気付かされた。そして、こだわっていた自分が恥ずかしくなった。憧れは憧れで心に収めよう。受付も精霊師なんだから。

「どうやら、吹っ切れた様だな。まぁ、この子も心配していたからな」

「えっ!」

 どうやら、ティーアにも心配されていた様だ。

「受付になる奴も少ないからな。おめぇさんの様に吹っ切れる奴は少ない。精霊師になれないと知るや軍にいく奴や普通社会で暮らす奴がほとんどだ。初めから受付を志願する奴もいるがそれも稀だ」

「そうなんですか」

「ああ。数少ない受付仲間だから辞めてほしくなかったんだろうよ。このままいくと辞めてしまうんじゃないかと言っていたよ」

 レティはテーブルの上で眠っている少女に目を向けた。安らかな寝息を立てていたが、突然、

「何を壊した! 始末書を書け!!」

 むくっ、と起き上がって怒鳴った。そして、すぐに寝た。周りの客は何事かとティーアを見たが彼女が精霊師協会の受付だと知っているので何事もなかったように日常に戻っていった。

「夢の中でも怒鳴ってやがんなぁ」

「そうですね」

 二人は顔を見合わせて笑った。

「本当は同世代の子供と一緒に遊んでいる筈だろう。だが、バルクの爺さんの影響もあるだろうが、この子は自ら大人の社会に足を踏み入れた。その時の覚悟は半端無かっただろう。ある意味では普通の人生ではなくなるからな」

「そうですね……」

 人の嘘を暴いたりと人の負の部分を見やすい職業だ。大人でも嫌がるのにこの子は受付を選択した。それも自ら……。

「この子も選択したのですね。受付になる事を」

「ああ。ミリアリアに進められたんだろうが、やるかやらないかは本人の決断だ。他人に言われたからやるっていうのは長続きしないからな。おめぇさん、最初はそんな感じだったぜ」

「そうですか……」

「ああ。今は違うがな。そう言えばティーアはこう言っていたな。嫌々やるつもりは無い。私は好きでこの仕事を引き受けたのよ。とな」

 レティはその言葉がこの子の本心ではないかと思った。

「そういえば今はスイートピーの季節だったな。受付にも飾ってあったろう。昔、その花の花言葉を聞いたことがある。花言葉は『門出』と『別離』だ。今までの精霊師になりたいとこだわる自分に別れを告げて、新たに受付としての人生を歩め」

「はい」

 強く頷くとガイゼルははにかんだ。そして、空になったグラスにエールを注ぐと、

「さて、気分が良くなったところでもう一杯といこうか」

「私は飲めませんよ」

「わかっとる。気分の問題だ」

「お茶ですけど乾杯」

「おう、乾杯!」

 カチンいう乾いた音と共に飲んだ。

「おめぇさんが、二十歳を超えたら飲もうや」

「ええ」

 こうして夜が更けて行った。ティーアはレティが背負って家に返した。ガイゼルも宿舎に戻って行った。

 翌日、レティは気合を入れて仕事を始めた。いままで仕事をしていたが、初めて仕事をするような感覚を覚えた。

「嘘ついてんじゃないよ!!」

 レティの本性が出始めた。嘘を吐いた依頼人に対してレティの怒鳴り声が響いた。もちろん始末書を書く事になった精霊師にも容赦が無くなった。ガイゼルは後にこう語っている。

「あれは猫を十匹ぐらい被っていたな」

 レティがいる期間、ティーアと二人で怒鳴る声が王都に響いていた……。




 時は今に戻る。バルクとティーアはその時のことを語った。

「あれ以来、レティさんが元気になって仕事がはかどったんだよね」

「まさかあんな気性がはっきりとした子だとは思わなかったのぅ」

 バルクはその時のことを思い出した。ある日、吹っ切れて活き活きと仕事を始めたのには驚いたがティーア顔負けの怒鳴り声を上げる受付になるとは思わなかったのだ。

「さて、誰を行かせる」

「う~ん……。やっぱりあいつにしよう」

「もしかして、スティングか」

「ええ、私達では難しいからレティに任せましょう」

「なんとかなるかのぅ」

 バルクは相変わらず火の付いていないパイプを咥えている。

「これで駄目だったらもう匙を投げるしかないわね。さて、返事を書かなくちゃ」

 ティーアは便せんにペンを走らせた。

 こうして、レイメルへ派遣される精霊師が決まった。




~レティへ~

 お久しぶり。元気にしていた? レイメルで大規模戦闘があったと書いてあったから吃驚したよ。それもレティも戦ったんだって、無茶しないでよ。

さて、本題ね。精霊師の代行はやっと決まったわ。問題児を行かせるわ。名前はスティング・ハーン。レティが駄目だったら匙を投げるしかないわ。あいつの根性を叩き直してやってね。

 それにしても懐かしい事を思い出したわ。レティが変わるきっかけとなった依頼。あの後、嘘の依頼を出した貴族はガイゼルと憲兵隊によって逮捕されたわ。自宅を捜索したら出るわ出るわの盗品の山。中には闇市で売っていたという物もあったみたいね。今頃牢で海より深く反省しているんじゃないかしら。ああ、あの手の類は反省しないか。

 あれ以来、レティの本性を知って親近感が湧いたのよね。話して見ると気が合うし。だからこそあの問題児をよろしくね。


                        ティーア・ベルセルト


 ★作者後書き★

 読んで下さってありがとうございます。短編の試みいかがでしたでしょうか? 

 レティの過去を書くにあたって精霊師を支える受付とはどういう存在なのかを考えました。結果が気苦労が絶えない受付嬢でした。花言葉で気苦労が無いか本を三冊目を通しましたが見つけることができませんでした。

 次回の更新は本編になります。予定日は十月の十四日です。よろしくお願いします。

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