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紫銀の精霊師  作者: 金指 龍希
悲嘆の魔石師編 
42/87

外伝 スイートピー 前篇

 王都アンボワーズでは今日も彼女が忙しく仕事をしている。

「はぁ、終わらない」

 そう溜め息を吐いた彼女は王都の精霊師協会の受付嬢、ティーア・ベルセルト。

 彼女は弱冠十六歳で王都の受付を仕切っている。

その容姿は緩くウェーブした金髪をそのまま伸ばし、瞳は綺麗な緑色で目つきは忙しさの余り鋭くなっている。服装は白のブラウスの上に黒のジャケット、黒のフレアースカートだ。両方の二の腕の辺りに赤のリボンが付いているのが印象的だ。

「仕方ないじゃろう。ここはトルネリアの首都で人口の規模が違うからのぅ。事件の数も多くて当然じゃ」

 答えたのは彼女の祖父バルク・ベルセルト。アンキセスと共に精霊師協会を立ち上げた創成期のメンバーの一人だ。

 それ故か精霊師達からは「バルク大老」とか「王都の生き字引」などと呼ばれている。

「ところでティーアや。煙草を買ってきてくれんか?」

「二十歳未満の! それも孫に買いに行かせるつもりですか?」

 ティーアの目が吊りあがった。この国では二十歳未満を未成年とし、喫煙及び飲酒を戒めており、当然店側にも販売をしてはならないとされている。

 火の付いてないパイプを未練たらしく咥えたバルクは、

「いかんか?」

「当たり前です!」

「煙が吸いたいのぉ」

 白い口髭を撫でつけながら、バルクの眉間に縦じわが浮かんでいる。

「じい様に煙草を売ってくれる人、ここら近辺にはいませんよ」

「だれがそんな事をしたのかのぅ」

 その言葉にティーアが腕を組み冷めた眼差しでバルクを見る。店に煙草を売らない様に頼んだのは禁煙に挑戦中のバルク自身なのだ。

 そこで旗色が悪いのを察したバルクは話題を変える事にした。

「ところで手紙が来ておるぞ」

「誰からですか?」

「レイメルのレティからじゃ」

 その言葉にティーアはバルクの差し出した手紙をひったくる様に奪い取った。

「懐かしいなぁ。元気にしているかな」

 その手紙の内容にティーアは驚き、つい大声を上げた。

「ええっ! レイメル市内で大規模戦闘!!」

 さらに手紙を読み進めて行く。

「よかった。無事だったみたい。ん、新人さんが入ったんだ。名前はエア・オクルス。へぇ~、レイメルの守護精霊師と認められて二つ名はもうあるんだ。ふ~ん、『紫銀の精霊師』ね。今度フォルモントへ彼女とユウが出張するかもしれないから代行を決めてほしいと言う事ね」

「そうか、フォルモントに出張か。あの街の受付はシリウスじゃったの。なかなか大した男じゃから出張するレイメルの精霊師も勉強になるだろうて……。さて、その代行か。誰を行かせるかのぅ」

 バルクは顎に手を当てて考える。

「今、王都に所属している精霊師は五人。キジットとカナの二人は一組だし、今は依頼を受けている最中だから動かせない。あと残り三人の内の誰かよね」

 ティーアは即座に精霊師の人数を頭の中で確認して出張できるか算段をとる。

「行かせるならリーデルかのぅ」

「よくよく考えると駄目ね。彼女には子供が二人いるわ」

「ガイゼルはどうじゃ」

「あのおっさんか……。レティと顔見知りだし、妥当な人選よね」

「そうじゃ! スティングを行かせるのはどうじゃ?」

「あの問題児かぁ!!」

 ティーアは即座にスティングの顔を思い浮かべ、その顔に五発ほど拳を入れた。そして、他の精霊師の顔もついでに思い浮かべてある事に思い至る。

「行かせるにしても問題が有り過ぎ! ガイゼルのおっさんは大通りのど真ん中でリーデルや市民と一緒に酒盛りするし!」

 報告を受けたティーアはすっ飛んで行って宴会状態のその場を何とか収めたのだ。その後始末は大変だった。

「それにリーデルはリーデルで、魔光灯を壊しながら魔物と一緒に通りを闊歩した事があるし!!」

 最初にうっかりやっちゃった。と言われた時はぶん殴ろうかと思ったが思い止まった。理由を聞くと王都の入り口で魔物が発生して退治しに行ったが調子に乗り過ぎて魔光灯を破壊してしまったそうだ。そのあと魔物を連れて通りを歩こうと思ったらしい。それも凱旋パレードみたいで面白そうだからと。

 最後まで話を聞いて結局怒声と共に殴った。その後、王都の憲兵隊に直接出向いて釈明することになった。本部に始末書と報告書を山の様に送ったのは言うまでもない。

 思い出しただけでさらに目が吊り上がって来る。

「二人一組のカナとキジットは幸運と不幸が一緒で丁度良いけど、建物の損壊とかの報告が多いし!!」

 これはもう怒るに怒れない。ただ単純に運が悪いのだ。それもキジットだけ。

 最後は依頼を終える事が出来るがそれはカナがいるからだ。カナがいなかったら精霊師としてはやっていけないだろう。それでも仕事に関わる始末書は多い。

 そして、出張に出せないのは以前の出張で南北を繋ぐ魔道機を使った大橋を機能不全にしたことがあるからだ。報告を受けた時は顔が真っ青になった。三日三晩うなされたのは言うまでもない。

「スティングは口応えと仕事の選り好みが激しいし!!」

 最近の悩みはこの男が原因だ。

 王立学園を卒業して直ぐに王都に配属となった。成績を見るならとても優秀なのだが、それで何の悩みがあるのか……。

 それは他の精霊師達は問題が有っても依頼された仕事はきっちりと済ませているし、依頼人も精霊師達の仕事に満足している。

 だがこいつは違う。

 明らかに仕事を選んでいるのだ。それも面倒事になりそうな依頼や期限が一日しかない依頼を全く引き受けないのだ。そして口を開けば、人を見下げた様な嫌味しか言わない。バルクからすると根性のひねくれた子供でしかないそうだが、ティーアはこの男が嫌いなので厳しく注意するが態度が改まる気配が無い。スティングの性格矯正は長期戦の構えだ。

「問題児しかいないのか! この王都には!!」

 彼女の心の底からの叫びだった。

王都の精霊師達は一歩間違えたら信用が無くなるようなことばっかり引き起こしている。

 建物の損壊は当たり前。時には依頼人を怒らせる(スティングのみ)など他にも様々だが……。溜め息を吐いたティーアは積まれている書類の山を見る。ほとんどは苦情や始末書だ。内訳は始末書が八割で苦情が二割だ。この仕事を始めて、余りのトラブルの多さに精霊師を敬う必要は無いと彼女は判断したので、どの精霊師に対してもぞんざいな口調になっている。

「あーもう。レイメルが羨ましいわ。手紙を読む限りでは新人さんも問題ないみたいだし、元から居るユウって精霊師は成功率が八割を超えているし。問題があるとは聞かないしね」

 ティーアは問題が無い精霊師と言っているが、結論として精霊師はどれも問題だらけなのだ。命の危機と向き合いながら仕事をしている彼らには、何かしら普通の生活を犠牲にしている。普通の人間の幸せから背を向けている生き方をしている為か、彼らには他人より突き抜けた様な言動が多いのだ。

 それをバルクは知っているがあえて言わない様にしている。知ったところで今の彼女には、まだそれが理解しきれないと思っているのだ。

「それにしてもレティとは懐かしいのぅ」

「そうね」

 二人はレティが王都に研修に来た時を思い出した。その視線の先にあるカウンターの上にはスイートピーが可憐な花を咲かせていた。




 ~六年前~

 王都の受付を手伝い始めたティーアは今日研修に来る人物に思いをはせた。

「どんな人だろう?」

「手紙ではミリアリアが直接スカウトしたそうじゃ」

「げっ!」

 ティーアはミリアリアと聞いて嫌そうな顔をする。実は彼女もミリアリアに言われて受付になった。初めの頃は慣れなくて大変だったが今では一人前の受付に引けを取らないくらい成長している。

「あの人に捕まったのか、気の毒に……」

 ティーアは溜め息を吐いた。だが、ミリアリアがスカウトした者は優秀だが、自分も含めて一癖あるのが難点である。

「なにかあったのか?」

 バルクは不思議そうに孫を見た。ある日突然、仕事を手伝うと言い出して働き始めたのだ。受付のイロハを教えると面白いように覚えたのだ。

 孫の成長が頼もしく、また自分の引退が近いのを感じた。

 近頃、精霊師協会の創立時のメンバーが次々と引退しているのだ。引退する者は必ずここを訪れて挨拶していく。幾度も精霊師を迎え入れ、そして送り出したか。そして、受付の研修も同じだ。これから来る受付見習いの子はどんな子か。これは間違いなく何かあるな、とバルクは思った。

「飛行船の着陸時刻を過ぎていますから。そろそろですね」

 ティーアが壁時計を見ながら言った。時刻は九時半過ぎだった。主だった精霊師達は仕事に向かって行った後だ。

「そうじゃな」

 バルクは手近にあった書類を片付けながら言った。

 しばらくして、精霊師協会の扉が開いた。

「遅れてすみません。王都へ研修に来たレティアコール・イシディス、もうすぐ十四歳です。よろしくお願いします」

 レティは入り口で頭を下げた。

「そんなとこに突っ立ってないでこちらにおいで、早速仕事に入ってもらうから」

 バルクはこちらに手招きした。レティが近付くと小さい子供が目に入った。

「あの、この子は?」

「受付見習いティーア・ベルセルトよ。よろしくね」

 三白眼が印象的な勝ち気そうな女の子だ。

「ワシはバルク・ベルセルト。この子の祖父じゃ」

 バルクは孫の頭を撫でながら言った。それをティーアはうっとうしそうに頭を左右に振っている。

「そうですか。あ、私のことはレティと読んで下さい。本名は長いので」

「わかったわ」

「そうするかのぅ」

 レティは荷物をカウンターの下に置いた。

「受付の事はティーアにも聞くと良い」

「はい」

 レティは少し緊張した面持ちで返事した。

「そう、畏まらんでよい」

「そうね。ついでにここの精霊師に敬語は不要よ。話を聞いていると怒鳴りたくなるから」

「怒鳴っておるじゃろうが」

 バルクは呆れ顔だ。

「はぁ? だってどうすりゃ噴水広場の彫像を壊すのよ。面白そうだからって壊さないでもらいたいわ。そう思わない? レティ」

 ティーアが疲れた顔をして言った。

 それを聞いたレティは精霊師のイメージが崩れかけた。

「う、うそぉ……」

 これならば自分が精霊師をやった方がマシではないかとさえ思えた。

「そう言えばレティはどうして受付に?」

 ティーアは疑問を口にした。

「実は私、精霊師になりたかったのです」

 その一言にバルクは納得した。そして、受付候補になった理由も理解した。

「なるほどのぅ。魔法の素質が無かったのか?」

「はい。私は火の魔法のみでした」

「そうか、残酷じゃのぅ」

 バルクはこの支部に精霊師試験を受けに来た者達が涙を飲む結果となる大半の理由が魔法の資質である事を知っている。そして、無いと分かるやまるで精霊師に興味を失ったかのように無気力に支部を去る者達を見ている。

「そうね。資質はどうする事も出来ないものね」

 ティーアも納得した様に頷いた。彼女も資質が無い為に精霊師になれなかった人を見ている。その後ろ姿に掛ける言葉が無かった。これからもそんな人を受付である限り多く見るのだろう。

「ティーアちゃんも精霊師になりたかったの?」

「いや、私は受付でいいわ」

「なんで?」

 レティの顔が険しくなる。自然に声も固くなる。

「自分に資質があるかどうかは興味もないし知らないわ。例え資質があっても人には向き不向きがあるのよ。私はここが遊び場みたいなものだったからね。それが仕事場になっただけよ。それに依頼人が後からお礼を言いに来る事があるのよ。それが受付をやってて良かったと思う瞬間ね」

「自分の資質を知りたいと思わないの?」

 自分は知って絶望した。それでも知りたかったのだ。自分が精霊師になりたかったから。子供の頃に自分を助けてくれたアンキセスのようになりたかったからだ。

「思わない。きっかけは脅し……じゃ無くて、何にせよ私はこの仕事を続けたいのよ」

 途中、言葉を言い直したが十歳の子供とは思えないはっきりとした理由だった。

「いま不穏な言葉を聞いたような気がするけど」

「ワシもじゃ」

 レティとバルクが揃って首を傾げた。

「ごめん、その事については言えないわ」

 ティーアの顔が暗くなる。

「そう言えばティーアもミリアリアにスカウトされたのじゃのぅ」

「そうよ。ここで遊んでいるくらいなら仕事にしないかって言われてね。実際にやってみると傍から見ているより苦労するわ。おかげで精霊師協会からは毎日の様に怒鳴り声が聞こえると近所から言われるわ」

 ティーアは腕を組んで溜め息を吐いた。レティは身長が百四十cmもない彼女が自分より大人に感じられた。

「そう目くじらを立てても仕方ないがのぅ。初期の頃は今よりひどかったもんじゃが信用を失くすより、感謝される事が多かった。人に好かれる者が多かったからの」

 ティーアの顔が一瞬にして嫌そうになる。レティは想像が付かないと言った感じだ。

「考えたくないわね。どれだけ頭を下げれば良いか判ったもんじゃないわ」

 二人の会話でレティは思った。この子の年齢は幾つだろうと。

「ティーアちゃんて、幾つなの?」

「十歳よ」

「十歳!!」

 レティは驚いて手を口に当てた。その反応を見慣れているのかティーアは平然としている。

 自分より年下と思っていたが、考えていた年齢よりさらに若かった。

「はじめたのが九歳よ。私が受付に立っていると依頼人が驚くのよ。今では慣れたみたいだけどね」

 当然だと思う。この精霊師協会に依頼して大丈夫かと思ってしまう。隣にバルクがいなかったら余計にそう思ってしまうだろう。

「意見が大人ね」

「この仕事は嫌でも大人になるわよ。誰でもね」

「そうじゃな。人との係わりが強いからの。それに依頼人の嘘を見抜かないといけない。必然的に色々覚えないといけない」

「嘘ですか?」

「そうじゃ。虚偽の申告をする者にはそれなりの罰則があるのじゃ。もちろんそれをまず見抜いて断るのが一つ、精霊師の能力を把握してこなす事が出来る依頼を回すのが二つ目の仕事じゃ。他にも書類の作成などがあるが大まかには今の二つを守ってくれ」

 バルクは指を一つずつ立てて職務内容を説明していく。

 レティはこの二人に色々教わりながら仕事を覚える事になった。

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