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紫銀の精霊師  作者: 金指 龍希
悲嘆の魔石師編 
41/87

外伝1 ミモザアカシア(後篇)

 彼らの強さは圧倒的であった。到着するや否や、瞬く間に洞窟は制圧され、虚ろな目をした子供達は王都に連れて行かれた。身寄りの無い子供達は女王の采配により、精霊教会に預けられることになった。

 そしてアンキセスが私を女王に前に連れて行き、居並ぶ貴族たちの前で演説をしたのである。

「恥ずかしいと思われぬのか! この者を含め、洞窟から保護した子供達が罪を犯したのは我ら貴族の責任じゃ。王家や貴族が額に汗をせずに生活をする事は、真に守らねばならぬ者を守る為に、真っ先に身を投じる義務を果たしてこそ許されるのじゃ!」

 アンキセスは大袈裟に手を振り回し、貴族達を指差しながら話を続ける。

「女王よ! 民を守れぬ者が王座に座ってはならぬ。この状況を知らなかった事は言い訳にならん。それが頂点に立つ者の責任じゃ!」

 私は不思議に思えた。このアンキセスという男はどこからこんなエネルギーが湧き上がってくるのだろうか。自分の為では無く、素性も知らぬ他人の為にどうしてここまで真剣に怒り、戦えるのか……。

「よくも我にそのような口を……。アンキセスよ、そなたとは長い付き合いじゃ。何が言いたいのか……、分からんでも無い。しかし、その代償が何かそなたは分かっておるのじゃな?」

 王座に座ったサリア五世は顔色も変えずにアンキセスを見つめていたが、高く結い上げた金髪が怒りで震えている。

 私も含め、その場に居た全員が緊張に包まれていた。

「アンキセス殿、お待ちください」

 その張りつめた空気の中をマッシュが静かに歩み出し、優雅な仕草で王座の前に膝を着いた。

「陛下。この王国が『精霊の乙女』の末裔である女王によって統治される理由を、国民の皆が理解しております。我らトルネリア王国の皆は、この世界の秩序と法則を厳格に守る精霊王を王と認め、慈愛の心で全ての生命を包み込む女王を統治者にと望んでいるからです。それ故、今回の問題の決着は、国民の皆が認めるこの原則に従って為されるべきです」

 マッシュは静かに話を続ける。

「国の未来を支える子供達は皆『女王の子供達』でありましょう。その子供達を守り、育てるのは我々の義務。親の無い子供達は『女王の子供』として育てては如何でしょうか? 彼らに住居や食、教育の場を確保し、未来への希望を与える事は陛下にしか出来ない事でございましょう。なれば慈愛の心をもってご決断を」

 言い終えたマッシュは頭を下げた。その途端、女王が声も高らかに笑いだした。その表情は心から楽しんでいる様であった。

「マッシュ、そなたは心得ておるな。随分と我を楽しませてくれる。よかろう、そなたに免じてタヌキジジィの言い分を認め、親の無い子供達を我の子供としよう。女王の名において教会と協力し養護院を造り、住居と食を与え、教育の場を学園都市内に設けよう。皆の者、肝を冷やしたであろうが、この話はこれで終わりじゃ。これで良いな? アンキセス」

 アンキセスはにやりと笑いながら深々と頭を下げた。その様子を見たリゲルが私に呟いた。

「全部承知でやってやがる。あの二人が揃うと手に負えないぜ」

 私は武器を使うばかりが戦いでは無い事を知った。力のある上位の者に対して言葉で戦う。知的で優雅で、なんて危険な戦いなのだろうか。

 帰りの馬車の中で、私は『自分がなりたい者』が何であるか考え始めていた。




 それから数カ月後、季節は春を迎えていた。マッシュの屋敷の庭に黄色い花を咲かせたミモザアカシアが咲き誇り、私は心が浮き立つ春の空気を満喫していた。

 それまで私は『星空の彼』を探していたが、アンキセス達の協力にも関わらず、その行方は分からなかった。やはり、死んでしまったのだろうと頭では思っていたが、心では受け入れる事が出来ずにいた。しかし、以前の様な強い喪失感に囚われる事は無かった。マッシュから文字や簡単な治癒魔法を教わっていた為か、彼と過ごす時間が長かった。私は彼に強い憧れを抱いていた。戦闘すれば勇猛に槍を振るい、宮廷では女王を相手に一歩も引かない度胸を見せ、下位の者に対しても誠実な対応をし、深い知性と教養に満ちている。

 初めてそんな人物に出会ったのである。

 そんな時、地龍将軍の称号をマッシュが父親から引き継ぐ事が正式に決まり、その式典の朝を迎えた。

 いつもの様に庭で春の空気に浸っていた私に声が掛けられた。

「おかしくないですか?」

 マッシュは式典に出席する為、儀礼用の衣装に身を包んでいた。『地龍』を象徴するのは大地の実りを現す小麦色。その色を基調に造られた豪華な衣装を照れ臭そうに着ている彼が立っていたのである。

「い、いや。似合っていると思う」

 私は驚いてしまった。いつも質素な服しか着ない彼が眩しく感じられた。

「おい、祝いだ。俺が造った魔道機だ。持って行け」

 そこへリゲルが現れ、マッシュに向かって金色の槍を放り投げた。

「銘は『グロリオーサ』だ。地属性を強化してある」

 意匠された花に与えられた言葉は『栄光』であった。リゲルなりにマッシュの将軍就任を喜んで造ったのだろう。

「ありがとう。リゲル、大切にするよ」

 マッシュは黄金に輝く槍を手にして、子供の様な笑顔を見せている。

(ああ、やっぱりこの人は貴族なんだ。それも並じゃ無い……)

 私は痛感せざるを得なかった。金色の髪をなびかせ、大地を踏みしめて立ち、黄金の槍を手にした青年。

 輝ける大地の龍。

 その言葉に相応しい彼は、私ごときが並び立って良い者では無い。彼の輝きが強烈であれば有る程、私の闇が濃くなっていく。思わず私は後退ってしまった。彼の横に立ちたいなら、誰もが認めてくれる自分にならなければ許されない。

「どうしました? メリル」

 私の様子がおかしいと思ったのか、輝ける者がゆっくりと近づいて来る。

(来ないで……)

 これは陽の光に不用意に近寄った罰だ。彼はこんなにも輝いている。その輝きに私は焼かれてしまう。

「顔色が悪い。風邪でも――」

(触らないで……。貴方が穢れてしまう!)

 彼の手が私の肩に触れた途端、私は気を失ってしまった。その時、私が視界に捉えたのは、マッシュの慌てた顔と『ミモザアカシア』の黄色い花だった。




 ふと目を開くと、アンキセスの心配そうな顔があった。

「大丈夫かの? 突然倒れた様じゃが……」

 私はゆっくりとベッドから身を起こそうとした。

「マッシュが運んだのじゃ。もう少し寝ておれ……。メリルよ、そなたは自分の素性を疎んでいるのじゃな。マッシュが恐ろしくなったか? 否、自分が恐ろしくなったか?」

 白い天井を見ながら、私はアンキセスの言葉に頷いた。私の目から涙が流れてくる。それは心の中を洗うような涙であった。

「メリルよ、マッシュはそなたが思うよりタフで懲りない男じゃ。そなたの素性など全く気にしておらん」

 私は両手で顔を覆い、

「いいえ、私は恥ずかしい。武器を持って戦うしか取り柄の無い私が、考えも無しに傍に居て良い筈がない。私は『メリル』になりたい。暁姫を支えた彼女の様に……、私は本物の『メリル』になって彼の横に立ちたい」

 自分の本心をさらけ出した。

「仕方が無いのぅ。じゃが、今は自分の心のままに行動するのが一番の様じゃ……。精霊教会の祭司にそなたを託そう。そこで自分の在り様について考えるが良い。治癒魔法や薬草学も勉強できるしのぅ」

 私はアンキセスの胸に身を任せて泣いた。こんなに泣いたのは初めてだろう。

「まだ子供じゃのう……。そなたの心はこの屋敷に居る間に、急に成長しようとしたのじゃなぁ。じゃが、余りに急だったので、心が驚いてしまったのじゃ。ゆっくり大人になれば良い」

 アンキセスは私の頭を優しく撫でながら諭してくれた。

 遠くから花火が上がる音がする。今頃、地龍将軍の就任式が王宮で行われているのだろう。誇らしげにきらびやかな廊下を歩くマッシュの姿が私の脳裏に浮かんだ。

「メリルよ。ミモザアカシアの花言葉を知っておるかの?」

 私は首を横に振った。花に意味ある言葉が与えられている事を私は知らなかった。あの黄色い花に意味があるなんて……。

「これはリゲルの受け売りじゃがの。『秘密の愛』じゃそうだ。今はその言葉通り、そなたの気の済む様に『秘密』にしておくが良い……」

 私は何度もアンキセスの胸の中で頷いていた。




 二十数年経った今、マッシュが隣に座っている。私はあの木に誓った『秘密』を胸に抱えたままだ。体温を感じるほど傍に居る彼は、地龍将軍の座を辞して市長となっても輝いている。彼の『輝き』は貴族だからでは無い、彼の生き方、人間としての在り方なのだと今は理解している。対して私はどうなのだろうか……。

「そう言えばメリル……。今でも『星空の彼』を探していますか?」

 マッシュはおずおずと切り出した。

「いいえ。彼は星になった……。やっぱり、彼は殺されてしまったのだと……。彼の瞳と同じ様な青い空に浮かんでいる星になったのです。あの時の仲間たちとは、再び世界樹の下で巡り合えましょう」

 メリルの静かな口調にマッシュは頷く。

「全ての死者の魂が集う世界樹。新しい人生の扉。きっとその下で待っていますよ」

 マッシュは見たことの無いその男の事が羨ましくなった。そっと手を置いた胸に再びやるせない気持ちが広がる。

「そう言えばアンキセス殿から昨夜遅くに知らせが来ました」

 マッシュは気持ちを切り替える為に、本題の話を持ち出した。

「アンキセス様から? 昨夜?」

 首を傾げるメリルに苦笑しながらマッシュは、

「またホシガラスが窓を破って飛び込んで来たのですよ。もう何枚目でしょうかね。窓を破られるのは……。開け放っている窓も有るのに……。捕まえてレティに引き渡しておきました」

 アンキセスの光の妖精『ホシガラス』は白い鳥型の妖精で、光の速さで空を飛び、アンキセスの伝言を運んでくるのである。

 その彼の天敵はレティであった。大酒のみのレティは、ホシガラスを相手に酒を飲み、白い羽を広げて酔い潰れた彼の首を揺さぶり「このバカガラス! 私の酒が飲めんのかぁ」と脅すのであった。

「あらあら~。それはホシガラスも可哀想に。それでアンキセス様は何と?」

 さしたりて同情もしていないメリルは、くすくすと笑いながら話の先を催促した。

「近々、アンキセス殿が精霊師見習いの希望者を連れて来られる様です。確か名前はエア・オクルス。十四歳の少女だそうですよ」

 マッシュはメリルの顔を覗き込んだ。彼女の顔は彼の期待通りに紅潮していた。




 子供を連れてくると聞いたメリルは手放しで喜んでいた。

「アンキセス様がいらっしゃるのですね! 何年ぶりでしょう。それにお連れになられる子供もきっと可愛い子なのでしょう。ユウは大きくなって可愛げが有りませんわ。男の子は大きくなるとむさ苦しくていけません」

「い、いや、その、ぬいぐるみじゃ有りませんからね。メリル、聞いていますか?」

「聞いていますよ。マッシュ」

 少しむくれた顔をしているメリルに思わずマッシュは本音が出てしまった。

「そんなに子供が好きなら、自分の子供を持つのも良いのでは有りませんか? 修道女では無く、治療師としてなら子供も持てますよ」

 彼女の肩に両手を掛けた。相変わらず細い肩に、マッシュの心が震えた。

「メリル。人間の価値に生まれや育ちなんて関係ありませんよ。貴女は自分を見つめ、自己の精神を再構築し直し、血の滲むような努力で高度な治癒魔法と薬草の知識を身に付けた。私は貴女を尊敬しています。もう、いいでは有りませんか? 貴女は私にとって充分に暁姫の『メリル』なんですよ」

 人目も気にせずマッシュはメリルに語りかけた。

「あの日、私が就任式から帰ってきたら、貴女は居なくなっていた。アンキセス殿から精霊教会に向かったと聞かされ、慌てて後を追おうとしたらリゲルに殴り飛ばされたよ。私は若くて思慮が浅かった。貴女の気持ちを理解していなかった。でも、今は私の気持ちを貴女に理解して欲しい。私は人生を貴女と共に歩んで行きたいのです」

 彼は抱えていた『秘密』をメリルに打ち明けた。それはメリルにとって思わぬ告白であった。彼に『尊敬に値する』と言われたことで、今までの苦労の全てが報われる気がした。

 マッシュの手の中で、メリルの肩が小刻みに震えている。

「あ、ありがとう。マッシュ。でも、でも今は……。新しく造っている孤児達の養護院が完成するまで、お返事は待ってもらえないでしょうか……」

「それは……。前向きに待っていれば良いのかな?」

 マッシュは少し首を傾げながらメリルの顔を覗き込む。彼女の顔は少し赤らんで見えた。

「待ちますよ。もう二十年も待っているのだから……。今更、焦るのも滑稽に思えますからね。さあ、いつもの通り、朝食が部屋に用意してあります。一緒に食べませんか?」

 どう返事をしたら良いのか分からなくなっていたメリルは、ただ頷いていた。




 マッシュと肩を並べ歩き出したメリルの瞳には、教会の前で咲き誇っているミモザアカシアの黄色い花が映っていた。

 マッシュはその一枝を手に取り、

「この花を大切な人に手渡す風習の在る街が在るそうです。受け取って下さいね」

 メリルに向かって差し出した。

「マッシュ、私は貴方に何を差し出せばいいのかしら……」

 おずおずとミモザアカシアの花を受け取ったメリルはマッシュの顔をそっと見上げた。

「何も……。私は貴女がやりたい事を支えていきたいと思っているのです。貴女が貴女らしく生きている姿が見られれば私は満足ですよ」

 そのマッシュの言葉を、メリルは黄色い花と共に胸に抱え込んだ。


★作者後書き

 ミモザアカシアの完結です。メリルとマッシュの物語はエアとユウの物語の中で今後は進んでいきのでしょう。プラトニックな感じを出したかったのですが、うまくいきましたでしょうか。感想などを頂けると幸いです。

 次回は王都の受付のお話です。これは次の『潜竜の精霊師』編につながる短編です。よろしくお願いします。

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