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紫銀の精霊師  作者: 金指 龍希
悲嘆の魔石師編 
40/87

外伝1 ミモザアカシア(中篇)

 首都・アンボワーズにある貴族の屋敷が立ち並ぶ一角。その中で、ひときわ大きな屋敷から、ちぐはぐな取り合わせの三人の男が出てきた。

「殺す相手はあの年寄りだ。強い精霊魔法を使う。しかし、精霊魔法が全く使えないお前なら、気配を悟られずに近付けるだろう」

 男が示す指の先には、白髪交じりの長い髭とぼさぼさの長髪をした壮年の男がのんびりと歩いていた。飄々として掴みどころの無い雰囲気を漂わせているが、近づく闇の気配に誰よりも真っ先に気付き、また近づく事を許さない気性を持っている様に思えた。

「あと二人の男に気を付けろ。ハンマーを持っている若い大男は機械師のリゲル」

 男は柄の長いハンマーを肩に担いだスキンヘッドの青年を指差した。大柄な彼は自由を楽しみ、怖い物知らずの性格と思われた。

そして男は、その隣に立っている軍服の青年に指を向けた。

「地龍将軍の息子、マッシュ・グランドール。槍の名手だ」

 柔らかな金髪を後ろで束ね、貴族らしい上品で大人しそうな青年であった。

「本当に軍人? ただの世間知らずの貴族じゃないの」

 私は初めてマッシュを見た時、自分とは正反対の存在に憧れと恐怖と嫌悪感を覚えていた。

 彼らは陽の光を一身に浴びて輝き、汚濁に交わることの無い人生を送っている様に思えて、複雑な感情を抱いた事をはっきりと覚えている。

「あいつらをどう殺すか、方法はお前に任せるさ。成功したら馬車に戻ってこい。いつもの所で待っているさ。ただし、期間は三日だ」

「三日も必要ない。今晩、仕留める」

「ふふんっ、面白い。成功したら解放してやるさ。じゃぁ待ってるぜ。へっ、へっ」

 下卑た笑いを上げながら男は去っていった。




 憎い。

 幸せに身を包まれている者達が憎い。

 奪われた。

 彼と星を見上げるささやかな幸せすら奪われた。

 やっと与えられた幸せだからこそ、取り上げられた喪失感は相当な衝撃だった。

 ぽっかりと空いた虚無の穴。

 暗く、漆黒の底無しの闇。

 何でも欲しがる心の穴。

 今思えば、彼らを襲った時の私は、心の穴からどす黒い感情が噴き出していた。




 私は彼らの後を尾行した。深夜になって屋敷に戻る途中の彼らに、暗闇に乗じて忍び寄ったまでは良かったのだが……。

「強い! 後の二人も精霊師だったのか!」

 私は心の中で舌打ちをした。彼らを甘く見ていたのである。

「皆、その者に怪我をさせては行かんぞ」

 アンキセスと呼ばれた男は、物理防御の「光の盾」を発動させている。

「無茶を言うなって。会長も手伝ってくれよ」

 大柄な若い男が振り回す、柄の長いハンマーから炎がほとばしる。

 それを避けながら、ナイフを何本か投げた。

「ご指示通りに」

 軍服を来ている青年が槍を地面に突き刺すと、地面が小さな津波のように盛り上がってナイフを飲み込んだ。狙う標的に、私の攻撃は全く届かなかったのだ。

 でも、やめられなかった。ささやかな幸せを取り戻す為に、武器を持って戦う以外の方法を知らなかったから……。

 やがて決着がついた。時間が掛かったのは、彼らが私を無傷で捕まえようとしたからだ。

 私は再び捕まってしまったのだ。

「もう、やめぬか?」

 疲れ果てて地を這う私に、アンキセスと呼ばれた男は穏やかに話しかけてくる。

「どうするんだい。会長」

 リゲルはハンマーを担いで鼻の頭を掻いている。

「警備兵に引き渡しますか。アンキセス殿」

 槍の刃先に布を掛けながら、マッシュが尋ねた。

「そんなことはせん。とにかく場所を移そう。そうだな、お主の屋敷なら此処から近いな。他の者の目にも付かん。急ごう」

 マッシュは思わぬ展開に目をむいている。

「物好きだなぁ。本当に」

「分かりました。直ぐに馬車を用意します。リゲル、後を頼むよ」

 マッシュは反論を諦めて、馬車を呼びに屋敷へと走りだした。

 馬車の中ではリゲルとマッシュに挟まれて私は座っていた。

 向かいにはアンキセスが座っている。

「のぅ、わしを狙っている者は大勢おる。心当たりが沢山ありすぎて、どれだか本命だか分からんわ。しかし、おぬし個人に狙われる覚えがない。誰かに雇われたのか? 話してみんか?」

 どうせ組織に戻っても、このまま彼らに連れて行かれても殺されるのだ。

 私は殺されるのなら、ありのままを話してみるのも悪くない、と思った。

 馬車の窓から、夜明け前の赤みがかった群青色の空が見えていた。




 アンキセスは心の広い人物であった。まとまりのない私の話を、とにかく時間を掛けて根気に聞き出し、私の人生を言葉に現していく作業を行った。それは私にとって改めて自分を見直すきっかけになった。

 そして最後にアンキセスはこう尋ねた。

「さて、名前を聞かせてもらおうかのぅ。何時までも『おぬし』では都合が悪かろうて」

 お互いの警戒心が薄れてきたのを確認して、彼は私の名を聞いたのであろう。しかし、私に答えられる名前は無かった。

 私は戸惑った。

 今までその事に対して、私は特に思うところは無かった。でも、この三人に囲まれ時間を過ごしていたら、名前が無い事がとても不自然に思えてきたのだ。

「名前は……。無い……」

 アンキセス達が目を丸くしているのが見えた。

「何と、おぬしは何と呼ばれておったのじゃ?」

「数字で呼ばれていた……」

 私は俯いてしまった。私は人間では無かった事に気が付いた。

「では新しい人生の為に、新たに名前を付けたら如何でしょうか?」

 しょげている私の肩に手を置き、マッシュが笑顔を見せた。

「おう、良い考えじゃねぇか。自分の好きな名前にすればいいぜ」

 リゲルが大笑いをしている。その笑いは嫌味な笑いではなく、心から楽しんでいる様な笑い声であった。

「貴女が呼ばれたい名前で良いのですよ。どうですか?」

 柔らかな金髪を輝かせ、マッシュは私の顔を覗き込んだ。

「考えさせて……」

 今まで自分の名前なんて興味の無かった私は、彼らの提案に答えられなかった。ふと、窓の外を見ると、そこには青い空が輝いていた。

「空が青い……」

 心が吸い出されてしまう様な、高くて澄んだ青い空。

「良い天気になりましたね。思わぬ徹夜になってしまいました。少し休みますか、直ぐに部屋は用意させますよ?」

 私の横で外を見ながら、マッシュはにっこりと微笑んだ。その眩しい微笑みに私の胸は理由も分からず高鳴った。

「もうしばらく起きてる。こんな空は初めて見た気がするから……」

 私は美しい空の青に魅入られたように立ち上がる事が出来なかった。




 数日がぼんやりと過ぎた。

 洞窟の中での生活と違い、光に溢れた部屋で過ごし、柔らかいベッドで眠る。食事は充分に与えられ、皆で話をしながら食べる。今まで経験のしたことが無い生活を私は新鮮な気分で送っていた。

 彼らは慌ただしく出掛けたと思ったら、部屋で何かを話し合ったりしている様だった。

 退屈を感じた私は、屋敷の中を歩き回ることにした。

 ふと、庭から部屋の中を見ると、マッシュが書斎に居るのが見えた。

「散歩ですか? 屋敷の中は構いませんが、外に出るのは危険ですから遠慮して下さいね」

 私と目があったマッシュは、窓を大きく開けて声を掛けてきた。

 彼らは私が狙われる事を危惧していた。洞窟に巣食って浮浪児を食い物にしている輩を一掃するまで、屋敷の外に出てはならんとアンキセスに厳しく言われていたのだ。

「分かってる……」

「こちらに来ませんか。丁度、お茶の時間になりますしね」

 彼の穏やかな笑顔に惹かれたのかも知れない。私は飛び上がって窓枠に手を掛け、部屋の中に入り込んだ。

「身が軽いですね……。ふふっ、私の周りでは見掛けない、活動的な女性ですね」

 少し微笑んだ彼は、ワゴンの上の焼き菓子の乗った皿を私に差し出した。

 私は初めて見た焼き菓子を一つ、口に押し込んだ。

「甘い……」

 柔らかな甘みとさっくりとした焼き菓子の口当たりに私は思わず微笑んだ。

「さて、地図を確認して欲しいのですが……」

 彼は机の上の地図を指差した。

「今いる街は、王都アンボワーズ。この場所です。貴女の話から推測すると洞窟があるのは、この辺りだと思うのですが……」

 彼の無骨だが、しかし綺麗な指が滑らかに紙の上を動いて、丸印が付いている場所を差した。そこには何か文字が書かれている。

「字は……あまり読めない」

 私は俯いてしまった。私が知っているのは物を盗んだり、人の殺し方だけ。私は彼が持っている生まれや育ち、知性や教養などの対極に位置する者なのだ。

(私はなんて歪なんだろう……)

「今から覚えれば良いではありませんか」

 はっ、とした私は、彼の顔を穴があくほど見つめていた。

「過去の事を何度も思い返すより、これからの人生の為に……。自分が出来る事を始めてみませんか」

 彼の瞳には、驚いた顔をした私の顔が映っていた。




 マッシュは私に一冊の本を渡してくれた。

「私が幼い頃、読んでいた本です。ちょっと恥ずかしいのですが、一緒に読みませんか?」

 私はその本に夢中になった。否、彼と過ごす時間に夢中になっていたのかも知れない。洞窟の小さな穴から星空を見上げていた時よりも大きな開放感に包まれ、まるで雲の上に乗った様な安らいだ気持ちになった。

 そして、その綺麗な挿絵が入った本は私の人生に大きな影響を与えた。

 主人公は『メリル』と呼ばれる貧民街の少女。闇に囚われた妹姫を助けるために旅に出た姉姫と出会い、彼女と共に冒険の旅に出る話だった。

 姉姫は後に『暁姫』と呼ばれ女王となり、治癒魔法を覚え彼女を支えて戦ったメリルは精霊教会のシスターとなり、聖女の誉れ高き栄誉を与えられた。

 私は『暁姫』より、治癒魔法で姫を支えたメリルの事が心に刻み込まれた。それは自分と生まれを同じにする彼女に好感を持ったからかもしれない。

 そんな時、リゲルが背中に怪我を負って帰って来た。

「若いくせに鈍くさいのぅ。あれくらい避けられんのかのぅ。壊すのは得意なんじゃが、治すのは苦手なんじゃ」

 アンキセスは心配する様子もなく、祝詞を口にした。

「我は二枚の羽を持ち、己の力を民に捧げし者。そして世界の秩序を守る者。我が称えし光の妖精ホシガラスよ。美しき光にて癒したまえ」

 すると眩しい白い鳥が現れてアンキセスの肩に留まった。その白い鳥が羽を大きく広げると光の珠が生み出され、リゲルの痛々しい傷口を包み込んだ。

「傷が……ふさがっていく」

 私はその速さに驚いた。

「傷はふさがりますが、失った血が戻るわけではないので気を付けてくださいね」

 マッシュはリゲルに着替えを渡しながら注意を促した。

「分かったよ。湯でも浴びてくるぜ」

 アンキセスの治癒魔法は、暁姫と旅を共にした『メリル』を私の心に刻んだ。

 私も旅に出たい。この人達と『メリル』の様に旅立ちたい。そんな思いが心の中で膨らんでいた。




 その晩、私は自分の名を『メリル』にしたいとマッシュに申し出た。

「良いのですか。名前を決める事は一生の大事ですよ」

 マッシュは首を少し傾げ、心配しながら私に問い返した。

「私に何が出来るのか分からない。何をやっても私が犯した罪が消えない事は分かっている。でも、少しでも誰かの役に立てるようになりたい」

 私の心にある何でも欲しがる闇の穴は、彼らの輝きで大人しくなっていることを私は自覚していた。彼らの様に自分も振る舞えたら、闇の穴は消えて無くなるかも知れない。

「貴女が決意を込めて決めたのなら、その名前で良いでしょう。これからは貴女を『メリル』と呼び、私はその決意を祝福しましょう。」

 マッシュは私の額に、軽く口づけをした。

 あぁ、この瞬間、私は消えても構わない。でも叶う事ならいつまでも、彼らの傍に立っていたい。優しくも輝かしい光を浴びていたい。そうすれば私の心の闇も逃げ去っていくかも……。私はそんな甘い事を考えていた。



 ある日、私が監禁されていた洞窟を見つけ出したアンキセス達は、私を連れて子供達を解放する為に馬車を走らせていた。

 馬車の中で彼ら三人は真剣な顔つきで何やら話し込んでいた。

ふと、アンキセスが私を見た。

「メリル。洞窟の中を案内してくれるかの?」

 アンキセスの問い後に、リゲルが言葉を続ける。

「もたもたしてるとよぉ。ガキどもが危ねぇからな」

 彼らは少人数の役人を引き連れ、あの洞窟に踏み込むつもりなのだ。

 私が彼らの傍に居る為には、あの暗闇の世界を打ち壊さなければ……。そう思っても、心なしか手は震えていた。

 あの暗闇が怖い……。あの洞窟に入ったら、元の自分に戻ってしまうのではないかと……。

「大丈夫ですよ、メリル。貴女は私が守ります。だから一緒に戦いましょう」

 マッシュの暖かい手が、そっと私に手を包み込んだ。

 その優しさが……。心に沁み渡った。


★作者後書き

 読んで頂いた皆様に本当に感謝しております。

 メリルさんのほのかな恋心、それを見守る人々を描くには短編ではつらい部分もありますが、彼女の人生を作品に出来て良かったと思っています。

 次回でこの『ミモザアカシア』は終了いたします。


★次回出演者控室

メリル  「あらあら~、もう二十年も経ってしまって……」

マッシュ 「いい加減、待ちくたびれました」

アンキセス「マッシュよ、おぬしも鈍くさいのぅ」

リゲル  「全くだぜ」

 

 

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