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紫銀の精霊師  作者: 金指 龍希
悲嘆の魔石師編 
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第一章 誓いの噴水 その二

―― 半年前 春の花咲くレイメルの郊外にて ――

「あの山が精霊を祀った神殿があった『大地の祭壇』と呼ばれた所じゃ」

 アンキセスは長い白髪を左手でかき上げ、緑豊かな平原の遥か向こうを杖で示した。

「祭壇って、あの山のこと?」

 眩しい日差しに目を瞬かせながら、エアがその先に目を向けると、なだらかで大きな山の上に街が小さく見えた。

 青い空に縁どられたその街に、高く突き出た二つの塔は教会の鐘楼と思われる。街の北側は切り立った崖であり、岩がごつごつと突き出ているようだ。

「まるで空に浮かんでいるみたいだね、師匠」

 長い青銀の髪を暖かい春風に弄ばれるのに任せていた少女は、鮮やかな紫の瞳を老人に向けながら笑顔を見せた。

「あれはレイメルという街じゃ。もはや神殿は遺跡となって街の地下に眠っておる。さて、新しいレイメルを目にするのは初めてじゃのぅ」

 その視線の先には、緑の大地に赤い屋根の農家が点在し、のどかに草を食べている牛たちの姿がとても小さく見えた。

 石畳と思われる道が日の光に反射して、うねりながら白い輝きを放ち、山頂の街に続いているのが見えた。

「うむ、ここからじゃと……、第二南城門が近いかの。ぽけっとしとると置いて行くぞ」

「あ、待って~!」 

 アンキセスが再び馬を進めたので、景色を眺めていた少女も慌てて馬を走らせた。




 青草の匂いが漂う道を風に吹かれて城壁に近づくと、次第に第二城壁は空へと伸びあがり、その高さが実感できた。壁の厚みもかなりあるように思われる。

「ふぇ~、高いなぁ~」

 王都の城壁よりも飾りが無くって質素だけど、どっしりとしているよね、とエアは感じた。

 高さが十五メートル以上ある強固な造りの石壁に、ポッカリとアーチ型の空間が空いている。その下を二人がくぐり抜けようとした時、

「どちらに行かれますか?」

 門の内側から兵士が数人、バラバラと出てきたのに驚いたエアは、

「えっ、何? 何かあったの?」

 と、騒いでいると、アンキセスは心配はいらないという顔をして頷き、

「わしらは精霊師ギルドへ行くのじゃ」

 彼は腰に下げていた懐中時計の様な物を、これ見よがしにチラつかせた。

 それは彼が常に身に着けている小さな魔道機で、蓋を開けると時計の文字盤の様に魔石が十二個取り付けてあり、その用途は自然界にある精霊力をより多く体内に取り込むのを助け、魔法の威力を高める効果がある。

 その魔道機は『エグザグラム』の銘を与えられ、アンキセスだけが所持を許されていた。




 兵士達は目を凝らしてエグザグラムを見つめていたが、突然、慌てて頭を下げた。

「失礼を致しました! お久しぶりです、アンキセス様!」

「お帰りなさいませ!」

 続けて話をしようとする兵士達を、そっと両手で制して片目を閉じ、

「大袈裟なことは好まん。皆、いつも通りにしておくれ」

「承知しました。でも市長にはご来訪をお伝えしますね」

「仕方がないのう、行こうかのぅ」

(本当は嬉しいくせに……。師匠は素直じゃないんだから)

 エアは面倒くさそうに口を曲げている老人の本心を悟っていたが、

(レイメルの恩人って、こんなに偏屈なじいさんだったかなぁ)

 察しきれない気の毒な若い兵士は、戸惑いながらアンキセスの乗る馬の手綱を取って歩きだした。




 暖かい春風の中、整備された石畳を歩く馬の蹄がのどかな音を立てている。静かな田園地帯を抜けると、第一城壁の大門に辿り着いた。

「さっきより、もっと高い城壁だね」

 エアが感心して声を上げると、

「大切な住民の命を守る城壁です。グラセル大工房の協力を得て造られました。私も手伝ったんですよ」

 街のことを尋ねられ、元気を取り戻した若い兵士の先導で、門を潜ると風景が一変した。

 真っ直ぐに伸び、なだらかな上り坂になっている石畳の大通りには春らしく色とりどりの花が咲き乱れ、甘い芳花は爽やかな風に乗ってエア達を包み込んだ。

 大通りの両側には、二階建ての石造りの民家や商店がずらりと並んで、大勢の人々が通りを行き交って活気に溢れている。

「とても賑やかだね、お客さんが多いの?」

 エアが兵士に尋ねると、

「はい、温泉のある保養所や小さいながらも飛行船の発着所もあります。それに一年中花が咲いてますから観光客も増えてきました」

 胸を張った若い兵士は自慢気に答えた。

 兵士の言うとおり、建物の壁や窓の外に吊るされているプランターの数も多く、大通りの両側には色彩豊かな花々が途切れもなく咲き乱れていた。

 少し大通りを進むと、通りの右側に鉄の棒を石壁に突き立て、看板をぶら下げている建物が見えてきた。

「エアよ、あそこが精霊師ギルドじゃ。手紙を出しておいたので誰か居るはずじゃ」

 軒先に揺れている鉄製の看板は、杖と盾を持っている二枚羽の妖精が透かし彫りになっており、その姿は金色に塗られて日差しを浴びて輝いていた。




「市長のところに報告して参りますので、自分はここで失礼いたします!」

 そう言い残した兵士は、妖精の看板の下から勢いよく走り出した。

「さて、中に入ろうかのぉ」

 アンキセスが馬を降り、杖をつきながらゆっくり玄関に近寄ると、急に扉が開いて血相を変えた若い男が転がるように飛び出してきた。

 アンキセスは老人とは思えぬ反射神経で飛び出した男を避けたが、その目の前を小さな火の玉がさらに通過し、よろけながら逃げている若い男の背中に命中した。


「二度と来るなぁー! 彼女と別れたいなんて自分で言えぇ! この根性無しがぁ!」


 開け放たれている扉の中から若い女性の怒声が聞こえる。

「えっ! 今度は何が起こったの?」

 目を丸くして驚いているエアの横で、やれやれ、と言わんばかりに頭を横に振りながらアンキセスが中に入ると、背が高くて茶色っぽい赤い髪を逆立てんばかりに怒っている若い女性が立っていた。

「レティや、気に入らん依頼人は追っ払ってもよいが、焼いちゃるのは勘弁しておやり」

 猛犬をなだめるように穏やかに話し掛ける老人の顔を見た途端、

「アンキセス様!」

 彼女は急に目を輝かせながら乙女に変身し、大きな胸の前で両手を握りしめた。

「相変わらず男前な気性じゃなぁ……。レティ、お前は婿を探すのは諦めて、嫁を探した方がよいのぅ……。さあ、入っておいで」

 穏やかな声に導かれ、エアはギルドの中に足を踏み入れた。




 緊張に顔を強張らせながら入って来た少女を、思わずレティは指さした。

「希望者ってこの子?」

 背丈も度胸も小さそうで精霊師には向いていない、と思う。でも、レティには『無理じゃないの』とは言えなかった。

 レティは精霊師になりたかった。

 自分としては、体力も度胸も満点だから向いていると自信を持っていた。ところが精霊魔法の才能が無かったため事務局の仕事を請け負う事になってしまった。悔しい思いをしたが、事務局は精霊師を育てる大切な仕事であるとアンキセスに諭され、今では自分に向いている仕事だと思えるようになっていた。

 なりたくてもなれない事もある。なりたくないものでもなってしまう事もある――。

人間の持っている資質は他人が見つけて育てるものもある、と彼女は考えるようになっていたのだ。

「まずは見習いから出発ね。魔法以外は私が鍛えてあげる。私はレティアコール・イシディス、二十歳よ。レイメル支部の事務局を受け持っているわ。レティと呼んでね」

 エアは先程の怒声を聞いて少し腰が引けていたが、親しげな笑顔を見せたレティにつられて頬が緩んだ。

(明快でわかり易い人なんだ。隠し事をしていると怖い人かもしれないけど……)

「エア・オクルスです。十四歳です」

 頭を下げて挨拶すると、小柄なエアは灰銀色の子猫みたいに小さく見えた。

「十四? なぁ~んだ、十歳ぐらいだと思った」

 エアが思ったとおり明快な思考の持ち主であるレティは、他愛もなく思った事をそのまま口にした。

「ううっ、そんなにはっきり……」

 そりゃ背は伸びないけどさ……気にしているのに、と図星を指されたエアの瞳は潤んでいた。


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