エピローグ
――サリア五世(現トルネリア王国女王・王都に在住の為、特別出演)
「言われんでも分かっとるわ! あの狸じじぃ!」とアンキセスからの手紙を読んだ途端に手近なカップを床に叩きつけた女王は頭に血を昇らせながらも、息子のベレトスの処遇については意見を同じにしていた。彼女の手に握られたアンキセスからの手紙には、かっちり嫌味が書かれた上に「生涯ベレトスを強固な監視の下、離島から出す事は許すまじ」と最後に書き添えられていた。
――マッシュ・グランドール(レイメル市長)
市長室に戻った彼は住人が提出してきた請求書の確認をしていた。
「工房は金庫以外全壊、と。なっ、そばがらの枕代金? 夏物の処分品を敵に向かって投げたな……。はぁ? 玉ねぎ爆弾代金……。カリウスは、料理じゃなくて何を造ったんだ? よし、全部、女王に請求してやろう。しかし、あのキツネばばぁが値切ってこなければいいが……」
後日、予想通り女王は値切ってきたが、マッシュは頑として譲らなかったという。
――アンキセス・リーズン(初代精霊師協会の会長)
――ミリアリア・リーズン(現精霊師協会の会長)
「なんじゃ、その格好は。さらに嫁にいけんじゃろうが」
「だって動きやすいし、今日は休暇なんだから良いじゃないの」
心配するアンキセスの小言に対し、昨夜のミニスカートのままでミリアリアは反論する。曾孫の顔を見たいと思っている『伝説の精霊師』アンキセスも、孫の前では只の心配症のじい様であった。
――レティアコール・イシディス(愛称・レティ。精霊師協会レイメル支部受付)
戦闘で大鎌を振り回している処を住人に目撃され、今では『財布の死神』から『本物の死神』と指差される様になった。
「まったく、街を歩くと死神だって言われるわ。本当に失礼しちゃうったらありゃしない」
どうやら彼女はこの街の男をひっかけるのを諦めて、他都市から来る自分より性格が男前な相手を見つけて玉の輿に乗る決心をした。
――トッド・コーラル(護身用アクセサリー『ラ・メルヴェイユ』店主の息子)
「いろいろ使ったけど、思ったほど効果があるのは少なかったかな」
店の商品を幾つか試した彼は満足出来る商品が少ない事に驚いた。こんな商品を人に勧めるくらいなら自分が新しい護身具を造り出したいと考え始めた。街の住人が護身用魔道機で戦った事実に、その思いは一層強くなり、願いを叶える為に誰かに相談してみようと心に決めた。
――メリル(神霊教会所属・修道女)
教会では修道士達が慌ただしく街の清掃へと出入りする中、彼女は賊から剥ぎ取った金品を整理していた。
「あらあら~、今月の臨時収入はたんまりですわ~。これならエアが割ったステンドグラスの修理代と、子供たちの学費を援助してあげられますわ~」
親に捨てられ孤児だった彼女は、同じ境遇にある孤児達の学費の援助をしていたのだ。以外にも彼女は無欲な人物かもしれない。
――リゲル・カーレッジ(レイメル専従魔石師兼、機械師)
この戦闘で一番被害を受けたのは彼である。消火活動を終えた後に被害を確認すると、
工房は柱一つ残って無かった。それどころか、城壁も無くなり大幅な修繕をするしかなかった。「くそっ、花は全滅。さらに工房は無くなるし、やってられんわ。まぁ、工房はいいか。自宅は無事だし」 彼は第二城壁内の自宅で家出した妻や娘の思い出の品を眺めていた。「まあ、ワシはデボスより幸せかもな」以外にも彼の立ち直りは早そうだ。
彼のかばんの中には、デボスの遺灰を入れた小さな布袋が入っていた。
祭りが終わったら、王都の大聖堂広場に行って、遺灰を埋めてやるつもりであった。
――エレナ(カフェ兼、酒場『ル・ヴォルカノン』店主)
――カリウス(カフェ兼、酒場『ル・ヴォルカノン』料理長)
酒場を守り抜いた彼女達は本日のメニューに悩んでいた。何故なら戦闘で玉ねぎをほとんど投げてしまったからだ。
「しょうがないわね。カリウス、玉ねぎを使わないメニューを出しましょう」
「何にするかなぁ……」
もちろん、この危機を料理長であるカリウスが切り抜ける事となった。
――トロワ(カフェ兼、酒場『ル・ヴォルカノン』店員)
銀色に輝くトレイを武器に戦った彼は、その甘いマスクと柔らかな語り口で昨夜の戦闘の様子を語り女性客を虜にした。その「レイメル戦記」はかなりの人気となり、店に女性客が次々と押しかけた。彼の存在はレイメルの新しい名物になりそうだ。
――鉱夫長始め鉱夫達(ラヴァル村在住の三十三名)
特別報酬が出た彼らは、教会から冴えない顔をしながら出て来たユウを飲みに誘った。断った彼を「男じゃねぇな」と挑発してみたが、「未成年を巻き込むな」とメリルに怒られ、仕方なく三十三人で飲み比べを始めた。
「よっしゃ、勝った!」
最後の一人が酔い潰れた仲間を見回して勝利宣言をしたが、結局目を回して倒れ込んだ。この後、全員が酔い潰れた為にメリルの治療を受ける事になった。当然、マッシュから渡された特別報酬はメリルに治療費として全て巻き上げられた。
――アイオン(グラセル大工房・工房長)
大事な飛行船をレイメルで守るために慣れぬ戦闘をしていた彼は、デボスが死んだと聞かされ慌ててリゲルの工房へと駆け付けた。物言わぬデボスと対面した彼は泣きながら遺髪を一房切り取った。その遺髪はアンヌの遺髪と共に、グラセルにある二人の部屋で弔うつもりであった。マッシュからデボスが可愛がっていた少女がいると聞かされ、エアと対面した彼は、彼女が孤児と知ってグラセルに来ないかと誘った。ところが「大事な弟子に手を出すな」とアンキセスに怒られ、額に青筋を立てることになった。
――フェニエラ・アムルス(結婚詐欺師に騙された魔石商の娘)
僅かな期間であるがデボスと交流を持った彼女は、自分のこれからの未来を真剣に考える様になった。「生きている間に後悔が無いようにしなきゃね」この戦闘で自分の命が終わるだろうとデボスに聞かされていた彼女は、彼の潔い死に様に感銘を受けたのだ。
今後、彼女は自分の夢を実現させるために努力は惜しまないだろう。
――シャルル(レイメル郊外の保養所に勤める青年)
彼は父とも慕うデボスが亡くなった事に、予期しながらも衝撃を覚えていた。彼の火葬に立ち合ったシャルルは遺骨を拾い、教会の地下にある納骨堂に納めた。そして遺灰の一部を保養所近くの森にある池の傍に撒いた。その場所はデボスがエアの魔法の練習に付き合っていた場所である。その姿を見たレイメルの住人から、シャルルに一つの提案が出された。その提案は市長であるマッシュの同意を得て現実の物となった。
――デボス・エンデュラ(悲嘆の魔石師)
彼の人生は多くの人の知るところとなり、レイメルの住人達の提案により手厚く弔われることになった。シャルルが撒いた遺灰の場所には女郎花【おみなえし】とリコリスが植えられ、彼の人生を記した石碑が立てられることになった。後日、その石碑を訪ねる人々の姿があった。その者達は彼によって救われた小さな村の人々とグラセルの職人達である。
――ユウ・スミズ(精霊師協会レイメル支部所属・精霊師)
――エア・オクルス(精霊師協会レイメル支部所属・新人精霊師)
ユウは親友ケントに報告する為、教会の地下墓地を訪れていた。
「お前の杖は必ず俺が取り戻す」
デボスに対して複雑な思いを抱えながら遺骨の前に立っていた。
「俺はデボスを憎めなかったよ」
重く沈んだ気持ちを整理出来ないまま教会を出ると、鉱夫達から飲みに誘われたが「そんな気分じゃない」と断ると「男じゃねぇ」と挑発された。しかし、メリルが鉱夫達をたしなめたので難を逃れた。
教会を出た彼に声をかけたのはエアであった。
「ユウはケントさんの所に行って来たの?」
「ああ。まあな」
二人は沈黙したまま、噴水の傍にやって来た。
「何だか……。慌ただしい日々だったね。混乱しちゃった……」
俯くエアの顔を覗き込んだユウは、
「俺はこの街で生きて、そしてケントの杖を捜す。お前はエレノアに戻って王都にでも行くのか? それとも俺の相棒でいてくれるのか?」
ユウは両手を伸ばして彼女を自分の胸に抱き寄せる。いつも冷静な彼の思わぬ行動に彼女は戸惑った。もはや早鐘の如く脈を打っている心臓は喉元まで上がっている。
でも、心を見透かされた様な気がした彼女は逆らえず、
「私はエドラドとマリアの娘で精霊師のエアだよ。私はレイメルの精霊師だもん」
「そうか……。それなら俺がお前の面倒を見るかな。ちょい姫様」
彼は自分の胸元にあるエアの頭を撫でた。
「何でユウまで言うかなぁ」
エアが満面の笑顔で答えた時、大砲を打つ音が聞こえてきた。
「さあ、フィナーレが始まるぞ。行こうか」
エアはユウが差し出した手を取った。
既に日が暮れかかっており、夕闇が迫る空には満月が輝いている。
広場では市長が急いで造られたステージの上に立って挨拶を始めた。
「皆さん、喜ばしいお知らせが有ります。今朝、各街区の代表と話し合い、私が市長として承認致しましたのでご報告を致します。我が街に新しい守護精霊師が誕生しました。ユウ・スミズ、エア・オクルスの両名です」
突然、市長の発表に名前を言われた二人は顔を見合わせて驚いた。市民が信頼する精霊師に送る称号『守護精霊師』に二人とも選ばれたのだ。
「やったねー、ちょい姫!」
「かっこいいぞ、お二人さん!」
「偉いぞ、ユウ!」
歓声に混じり、冷やかしとも祝福とも受け取れる野次が飛ぶ。
「お静かに願います。守護精霊師には新しい名をギルド長と相談して送る事になりました。ユウには火炎に混じる桜花にちなみ『桜花の精霊師』、ギルドのちょい姫と呼ばれるエアには『紫銀の精霊師』の名を送ります」
広場は住人達の爆笑と拍手に包まれた。
「え~っ! ユウの桜花の精霊師は格好が良いけど、私のは見た通りじゃん!」
エアは住人達の爆笑の中で、ユウに向かって唸りながら文句を言いだした。
「まあ、愛されているから良いんじゃないか。『ちょい姫』より良いだろう?」
「ううぅうぅ~!」
「そう怒るなって」
笑いを噛み殺しながらユウはちょい姫をあやしている。
「えー、皆さん、どうかお静かに願います。更にお伝えしたい事が有ります。レイメルで行われた昨夜の戦闘の様子はすでにご存知だと思います。女王陛下よりその功績を認められ褒美を賜りました。その褒美を皆さまにご披露したいと思います。一流の職人が造り上げた一万発の花火です。ごゆっくり、ご鑑賞下さい」
その途端、飛行船発着場から無数の花火が次々と打ち上げられていく。沢山の光の筋が上に伸び、色とりどりの光が四方に広がる。その光景は大樹の伸びた枝に大輪の花が咲いている様であった。
花火にどよめく観衆に囲まれて二人は明るく輝く夜空を見上げた。
「ユウ、新しい人生が始まったんだね」
エアは守護精霊師になって、帰る故郷が出来た事を喜んでいた。
「ああ、俺達のな」
エアの想いはユウにとっても同じであった。
お互い独りだと思っていた。でも、これからは二人で歩いて行こう。迷う事が起こっても笑顔で過ごせるように二人で考えよう。
小柄なエアをユウは右肩の上に担ぎあげた。
「これなら花火が良く見えるだろ?」
「うん。デボスさんと一緒に見たかった。約束していたのに……」
「彼は皆がこうやって空を見上げていられることを喜んでいるさ」
「そうだね……」
ユウの手が自分の足に触れているのが恥ずかしかったが思い切って甘える事にした。
花火に照らし出される街を見回すと、自分達を支えてくれる人達の顔が見えた。
市長とメリルは何か話をしている。二人ともその表情は穏やかだ。リゲルのところにトッドが駆け寄るのが見えた。トッドがリゲルに何か頼みこんでいるようだ。エリナも、カリウスも、トロワも忙しいのに店の外に出て花火を見上げている。鉱夫達は杯を片手に上機嫌だ。レティは観光客らしい男性と一緒に酒を飲んでいる。アンキセスはミリアリアとローブを押しつけ合っている。
再び穏やかな日常をとり戻した住人達を眺めながらエアはギルドの誓約を口にした。
「我ら二人は二枚の羽をもつ者。杖を持ちて邪を払い、盾にて民を守る者」
その誓いに応える様に、レイメルの夜空に大輪の花が輝いていた。
★作者後書き
『悲嘆の魔石師編』完結しました。読んで頂いた方に本当に感謝いたします。途中で一章分を書き足したりするなど、プロットなんか何処かへ飛んで行ってしまいました。
今後の予定は、短編を挿んで『潜竜の精霊師編』を予定しております。連載は不定期になります。なかなか安定しませんがよろしくお願いします。
今後の励みや参考にさせて頂く為に、皆様の感想を頂けるとありがたいと思っております。