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紫銀の精霊師  作者: 金指 龍希
悲嘆の魔石師編 
37/87

第七章 悲嘆の魔石師 その五

 邪妖精の群れをデボスとリゲルが追いかけている、と兵士から知らされ、慌てた三人の取った行動は様々だった。

 教会で治療中だったメリルは後の事を修道士達に任せる事にした。

「精霊王よ、再び武器を手にする事をお許しください」

 精霊王に短い祈りを捧げ、リゲルが手入れした『個性的な人』という花言葉を持つ、インパチエンスと銘を与えられたメイスを手にして教会を飛び出した。途中、広場で鉱夫が倒しそびれた黒装束の男に襲われたが、気が立っている彼女にメイスで殴り飛ばされ気絶した。その様子を目撃した鉱夫達が震えあがった事は言うまでもない。

 一方、アンキセスとマッシュは飛行船発着場にて戦闘中であった。

「次から次へとやって来るのう。まるで、イナゴの群れの様じゃ」

「アンキセス殿、感心していないで早く片付けましょうよ」

 などと話している処に、必死の思いでやって来た兵士から知らせを受け、

「なんと、危険な! 急ぐぞ、マッシュ」

 アンキセスが杖を高々と揚げ魔法を発動させた途端、特別大きい炎の大蛇が飛び出して敵の間を這いまわった。その様子を見ていたマッシュは唖然とした。

「やっぱり、出し惜しみをしていたのですね。本当に相変わらずな方ですねぇ……」

 その後、二人は普段の倍のスピードで走った事を付け加えておこう。

 息を切らせながら三人は入り口が爆破された民家で合流すると、膨らむ不安を抑えて工房へと急いだ。魔法がぶつかり、精霊力が衝突する音は次第に大きくなっていくのである。正直、焦るなと言っても無理な状態であった。

 迷路を抜け出ると相対する邪龍と化したノワールとエア達の姿が、まばゆい光の中に微かな影となって浮かんで見えた。

「先代! 市長! メリル!」

 城壁の傍まで、ぐったりしているデボスを担いで避難していたリゲルが三人を大声で呼んだ。




 白く輝く大きな球体の外側に黒い煙の鎖が光を吸収するように巻きついている様子は、創世の神話の様であった。しかし、黒い鎖が勢いを増している様に思われ、

「いかん、二人が押されておるのじゃ」

「加勢しましょう」「あらあら~、では私たちも」「おうよ、行くぜ」

 四人は一斉に武装魔道機を構えた。

「偉大なる光の精霊に願う。我らの光は若き二枚の羽根を持つ者を守る盾となれ!」

 アンキセスの祝詞を合図に、邪龍とおぼしき影に向かって一斉に光魔法を放った。



「師匠が来た!」

 光の妖精の召喚を維持して戦うエアの心は躍った。

「タヌキじじいがやっと来たか」

 ユウの硬い表情も少し和らいだ。

「負けない! 皆を守りたいから、誰にも負けない!」

 エアは邪龍に向かって叫ぶ。

「おい! 邪霊師! 俺達はこの街を守る精霊師だ! さっさとこの街から出て行け!」

 ユウはエアの身体を支えながら厳しい視線を邪龍に放った。




 他人を守ろうと懸命に戦う人間の心には光が宿る。

 その願いが強ければ強いほど、輝かしき光が宿る。

 その心の光は魔法になって現れる。

 そして……。

 今、全ての光は一つになった。




 デボスはかつて無い程の幸福感に包まれていた。心臓に嵌め込まれたバイオエレメントは役割を終えようとしていたが、エア達の放つ光の魔法から精霊力を体内に取り込み身体の機能を何とか維持していた。それが彼の意識や五感の機能に覚醒をもたらし、かろうじてデボスに最後の息を与えていたのである。

(アンヌ……)

 妻への盲目的な信頼感も彼の支えになっていた。

 ふと彼が目を開けると、白い花びらの散らしながら躍るような人影と、苦しみの余り、身体をくねらせ叫びを上げる邪龍の姿が見えた。

 舞い踊る人影の姿に、彼は見覚えがあった。

(アンヌ……。迎えに来てくれたんだね)

 彼の赤い瞳には風にたなびくエアの青銀の髪が映る。

(エドラド……、君の娘は立派になったよ。もう僕が君の所に言っても良いよな)

 デボスが安堵感に包まれながら大きな息を吐いた頃、黒曜石の大きな鏡の前で苦しむ女の姿があった。

「うううっ! 何なのよ! 許さないわ!」

 強い殺意がビアーネの黒い瞳に燃え上がった。

 杖を抱きしめながら彼女は髪を振り乱して叫んでいる。

「無理をせずに引き上げなさい。龍を失っては今後の計画に問題が出ます」

 モールはビアーネの肩をそっと抱き寄せる。

「でも許せない! あの者達を皆殺しにしてやる!」

 ふらつきながらもビアーネは再び、黒曜石の鏡の前に立った。

「やめなさい! ビアーネ! 機会はまだ何度でもある!」

 モールはビアーネを強く抱き寄せた。

一方、エア達は精霊力の衝突による強風に耐えながら魔法を維持していたが、突然、盾魔法が突き抜けて風が止み、何が起こったのかと呆然としていた。

「このままでは済まさない! お前達を滅ぼしてやる!」

 邪龍は崩れかかった巨体を震わせながら、暁を迎えようとしている薄闇の空に咆哮を上げながら空に舞い上がったのだ。

「逃げたか……」

 ユウの呟きを憂鬱な気分でエアは聞いていた。




 急に光の洪水から脱出した二人は目が慣れるまで、倒れこんでいるデボスを発見するのに手間取ってしまった。暫くして、目が慣れてきたエアの瞳には、仰向けに倒れている男の姿が映った。

「あっ、デボス!」

 何が起こったのか分からないままに二人が駆け出すと、既にメリルを始めアンキセス、リゲル、マッシュがデボスを囲んで座っていた。

「あらあら~、駄目ですよ。このまま貴方が死ねばあの子達が傷ついてしまう」

 メリルは必死に治癒魔法を施していた。横たわっていたデボスの髪は白銀に戻っており、既に瞳は虚空を彷徨っていた。

「ありがとう、シスター。贖罪の時を与えてくれて……」

 その様子を見たエアもデボスの横に膝をつき治癒魔法を唱え始めた。

「黒髪の精霊師、彼女を……、エレノアを守ってくれてありがとう……」

 デボスは力の入らない手をユウに向けた。

「確かに気持ちは受け取った」

 ユウはデボスの傍らに膝をつき、両手でデボスの手を握り締めていた。

「地龍将軍、そしてアンキセス様。私が生きていたことでグラセルの皆に迷惑が掛からないように……して欲しいのです」

「必ず女王に伝えますよ」

「キツネばばあに必ず伝えておくから、しっかりするのじゃ」

 二人の返事に微かに頷くと、ぼんやりと見える青い髪の人影に向かって、

「エレノア、すまなかった。本当に大きく、強くなって……。エドラドもマリアも喜ぶだろう。世界樹の下で会えたら伝えておくよ、立派な精霊師になったと……」

 エアは泣きながら治癒魔法を続けていた。父の親友だったデボス。父の代わりに見守ってくれていた彼に、何を言ったらいいのか分からない、どう返事をしたらいいのか分からないけど、でも、それでも……。

「このまま死んだら誰も喜ばないよ、誰も笑顔になれないよ!」

 彼女の叫びは静かになった街に反響する。

「いいんだよ……。ねえ、リゲル……」

「おうよ」

「約束通り、私が死んだらバイオエレメントを取り出して遺体を焼いて欲しい……。君にしか頼めない」

「……分かった」

 涙目のリゲルが返事をした時、レイメルの街に教会の鐘が鳴り響き始めた。

 それは市内の戦闘が終了した事を意味していたが、デボスにとっては幸せな記憶を呼び戻した。

「何処かで鐘が鳴っているなぁ……。なぁ、リゲル」

「どうした?」

「光の中に……白い花びら……アンヌが……いた。春になったら……子供と三人で、花の咲く大聖堂に……行くんだ。エドラドに会いに――」

 薄っすらと笑顔が浮かんだデボスの瞳は、人形の瞳の様に急に動かなくなった。

 治癒魔法を唱えるメリルの肩に、アンキセスは静かに手を置いた。

「もう、逝かせてやるのじゃ。既に償いは済んでおり、弔いの鐘も鳴っておる」

 アンキセスの言葉に頷いたユウは、治癒を続けるエアの手をそっと両手で包み込んだ。




 ――豊穣祭の最終日――

 朝日が昇り、街は活気を取り戻す。昨夜の激闘を皆、思い浮かべながら高揚感に浸っていた。

 エアは崩れ去った工房跡で片付けを手伝っていた。祭りを味わう気分になれなかったのである。同じ様に働いている兵士に「ちょい姫さん、お手柄だね」と言われても素直に喜べなかった。

 彼女の脳裏にはデボスの遺体を火葬にした時の情景が浮かんでいた。

「おい、おめぇが火を付けろ。寒緋桜で送ってやれ」

 リゲルがユウを指名すると、彼は双剣を抜き放ち、

「ケントと同じ様にか……。複雑な気分だよ……」

 赤い桜花の混じる炎を静かに眠るデボスに向かって放った。その赤い炎を見ながらアンキセスが、誰に言うともなく呟いた。

「死者を救うには、死者の名誉を守ってやる事じゃ。どう生きたのか、何故死んだのかを明らかにして我らが覚えている事じゃ。デボスは救われた、それをお前達は覚えておればよい」

 リゲルは火に包まれるデボスを見ながら、

「バイオエレメントが止まれば、どうなるかワシは気が付いていた。息の根が止まるだろうなと……。気が付いていたが、お前達には話さなかった。二人ともデボスが死んだことは気にしなくていいぞ、当然の結末だったからな……」

 強く拳を握りしめた彼の眼には涙が薄っすらと浮かんでいた。

 かつて地龍将軍と呼ばれていたマッシュはその様子を見て、

「アンキセス様、ベレトスを死ぬまで幽閉するよう女王に手紙を送って下さい」

 彼もまた、リゲルと同じ様に強く拳を握りしめていた。

 一つの出来事が多くの人の人生を変えてしまった。両親が殺された理由が分かったら新しい人生が始まると思っていた。漠然と、両親が生きていた時と同じ様な幸せな時に戻れると思っていた。でも、デボスが死んで事実が明らかになっても、自分はレイメルの地に立って焼け焦げた地面を見つめている

「私はエドラドの娘、エレノア・フィーメル? それとも精霊師、エア・オクルス?」

 彼女はすっきりとしない表情で市内に向かって歩きだした。




 レイメルの上空に、ゆっくりと大きな魔道飛行船が近づいてくる。

「あらあら~、大きな船ですわね~」

「捕まえた者達を首都へ運ぶのだよ。レイメルで引き取るのはお断りだからね。皆の協力で無事に済んで本当に安心したよ。しかし、不思議だね。デボスがアンヌの姿が見えたと……彼が望んだ幻覚が見えたのでしょうか」

 哀れなデボスの最後は幸せだったのかとマッシュの心は重かった。

「マッシュ。レイメルは精霊が眠る大地の祭壇ですよ。精霊が彼の切実な望みを叶えても不思議ではありませんよ」

「むっ、修道女の君が言うと妙に説得力が有るね」

「ふふっ、デボスの最後は幸せだったと思いますよ。むしろ若い二人の方が心配です」

「でも、いい知らせもあるんだよ。各街区の代表者が私の所に来てね」

 マッシュは声を潜めてメリルにひそひそと耳打ちをした。

「まぁ。あらあら~、それは二人とも喜びますわ~」

 二人が見つめる中、着陸した魔道飛行船は大量の荷を降ろし始めた

「あらあら~、何だか沢山の荷物ですのね~」

「女王からのお詫びの印だそうだ。祭りのフィナーレを盛り上げたいとの仰せだ」

「おやおや~、何かしら~」

「まだ内緒だよ。少しでも女王からふんだくってやらねば気が済まなくってね」

「あらあら~、マッシュ。リゲルに似て来たわね~」

「……」

 両目を大きく開けたマッシュが喉を詰まらせた様な表情をしたのを見て、メリルは大らかな笑い声を上げた。

「と、とにかく、君も楽しみにフィナーレを待っていなさい。私は彼らを引き渡したら部屋へ戻るよ」

「マッシュ、私は先に教会へ戻りますね。フィナーレを楽しみにしていますわ」

 メリルは頭を描いている市長を見て穏やかな笑みを浮かべた。

 穏やかな日差しが降り注ぐレイメルで、各々がフィナーレまでの時を過ごしていた。


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