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紫銀の精霊師  作者: 金指 龍希
悲嘆の魔石師編 
35/87

第七章 悲嘆の魔石師 その三

 深夜十一時二十分、レイメル市内のホテルの一室。明かりもつけないその部屋には黒装束の男達が数人集まっていた。その中心にいる男は静かに口を開いた。

「カラメアでドルフが捕まり、グラセル大工房で騒動が起きてから急に王国の捜索が厳しくなってきた。新型飛行船の情報を盗んで帝国に渡せば終わる筈だったのに面倒な事になったもんだ。亡命までするつもりは無かったんだがなぁ」

「まあ仕方ない。依頼したのがモールの奴じゃ逆らえないさ」

「それにうっかりしていたらマークに殺されちまうぜ」

「おっかない組み合わせだぜ。あの二人は……」

「今この街に居る二枚羽は三人だ。精霊師協会の会長と――」

 二枚羽の妖精が象徴である精霊師を、彼らは蔑んで『二枚羽』と呼んでいるのである。

「黒い髪の男はユウ・スミズ。青い髪の小娘はエア・オクルスだそうだ」

 報告を受けた男は首を捻りながら、

「気を付けるのは会長のミリアリアとかいう女だな。それと市長のマッシュ・グランドール。地龍将軍と呼ばれた元軍人だ」

「用心するのは二人だけか……。楽勝だな」

「イワンの奴、約束の時間に来なかったな。失敗したのか?」

「今日の午後、街に着いてから何度も酒場へ見に行ったが……」

 報告を受けたデボスは事も無げに、

「まあいいだろう。魔石は惜しいが本命は飛行船だしな。イワンは使い捨ての駒、捕まったところで惜しくもない、とモールの奴がそう言っていたからな。この街に集まって来たならず者も雇えるだけ雇った。後は予定通りに行動しよう」

「雑魚どもには街で暴れ回る様に指示してある。その間に俺達は飛行船を奪う。工房にある設計図は欲しいが、飛行船の確保が先だ」

 男達は一斉に頷いた。

「目的を果たして帝国へ、とにかく飛行船を奪ったらすぐ脱出だ」

「脱出する時は全員で脱出しようぜ」

 かくして月夜の城塞都市レイメルを舞台に、お互いの死力を尽くした総力戦が始まろうとしていた。




 深夜0時。消灯された飛行船発着場のゲート前。

 暗闇の中を黒服の男達が静かに近づいていた。総勢百名ほどであろうか。その中の一人がゲートの鍵を音も立てずに開けた。




 同時刻、教会の鐘楼でメリルが飛行船発着場の方角をのんびり見つめ、

「あらあら~、まだ合図はありませんね~。少し寒いですねぇ~」

 少し愚痴った時、飛行船発着場の方から大きな火の玉が上がった。

「あらあら~、合図ねぇ。さあ、鐘を鳴らしましょう」

 メリルは鐘を鳴らす為に思いっきり紐を引いた。

 隣の鐘楼には、市長付きの若い秘書官がいた。メリルに続き彼も鐘を鳴らす。二つの大きな鐘の音が市内に鳴り響く。それはレイメルに非常事態を告げる事を示していた。

 その合図を受けて一斉に街中の魔石灯が灯された。薄暗かった大通りも明々と照らし出された。各住宅の一階の窓には鉄格子が降ろされ、普段閉めない鋼鉄の引き戸で玄関は閉じられた。すると同時に二階のベランダや窓、屋根の上に弓矢など武器を手にした住人が次々と現れる。

 城塞都市レイメルは、瞬く間に臨戦態勢に入ったのだ。




 同時刻、『ヴォルカノン』

 鉱夫達やエレナを始め、酒場のスタッフが待機していた。鐘の音を聞いた途端、エレナは店にいた観光客を二階に避難させ、窓の鉄格子を降ろす。グラッグを始めとする鉱夫達は慌ただしく外に出た。トロワも慌ててトレイを持って鉱夫達に続いて外へ出た。そしてエレナは全員が出た後、鋼鉄の引き戸で店の入り口を閉ざした。

「野郎ども! 準備は良いかぁ! 山男の意地を見せてやれ!」

 グラッグは声を上げると、

「わたしは野郎じゃないけどね。街を守りたい気持ちは一緒よ。頑張ったら料理のサービスをつけるわよ!」

 エレナが二階の窓から叫んだ。それを聞いた鉱夫達が歓声を上げる。

「よっしゃぁ、気張っていくぜ」

「俺もだ!」

「一人でも多く倒すぞ!」

「誰か倒した数を勘定しろ」

「それは俺がやる!」

 気後れしている者はいないようだ。その声を頼もしく聞いていたグラッグは指示を飛ばした。

「三人一組で行動するんだぞ!」

「「おおっ!」」

 鉱夫達は花柄のつるはしを担いで、街の中心である噴水広場に陣取った。




 一方、黒装束の男達は混乱状態になっていた。

(何が起こったんだ……?)

 途中までは計画通りに進んでいた。飛行船の襲撃を任されていたリーダー格の男は態勢を立て直すため、今までの出来事を頭の中で整理した。

 ゲートを開け、月明かりを頼りに飛行船に近づいた。中に警備兵がいるのは予想していたが、数に勝る自分達が優位であると自信があった。ところが、飛行船に二か所ある扉が急に開いたと思ったら、中から現れたのはとんでもない人物だった。

「やれやれ、苦労しそうですね」

 マッシュが槍を持って降りてくる。そこへ、もう一つの開け放った扉の中から大砲の弾や火の玉が飛んできた。

「よっしゃ、新兵器が使い放題だ。みんな! データの計測は怠るなよ!」

「「イエッサー!」」

 飛び出してきた白衣を着ている輩は、グラセル大工房の武装魔道機開発室の職人達であった。そして、マッシュの後ろから、火の玉を的確に当てているのはアンキセスであった。

「ずう~っと飛行船の中に隠れておったのじゃ。疲れたわい」

 そう言いつつも、疲れた様子を見せずに魔法を放っている老人に、

「ずう~っと寝ていたじゃないですか。南門にミリアリアやレティもいるんですよ。そちらに敵を流さない為にも早く合図をお願いしますよ」

 飛行船から飛び降りたマッシュは槍を大地に突き立てる。

「その身を震わせよ。わが友、グロリオーサ!」

 『栄光』という花言葉を持つ花を宿した槍は金色に輝き、地属性の魔法を発動させる。すると、マッシュの足元の敷石が持ち上がり黒装束の男達へと飛んでいく。

「分かっておるわい。夜空に光り輝け、世界樹よ!」

 アンキセスが杖を高く掲げて叫ぶと特大の花火と間違う程、大きな火の玉が夜空に打ち上げられた。

「これで鐘が鳴るでしょう」

 マッシュの表情が明るくなった。




 それと対照的に黒装束の男達の顔色は冴えなかった。飛行船を乗っ取り、帝国へと亡命しなければならない。しかし教会の鐘が鳴った途端、レイメル市内の様子が一変した。街全体が敵にまわった様だ。体制を立て直すため、リーダー格の男達は命令を出した。

「他の陽動班と合流して住民を人質に取れ! とにかく襲撃を続けろ!」

 その命令で一斉に黒装束の男達が市内へ散っていく。あるものは路地裏に、あるものは南門へと……。しかし、人質を捕まえた者は誰もいなかった。

 黒装束の男達の中には、逃げ遅れた観光客を襲おうとした奴がいた。その観光客が住宅に逃げ込んだので後追ったが、目の前で鋼鉄の扉が固く閉じられた。

「くそっ、入れねぇ。うおっ――」

 住人が二階から魔法を放ったところ、追いかけて来た黒服の男に命中し気絶させた。

「おめぇらより酔っぱらいの方が、よぉ~っぽど強いわ!」

 住人達は倒れている男に向かって叫んだ。

「レイメルの住人はなぁ、護身用魔道機を全員持っているのさ!」

「そうだ! 戦えない奴は誰も居ない!」

「毎月訓練しているんだぞ! 面倒くさいけどな!」

 住人達は最後には愚痴とも思える罵声を浴びせた。

 大通りから路地裏に飛び込もうとした黒装束の男達は数歩入ったところで大通りと路地裏の入り口を区切っている頑丈な鉄柵にぶつかった。顔を押さえて蹲っていると背の高い鉄柵の向こうから火の玉や石つぶてが飛んできだ。

「ぐぎゃ」「うおっ」

 転がった黒装束の一人が震える声で言った。

「お、おい。ど、どうなっているんだこの街は……」

 大通りに面している路地は全て鉄柵で閉じられ、街は鉄壁の防御の体勢を取っている。毎夜、住人達が交代で門番をしながら守って来た鉄柵は、思わぬところで効果を発揮していた。大通りに襲撃者達を閉じ込める事に成功したのである。

「ぼさっとするな、まだ南門がある。行くぞ!」

 男達は南門に向かって行った。必死で走っていると商店街で、そばがらの枕を投げられるなど、どうも処分品を投げつけられているような感覚に陥った。そのそばがらの枕が飛んで来た店からはこんな言葉が聞こえてきたからだ。

「今投げた商品の金額はいくらだったかなぁ。まあ、いいや。市長に全部請求してやる」

 どうやらマッシュの苦労は増えそうである。




 南門に辿り着いた黒装束の男達はミニスカートの門番に遭遇した。

「いらっしゃ~い」

 にっこり笑いながら挨拶したのはミリアリアだった。

「間抜け面して本当に来たわね」

この一言はレティである。彼女は先端を布で覆っている長い棒を持っている。

「ぬぅぅ、相手は女二人だ。突破するぞ」

 黒装束の男達が魔法盾を作り一斉に襲い掛かる。先に動いたのはレティだった。

「久しぶりに使うわね」

 レティは先端を覆っている布を払った。中から出てきたのは椿の花が描かれた刃だった。

「破壊しろ!『落首鎌 赤椿』刈り落とせ!」

 レティ専用の武装魔道機である。『赤椿』の能力は、火魔法と魔法盾の破壊と構築。レティが自分の身を守りながら戦える様にリゲルが造った大鎌だ。

 白の魔石を多めに含んだ刃、赤い魔石を椿の花に意匠し、黒の魔石を花の影を付ける為に使用している。他の属性は全く使えないレティの能力を考えると理にかなっている武器だ。レティはその大鎌で、男達が造った魔法盾をなぎ払った。

 白い光が一閃し魔法盾が一瞬にして消える。そこへミリアリアが懐に入り込みボディブローを叩きこむ。どうやら風の魔法で自分の移動速度を上げているようだ。ものの一分程で五人の男が地面に沈んだ。

「腕が上がったんじゃない。ミリアリア」

「レティもね。久しぶり、という割には衰えてないわよ」

 黒装束の男達はよろめきながら立ち上がり、

「くそっ、死神め!」

「そりゃどうも!」

 勢いよくレティは大鎌を振り回した。




 一方、広場では鉱夫達が頑張っていた。

「よっしゃぁ、十九人目だ」

「こっちも倒したぞ!」

 鉱夫達が歓声を上げる中で、的外れな心配をしている者がいた。

「武器は無事かぁ!」

 リゲルは自分が造った武器と育てた花が心配で見て回っているらしい。途中、襲いかかってくる敵を柄の長いハンマーで叩いて気絶させている。

「人間の心配をしろよ!」

「つるはしは武器じゃねぇぞ!」

 不満げな鉱夫達から様々なヤジが飛ぶ。

「リゲルの奴は何をしに来たんだよ?」

 店員のトロワはリゲルの後ろ姿を見送りながらトレイを振り回した。新体操の競技の様な美しい舞であった。魔法が放たれるとトレイで弾き返し、更に敵の投げナイフを叩き落とす。リゲル特製のトレイは魔法もナイフも弾く丈夫な代物であった。

「えーい! 当たれ~っ!」

 掛け声を上げながらエレナは二階から小さな袋を次々と投げていた。

 その隣ではカリウスが山と積んだ玉ねぎを次々とみじん切りにしていく。 エレナが投げていた袋は玉ねぎのみじん切りが詰まった袋であった。

「玉ねぎで泣き殺す!」

 その声は恐ろしく低く、近くにいたカリウスの包丁を持つ手が思わず止まる程だった。

 玉ねぎ爆弾を喰らった黒装束の男達は両目を抑えながら転がり回っている。カリウスは食材が勿体無いと思ったが、必要経費として市長に請求する事に決めた。




 そして市内では戦闘で気絶した黒装束の男達が次々と教会に吸い込まれていく。

 原因は教会の修道士達だった。素早く現れて倒れている男達を回収する。ついでに、鉱夫達の治療も行い、Ⅴサインを出して教会に戻って行く。途中で襲われた時は、目くらましに光の珠を相手に発射し、『精霊王の怒りに触れますよ』と脅かした挙句に拳で殴り倒した。大通りのあちこちに出現する修道士の体力は無尽蔵に思われた。

 そして教会の中ではメリルが大喜びで、

「あらあら~、こんな物いりませんよね~。今日は臨時収入がたんまりだわぁ」

 気絶している男達を財布ごと身ぐるみ剥いで縛り上げていた。

 やはりこの教会の女神は金に目が無いらしい。




 一方、デボスはリゲルと合流して教会前で戦っていた。

 両の腕にはリゲルが造った腕輪型の魔道機を嵌めていた。火と光が使える魔道機であった。高等な精霊魔法は使えないが、デボスにとっては十分な代物であった。

 邪妖精の襲撃を考えると人気の無い所で戦いたいと願ったのだが、心配したリゲルが許さなかったのだ。

 突然、二メートルほどの大きさの黒い邪鬼が目の前に舞い降りた。その邪鬼は女の声で話し始めた。

「裏切り者、このノワールの後を追って来い。さもなくば街の住人を殺すぞ……」

 勿論、声の主は鏡の前に立つビアーネであった。

「なんてぇ大きさだ。ワシと同じぐれぇの大きさか……」

 リゲルはハンマーを構えながらも驚いていた。

「そこのハゲ親父に用は無い。デボス、来い! 裏切り者!」

 その叫びと共に、数え切れない邪鬼が舞い降りて噴水広場へと移動を始めた。

「待て! この街の人間に手を出すな!」

 黒い邪鬼の群れを追って、デボスは夢中で走り出した。

「おい! 黒い奴待て! ワシはハゲじゃないぞ! 剃っているだけだ、じゃなくて一人で行くな、デボス!」

 リゲルは近くにいた修道士に駆け寄り、

「おい、飛行場にいる市長の奴に知らせてくれ。邪妖精の群れが現れて、デボスが追っているとな」

 そう伝言を頼むとハンマーを振り回しながら走り出した。


★作者後書き

 やっと更新が出来ました。本当にお待たせして申しわけありません。

 地獄の様な仕事の日々に、作業が中断したのは残念な想いがありました。でも、この二人の話は最後まで連載していきたいと思っています。

 今回は二話を掲載しました。住人達の結束の強さを楽しんで頂ければ幸いです。勿論、モール達もそれなりに結束していますが……。

 次回は8月4日に更新したいと思っています。よろしくお願いいたします。


★次回出演者控室

アンキセス「最終回じゃ。何か忘れておらんかいのう?」

マッシュ 「いろいろ落としていませんかねぇ。作者殿」

メリル  「あらあら~、いいじゃありませんか。少しぐらい」

エア   「それって良いの?」

ユウ   「とりあえず良いんじゃないかな」


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