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紫銀の精霊師  作者: 金指 龍希
悲嘆の魔石師編 
34/87

第七章 悲嘆の魔石師 その二

豊穣祭二日目は蚤の市が開かれる。伝統的に城壁に沿って店を開く者もいるが、客入りを考えて大通りに店を構える者がほとんどだ。それに伴って大通りは観光客で大混雑となるのだ。

エア達はヴォルカンでゆったりと昼食を終え、秋めいた日差しの中でお茶を楽しんでいた。

「初めての豊穣祭なのに……。もう少しゆっくり見たかったなぁ」

 エアが残念そうに慌ただしく人の行き交う大通りを眺めていると、

「来年はゆっくりできるさ」

 その様子を見ていたユウが慰める。

 頬づえをついたミリアリアはうんざりした顔をして、

「来年はそうしたいわね~。実はこの仕事、私にも女王から協力要請が来ていたのよ。各都市に居る精霊師達も協力せよってね。精霊師の仕事も祭りの時くらい休みにしたいものね」

「そんなこと言ったら仕事が無くなるわよ。客がいてこその商売なんだから」

 レティもうんざりした顔をしているくせにミリアリアに意見をしつつ、

「まぁ、祭りだからと悪党が大人しくしている訳じゃないし、でも平和な気分を楽しみたい時も有るわね。お酒も旨いし」

 レティは言葉の最後に、お酒と付け加えた。それを聞いたエアとユウが嫌そうな顔をすると、何故かミリアリアも嫌そうな顔をしている。

「さっき市長がイワン・バカラとかって男の話をしていたけど、ひょっとしてレティが潰したの?」

「ああ」

 頷いたユウがミリアリアに夕べの出来事を話すと、

「ああ、やっぱり……。飲み比べしても、私はレティに勝てないのよねぇ」

 ミリアリアの声は消え入りそうだ。店の外は、慌ただしい空気が流れているが、此処ではまったりとした空気が流れている。まるで、この空間だけ、外とは切り離されているかのように……。このときエアはふと思った。

(こんな時間こそ幸せなのかな。無駄にも思えるけど、それが良いのかなぁ)

 そう思いつつもまた考える。年寄りくさいなぁと……。

「ま、今のうちに身体を休めておきましょうよ」

 レティは思い切り両手を上げて身体を伸ばした。




 ミリアリアが急に真剣な顔で話し出した。

「それにしても彼があのデボス・エンデュラなのね。想像していたよりも穏やかで、思っていた通りに頑固な人物みたいね」

「そのようだな」

 ユウがミリアリアの言葉に頷く。レティが長い赤毛を弄びながら、

「彼は囮になる事を決めたのよ。邪妖精が自分だけを狙ってくる様にする為にね」

 レティの言葉にエアは唇を噛んだ。

「その決意を知ったから、各街区の代表者も彼の参加を反対しなかったな。確かに人間の小悪党など何とかなるさ。でも邪妖精は違う。護身用魔道機では防げない攻撃をしてくる可能性は高い」

 ユウの推測に眉を寄せたエアは、

「邪妖精かぁ。何体ぐらい来るんだろう?」

 その疑問にミリアリアが首を傾げながら

「おじい様なら全属性の妖精を一度に召喚出来るわね。つまり六体。それ以上はやった事が無いから分からないわね。それにそんな必要もないし」

「やっぱり、あの爺さんは化けタヌキだな。それに一度に大量の妖精召喚など、戦争でもなけりゃ必要ないしな」

 ユウも複数の妖精召喚などやった事が無い。二属性の魔法を同時発動するだけでもかなりの疲労を覚えるのに、全属性の妖精を同時召喚するなど考えられない。

 それにしても誰の指図で貴重な魔石をイワンは盗んだのだろうか、とユウはふと気になった。

(邪霊師だと思われる女からの依頼なんだろうか……)

 デボスが見たと言う親友のケントの杖を持っている邪霊師と思われる女。もし、そうなら例え女でも許せないとユウは固く拳を握り締めた。

「ここからは自由行動にしよう。エア、俺と一緒に行こう」

 きょとんとしたエアを連れて、ユウは店を出て行った。




 再び市長室に二人が足を運ぶと、そこには中年三人組がいた。

「失礼するぞ」

 ユウはノックもせずに部屋に入ると、

「おう」

「おや? どうしました」

「あらあら~、いらっしゃい」

 三人三様の挨拶を二人に返す。

「まだ今夜の事について打ち合わせているのか?」

「考えておかなければならない事は沢山ありますよ。各街区は大通りに面した住宅の防御を計画通りに固める予定です。そして防御魔法が得意な修道士を教会の前に集め、捕えた輩は縛り上げて教会に投げ込んでおきましょう」

 真顔で話すマッシュに、メリルは笑いながら答える。

「あらあら~、それでは教会はゴミ箱……、じゃなくて収容所になるのですね」

「あと設計図を保管しているワシの工房も狙われる可能性もあるなぁ」

 女王の計画を実行するレイメル市の迎撃準備は最終段階を迎えていた。

「今朝、教会の本部に送ったイワンの事なんだが、やはり貴族の息子だったのか?」

ユウはおもむろにマッシュに尋ねた。そう言えば、そんな事をマッシュに貴族名簿を見せられた時に言われたとエアは思い出した。

「やっぱり国境で戦死したと記録されていた人だったの?」

「表向きはバカラ家の死んだ長男の名を騙った偽者を深く反省させる為に教会へ送った事になっていますが、彼は本物のバカラ家の長男ですよ。亡くなられた前の奥方のお子さんですね」

「どうして分かったの? 本人がそう言うだけじゃ証明にならないよね」

 やけにきっぱり言い切ったマッシュに疑問を感じたエアは聞き返した。

「彼の指輪ですよ。あの指輪は彼の母親の依頼でリゲルが造った護身用魔道機です。病弱だった彼女は邪気払いの能力を持つ魔道機が欲しい、と私に頼んだのですよ。もう二十年以上前の事ですが……」

 マッシュはリゲルの顔を見ながら答えた。

「おう、市長の言う通りよ。あれはワシが造った魔道機に間違いない。こんな形でお目に掛かるとはなぁ」

 腕を組んだリゲルは感慨深げに唸っている。

「本物のバカラ家の長男を捕まえたと公表すると、彼は殺されてしまうかもしれないと思いまして……。この事は王都には内緒ですよ」

「バカラ家か……。胡散臭いな」

 ユウは政治的な匂いを感じ取っていた。

「あらあら~、あの腹黒い貴族様の後妻になった方は野獣の様に美しくて危険な方でしたわね~」

 メリルは面白そうに笑っている。

「じゃぁ、彼は本当のお父さんに捨てられたの……?」

 悲しげな瞳でエアはメリルを見つめた。

「あらあら~、エアちゃん。人間の感情は見た通りの行動では判断出来ない事も有りますよ」

「とりあえず生きてねぇとな。奴は親父に問い質す事も出来ねぇさ」

「そうですね。それに最初から殺すつもりなら、もう殺されていますよ。生かしてあるのは親心なのか、それとも何か事情があるのか……。イワンをそそのかしたのはモールと名乗る男だそうですしね。とにかくモールの顔が分かる人間を死なせる訳にもいきません」

 中年三人組は頷き合っているが、エアはすっきりしない気持ちを抱えていた。

「モール……。デボスさんを酷い目に遭わせた人だよね。イワンも騙したのね」

「また奴か……。黒髪の女の話はしていなかったか?」

「それって邪霊師じゃないかとデボスさんが言っていた女の人?」

 エアはユウの顔を見上げた。

 そうだった、とエアは思い出した。温和を意味する『メディニラ』の杖を彼は探しているのだ。大切な親友の形見……。その杖を探し求めて彼は何処にでも行くのだろう。そんな事を考えていたら、エアは顔も知らないケントという人物の事が少し羨ましくなった。

(私の事も誰か探してくれるのかな……)

 何だか自分の存在に自信が持てないなぁ、と思いつつエアは溜め息を吐いた。

「イワンが会っていたのはモールだけの様ですね。イワンが根城にしていた酒場に時折来ていたようです」

「そうか……。俺達は時間まで待機しよう。行くぞ、エア」

 マッシュの言葉に頷いたユウは、複雑な表情をしたエアを連れて街へと赴いた。




 ポストル地区にある薄暗い部屋――

 真っ黒な鏡の前に、華やかな花が意匠されている杖を持った黒髪の女が立っていた。

「私のノワール。あの白い鳥もどきの妖精を引き裂いて始末するのよ」

 多くの邪妖精を召喚したビアーネは赤い唇から呪いの言葉を紡ぎ出す。

「きっとあの黒髪の精霊師の妖精ね。あの小娘に光の妖精が召喚出来るとは思えないわ」

 破壊された邪妖精の目を通して見たユウとエアの姿をビアーネは思い出していた。

「デボスの胸から魔道機を取り出したら、あの黒髪の坊やを殺してやる」

 黒い瞳はギラギラと輝いている。その様子を見たマークは、

(神経がぶっ飛んでるな。俺も人の事は言えないか……)

 そんな事を自分が思うのは、殺人を目撃した殺人鬼が「人殺し!」と叫ぶようなものだな、とマークは苦笑した。

(あの女と俺は似た者同士かも知れんな……。何処でモールと出会ったのか知らんが……)

「ビアーネ。騒動は深夜に起こる筈です。今から気を張っていては疲れてしまいますよ」

 モールはビアーネに近寄り、そっと背中に手を当て椅子に座る様に勧めた。

「ノワール達は夕方にはレイメルの近くの森に到着しますわ。そこで待機させましょう」

 椅子に腰かけたビアーネは上半身をモールにすり寄せた。

 モールの為なら何をやっても許される、否、誰に許されなくても構わない。彼が自分を見つめてくれればそれで良いのだ。

 ビアーネにとって唯一の安らぎはモールの傍に居る事であった。

 自分は死ぬのを待っているだけの孤児だった。浮浪児狩り遭ってしまい、奴隷として国外に売られる自分を助けてくれたモールは命の恩人だった。

 暗くて息苦しく、蒸し暑い船倉に大勢詰め込まれ、波に揺られたその奴隷船の中から助け出してくれた。

 その時に自分に向けられた、明るい月光に照らされたモールの青い瞳を彼女は忘れられない。

 きっと恋をした。

 否、そんな言葉では表せない程にビアーネはモールを慕っていた。




 それにしても今回は想定外の事態が続いている、とモールは感じていた。デボスを見張っていた邪妖精が破壊されたのが大きな誤算だった。結果、傀儡としていたデボスに自由が与えられてしまった。アンキセスはグラセルに足止め出来ているのは良いが、連絡を取り合っている事は間違いないだろうから油断は出来ない。

(まあ、デボスの魔道機が回収できなくても、本命の計画は滞りなく進んでいますがねぇ……)

 アンヌが造った試作品ではなく、完成品のバイオエレメント。

(これを欲しがる人間は物騒な事を考える輩ばかり。私は必要ありませんが……)

 デボスが解読した古文書によって、モールは完成しているバイオエレメントが複数存在している事を理解していた。

 アンヌは自分が発明したと思っているが、事実は違う事をモールは知っていたのだ。その事をデボスに話してはいないのだが……。

(あの女王も詐欺師ですねぇ……。王家も保管しているのに)

 モールは口の端で笑った。『火精の乱心』によって幽閉された皇子も自分の住む王宮にバイオエレメントが存在するなんて知らずにいた事だろう。だからグラセル大工房でアンヌを殺し、火の海にした。そしてデボスの運命も狂ってしまった。

(可哀想なベレトス。可哀想なアンヌ。可哀想なデボス……。でも私の目的はその先に在る)

 目的を達成する為にはビアーネの存在は欠かせない。この女が人間を憎しみ、絶望で身体を満たし、愛や慈しみを捨て去れば……。

そうなれば自分の目的の物が手に入る、とモールは確信していた。




 王宮では女王が部屋の中を歩き回っていた。

「陛下、靴と床が擦り減ってしまいます。御座りになられたらいかがでしょうか? 嫌でも時間は過ぎていきます。落ち着かれては……」

 侍従長のフルカスは落ち着き払って女王に注意すると、

「ふん! そなたはそう言うが無理に決まっておるじゃろう! 我が心配しておるのは、あのタヌキじじいが失敗しては困ると思っておるのじゃ!」

 女王は大声でフルカスに言い返した。

「陛下はアンキセス殿が失敗すると思っておられるのですか?」

 フルカスはわざと大袈裟に驚いた様に女王に問うと、

「うるさいのじゃ! 我は食事をする。早く持って参れ!」

 どっかりと椅子に座った女王はむくれた顔をしている。

(本当に素直じゃありませんな。心配だと言えばいいのに……)

 フルカスはそっと溜め息を吐いて窓の外に目線を移すと、夕焼けの綺麗な茜色は青黒い色が混じり始め、眠れぬ夜を迎えようとしていた。




 観光客で賑わうレイメルの噴水広場は多くの人が行き交っている。その喧騒の中で、二人は噴水の中に立っている精霊王と妖精の彫像を眺めていた。精霊王を守る様に二枚羽の妖精が身をかがめて杖と盾を構えている。

 彫像を眺めていたエアはゆっくりと噛み締める様に、

「我は二枚の羽を持つ者、杖を持ちて邪を払い、盾にて民を守る者……。精霊師としての誓いと覚悟……。何か緊張しちゃうなぁ」

「俺達はこの街で生きている人間だ。街と住人を守る。それが俺の覚悟だ。だが、気に入らないのはモールという男だ。バカラ家の事も気になるがな……。でも今はこの街を守る事を考えよう」

 ユウは唇を噛んでいる。エアはその横顔を見つめながら、

「そうだよね。私もこの街の住人だもの。両親が殺された時は無力だったけど、今は違うもん。皆が無事に過ごせるようにしなくちゃ……。それにモールの計画を成功させちゃいけない気がする。邪霊師も仲間なんでしょ。何か嫌な感じがするよね」

 不安そうな顔をしているエアに、ユウはふと笑みを向けながら噴水の手すりに腰掛け、

「皆で協力して頑張れば何とかなるさ」

 頷いたエアもその隣に腰を降ろし、

「私、独りじゃなくて良かった……」

 二枚羽の妖精が見下ろす中、二人は寄り添って座っていた。




 西の空に僅かに残っていた茜色の光はすっかり消え去り、暗い空に月が昇り始めた。黄昏の精霊が眠りに着く夜を迎え、レイメルの街は闇に包まれようとしていた。


 二話連続投稿です。

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