第七章 悲嘆の魔石師 その一
豊穣祭二日目の朝、誓いの噴水の傍に三人の姿があった。
「お世話になりました。魔石も無事に取り戻してもらって感謝しています」
礼を述べるフェニエラは、すっきりとした表情をしている。
「うーん……、最終的に捕まえられたのはレティのおかげだし、私とユウは探しただけだからなぁ」
「イワン・バカラは教会総本部に連行されるそうだ」
「メリルが何をしたのか分からないけど、女性の修道服を見るとパニックを起こすんだって。それなのに教会総本部で修行させるなんて拷問だよね」
エアとユウの二人はさりげなく、しかし気を遣いながらフェニエラに告げた。
ところが以外にもフェニエラは落ち着いた声で、
「ふふっ、本当にそうね。でも生まれ変わった気持ちで生きてくれたらいいわ……。あれから考えたの。警備兵に知らせなかったのは、騙された自分が人目に晒されるような気がして嫌だったの。もちろん、イワンに未練もあったけど。自分の気持ちが分かっていないのに、誰かにどうして欲しいなんてはっきり言える筈が無かったのよ」
フェニエラの話を神妙に聞いていたエアは羨ましそうに、
「答えを見つけたのね」
「私ね、彼にも幸せになって欲しいと思うようになったの……。私、祭りが終わるまでこの街に滞在する事にしたわ。デボスさんのお世話をしたいし、シスターにもお願いしたの」
「店に急いで帰らなくてもいいのか?」
癒しと赦しを得た晴れやかな笑顔を見せたフェニエラに驚きつつ、ユウが尋ねると、
「店は気になるけど、お世話になった彼に出来る限りの事をしたいの。他人にしてもらうだけじゃ駄目よね。自分も誰かに何かしてあげなきゃいけないと思うの。彼に自分の話を沢山聞いてもらって……、感謝しているわ」
「そうか……」
ユウは短く返事を返していたが、いささか気になる事があった。しかしエアは素直に喜んでいた。
「ありがとう。フェニエラさん。忙しくて顔を見に行けなくても、フェニエラさんが居てくれれば安心だもん。じゃぁ、私達は飛行場へ行って来るね」
「遅れるとミリアリアに何を言われるか……。行くぞ」
エアとユウは連れ立って歩き出した。その後ろ姿を見送りながらフェニエラは胸が痛んだ。『世話をしたい』と思う気持ちは本物である。祭りが終わるまで滞在するとデボスと約束をしていた。しかし、その約束は時が来るまでは誰にも話さないと彼と固く約束していた。デボスの想いを自分が台無しにしたくは無い。
(誰かに想いを託されるというのは大変な事ね)
目に見えないものなのに、『想い』というものはとても重いものだとフェニエラは実感していた。
「次は、ミリアリアの出迎えだな」
ミリアリアが苦手なユウは少し憂鬱な表情を見せた。
「あ、そうだった。すっかり忘れていたよ」
しばらくして、空から変わった形の黒い飛行船が姿を現した。
「あれは……そうか、あれが例の新型飛行船か。今日が入航日だったな」
「へぇー……。変わった飛行船だね」
二人は飛行場へと急ぎながら空を見上げる。
新型の飛行船は空気抵抗が少ない平らな形である。旅人と荷物を大量に運ぶ大型の飛行船とは大きさも違い、戦闘用である新型高速戦闘船は高速で移動することを重要視した為に小さめで、色は黒く塗られていた。
気が付けば発着場は大勢の人が押し掛け、熱気で溢れていた。
その中を黒く塗られた飛行船が、ゆっくりと垂直に降りてくる。
着陸した飛行船のタラップが降ろされ数人が降りてきた。その中にミリアリアの姿を見つけたエアが駆け寄った。
「ミリアリアさぁーん」
「エアちゃん、その後調子はどう?」
「依頼を二件終わらせる事が出来ました」
「一週間足らずで二つかぁ、上出来じゃないの。ところでユウも……、相変わらずねぇ」
ユウを見ると仏頂面をして、ミリアリアに向かって簡潔な一言で、
「市公舎に行くぞ」
「もう少し愛想を良くして欲しいものだわ」
「ユウはあれが普通です」
(エアちゃんはすっかりユウの味方になっているわね)
エアが受け入れている程、ユウはエアを受け入れているのかとミリアリアは疑問に思ったが、明るい笑顔を見せる少女に口ごもってしまった。
「どうしました? ミリアリアさん」
「いや、なんでもないわ。とりあえず市公舎に行きましょうね」
三人は揃って大通りへと歩き出した。
市公舎の市長室。市長の召集で街の代表達が集まっている。
その顔ぶれはリゲル、メリル、レティ、第一街区から第四街区の代表、そして何故かラヴァル村の鉱夫長もいた。
「何だか、ものすご~く、ものものしい雰囲気なんですけど……」
扉を開けたエアが居並ぶ面々に思わず感想を口にした。
「各街区の代表者を集める時は街にとって重要な話だ。不審な輩を掃討する為の打ち合わせだな」
溜め息を吐きながらユウは手近な壁にもたれかかった。エアはユウの傍で周囲を見回すと、レティがミリアリアと世間話を始めるのが見えた。
「やっほー、ミリアリア」
「ハ~イ、レティ」
挨拶を交わす二人は仲が良いようである。
「ところでレティ。あの二人、仕事の方は順調?」
「今のところはね、思ったより相性は良いみたい。最初は心配だったけど」
「レティがそう言うなら安心ね。精神的に厳しい仕事も有るけど……」
「そう思うわ」
どうやらエア達のことらしい。そこへ市長が汗だくになって走り込んで来た。
「遅れて申し訳ありません、蚤の市開催宣言があったので。君、用意したお茶を出して」
「承知しました」
指示された若い秘書は一礼して部屋の外に出た後、
「皆さんに集まって頂いた理由は、先程グラセル大工房から到着した新型高速飛行船についてであります」
言い出しにくそうな市長は眉をハの字にして、少し間を置き話し始めた。
「新型高速飛行船がレイメルに来たのは、ある組織の炙り出しの為です。皆さんもお気付きだと思いますが、すでに不審な輩が街に集まってきております。家族連れは外の保養所に宿泊をさせてありますが、単身者は市内のホテル街に集めて宿泊をさせてあります」
組織の炙り出しと聞いた全員に緊張が走ったが、構わず市長の言葉が続く。
「飛行船は明日の朝にはグラセル大工房に戻ります。その組織が襲ってくるとしたら、今夜。深夜の0時から1時頃だと思われます。皆さんに協力をお願いしたいのは街の防衛と飛行船を奪取しようとする輩の捕獲であります」
市長はゆっくりと皆の顔を見渡した時、お盆に人数分のお茶を乗せた秘書が入って来た。ちなみに今日のお茶は烏龍茶だ。今の市長の気分は、渋めの烏龍茶らしい。
「では作戦について説明します。敵の数は少なく見積もっても二百人を超えると思われます。その全員が飛行船に雪崩れ込むかと思われますが分散する事も考えられます。そこで敵を大通りに封じ込めて撃退をして頂きたいのです」
市長室の中は静まり返っている。皆の心臓の鼓動が聞こえてきそうだ。
「各街区では各住宅前の敵をお願いします。漏れた敵はラヴァル村の方々が広場で撃退します。そして街の出口に当たる南門の守備はミリアリア、レティのお二人に。リゲル、ユウとエアの三人は、観光客の退避を援護しながら自由に移動してください」
黙って作戦を聞いていたユウが懸念を口にした。
「観光客の数が多いと手が回らないぞ」
「大丈夫です。幸い今日の催しは蚤の市だけです。飛行船発着場は早めに閉鎖しますし、各街区の住人にも避難を誘導してもらいます」
「それなら大丈夫だな」
「私は飛行船の近くで待機しますので、私を最終防衛ラインとします。作戦開始は飛行場からの合図が確認されたら、メリルと私の秘書が教会の二つの鐘を鳴らします。各自、それまでは待機して下さい。ご質問は有りますか?」
市長は皆の顔を見回しながら説明し終えると、疑問を感じたエアが、
「どうして襲撃の時間が分かったの?」
市長は何故か遠い眼をした。
「ああ、それですか……今朝早くです。君達が酔い潰した詐欺師をメリルが尋問して判明したのです。魔石を盗めと指示したのはデボス達の仲間の様ですよ」
そこへメリルが市長に対し反論しながら幸せそうな笑みを浮かべる。
「あらあら~、尋問ではなくって平和的な交渉でお尋ねしたのですよ。うふふっ」
(嘘だ! 尋問に決まっている!! それ以外は有り得ない!!!)
その言葉にエア以外の全員が心の中で反論した。エアは周りの人間が凍りついているのをきょとんとした顔で眺めていた。何故かユウまで硬い表情をしている。
「彼を地下の特別室で治療をしている最中に聞き出しましたの。彼は『明後日の0時に仕事をするからそれまでにホテルの部屋に来い』と言われていたそうです。敵にしては間抜けですよねぇ~。うふふっ」
(治療だけ? いや、絶対に違う!)
メリルの言葉に、またもやエア以外の全員が戦慄した。ミリアリアもレティも、ましてや普段表情を滅多に変えないユウでさえ顔色が青く見える。
「ねぇユウ。地下の特別室って?」
雰囲気に取り残されたエアが小声で尋ねると、
「地下墓地だ……」
「ぼ……ち……。メリルったら何をしたのかなぁ……」
あの笑顔でどんな拷問をしたのだろうか……。確かにフェニエラが願った様にイワンに天罰が下ったのだ。
「市長、アンキセスの爺さんは何処にいる? 爺さんの性格じゃ、必ず参加するだろう?」
前々から計画されていたのなら居ないのは変だとユウは思ったのだ。
「これこれ、爺さんはやめなさい。皆さん。現在、アンキセス殿は別行動をされていますが、作戦の開始時刻には合流しますよ」
ユウの質問に答えたマッシュが部屋の中を見回すと、急に安堵の表情を浮かべた住民の顔が見えた。 やはりアンキセスの存在はレイメルにとって大きいのだと市長は痛感した。
エアにとってもアンキセスに会えるのは半年ぶりだ。今日の夜には会えるのかと思うと心が弾んだ。
「まあ、理解できたよ。この街が囮になっているってことがな」
ユウはそれだけ聞くと納得したのか、再び静かに壁にもたれた。
「あと、彼も参加します。どうぞお入りください」
マッシュが声を掛けると、一人の男が静かに部屋に入って来た。
「皆さん、ご存じかも知れませんが、彼の本名はデボス・エンデュラ。王国が罪人の汚名を着せてしまった方です。しかし、彼はこのレイメルの住人として、この作戦に協力したいと強く申し出されました。私としては彼の希望を叶えたいと思いまして、皆さんにご紹介をいたしました」
マッシュは言葉を区切った後、部屋の中を見回した。
「私は市長として認めるつもりでありますが、ご異議の有る方はお申し出ください」
部屋の中は静まっている。エアはデボスが参加すると聞いて、驚いているのみであった。
「危ないよ! デボスさん、治療したばかりでしょ!」
エアは思わず叫んでしまった。しかし、デボスは微かに笑みを見せ、
「大丈夫ですよ。私だって少しは戦力になります。私の中にある魔道機を狙ってくる者もいるでしょう。狙われている私が何もせずにいるのは許されない事だと思うのです。それに怪我をしても、貴方が居れば治してくれるでしょう?」
「だけど! だけど――」
デボスに向かって叫ぶエアの肩にユウが手を置いた。
「彼は自分を弄んだ奴に反撃したいのさ。その気持ちは俺にはよく分かる」
ユウは彼の歩んだ半生を聞かされた時、親友を巻き込んだ事に憤りを感じつつも、他人に蹂躙された人生を心から気の毒に思っていたのだ。
再び静まり返った部屋の中でマッシュの声が響いた。
「皆さん、ご異議は有りませんね。では各自、所定の時刻まで準備をしつつ待機してください。ラヴァル村の皆さんは地下の倉庫に集まってもらえませんか。渡す物があります」
マッシュはラヴァル村の面々を引き連れ部屋から出て行った。
市公舎の地下倉庫、そこには様々な物が保管してある。防災に必要なテントや炊き出し道具、非常食等である。そしてリゲルの修理失敗作(?)も保管してあった。
「皆さん、以前回収を致しました修理したつるはしを配ります。全員分あるはずです」
「ああ、確かに全員分足りるぜ」
「こんな時に役立つとはな」
鉱夫達はリゲルが修理した花柄のつるはしを手にした。
「今回の仕事には特別報酬を出します。金額は敵を倒した数×800ヴィッツとします」
『ヴィッツ』とはトルネリア王国におけるお金の単位である。
鉱夫の給料が月約十万ヴィッツなので報酬としては悪くないはずだと市長は考えた。
ところがマッシュが800ヴィッツと言った瞬間、鉱夫達の目が吊り上がった。
「俺達、身体張ってその金額はないんじゃない、敵一人頭1000ヴィッツだ」
グラッグが声を上げる。
「「そーだ、そーだ!」」
「ケチくさいな」
鉱夫達が騒ぐ中、マッシュは瞬間的に頭の中で計算を始める。市の財政を預かる手前、赤字にしたくないからだ。
「くっ、それでは850ではいかがですか?」
「譲れん、1000だ」
グラッグはマッシュの提示する金額をすっぱり切り捨てる。
タンホブ鉱山即席労働組合の団体交渉が始まった。
「市長、太っ腹なところを見せて下さいよ」
「そーだ! いいとこ見せて下さいよ!」
「身体を張るのは私だって同じですよ」
お互い額に汗を掻きながら、にらみ合って一歩も譲らない。
グラッグを含め三十三人の鉱夫達は円陣を組んで相談していたが、
「女王に献上するブドウ酒を、毎年樽三個に増やそう。それ込みで1000ヴィッツ」
グラッグが相談の結果をマッシュに伝えると、
「いいえ、880で」
「一樽が三樽なら、かなりの増量だろう!」
「もうひと声!」
もはや市場の競りの様な状態になっている。とうとうマッシュが根負けした。
マッシュにしては珍しく悪態を付きながら、
「くそっ!900でどうです!!」
「よっしゃぁぁ!」
「さすが市長!」
「やったぜ!」
鉱夫達は団体交渉がうまくいって喜んでいる。反対にマッシュは鉱夫達が倒した数によっては相当な金額を払うことになりかねないと腹を括った。
鉱夫達が意気揚々と出て行った後、自室に戻ったマッシュは憮然として呟いた。
「鉱夫に払う報酬は、全部女王に払わせてやる」
マッシュの肩は小刻みに震えていた。
★作者後書き
本日は更新時間が遅くなりました。申し訳ありません。
かなりテンパっておりまして、原稿が完成したのが更新一時間前でした。
さて、やっと最終章に突入しました。エアとユウを含めたレイメルの住人VS悪い奴と邪妖精の戦いです。苦手な戦闘シーンも書かねばならず、頭を抱えております。
最後までお付き合いください。よろしくお願いいたします。
★次回出演者控室
エア 「だからデボスさん、危ないってば!」
デボス「ホシガラスもいますし、貴方もいますし、大丈夫ですよ」
ユウ 「以外に頑固だな」
デボス「頑固でなければ、この数年間を耐える事はできませんでしたよ」
マーク「俺たちの存在は忘れられているな」
モール「良いじゃないですか。闇討ちが我らの本分ですから」
ビアーネ「私は気に入らないわ」