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紫銀の精霊師  作者: 金指 龍希
悲嘆の魔石師編 
32/87

第六章  詐欺師の悪夢 その五

 髭面のおっさんがウェディングドレスを着ている……。

 しばしの間、沈黙が流れた。

 エアの瞳はその髭面に釘づけになっていたが、次第に青ざめながら我に戻ると、

「うきゃーっ!」

 と叫んだ彼女は、慌ててユウの後ろに隠れた。

「大丈夫だよ」

 ユウは苦笑しながらラヴァル村の鉱夫の一人だと正体を明かした。

「そんなに驚くとは思わなかったな~。あとでエレナの所で会おうぜ」

 女装した髭面のおっさんは笑いながら走って行く。驚きの余り、身体が動かなくなったエアを後にして……。

「どうした? ちょい姫ちゃん、顔が青いぞ」

 また後ろから声がする。

「女装した奴に、声を掛けられたんだ」

 声も出ないエアに変わり、ユウが返事をした。

「そうか、いや驚かせてすまなかったな。この時期になるとストレス発散のために女装する奴がいるんだよ」

 水夫に化けた鉱夫が返事をする。あまり普段と姿が変わらないような気がするが、

「そうだな、鉱山仕事でストレスが溜まっているからな」

「違いねぇや。早く酒場にいる連中と合流しようぜ」

 鉱夫達の話は止まらない。二人は黙って苦笑していたが、

「そろそろ、教会に行くぞ。患者の中にイワンが居ないか聞いてみよう」

「そうだね、このまま話を聞いていると本当に日が暮れちゃう」

 二人は人ごみの中を歩き出した。




 教会に二人が着いたときは、既に夕闇が訪れようとしていた。

「うわっ、お酒臭い」

「ああ、これも毎年恒例になってきたな」

 教会の中は野戦病院と見間違う程の混乱状態になっていた。ただし患者は全員、急性アルコール中毒、要するに酔い潰れた人達である。

 つまり教会全体が、粕漬けの如く酒臭くなっているのである。

「なんだか空気だけで酔いそう」

「大丈夫か、とにかく早くメリルを探そう」

 ひそひそ話していると、メリルが二人を見つけて近寄って来た。

「あらあら~、貴方達も酔ったの? 二人とも、お酒は駄目ですよ~」

「悪い冗談はやめてくれ」

「詐欺師なら倒れた患者を迎えに行った時、最後の休息所の近くで見かけましたよ。イケメンとやらのマスクかと思ったけど素顔だったのよね~」

「頭が痛くなってきた。こいつ馬鹿か。仮装マラソンで仮装もせずに走るとは、自分が追われているって自覚はないのか……」

「あらあら~、鎮痛剤でもだしましょうか?」

「いらん。今、どこに居る?」

「そうねぇ~、商店街の近くかしら。そろそろゴールすると思うわ」

「そうか、すまん」

「ありがとう、メリル」

「いえいえ、どういたしまして」

 教会を後にしようとした時、ユウがふと立ち止まってメリルを振り返った。

「ところでフェニエラはどうしている」

「あらあら~、心配ですか?」

 ユウが黙って頷くと、

「貴方が考えているより人の心は強いものです。心配には及びませんよ。彼女なら二階にいます。デボスさんと話をされた後、熱心に精霊教の本を読んでいますよ」

「それは……、別の意味で心配だな」

「うん、間違った方向にいっている気がするね」

「あらあら~、精霊王の教えは間違ってはいませんよ。でも、あの方は教会に入信しないでしょう。私にはそう思えますが」

「ん? メリル、そういう根拠はなんだ?」

「ふふっ、あの方は本を読んでいるふりをして自分を見つめ直しているのですよ」

 メリルは女神の如く、慈愛に満ちた笑みを浮かべていた。

「そっか、私も頑張らなくっちゃ」

 自分も負けられないとエアは思いつつ、星が瞬く夜空の下へ飛び出して行った。




 マラソン終了後、ヴォルカノンの集まった鉱夫達は山百合の料理を楽しんでいた。

 店の奥はラヴァル村の鉱夫達に占領されている。その数、グラッグを始め総勢三十三名である。昼間から酒を飲んでいるにもかかわらず、まだ飲む気満々であった。

「いやぁ~、あんなに嬢ちゃんが驚くとは思わなかったな~」

「お前が女装したのがいけないんだろうがぁ。来年は止めておけよ」

「残念だなぁ~。結構、面白かったんだけどよぉ」

「仕事中だったんだろ、二人で人探しをしているそうじゃねぇか」

「似顔絵を見せてもらったけどよぉ。その探している男ってぇのは、結構な優男だぜ」

 そう答えた鉱夫は、ふと店の入り口に視線を移した。

「おい、あいつだぜ。あの金髪の優男」

 イワンの姿を目にした鉱夫は声を潜めて、入り口で空席を探している若い男を指差した。

 ラヴァル村の村長でもあるグラッグは皆に声を掛けた。

「よし、奴を囲もうぜ。二人がタンホブ山の魔物を退治してくれたお礼だ」

「異議なしだ」

「おう、大事なお客さんだぜ。逃がすなよ」

 いかつい鉱夫達は一斉に頷いた。

「お~い、エレナ。あいつを此処へ連れて来い」

 グラッグがエレナの背中に向かって声を掛けると、イワンの存在に気が付いた彼女は黙って左手の親指を立てた。




 第二街区商店街、そこには日用雑貨店や土産物屋が立ち並ぶ、文字道理の商店街であった。祭の期間中の値引き販売で商店はかなり賑わっていた。

「いないね」

「ああ。何処にいるのやら」

 若い精霊師の二人はイワンの姿を探し求めていた。

 酒臭い酔っぱらいと観光客で賑わう商店街を歩きまわる二人を見つめる数人の男達がいた。

「あの青いのと黒い奴がこの街の二枚羽か……。まだ子供じゃねぇか」

「大したことねぇな。情報通りならアンキセスの爺さんはグラセルに入る筈だし、他都市からの精霊師の応援は無い。この仕事は楽勝だぜ」

「飛行船を奪って脱出。帝国に引き渡せば金も自由も手に入る。後は共和国にでも行けば、しばらく遊んで暮らせるぜ」

「よし、行こうぜ。後から来た奴らも使おうぜ。数は多い方が良いぞ」

「増やしてどうすんだよ」

「用済みになれば置いていけばいいさ」

「そうだな。住人を人質にして早朝に入航する大型飛行船を奪って脱出、と言っておけばいいかな」

「どうせ追い詰められて集まった雑魚どもだ。脱出出来る、と言えば喜んで集まって来るだろうしな」

「まあ、本当に脱出できるのは俺達だけさ」

 男達は不敵な笑みを浮かべつつ、人ごみの中に消えて行った。




 歩き疲れたエアとユウがヴォルカノンを訪れると、二人を見つけたエレナはすぐに近寄ってきた。

「ユウ。例の客が居るわよ」

「わかった。援軍を呼んでくる」

「とりあえず足止めは彼らがしているわ」

 エリナが視線を送ったテーブルを見ると、楽しそうに鉱夫達がイワンを囲んで酒を飲んでいる。それを見たユウは足早に酒場を後にした。

 残されたエアはイワンの様子が見えるカウンター席に案内された。

「確かに、彼ですね」

「そうでしょ。どうやら、ここで誰かを待っている感じ。隙を見ては私を口説こうとするのよね。軽くあしらっちゃうけどさ」

「さすが、慣れていますね」

「それより酔っぱらいの方が相手をするのが大変よ。理屈が通じないし」

「そうなんだ」

 頷きながら納得しているエアの横に座ったユウが、

「待たせたな」

「早かったね。えっ、援軍ってレティなの?」

 ユウの後ろに立っているのはレティであった。

「やっほー、エア。で、あれが例のおバカな結婚詐欺師?」

 レティは獲物を狩る猛獣の目になっていた。

「ああ、奴を潰せないか。魔石の隠し場所と誰が頼んだのか、うまく聞き出してくれ」

「ええ、それくらいならお安いご用。エレナ、とっておきのお酒をよろしく」

「はいはい、今回は店としてもお願いします。あの人、私を口説こうとしたので」

「よっしゃ、いってくるわ」

 レティはイワンの席に向かって嬉々として歩き出した。レティの姿を見た鉱夫達がイワンの席からそそくさと離れていった。

「さて、見物するか。おい、何か食べさせてくれ」

「分かった。この前、採ってくれた山百合の料理を作ってあげる」

「わーっ、楽しみ」

「待っていてね」

 エレナは厨房へ注文を出しに行った頃、独り取り残されたイワンの席では、

「あ~ら、良い男じゃない。どう? 一緒に飲まない?」

「ええ、是非とも」

 鼻の下を伸ばしたイワンがレティの毒牙に掛かっていた。




「あれから一時間も経ってないのに、すごいね」

 エアが山百合の料理に舌鼓を打ちながらイワンのテーブルの方を見る。そこには、既に酒瓶が数本転がっていた。

「ほらほら、私は酔ってないわよ」

 そう言ってイワンのコップに酒を注いでいく。レティと酒を飲んだことがある者は、結果は火を見るより明らかなので震えながら黙っていた。

「あの調子だと、もう少しだな」

 ユウはカウンターに肘を着きながら見ている。イワンの様子を見ると、既に顔は真っ赤になり気力で飲んでいるようだ。対するレティは涼しい顔で飲んでいた。顔色に変化がないので、まだ大丈夫なようだ。

「レティしゃん~……」

「いやあねぇ~、誰か待っていたんでしょ。貴方の好い人なの?」

「そんなぁ~、違いますよ~。男ですっ、女じゃありませんってば……」

「え~っ、お仕事の相手なの?」

「そ~ぉなの、そうなんですっ。石を持ってこいって言われたんですよ」

「へぇ~、綺麗な石なら見てみたいなぁ、イワン、いいでしょ~」

「此処にありますよぉ~、ほらぁ~」

 レティにそそのかされたイワンは腰に提げてある小さな袋をテーブルの上に出した。

 その途端、どたっ、と音を立てイワンはついに酔い潰れてテーブルに沈んだのであった。




 席を立ったユウはイワンの傍へ歩み寄り、突っ伏しているイワンの襟首を掴んだ。

「さて、今度は俺の出番だな」

「レティ、お疲れさん。後は俺がやる、というよりあの人に任せよう」

「はいはい~」

 レティは軽く返事をすると、また酒を飲み始める。

 ユウはイワンの懐から財布を取ると、

「エレナ、酒代だ。ついでにレティの分も含めておけ」

「うん、受け取っておくよ」

 彼女が遠慮なく財布の中身を全部抜きとった後、ユウはいつもの通りイワンを引きずって教会が見える大通りに放り出した。

 その頃、店内の客達は、

「おい。そろそろ、来るんじゃないか」

「財布と心に痛い、恐怖の二段コンボが見れるとな~」

「あいつ、気の毒に」

「でも奴の財布は空だぞ。どうするんかいな」

 口々にお悔やみの言葉言っている。まるで葬式のようだ。

「おい、来たぞ」

 それはイワンにとって最後の死神、もとい教会の女神が財布の中身を治療と引き換えに来た瞬間だった。

「あらあら~、こんなところで救いを必要とする方を見かけるとは、修道士の皆さん、この方を丁重に運んであげて」

 教会から修道士が担架と供に現れて運び去っていった。その間十秒ほど。

「そいつがフェニエラの探し人だ。誰が盗むように言ったのか聞き出してくれ。それと市長がそいつに聴きたい事が有るそうだ。再起不能にしないでくれよ」

「あらあら~、暗くて顔がよく見えなかったわ~。それならマッシュに会わせた後で、彼には地下のお部屋で特別な治療をしなくてはいけませんね~」

 イワンに天罰を与えるべく、メリルは慌てて教会へと走り去っていった。

 溜め息をつきながら戻って来たユウは、エアの隣りで料理を食べ始めた。

「ねえ、ユウ。その魔石、何時返そう?」

「食事を済ませたら行こうか。今日は慌ただしかった、食事ぐらいはゆっくりしたい」

「そうだね、しかしレティはすごいなぁ」

「あんな風になりたいのか?」

「うん、だって背も高いし、胸も大きいし……。何だかすごく憧れちゃう」

「やめておけ、あいつの胸は酒樽だ」

 ユウは明らかにうんざりした顔で呟いた。




 教会にはマッシュが呼ばれ、しこたま水を飲まされたイワンの前に立っていた。

「貴方が本物のバカラ家の長男と言う事は理解しました。何よりもその指輪が証拠。先の奥方様が嵌めておられた品物だと記憶しております。して、その『モール』と名乗る男の事で隠している事は有りませんね」

「無いですよ~。庇う義理なんて何処にも無いでしょ~。僕はバカラ家の当主の座に着ければ、誰がどうなろうが関係ないんだよ!」

 真っ赤な顔をしたイワンは、聞かれるままにマッシュの問いに答えていた。しかし、その言葉を黙って聞いていたメリルの怒りは頂点に達していた。

「あらあら~、マッシュ。貴方のお話は終わりましたよね。もう治療は始めても構いませんよね~」

 爽やかな笑顔をしているが、メリルの瞳は刃の様に冷たく輝いている。

 彼女の怒りを察したマッシュは、思わず息を飲んだ。

(いけませんね。こうなるとアンキセス殿以外、誰も止められないですね)

 マッシュは溜め息を吐いた。彼女も自分も最近は平穏な暮らしを送って来たが、長年に渡って身体に沁み込んだ『モノ』は簡単に落ちないと覚悟はしていた。自分は軍人になる様に育てられ、地龍将軍の地位を退くまで軍人であった。退いても思考や行動の方向性に軍人としての『モノ』が抜けないと自覚している。当然、彼女の過去にあった出来事は、彼女の人格や行動に大きく影響を与えていると言わざるを得ない。

(人間、捨てきれぬ『モノ』があるようだ)

「メリル、手加減して下さいよ。私に貴女を罰しなければならない様な事をさせないで下さいね。私は貴女を守りたいと思っているのですよ」

「ありがとうございます。大丈夫ですわ。昔に比べて、人の命が大切だと理解しておりますわ」

 教会を出ようとするマッシュの背中に、メリルは深々と頭を下げた。

「さて、地下のお部屋で特別な治療をしましょうね」

 青ざめるイワンを引き摺って、メリルは地下への隠し扉を開いた。




 翌日、爽やかな朝を迎えた教会であったが、昨夜はいずこから響いて来る猫が首を絞められる様な悲鳴に悩まされた、と修道士達が噂をしていた。


★作者後書き

 読んで頂いている皆様に感謝しております。あと残り一章とエピローグまでに辿り着きました。祭りでにぎわうレイメルで起きる騒動を描いていきたいと思います。


★次回出演者控室

メリル 「夕べはよく眠れましたわ~」

修道士A「昨夜はお部屋にはおられませんでしたよね」

メリル 「ふふふっ、秘密のお部屋ですのよ」

修道士B「おい、あまり深く聞かない方が……」

修道士A「そのようだな……」

マッシュ「何処にも覗いてはいけない部屋が有るものですよ」


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