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紫銀の精霊師  作者: 金指 龍希
悲嘆の魔石師編 
31/87

第六章  詐欺師の悪夢 その四

 教会ではフェニエラ・アムルスが祭壇に向かって静かに祈っていた。

「イワン・バカラがこの街に到着したぞ」

 事務的なユウの言葉を聞いて、急に生気が戻った彼女は二人に駆け寄り、

「捕まえて下さい! お願いします。取り返したいんです」

「何を?」

 ユウの冷静な問い掛けにフェニエラの言葉は詰まった。

「な、何をって……」

 ユウが彼女に何を訪ねたいのかとエアは疑った。

「なぜ魔石を取り返してと言えない」

 フェニエラは明らかに動揺している。

「待って、ユウ。追い詰めないで!」

 エアはフェニエラを庇うように、ユウの前に立ちふさがった。

「なぜ盗難届を警備兵に出さなかった?」

「やめて! ユウ」

 エアはユウにすがりついた。フェニエラではなく自分が追い詰められている気がしたのだ。ユウはエアの肩に両手を置いた。

「おまえも考えろ。なぜ正義感の強いレティが、この仕事を警備兵に通報しなかったのか」

 エアは『結婚詐欺の被害者』と聞いて思考が停止していた自分に気が付いた。確かに彼女がどうしたら救われるのかとは考えていた。しかし、あくまでも加害者はイワンであり、被害者のフェニエラが考えなければならない事があるとは思えないのだ。

 エアの瞳は大きく見開かれた。

「彼女が本当に取り戻したいのは、魔石よりも騙されて傷ついたプライドだ」

 エアの前に立って真顔で話すユウの姿が涙で滲み始める。

「あらあら~、いけませんね~。女性を追い詰めては駄目ですよ」

 いつの間に、メリルが三人の背後に立っていた。




「ユウ、確かに貴方の言っている事は正論です。でもね、女性は結論が出るまで男より時間が必要なものですよ」

「……すまん」

「本当に真っ直ぐで不器用ですね~」

 メリルはフェニエラに歩み寄って、優しく肩を抱いた。

「お食事を用意してありますよ。デボスさんと先に召し上がってください」

 彼女は涙顔で頷くと二階へ駆け上がっていった。

「フェニエラから事情は聞きました。彼女の中で理屈と感情が入り乱れて整理が着いていない様です」

 メリルはエアの肩に手を置いた。

「エアちゃん、ユウは二人の事を思って厳しい事を言ったのですよ。加害者が罪を償うのはこの世の道理。しかし、それを当然として被害者が憎しみに心を曇らせて怒りを他人にぶちまけているだけでは自分の心さえも解らなくなってしまう。それでは新しい人生を生き直す機会を失ってしまいます」

「新しい人生……。でも簡単に辛い出来事を忘れられないよ!」

 エアは叫んだ。

「両親の事ですね。殺された事を忘れる必要はありません。過去は無かった事にはならないし、過去を忘れ去ることは自分の人生を切り捨てる事と変わりがありません。それに、忘れる事と許す事は同じではありません」

 自分の過去と向き合って生きている彼女は、決然と言い放った。

「自分を許してあげなさいと言っているのです。フェニエラが祈っている姿を、言葉を思い出しなさい。他人の不幸を祈る姿と言葉を……。他人を呪ったその口で、不幸を祈ったその両手で誰を愛するのですか」

「でも……」

「憎しみや悲しみに縛られる自分を解放するためには、自分が幸せになる事を自分自身が許してあげる事です。そして、その為に何をするのか、どうするのか、他人の力を借りながらでも自分で決めるのが大切なのですよ」

「俺もメリルに怒られたな」

「ユウも?」

「まあ、な。往復で殴られた」

「ケントが亡くなった後の事ですね。あの時の貴方は、不愛想どころか、ろくに話もしませんでしたね~。エアちゃん、誰もが自分と戦っているのですよ。戦っている自分を誇りに思えるようになりなさい。それが新しい人生を迎えたと言う事です」

「自分と戦う……、自分に勝ったら本当に笑えるようになるのかな」

「すまない、泣かせるつもりはなかった……」

 ユウは泣いているエアを優しく抱きしめた。

 彼女の涙を見るのは忍びないが、守られて当然と思っている彼女では無い。そして彼女は精霊師なのだ。その為には厳しい事も言わざるを得ない。エアにとって何が良いのか、ユウにとって辛くても選択していかなければならないのだ。

「……ありがとう、メリル、ユウ」

「さあ、エレナの所に行って食事でもしてらっしゃい。詐欺師の事は私も気に掛けておきますから」

 いつもの笑顔を浮かべてメリルは、二人を教会の外に送り出した。




 デボスは手を伸ばし、窓辺で羽を休めていたホシガラスをそっと撫でた。この小さな妖精に触れると身体が軽くなる気がするのだ。

 不思議と大人しくホシガラスは撫でられている。

「本当に美しい純白だね。それに昨夜はありがとう。安心して眠れたよ」

 夜の闇の中でホシガラスの姿がぼんやりと光り、いつ現れるかもしれない邪妖精に怯えていた自分に安眠を与えてくれた事をデボスは感謝していた。

 そこへフェニエラが飛び込んで来た。良く見ると涙に塗れた顔をしている。

「どうされたのですか?」

「私、私が取り戻したいのは魔石よ! それ以外に何が有るのよ!」

 床に崩れ落ちて泣いている彼女に、そっと近寄ったデボスは、

「奪われた物を全て取り戻すのは難しい事です。でも自分にとって本当に大事な物が何なのか、一度ゆっくり選びませんか?」

 彼女を支えながら椅子に座らせた。

「選ぶなんて……。どれも捨てられない……じゃないの」

 フェニエラにはデボスの言葉が理解できなかった。捨てるものが有るなど、全く考えた事が無かったし、必要も無かったのだ。

 あの黒髪の精霊師に言われなくても、彼女はイワンに未練を残している事は分かっていた。できれば罪人にしたくない。そして自分に向けられた優しい言葉が全部嘘だったとは思いたくないのだ。

「では、食事をしながら愚かな男の話をしてあげましょう。妻と子を、穏やかな暮らしの全てを奪われ、そして親友を死なせてしまった男が何を選んだのか。人が何もかも失った時、何を大切にしようとするのか。貴女が考えるきっかけになれば……」

 デボスは悲しげな顔をしながら、肩に舞い降りたホシガラスを見つめた。




「あら、いらっしゃい」

「エレナ、こいつが店に来ていないか?」

 ユウが人相書きを見せると、エレナはパッと顔を輝かせた。

「あら、良い男じゃない。でも、見た目は良くても頭は軽そうね。でも来ていないわよ」

「さすがエレナ。人を見る目は一流だな。こいつは詐欺師だ。来たら足止めしてくれないか」

「なるほど、お仕事ね。でも、私にできるのは酒を飲ませることだけよ。お客が自発的に帰りたがっていたら止められないわよ」

「後で援軍を呼ぶ。俺が知りうる限り最高の足止めだ」

「あっ、なーるほど。確かに。その人に伝えといて、とびっきりのお酒を用意しておくと」

「分かった」

 二人は揃って意地の悪い笑みを浮かべた。

「ねえ、援軍ってだれ?」

 エアを振り返ったユウとエレナはニヤリと笑った。

「よく知っている奴だよ」

「そうね、良く顔を見る人よ」

「??」

「ま、そのうちわかる。エレナ、昼食を頼む」

 ユウが空いた席を探していると、店の奥から声が掛った。

「おーい、ちょい姫ちゃん、ユウ」

 声を掛けて来たのは、酒を飲んでいた男達だ。

「あ、ラヴァル村の鉱夫さん達だ」

「どうだい、ユウ。一緒に食べないか? 山百合料理もあるしよ」

「悪いな、仕事中だ。それが終わったら一緒にさせてもらうよ」

「ふっ、仕方ねぇな。俺達は祭りの期間中は街にいるから、最終日にでも来てくれや」

「ああ、参加させてもらうよ」

「皆さん、この男を見ませんでしたか?」

 イワン・バカラの似顔絵を鉱夫達に見せると、

「こんな優男は見ねぇなぁ。こいつが何かしたんかい?」

「詳しくは言えないが、この男を捕まえないと仕事が終わらないんだ」

「よし、見かけたら俺達が捕まえてやる!」

「任せておけ!」

 ユウの言葉に鉱夫達の目は輝いた。

「ちょっと待ってくれ。それとなく聞きださないといけない事があってな。店に来たら引きとめてくれないか?」

「おう、いいぞ。仕事が終わらないとゆっくり出来ねぇんだろ? じゃあ協力するぜ」

「ありがとうございます。お願いします」

 喜んだエアは鉱夫達に頭を下げた。

「二人ともカウンターが空いたわよ。料理はシェフのおまかせにさせてね」

 エレナは注文を訊かずにカリウスに頼みに行った。

 混み合った店の中にかろうじて空いた席に座った二人は、

「本当に賑やかだね」

「三年前は復興したばかりで人も少なかった。あの頃はこんなに賑やかになるとは思わなかったよ」

「トッドの店も忙しいのかなぁ」

「きっと今頃は女性客に揉まれているぞ」




 メルヴェイユは豊穣祭に合わせて商品を割引販売している。観光客が少しでも店に金を落としていくようにするためだ。その為、店内は普段に比べて人の出入りが激しくなっていた。

 くるくるの巻き毛と同じくらいトッドの思考は渦巻いていた。エア達を思い出し、

「うーん……店のことがなければ手伝ってあげたいが、どうしよう……」

店に中には常に数人の客が居る。この祭りの間に父が仕入れた商品を売りさばかねばならない。

「お兄ちゃん、もう少しまけてよ。二つ買うからさ」

 さらなる値引きを求める年配の女性客を相手しながら、トッドの頭の中はエアのことで一杯になっていた。悩み多き、恋する少年は店とエアを天秤に掛けていたのだ。

「うおぉぉ……、どうすりゃいいんだ……」

 すぐさま客に「大丈夫?」と聞かれ、彼は慌てて接客することになってしまった。




 その頃、シャルルは食事の差し入れを持ってリゲルの工房を訪れていた。

「それ何とかならないの? リゲル」

 リゲルに告げられた事実にシャルルは青ざめていた。

「何ともならねぇ……。デボスの胸の中に在る魔道機は壊れかけている。元々、未完成の代物だった。嬢ちゃんが妖精を使って大量の精霊力を送り込んだが、回復は一時的なものだろう。今はホシガラスが精霊力を送っていが……。そしてデボスの奴もその事は気が付いているだろう」

 リゲルは下を向いたまま、黙々と作業をしていた。斧が先に付いていた槍の魔道機はマッシュの物で銘は「グロリオーサ」という。そしてメイスの魔道機はメリルの物で「インパチエンス」と銘が与えられていた。かなり以前にリゲルが二人の為に造った武装魔道機だ。

 リゲルは明日の戦いに向け、二人の魔道機を調整していたのだ。

「僕は生きていて欲しいんだ。父の最後の言葉を運んできてくれた彼に……。そりゃぁ、偽名だったと聞いて驚いたよ。でも、事情を知ったら騙されたなんて誰も思わないよ。僕は彼に何時までも保養所に居て欲しいんだ。死んだ父の代わりに彼に居てほしいんだよ!」

 そう叫ぶシャルルの手は、力いっぱい拳が握られていた。その震える拳を目にしたリゲルは作業の手を止めた。

「ありがとうよ。シャルル。あいつをそんなふうに言ってくれてよ。でもワシは良かったと思っている。罪人の汚名を着せられたまま、あいつが死ななくて……。デボスは明日の夜を待っているんだ。自分も何かを守りたい、守れる事を証明したい、とな。ワシはその願いは叶えてやりたいんだ……」

 リゲルは静かにシャルルに話し掛けた。今度はシャルルが足元の床を見つめた。

「僕だって……、僕だってデボスさんの想いを大事にしてあげたい……。リゲル、難しいね。誰かを大切にするって……」

 シャルルは声も立てずに涙を流していた。




 心地よく酔った身体で、イワンは楽しみながら走っていた。

 沿道にある休憩所になんとなく見覚えが有る女性の後ろ姿が目に留まった。

「フェニエラ!」

 イワンの声に振りかえった女性は別人だった。

「ごめん、人違いだった」

 苦笑いをしながら、イワンは再び走り出した。

(何だろう? この嫌な気分は……。あの娘、また泣いているのかな)

 彼女は父親と喧嘩をして、自分の道を切り開こうとしていた。不安そうな瞳をして、客や従業員と接していたのをイワンは覚えている。その彼女の気持ちは、父に見放された自分には痛いほど伝わって来た。

 自分の目的を果たす為には金庫の中に有る魔石が必要だった。しかし、その為に彼女を脅したり、殺したりしたくなかった。

(そうさ、死人を見るのは戦争だけで、僕はもう十分なのさ)

 そう心の中で言い訳しながらも、後味の悪さを感じているのも事実だった。成行きだったが騙した事に、なけなしの良心が震えているような気がする。

(いつか……、いつか僕が本当の自分に戻れたら、また彼女に会いたい)

 バカラ家の当主になれば全ての罪が許される、と愚かな詐欺師は思い込んでいた。

 彼は彼女が自分を追っていると知らない。勿論、彼女が依頼した精霊師達が、自分を探し回っているとは気が付いていなかった。




 昼食後、エアとユウはマラソンコースへ出かけ、第二城壁内にある六ヶ所の救護詰所を覗いてから南大門へ戻って来た。そろそろ夕暮が近い。西の空は少し赤みを帯びてきたようだ。

 着ぐるみを着たランナー達が次々と南大門を潜ってくる。メイドさんあり、ピエロあり、海賊あり、中には重そうな甲冑に身を包んだランナーが千鳥足で走っている。

 全員、ワイングラスや酒瓶を手に走っている。

 つまり、走る酔っぱらい集団であった。

「足の速いランナーは、あと一時間ほどでゴールするだろう。それにしても……。毎年、仮装が豪華になっていくなぁ……」

「今まで、どんな仮装があったの?」

「ああ、去年は女装したランナーがいたよ」

「それは……、ちょっと……」

女装と耳にしたエアの腰が引けた。

「今年は居ない様だな。探せば居ると思うが。それよりイワンを探そう」

「おーい、ちょい姫」

 突然、エアに声を掛けたランナーがいた。そのランナーは、いかつい体つきで無精ひげを生やしていたが、着ている服は純白のウェディングドレスであった……。


★作者後書き

 読んで頂いている皆様に本当に感謝しております。

 この『酔っ払いレース』は実際にある祭りが参考になっております。勝つ事より楽しむ事に意義のある祭りなので、その雰囲気を出したかったのです。が、誰よりも鉱夫達が楽しんでいるのが強調されてしまいました。


★次回出演者

エア「見つけた~!」

ユウ「イワンの奴、あんなところに……」

エア「早く捕まえようよ」

ユウ「待て。援軍を呼んでくる。酔っ払いから話を聞き出すのにうってつけの奴」

エア「だから援軍って誰?」

ユウ「まあ、楽しみにしてろ」

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