表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紫銀の精霊師  作者: 金指 龍希
悲嘆の魔石師編 
30/87

第六章  詐欺師の悪夢 その三

 お待たせいたしました。更新作業を再開する事が出来て幸せです。全くの個人的な事情により中断しましたが、『悲嘆の魔石師編』の完結まで頑張りたいと思います。

 デボスの治療が終えたエアとユウは、メリルに飛行船の乗客名簿を市長が管理している事を教えられ、市長室へマッシュを訪ねた。

 二人は市長室のソファーで、出された茶を飲んでいた。客人に出される茶の銘柄はマッシュの気分で決まるらしい。今日の彼の気分は『緑茶』だったようだ。

「乗客名簿を今日から遡って二日分調査しましたが、貴方達が探している名前は無い様ですよ」

 いつもの柔らかい笑みを浮かべながら、マッシュは椅子に腰掛けた。

「ありがとうございます」

 マッシュから書類を受け取りながら、エアが頭を下げると、

「さて、君達の仕事内容についてだが、場合によっては街の治安に関わるから少しでも情報が欲しい。差し支えない程度に聞かせてもらえないだろうか?」

「いいだろう。こちらも話があるんだ」

 思わずエアはマッシュとユウの顔を交互に見つめた。怪訝な顔をしながらもマッシュもユウの顔を見つめ返した。

「おっさんから街にたむろっている不審者は放っておけと言われた。いつまで放置しておくんだ?」

はっ、とエアは工房での話を思い出した。

「そう言えば、リゲルが工房で何か言っていたよね」

(リゲルの奴。後は任せた、って事ですか)

 マッシュは心の中でリゲルに悪態をつき、二人に計画を打ち明け、

「豊穣祭の二日目。つまり明後日の昼前にグラセルから新型飛行船が到着します。その図面と共にね。そして三日目の朝にグラセルへ戻る予定です。女王は国中にその旨を発表しました。襲撃可能な時間は一夜のみに絞られます。それを狙ってくる者を捕まえるのです。現在把握している不審者の数は二百名ぐらいですね」

 マッシュは茶を啜りながら説明を始めた。




 しかし、二百名もの不審者がいると聞かされたエアは頭の中が真っ白になって立ち上がった。

「そんなに街に居るの~!」

「まだ増えるだろうな。まだ他都市から飛行船は数多く到着する」

 ユウは冷静に状況を把握しようと努めている。

「その通りです。家族連れは保養所に、不審者は市内のホテルに宿泊させています」

 顔色も変えずに答えるマッシュに、力が抜けたエアは脱力してソファーに崩れ落ちて呟いた。

「何か計画があるんだっけ」

「街の住人が全て参加します。すでに各街区の代表達を含めて作戦の確認を始めていますが、最終確認は飛行船が着いてからです。その時は、貴方達にも参加してもらいます」

「大丈夫なのか? 非戦闘員の住人を巻き込んで」

 ユウがマッシュに疑問をぶつけるのは当然だった。しかしマッシュは力強く答えた。

「貴方は知っている筈ですよ。焼け野原になったこの街に戻った時から、我々は街の危機に自分達で立ち向かおうと決心した事を。皆がこの花に誓ったのです」

 市長の目線は、部屋に飾ってある市の紋章が入った旗に向けられた。

 その旗には大きく盾が描かれており、その中心には五枚の花弁を持つ、金色に輝く金蓮花【きんれんか】の花が刺繍してあった。

 その花言葉は『困難に打ち克つ』である。焼け野原に残っていた明るい黄色の花に市民は希望を見出したのである。

「我々、レイメル市民は負けませんよ。金連花と誓いの噴水に掛けて、どんな困難が有っても立ち向かいます」

 市長であるマッシュは、苦楽を共にした住人達の結束を信じていた。




 その時、夕暮の赤い空を切り裂いて、一筋の白い光が市長室に向かっていた。

 

 ガシャーン バリーン


 窓を突き破って現れたのは白い鳥だった。

「ホシガラス! また貴方ですか!」

 マッシュの目の前に舞い降りたホシガラスは光の珠を吐き出した。

「吃驚した~。久しぶりだね、ホシガラス。師匠は元気にしてる?」

 エアが手を伸ばすと、撫でられるのを嫌ったホシガラスに指を噛まれてしまった。

 気位の高いホシガラスは、エアに撫でられるのを嫌ったのだ。

「相変わらず、じいさんの妖精は派手好きだな」

 ユウは感心を通り超え、もはや呆れている。

 ホシガラスが吐き出した光の珠から、アンキセスの心話を読み取ったマッシュは、

「アンキセス殿はホシガラスをデボスさんの護衛にと……。明後日、グラセルから到着する飛行船にはミリアリア殿が乗ってくるそうです」

 二人に向かって内容を伝えると、

「え~っ、なんで師匠は来ないの~?」

 エアは不満の声を洩らした。試験に合格した事を話したい、自分の妖精達をアンキセスに会わせたい、両親の事を思い出した事、デボスの事、この半年の出来事は徹夜で話しても終わらないだろう。でも、とにかく彼女は甘えたかったのだ。

 その気持ちを見透かした様にマッシュは、

「大丈夫、祭りの最終日には会えますよ。ところで貴方達の仕事の内容は何ですか?」

 気を取り直したエアは思い切り叫んだ。

「魔石を盗んだ結婚詐欺の男を捕まえる事です!」

「はぁ?」

 マッシュは目を大きく見開いた。ついでに口も開いたままだ。

「そ、それは、飛行船とは何の関係も無いかもしれませんね」

「俺もそう思う」

 がっくりと肩を落としたマッシュに、気の毒そうにユウは答えた。




「ところで詐欺師の名前は?」

 気の抜けた顔をしながらマッシュが尋ねると、

「イワン・バカラという男だそうだ。魔石商の娘を騙して、貴重な魔石を持ち逃げした」

 とユウが緑茶を飲み乾しながら答えた。

「バカラ……? イワン・バカラですか? 歳は?」

 マッシュは眉を寄せながら再び訪ねた。

「二十代半ばと聞いているが、どうかしたのか?」

 今度はユウが怪訝な顔をしながら答えた。

「バカラ家の戦死した長男が、イワンという名前だった筈です。ちょっと待って下さい」

 マッシュは立ち上がり、本棚から一冊の分厚い本を取り出した。

 金の箔で装飾された革の表紙をめくり、目的のページを探す彼の手が止まった。

「やはり、王家への届け出はその筈です。別人でしょうが、気になりますね」

 マッシュは並んで座っている二人に本を差し出した。

「本当だね。六年前、国境で戦死と書いてある」

 エアは受け取った本を眺めて呟いた。

「だが、デボスが生きていたぐらいだ。戦争のどさくさで誤報が有っても不思議じゃないな」

 エアと顔を見合せながらユウも呟いた。

「気になりますね。取り調べてみましょうか? 捕まえたら知らせて下さい。とにかく私はホシガラスを連れて行きますね」

 マッシュはホシガラスを肩に乗せ、二人を残して部屋を後にした。




 次は何処へ行くかと相談しながら市公舎を出た二人は、イワンが魔石を売り払うかもと考え、トッドの店に向かう事にした。

「邪魔をするぞ」

「冷やかしなら御免(ごめん)だよ」

 ユウが入ってくるなり、突っ込み満載の邪険な挨拶を返したのはトッドであった。

「あ、ユウの兄貴。うわっちゃ―……」

 トッドは返す言葉を間違えたと本気で後悔した。

「ごめん。明日から値段が下がるのを知っていて、下見に来る女性客が多くてさ」

「……忙しいんだな。すまんが急ぎの用件だ。印象に残る男が魔石を売りに来るかもしれない。金髪碧眼で女性にとっては『イケメン』とからしいが」

 ユウがトッドの前にイワンの人相書きを置くと、

「う~ん、今日は見てない顔だね。だけど無駄に爽やかな感じがする男の人だね」

「もし来たら足止めしてくれ。こいつの名はイワン・バカラだ」

「分かった。で、こいつ何をしたの?」

「魔石を盗んだの」

 エアはフェニエラに聞いた魔石の特徴を説明すると、

「それって、ひょっとして『アメシス・ロジェ』じゃないの?」

「知っているのか?」

「二人は精霊師だから魔石の知識はあまり無いと思うけど、魔石師の間では有名な魔石だよ。ちなみに『アメシス』ってのは月の精霊で、『ロジェ』はバラ。新しい魔石を生み出したいと思っている職人なら手に入れたいと思っている貴重な魔石だよ」

 さすがトッドだと二人は顔を見合わる。

「さすがに詳しいな」

「こんな田舎の店で売るような石じゃないよ。誰か頼んだ奴がいるんじゃないかな。多分、魔石の研究者かその関係者さ」

「そうか~、その魔石しか盗まなかった理由はそれかもしれないね」

エアはトッドの見識に感心した。

「裏で糸を引いている奴が居るということか。『馬鹿な女ったらしが起こした事件』で片付けるのは良くないかもしれないな。思ったより根が深いかもしれない」

 イワンの行動は褒められたものではないが、そそのかした奴が居るかもしれないとユウは気が付いた。ひょっとしたら、戦死したとされているが何らかの事情があって生きているのかも知れない。デボスの様に……。

(まさか……。あの男が?)

 ユウの背中に悪寒が走った。彼はデボスを操ったモールという男を思い浮かべていた。

 顔を曇らせていたユウと対照的に、明るい笑顔を向けながらトッドは、

「とにかく見かけたら連絡するよ」

「すまんな、レティに連絡を頼むよ」

「お願いね、トッド」

「了解!」

 ユウの後に続いて出て行くエアを見送りながら、

「エアとユウの兄貴の頼みごとか……」

 トッドは嬉しそうに工具類の手入れを始めた。




 教会ではデボスの横にフェニエラの姿があった。

「私は妖精を見るのは初めてでしたわ。とても幸福感に満たされますね」

 まだフェニエラは夢を見た様な気分でいた。

「ええ、幸せです。そして親友の娘が立派な精霊師になった姿がみられるとは、夢にも思いませんでした」

 デボスはゆっくりと立ち上がり、明るい日差しが差し込む窓際に歩み寄った。

 暖かな日差しに照らされると、つらかった日々が嘘の様に思えて来た。罪に染められた悪夢の様な日々が光の妖精によって清められ、この街の一員として自分も暮していけそうな気がする。

 しかし、それは幸福感に酔った自分の夢であり、儚い幻想なのだ。それよりも先に世界樹の下へ旅立った妻と子に、少しでも胸を張って会えるように自分のやるべき事をやらなければ、とデボスは考えていた。

 ふと、あのシスターがフェニエラを自分の傍に置いた理由が気になった。

「お嬢さんは何故、この街においでになったのですか?」

「私はフェニエラ・アムルス。結婚詐欺師に騙されて貴重な魔石を盗まれてしまったのです。それでこの街の精霊師の方に捕まえてもらおうと……」

「その詐欺師を追い掛けて来られたのですね。お辛かったでしょうね。騙されたと分かった時は……」

 デボスの優しい言葉にフェニエラは俯いた。

「私はお父様から結婚を勧められていました。その相手は私の友人の元恋人だった貴族です。その男は友人の父が商売を失敗して、家が没落すると逃げてしまった許し難い人物でした。私は初めてお父様と喧嘩をしました。そして、お父様の留守中に店を無事に守れたら、その男との結婚は白紙にすると約束を取り付けたのです」

 フェニエラは堪え切れず、大粒の涙を零した。

「不安だったのですね」

 デボスは聞き役に徹する事にした。今の彼女には、心に溜めこんだ感情を吐き出す事が必要だと感じたからだ。そう、邪妖精の監視から解放された時、自分が全てを告白して涙した様に……。

(大した人物だな。あのシスターは……)

 誰かを癒す機会を与えられた事を、デボスは心から感謝をしていた。




 ――翌日。レイメル市豊穣祭 初日。

 この日は国の内外からレイメルに人が押し寄せてくる。

 初日の催し物は午前十時からは大好評のマラソンである。ただし、普通のマラソンではない。このマラソンは仮装での参加が条件で、給水所は水ではなくワインが置いてある。その酒はラヴァル村特産のワインで女王に献上される以外、鉱夫達が村で消費する(飲んでしまう)ので滅多に市場に出ない。

 その非売品のワインがマラソンに出れば飲める、しかも優勝すれば自分の体重分だけのワインがもらえるとあって、この日はトルネリアだけなく大陸中から酒好きが集合する超酔っぱらいレースなのである。

 エアとユウは午前九時前に市公舎に足を運んだ。

「市長、現段階で届いている飛行船の乗客名簿を見せてくれないか」

「私は今から祭の開催宣言とマラソンのスターターをやらねばなりません。その机に今朝到着した便の名簿が有るので確認して下さい」

 そして市長は「遅れてしまう!」と言いながら慌てて部屋を出ていった。

 残された二人が名簿を見ると、お目当ての名前が記載されていた。

「ん? おいおい、こいつ馬鹿じゃないのか。本名で乗ってきやがった」

「え! あ、本当だ!」

 まさか偽名を使わず乗客名簿に名前を書くとは思わなかったからだ。

「これ、本当に本人か?」

「でもイワン・バカラって書いてあるよ……」

 名簿を見る二人は自信なさ気だ。ユウは名簿をもう一度確認したが、やはりその名前に変わりはない。

 更に彼が部屋を取ったホテルに向かったが、小さな鞄を部屋に残して既に外出した後であった。外出する際に「飲みながら走るのも面白いね」と従業員に言っていたとのことであった。

 部屋の残された小さな鞄の中を調べると、着替えなど最小限の物しか無く、紫色の魔石は入っていなかった。




「ユウ。イワンが行くとしたら何処だろう? 結婚詐欺男だから女の人でも探しているんじゃないかな……」

「可能性はあるがマラソンに出ているなら、すでにスタートしているさ」

「どれくらい走るの?」

「第一城壁南大門を出て、外にある第二城壁を二周廻って戻ってくる。その後は市内の大通りを北へ行き、飛行船の発着場の前で折り返して第二街区の商店街にあるゴールが最終だ。午後六時までにゴールしないと棄権の扱いだ」

「救護所は?」

「第一城壁内はゴール地点と教会。第二城壁内は全部で六ヶ所ある。水を飲んで休んでいれば治る酔っぱらい以外は教会に運ばれる」

「それなら教会に行ってメリルにも頼んでみようよ」

「そうだな。俺はフェニエラに確かめたい事があるんだ」

 二人は教会へ人ごみを縫って走り出した。


★作者後書き

 やっと再開する事が出来ました。四月はツイッターすら入る事が出来ないほど、忙しい状態になりました。「帰って寝る。とにかく寝ないといかん」と呪文のように言い続け、一か月が過ぎました。まだ、忙しい事には変わらないのですが、忙しいなりにペースが作れるような気がします。

 皆様にはご迷惑をおかけして申し訳ありません。

 お待ちいただいて本当に感謝しております。


★次回出演者控室

エア「やっぱり、あれは言いすぎだと思うの」

ユウ「依頼者が何を考えているか知るのは当然だと……」

メリル「あらあら~。まっすぐ過ぎるんですよ。聞き方が」

ユウ「……。やっぱり俺が悪いのか?」

――女性陣が全員頷いた――

ユウ「旗色が悪いな……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ