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紫銀の精霊師  作者: 金指 龍希
悲嘆の魔石師編 
3/87

第一章 誓いの噴水 その一

 ――城塞都市 レイメル――

 トルネリア王国の東部にあり、ブラスバンド帝国との国境が近いレイメル地方の中心都市である。

 その街は平原の中にある小高い山の上に築かれ、別名を『天空都市』と喩えられていた。

 六年前、レイメル地方の領主と市長を兼務することになったマッシュが、慌ただしい日々を過ごし始めた時、グラセル大工房をめがけて進軍をして来た帝国の侵略を受けた。

 すべての住人が無事に避難は出来たものの、一年もの間、街は占領されたまま終戦を迎え、奪還した時には、破壊しつくされて廃墟となっていた。

 焼け落ちた廃墟に立ちすくんだ住人達は、涙が枯れるほど悲しんだ。

 しかし、彼らには挫けぬ覚悟があった。自分達の『レイメル』を再建するために、出来る限りのことをしようと――。




 マッシュは住人の代表達と根気よく話し合い、街の形を決めていった。

 街を守る城壁は、都市と郊外を取り囲むように二重にし、以前より高くて頑丈な城壁を築き上げた。

 再建された中心部の街は、十文字に大通りが貫き、中央には噴水と広場を配置。

 大通りで四つに区切られた街は、おおまかに役割が分けられている。


 北東第一街区――魔道飛行船の発着場、魔石・魔道機工房(居住区なし)。


 南東第二街区――商店街と居住区。


 北西第三街区――レイメル神霊教会、市公舎、市長公邸、精霊師ギルド(レイメル支部)などの公的機関と居住区。


 南西第四街区――観光客の為の宿泊施設、飲食店、精霊師宿舎、公会堂。


 これらを第一城壁と呼ばれる石壁で取り囲む。中心部に出入りできる門は、南側にある大門のみとした。


 郊外――警備兵の宿舎、居住区、農家、酪農家、温泉付きの保養所などがある田園地帯。


 第二城壁は郊外を大きく取り囲み、魔物や外敵の侵入を食い止め、住人を中心部へ避難させる時間を稼ぐことを目的に造られた。

 そして東西南北の四か所に門が造られ、その周りには警備兵が常駐出来るように宿舎を建てた。




 住民達は女王や各都市の援助を受け、市長のマッシュ・グランドールを先頭に街の再建に取り掛かったが、復興を果たすまで三年ほどの時間を要した。

 新しい『レイメル』は、住人達の結束の証であり、誇りとなった。

 そして美しく整った街に、一人の男が花を植え始めたことをきっかけに、住人達は様々な祈りを込めて、季節の花を街中に植えた。広場や大通りだけではなく、店先や、各住宅の窓や庭にも……。

 いつも豊かに花が咲くレイメルは『花の天空都市』として、再び国内で有名になり、訪れる観光客は以前よりも増えつつあった。

 住民達は中央広場の噴水を、『誓いの噴水』と親しみを込めて呼びながら憩いの場とし、忙しくとも平和な日々を過ごせるようになっていた。




 マッシュが冷や汗を流しながら、王宮で不機嫌な年寄り達の仲裁を終え、溜め息を漏らしつつ王宮を出る頃、レイメルの『誓いの噴水』のまわりでは子供達が大声で騒いでいた。

「まだ水が出ないぞぉ、ちょい姫!」

「ちょい姫、見習いだから無理するなよー」

「がんばれ―! もうすぐ昼御飯だぞ、ちょい姫!」

 幼い子供達の呆れ気味な野次に、

「ちょい姫って言わないの! エア・オクルスって名前があるんだからぁ」

 むくれながら答えている小柄な少女の透きとおった紫の瞳は、複雑なカットを施してある水晶の様に輝き、長く伸ばした青味がかった銀の髪は風に揺れていた。

 彼女は白い肌が濡れてしまうのも構わず噴水に入り込み、水をくみ上げる魔道機の修理を手伝っていたのだ。




 『誓いの噴水』の中央には、王国創世伝承紀に登場する精霊王と、王を護衛する盾の妖精達の見事な彫像が置かれており、その台座の下に、地下深くから水を汲み上げている魔道機が設置してあった。

 その魔道機の修理が終わり、作動させる段になって、エアはもたついてしまったのだ。

「魔道機に取り付けた魔石に精霊力を込めれば動くはず……なんだけど……。うーん、おっかしいなぁ、祝詞もちゃんと唱えたのに」

 彫像の下を手で探っていたエアは、拳ぐらいの青く透きとおった魔石を撫でまわした。

「おい、嬢ちゃん。魔道機が作動しても、水が地下深くから上がって来るのに時間が掛かる。慌てなくてもいいぞ」

 鼻の下にある髭をいじりながら、傍に立っているスキンヘッドの中年男は、レイメル市専属の魔石師兼、機械師のリゲル・カーレッジである。

 彼は二メートル近く身長があり、鍛冶仕事もしているためか筋骨隆々とした体つきをしている。140センチにも満たない小柄なエアと並ぶと、まるで大きな熊の様に見えた。

「おい、嬢ちゃん。聞こえているのか?」

 魔道機が作動ぜずに焦っていたエアの耳に、リゲルの呼びかけは全く聞こえておらず、

「水の精霊に申し奉る。我にその力を分け与え――え? ええぇぇっ!」

 エアが再び祝詞を唱えたと同時に、噴水の水面に無数の小さな波が沸き立った。

「ちょっと待て、慌てるな。よく見ろぉおおおぉぉっ!」

 リゲルが目を丸くしながら、切羽詰まった声を上げて大きな身体をのけぞらせた。




 その頃、王都では――

 女王と言いあったあげく、厄介な命令を引き受けざるを得なかったアンキセスとマッシュの二人は、疲労感を全身ににじませながら無言で馬車に揺られていた。

 どんよりとした二人を乗せた馬車は、明るい日差しを受けて神々しく輝いて見える大聖堂の広場を通り抜けようとしていた。

 この広場では神霊教会の修道士達が、常に白い花をさかせる薬草を季節ごとに栽培していると有名だが、今は白色のリコリスが咲き誇っている。

 数人の修道士が、広場の大半を占める花壇の手入れをしていた。その姿が目に入ったマッシュは馬車を止めさせた。

「いつ来ても広場が白く染まっていますね。薬草なのに美しい。土産に貰えないか聞いてみましょう」

 彼岸花に似ている花を咲かせるリコリスは、球根が去痰剤となる薬草である。

 マッシュは馬車を降り、近くの修道士に話しかけた。その修道士は急な頼みにもかかわらず、手近な花を球根や土ごと袋に入れて手渡してくれた。




 花を積んだ馬車は再び走り出し、広場を抜けて大通りに差し掛かった。

 マッシュは人通りで賑わう街を眺めつつ、となりに座るアンキセスに少々愚痴る様に、

「そういえば、あの子はきっと、また何か壊していますよ……。『ちょうどいい』が無いんですよね」

 少々どころか、しっかり愚痴をこぼされたアンキセスは長い髭を大事そうに撫でつけ、

「我が愛弟子は、ちぃ~と加減ができん子じゃからな。何年前じゃったかのぅ、旅先で彼女を引き取ったのは……。ところで、エアはレイメルに馴染んでおるかのぅ?」

 彼が心配するのも無理は無かった。

 炎の中から助け出した時の彼女は、両親を目の前で殺された衝撃で、ほとんどの記憶が失われ、「これ以上、傷つきたくない」と言わんばかりに心を閉ざしていたのだ。

 そこでアンキセスは彼女に、新しい人生を歩めるようにと『エア・オクルス』という名前を与え、二人で旅をして寝食を共にすることにした。

 田舎の小さな村々を旅するうち、彼女は様々な人々に出会い、柔らかくて子供らしい感情を表現が出来るようになってきた。そして少しづつ、抜け落ちた記憶を部分的に思い出すことができた。しかし、思い出す記憶が増えれば憎しみの心も目覚めてしまうのでは、とアンキセスは危惧をしていたのだ。




 マッシュは尊敬する年老いた友人の、少し曇った表情にちらりと目をやった。

 『封建的な貴族中心の政治を、民主的に改革したい』と願う女王を、精霊師ギルドの長として長年支え続け、引退しても王国のために働こうとしている彼の傍に、マッシュは振り回されつつも三十年近く寄り添ってきた。

 自慢するつもりはないが、自分は彼の性格や考えを理解している身近な友人だとマッシュは自負している。

 『伝説の精霊師』と呼ばれるほど強大な精霊魔法を操りながらも、わがままで甘えん坊だが、意外と過保護な老人の心情を察しながら慰めるように、

「大丈夫ですよ、エアは十四歳ですが、無理に大人びた物言いをしないので街の子供達から『ちょい姫』と呼ばれて人気がありますよ」

「ちょい姫とな?」

「ええ、ちょいと背が足らない、ちょいと鈍くさい。でも黙って座っていれば姫様人形のように可愛らしい、おっちょこちょいのちょい姫だそうです」

「ほぉ、それは素晴らしく……当たっておるかのぉ~」

 頭を抱えつつ、子供の観察眼には敵わんと老人は感心した表情になり、

「あれから半年も経つのじゃなぁ」

 明るく、賑やかな王都の街並みを眺めつつ、エアと共にレイメルを訪れた日を懐かしく思い返した。


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