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紫銀の精霊師  作者: 金指 龍希
悲嘆の魔石師編 
29/87

第六章  詐欺師の悪夢 その二

 部屋に駆け込んだエアは、ぼんやりとベッドに座っていたデボスに駆け寄った。

「デボスさん、私に治療をさせて!」

「どうしたんですか? いきなり……」

 驚いたデボスは部屋に入って来たエア達の顔を見回した。

「あらあら~、驚かせてしまいましたね。エアちゃんがね、治癒魔法を使える様になったのですよ~」

 にっこりと笑顔を浮かべるメリルを見て、デボスはエアの顔を見つめ直した。

「本当ですか? 新しい魔法を覚えたのですか?」

「うん! 光の妖精を召喚したの。デボスさんに治ってもらいたいから」

 エアは晴れやかな笑顔をデボスに向けた。

「私の為に……。私は生きていても良いのでしょうか? こんな罪に塗れ、薄汚れた私が……」

 自分に向けられたエアの笑顔を直視できず、デボスは俯いた。

「デボスさんが庇ってくれなかったら、私は殺されていた。お父さんやお母さんを殺したあの剣は、私に向かって来たもの。だから今度は私が助けたいの」

 戸惑うデボスに少女は必死に訴えた。

「あらあら~、デボスさん。新しい魔法の実験台と思えば良いじゃありませんか。そんなに畏まらなくても良いと思いますよ」

 メリルは穏やかな笑顔を浮かべながら言っているが、エアは眉間に皺を寄せた。

「え~っ! ひどいよ、メリル~」

「噴水の修理でも洪水を起こしたぐらいだからな。お前が治癒魔法を掛けたら、かなり元気になるかもな」

 珍しく笑いながらユウがからかうと、エアの両頬が膨れ上がる。

「う~っ、皆でからかって~!」

 文句を言っているエアの横で、デボスは思わず白い歯を見せて笑った。




 闇に生きる者達が身を潜める黒闇の市場、フォルモント市内ポストル地区――

「それでビアーネ。召喚した邪妖精がレイメルに到着するのは何時頃になりますか」

 モールは冷たく光るアイスブルーの瞳をビアーネに向けた。彼女は薄暗い部屋の中で杖を擦り、血の様な赤ワインを飲みながら、

「夜の闇に溶け、そして影をつたいながら、明日にはレイメルに着くでしょう。襲撃の予定時刻には間に合いますわ。御心配ですか?」

 ビアーネは立ち上がり、真っ黒な鏡の前に移動した。それは黒い大理石を磨いて作られており、人の背丈ほどの大きさがあった。

 自分の姿が黒っぽく映るのを見つめながら、ビアーネは杖を正面に構え、

「闇の魔石より生まれし50匹の我が下僕達。それを従えし我が分身である漆黒のノワールよ。そなたの瞳に映る物をこれへ……」

 すると黒い鏡の中心から、明るい光が浮かんで広がった。

 小麦が実る畑が続く大地の先に、その先には風車の在る小さな村があった。

「上出来ですね。あの風車の村はセギュレ村ですよ。飛行船から見た事が有ります。これなら明日には到着するでしょう。何しろ、この街は王国の西の端、レイメルは東の端ですからね」

 モールは満足そうな笑みを浮かべている。すると突然、

「おい、モール。バカラの馬鹿坊っちゃんがレイメルに向かったぞ」

 ノックもせずに部屋に入って来たマークは、さらに呆れたような声で話し続ける。

「魔石を盗んだのは良いが、女王の罠に掛かりレイメルに向かったようだ。あの馬鹿、盗む時期が悪い」

 モールは振り向きもせず、黒い鏡に映っている景色を見ながら、

「レイメル行きの飛行船だけが身分証や荷物の確認が、わざと甘くしてありますからね。今やレイメルは雑魚ばかり集まっているでしょう」

「それで、どうする? もうすぐ奴はレイメルに着くと思うが……」

 どうすると言いつつ、マークは困った顔も見せずに尋ねた。

「別にどうもしませんよ。魔石を入手する依頼なんて最初から有りませんのでね。バカラ家からの依頼は、イワンが跡取りに戻れる可能性を完全に排除する事。死んだはずのバカラ家の長男の名を騙り、献上品の魔石を盗んだ泥棒として捕まれば、檻の中で一生を過ごす事になるでしょう。せめてもの親心でしょうかねぇ、殺さずに排除しろなんて……」

 所詮、貴族なんて汚れる事を嫌う生き物だとモールは腹の中で馬鹿にしていた。

「悪党にもなれず、善人にもなれず。汗をかいて働く事を嫌い、遊ぶことしか考えず。貴族の身分にしがみついて生きようなんて、若様は甘いですよ」

 モールは椅子に座り、グラスにワインを注いだ。




 王宮では女王が渋い顔で部屋の中を歩き回っていた。

「少しは落ち着かれてはいかがですか? デボスの両親は無事に保護されてこちらに向かっておりますから」

 女王と年齢が変わらない侍従長の瞳は彼女の動きに合わせ、時計の振り子のように左右に動いている。

「わかっておる。それにしてもマッシュの手紙には驚いたわ。デボスの生存が確認され、おまけにポストル地区に監禁されておっただの、エドラドの殺害にも関与しただの、邪霊師が存在するだの……、やっとれんわい!」

 頭から湯気が立つほど彼女はいらついている。

「邪霊師についてはアンキセス殿を始め、精霊師達に任せましょう。私はモールという男を調べる様に配下の者達に指示します」

 侍従長は深々と女王に頭を下げた。

「うむ。黒龍将軍であり、我の侍従であるフルカス。そちに任せる。それとフォルモント市のポストル地区にも探りを入れるのじゃ。領主のバカラの奴に悟られんようにするのじゃぞ」

「承知いたしました。確かにバカラ家に知られると面倒な事になりますからね。腹では何を考えているか分からない欲深な男ですから……」

 フルカスと呼ばれた侍従長は、再び頭を下げた。

「頼んだぞ。とにかくレイメルでの計画を成功させ、後の事はそれからじゃ」

 女王はきつく唇を結んでいた。




 グラセル大工房ではアンキセスが長い髭を撫でながら唸っていた。

「なんとデボスはレイメルに居たとはのぅ」

 酒場の主が言っていた『白い髪の男』は、ホシガラスの目を通して保養所で見た男だとアンキセスは気が付いた。

「アンキセス殿。私はデボスに会いに、直ぐにレイメルに向かいますぞ」

 慌ただしくアイオンは身支度をしていたが、

「何を落ち着きのない事を言っておるのじゃ。はやる気持ちは分からんでもないが、計画が台無しじゃ。自重されよ」

 アンキセスに諭され、手に持っていた荷物をしぶしぶ机の上に置いた。

「アイオン様。マッシュ様の采配に任せておけば大丈夫のはずですわ」

 ミリアリアがうろたえているアイオンを慰めると、

「アイオン殿。ホシガラスをデボスの護衛に向かわせるから落ち着きなされよ」

 アンキセスはホシガラスを再びレイメルに向かわせることにした。

「しかしアンキセス殿。私が見たデボスは赤い髪をしていましたぞ。その髪が何故白いんでしょうな」

 少し落ち着きを取り戻したアイオンが疑問を口にすると、

「はっきりと断定はできんが……。バイオエレメントの影響じゃろぅて。それより、明後日の作戦に向けて支度を進めようぞ。と、その前にじゃ。ホシガラスよ!」

 窓を開け放ってアンキセスが大声で叫ぶと、白い鳥が窓辺に舞い降りた。

「急ぎレイメルに向かうのじゃ。邪妖精を排除し、お前が保養所で会った白い髪の男を守るのじゃ」

 さすがのアンキセスも、数多くの邪妖精が召喚されたとは考えが及ばず、護衛はホシガラスだけで足りると思っていた。




 レイメルの教会では、デボスの治療が始められようとしていた。

 フェニエラは魔石を取り扱っていたが、精霊師の妖精召喚を目にするのは初めてである。彼女は自分の店で売った魔石がどのように使われるのか興味は無かった。護身用魔道機の販売も行っていたが宝石同様のアクセサリーとしか考えていなかったのである。

 ところが如何にも病人と思われる男を前に、子供の様な少女が魔道機を使って治療すると言い出し、周囲の人間も止める様子もなく、むしろシスターですら当然と受け止めている。

 精霊師ギルドに行き、レティと名乗った赤毛の女性に詐欺師を捕まえたいと言ったら「本当は何がしたいの?」と問われ、現れた精霊師は子供みたいな女の子と、黒髪の異人と思われる青年であった。

(本当に大丈夫かしら……?)

 治療の事か、自分の依頼についての心配か、どちらに対してか分からない感想を彼女は呟いた。

「優しき暖かい治癒の光よ。我の求めに応じ、望む者に守護の光を与えよ。出でよ、光の妖精、リュ―ル・フェルー!」

 フェニエラの心配をよそに、エアは集中して祝詞を唱える。すると白銀の杖から放たれる光は次第に強くなっていく。

 その光をフェニエラは眺めながら、自然と両手を祈る様に組んでいた。期待と緊張とで、心臓が口から出そうなほど踊っている。ふと気が付くと、デボスと呼ばれた病人も手を組み、祈りながら目を閉じていた。

「落ち着いてイメージするんだ。お前が治療する姿を……、自信を持て」

 黒髪の青年は少女の両肩に手を置いて、助言している様だ。

「うん、私が出来る事をするんだよね。大丈夫」

 そう答えた少女の言葉に反応してか、強く輝く白い光は部屋中に満たされていった。




 目も開けられない程の強い光が収まると、白い細身の女性の姿が現れた。

(奇跡だわ……。これが精霊師なのね)

 フェニエラにとって、それは衝撃の出来事であった。魔石に関連して妖精召喚の知識は有った。しかし魔石を売る為に必要な知識として覚えているだけで、どこか他人事だと思っていたのだ。

 驚いた彼女は息をするのも忘れるほど、輝く妖精の姿を見つめていた。

「……アンヌ!」

 光の妖精が差し出した白い手を、両手で包み込む様に受け止めたデボスは涙を流している。

 彼が思わず口にした名前は誰なのかしら、とフェニエラは気に掛かったが、さらに奇跡は目の前で繰り広げられていく。

「リュ―ル・フェルー。彼の胸の中に在る魔石を精霊力で満たして欲しいの」

 金の双眸をデボスに向けた妖精は、エアの指示に静かに頷くと全身から小さな光の粒子を放った。それはデボスの身体を包み込む。そして彼の左胸に手を当てると、そこへ光の粒子が集中的に集まって来たのだ。

「身体が暖まって、軽くなるのが分かります。これで皆さんの足手まといにならずに戦えます」

 ほっとした表情を浮かべたデボスの少し赤みが差して来た顔色を見ながら、フェニエラは感動していた。

(妖精の召喚とは、こんなに心を揺さぶるものなんだわ)

 彼女を始め、部屋の中に居る全員が幸せな笑顔を浮かべていた。




 一方、イワン・バカラの目の前に広がるのは、思い出したくもない戦場の風景であった。

(此処は……国境? 六年前の……)

 王国と帝国の兵士が戦っている。自分の国の旗を国境に立てる為に、入り乱れて争っているのだ。

「何を呆然としているんだ! イワン!」

 怒鳴られて我に戻ると、自分は剣を手に握っている。そう、自分は王国の国境警備隊の一員だった。

「ごめん、戦況は?」

 同僚の兵士に尋ねると、

「かなり悪い。囲まれた様だ」

 イワンは勇気を振り絞って同僚に言い返した。左手の小指に嵌めた母の形見の指輪を擦りながら、

「大丈夫さ。皆で王都へ帰ろう。否、帰るんだ!」

「そうだよな、とにかく隊長と合流しようぜ」

 二人は戦場の中を駆け出した。




 突然の帝国の侵略に、国境警備隊は態勢を立て直す暇もなく戦っていた。

「あそこに隊長が居るぞ」

 同僚が指差す先に、大剣を振り回している人物が居た。

「隊長!」

 イワンが叫ぶと、

「お前達! 王都へ急ぎ応援を出す様に知らせに行け! 残った俺達が時間を稼ぐ」

 帝国の侵略に対し、大柄な隊長の身体が怒りに震えているようだった。

 イワンが唇を噛み締めた瞬間、急に戦場が日食の様に暗くなり始めた。太陽の光を遮る黒い煙が発生したのである。

「何だ! この煙は?」

 煙に包まれ、そう叫んだ隊長は気絶した様に倒れてしまった。その様子を見たイワンは身体が恐怖に震えた。

「何が起こったんだ? 帝国の新兵器なのか!」

 イワンの叫びに応える者は誰も居なかった。王国兵どころか、帝国兵までもが次々と地面に倒れているのである。イワンも息苦しさに倒れ込みながら、母の形見の指輪が白い光を放っているのを薄れていく意識の中で見つめていた。




 寂しげな雨音が聞こえてくる。

 目を覚ましたイワンは痛む頭を抱えながら起き上った。

 周囲には動かなくなった両軍の兵士しかおらず、生き残ったのは自分だけだと理解するまでに時間が掛かった。

(全滅なんて……。信じられない……)

 しかし、信じられない出来事はこれだけでは無かった。近くの村まで歩き、王都への知らせを依頼した。そこで倒れ込んだイワンはしばらく起き上る事が出来なかった。

 やっと王都に戻ったのは半月後である。しかし、そこで『イワン・バカラの所属した隊は、本人も含め全滅した』と聞かされたのである。

「僕は生きているんだ。ちゃんと調べてくれ!」

必死の形相でイワンに掴みかかられた兵士が冷たく言い放った。

「身元照会したバカラ家では、長男であるイワンの葬儀も済ませたと回答が有った。戦時中ゆえ、葬儀も身内だけで済ませたとの事である」

イワンは自分の屋敷に向かって走り出した。

「僕は生きている! 葬式を出したなんて嘘だ!」




 自分の声で飛び起きたイワンは、鼓動が速くなって痛む胸を押さえながら荒い息をしていた。

 周りを見回すと、レイメル行きの飛行船の客室である。

(夢か……。僕がバカラ家の当主になったら、あの女を追い出してやる)

 母が死んだ後に、父と結婚した相手は格が高い貴族の娘であった。目が醒めるほど美しい容姿をしているが、何処か冷たい印象を受けたイワンは母と呼べず、親しく接する事が出来なかった。それに母が死んだ後、直ぐに再婚した父に対して怒りの様な感情が有ったのも事実だ。

 その反発ゆえに、弟が生まれてから軍隊に入って自分の居場所を探し、やっと友と呼べる同僚達に巡り合ったのに、理不尽な戦争で失ってしまった。

 それだけでは無い、自分の存在自体も失くしてしまったのだ。

(僕はイワン・バカラだ。他の名前なんて無い……)

 血が出るほど強く唇を噛んだイワンは、薄暗い客室の中で声を殺して泣き始めた。彼の左手の小指には、白い魔石を嵌めこんだ指輪が鈍く光っていた。


★作者後書き(一カ月休載のお知らせ)

 読んで頂いている皆様に、心から感謝しております。本当にありがとうございます。

 私事で申し訳ありませんが、四月から極めて多忙な状況になる為、一か月の休載をする事に決めました。ご愛読して頂いている方にご迷惑をおかけいたしますが、よろしくお願いいたします。

 次回の更新は五月四日(土)にしたいと思います。


★次回出演者控室

エア 「何処にいるんだろ~。あっ! ホシガラス。久しぶり、って噛まないで」

ユウ 「じいさんの妖精は主に似て、へそ曲がりが多いからな」

マッシュ「貴方達、何をのんびりしているんですか。明日は祭りの初日ですよ」

エア 「でも仕事中だから祭りも楽しめないね」

ユウ 「初日は酔っ払いレースが有るだけだから、俺はどちらでもいいがな」

エア 「酔っ払い? レース?」

ユウ 「明日になれば分るさ」

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