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紫銀の精霊師  作者: 金指 龍希
悲嘆の魔石師編 
27/87

第五章 山百合と機械師 その五

「おっ、馬子にも衣装だな」

「リゲルったら、それ褒めてない」

 紫紺の上着と花びらを重ねたようなスカート。袖や裾には銀の刺繍がしてある。今まで来ていた物より少し胸元が開いているのが恥ずかしいとエアは思ったが、

「トッドが造ったピアスやネックレスともよく合っているな」

 ユウがそう言ってくれるとリゲルの言葉より何倍も嬉しく感じた。

「ありがとう、リゲル。お土産で山百合の球根を持って来たのよ」

「おう、ありがとうよ。この山百合は匂いで魔物が寄ってくるから植えられなかったのさ。きっと市長は植えるなと言うだろうが……。まあ、植えるか。いや、早いとこ植えてしまえ!」

 ニヤニヤしているリゲルにユウがすかさず、

「増やすなよ。市長が焼きに来るぞ」

「うおっ、本当に来そうだな、それは困る」

「やるなよ」

「何度も言うな。分かっとるわい」

 ユウとリゲルが言いあっている。さっきとは逆だが。

「この杖で妖精を召喚するね」

「気を付けろよ。暴走させるなよ」

 ユウは自分のことを棚に上げて注意している。

「おう、嬢ちゃんもこれ以上、花畑を壊さないでくれよ。頼むから」

 リゲルは涙目になり、エアに懇願した。

「はぁい、気を付けます」

(私ったら、そそっかしいから気を付けないと)

 その『そそっかしい』が花畑に修復不可能な程の被害をもたらすことになる。




 工房に残った二人の男は不器用な会話を始めた。

「おめぇさん、少し表情が柔らかくなったな。口数も増えたし、取っ付き易くもなった。あの嬢ちゃんのおかげだな」

「そうか?」

「そうだぞ。まあ、自分では分からんか。ところで、おめぇは嬢ちゃんをどう思う?」 

「最初は変わった姿で鈍くさい奴だと思った。でも仕事をしているうちに少し見方が変わった」

 彼はリゲルとは目線を合わさずにカップを見つめている。

「真面目で他人の想いを大切にしている奴だ。だが感受性が豊かな程苦しむこともあるだろう。それにあんな事件がなければ普通の人生を歩んでいただろうな」

「ユウよ、過ぎ去った事に『もし』なんて言葉はないんだぜ。それはおめぇさんが一番理解している事だろうが?」

 リゲルは厳しい口調でユウに意見をぶつける。

「分かっているさ……。でも、つい思ってしまう」

「ま、気持ちはわかるさ。人生において災厄は突然やって来る。それは決まって己の生き方を変える事が多い。おめぇも突然、この国に来たからな」

「ああ、リゲルが拾ってくれなかったら、今頃は野たれ死んでいただろうよ」

 ユウはその時の事を思い出したのか、いささか重たい口調になっていた。

「災厄なんて嵐のようにやってきて人を蹂躙して去って行くのさ。その立ち直り方は人それぞれだ。ワシが花を植える様に、おめぇは目の前の現実に没頭する事で立ち直った」

「意外と自覚は有るんだな」

 立ち直り方法がガーデニングというのは意外なんだが……とユウは妙な感心をした。

「あたりめぇだ。おめぇも有るんだろう?」

「まあな……。おっさん、俺はケントを殺した奴を見つけたら、殺してしまうかもしれないと思っていた。でも、弱りきったデボスを見た時、それは無理だと思った。他人の都合で利用され、自分の人生をねじ曲げられた男が横たわっているだけだった。まるで、自分の姿を見ているようだった。なあ、殺されたエアの両親はどんな人物だった」

「エドラドは優秀な魔石師で王室付き筆頭魔石師だった。デボスとエドラドは、若い頃同じ研究室に在籍した友人だった。マリアは魔道機の研究家で、主に封印魔道機の開発をしていたな」

 リゲルはカップを弄んでいたが、深い溜め息をつき、

「デボスを利用したモールとかいう奴らが、魔石師や機械師を集めている事は間違いない。奴らはデボスに古文書を解読させていたからな。学者の中にも行方が分からなくなっている奴もいるかも知れん」

「魔道機の中で、解析されていない物が有るんだろう?」

 ユウの黒い瞳には、リゲルの苦渋に満ちた表情が映っている。

「まあな、昔の文明の方が進んでいたってのは皮肉だな」

「そうだな。でも廃れたのには理由が有ったんだろう。俺はそう思うよ」

 窓の外を眺めながらユウはグラッグに聞いた物語を思い浮かべた。 




 工房の表ではエアが頭を抱えて悩んでいた。

(光の妖精……。癒しの光、て何だろう? 光は闇を照らして周りを見える様にしてくれる。あとは希望の光っていうけど、それは目に見えないよね)

 妖精を召喚する為には、頭の中でその姿を思い浮かべなければならない。悩む彼女の頭上では、太陽が明るく輝いていた。

(お日様の光って暖かいよね。眠くなってきちゃう)

 目の前の草花達は、陽の光の中で揺れている。

(何だか気持ち良いなぁ。光は暖かいし、生き物を育てる事が出来るんだ。そうか、生きる事を許し、癒してくれているんだ。自分だけで生きている訳じゃ無いもんね)

 エアは自分の周りにいる人々の事を思った。自分を助けてくれたアンキセス。孤児の自分を暖かく受け入れてくれたレイメルの住人達。皆、優しくて暖かいと彼女は思った。

(まるで、お日様の光の様だね。やっぱり光の妖精は人の形が良いよね。優しくて、暖かくて、お母さんみたいな妖精……)

「よしっ! やってみよう」

 光の妖精のイメージを彼女なりに想像し、新しい杖を構えた。

 目を閉じて言葉を選びながら、祝福の祝詞を紡ぐ。

「我は二枚の羽を持つ者。盾を持って民を守り、杖にて邪を払う者。人を生かせし光の精霊よ。我が願いし者に命の輝きを与え、我が願いし者に守りを与え、我と共に生きる者を許し、癒しを与える事を心の底より願い奉らん」

 目の前に現れた白い光は、輝きを増して人の形を成していく。その輝きは髪の長い女性の姿となり、エアよりも背が高く、祈る様に手を胸の前で組んでいた。

 しかし、召喚者が『ちょい姫』と呼ばれるエアである。ただで済む筈が無かった。




 工房の中では、リゲルが急に思いついた様に問い掛けた。

「おい、おめぇは昨日の戦闘中、わざと自分の妖精を呼ばなかったな。嬢ちゃんを試したんだろう?」

「どれくらい戦えるのか知りたかった。それに、どれほど覚悟が有るのかもな……」

 ユウが背を伸ばしながら、大きく息を吐き出す。

「驚いたよ。思ったより肝が据わっているかもな。慌ててしまうのは自分に自信が無いからだ。俺よりも威力の高い魔法が使えるし、あの爺さんが弟子にするだけの事は有る」

「嬢ちゃんが自信を持てないのは、同年の子供達と競争をしたり、揉まれて育っていないからだろう。大人の中で育った子供だ。甘いのは仕方ねぇな」

「俺は子育てする自信なんて無いぞ」

 少しむくれた様なユウの表情を見たリゲルは、

「心配いらねぇよ。おめぇはそのままで良いんだ。嬢ちゃんを支える相棒としてな」

「……支えるのは俺だけじゃないだろう? おっさん達もいるし」

「そうかい。しかし、嬢ちゃんの魔法の威力を認めただけか?」

「なんだよ。リゲル」

 何が言いたいのかとユウは訝しげな顔をした。

「まあいい。ところで街の女どもが騒いどったぞ」

「何を?」

「不愛想な双剣士が女の子を抱えてヴォルカノンに居た。これは何があったんだろうか」

 ユウは思わず飲みかけた茶を吹き出した。

「そりゃあ、女どもが驚いておったわ」

「い、いや、それは、あいつが店で寝ちまったから」

 驚いたユウが戸惑いながら話しているその時、再び大音響が響き渡った。


 ドガァァァァン


 大音響に驚いて、ユウとリゲルは外に出た。




 玄関を開けると花の蕾や緑の葉がひらひらと空に舞っている。そして、その中を光り輝く白い女性が踊る様に舞っている。その幻想的な光景とは対照的に、先程無事だった正面の花の頭は全て綺麗に刈り取られ、その先の石壁が一部崩れていた。

「ごめんなさい……」

 エアが機械人形の様にぎこちない動作で振り向いた。

「これはドジで済まないな。まぁ、俺も同じか……。でも、召喚に成功したんだな」

「うん、召喚したけど名前が気に入らないみたい。まだ掌握できないの」

「それで暴れた訳か。お前の付けようとした名前は?」

「白い花びらが舞っているみたいだから、ブラン・ぺタルにしようと思ったの」

「見たまんまだな。妖精が怒るのも分かる気がする」

 ネーミングセンスが無いのはアンキセスも変わらない。ホシガラスも未だに怒っているぐらいだ。しかしアンキセス程の精霊師ならともかく、新米精霊師が気位の高い光の妖精に、安直な名前を付けても掌握できる筈が無かった。

「う~ん。どうしようかなぁ。……やっぱり光の妖精だから『リュ―ル・フェルー』にしたい」

 エアは空でくるくると回りながら踊っている妖精に懇願をした。

「お願い! 私は傷ついた大切な人を癒したいの。皆を守ってあげたいの。だから力を貸して! 私の大切な光の妖精リュ―ル・フェルー!」

 すると妖精は踊るのを止め、エアの前にやって来た。エアを見つめる金色の瞳は、何かを問うている様だ。

「私は本気なの、リュ―ル・フェルー。暖かいお日様のように私を守ってくれている人達を助けたい。守りと癒しの力を与えて欲しいの」

 エアの願いを確認する様に、妖精は祈る様に胸の前で手を組み合わせた後、杖の白い魔石の中に姿を消した。

「よかった~。どうなるかと思ったよ」

 エアは緊張が解けたせいか、大きく息を吸って吐き出した。

「良かったな。リゲルの願いも叶うかも知れんな」

 そう言いつつ、ユウは何気なく隣にいるリゲルを見て言葉を失った。




 リゲルは膝をついて涙を流している。

「花が……。花が全滅じゃねぇか……」

 その涙の量は尋常じゃない。精霊の乙女が流した量に匹敵するのではないかと思われる。これでは地面に涙の湖が出来てしまうだろう。

 脱水にならないか、彼の体内の水分量が心配だ。

「えーと……どうしよう……?」

 エアはリゲルを見て、どう声を掛けたらいいか迷っている。

「やめておけ、花畑は他にもある。レティに報告をしないとな。リゲル、俺達は帰るぞ」

「リゲル、ごめんね。後でデボスさんに癒しの術を施すからね」

 エアはユウに手を引かれて工房を後にした。

迷路の中でユウは頭を掻きながら、

「無事だったのは室内に在った山百合だけか……」

 その言葉に頷いたエアは、

「今度、リゲルに花の種か球根でもあげないといけないかな」

 二人とも無言でレティの元へ、足早に急いで向かった。




 ――第三区画 市公舎――

 若い秘書官が市長室の入り口に立っていた。

「市長、ラヴァル村の住人達が到着しました。一階で待っていますが、どうされますか」

「すぐ行きますよ」

 市長は慌てて服装を直して階段を降りていと、総勢三十三名の鉱夫達が待っていた。

「市長、今年も祭りに呼んでくれてありがとう。家族も喜んでいるよ。これは今年、女王に献上(けんじょう)するブドウ酒だ」

 村長であるグラッグは大きな樽を指差した。

「ありがとうございます、六年前、戦火に追われラヴァル村に避難した時も、街を再建する時も、ラヴァル村の皆さんの御尽力があって今のレイメルがあります。私より街を代表してお礼を申し上げます」

「堅苦しい事はやめにしようぜ。だいたい、前の横暴な市長を追っ払ってくれたのはあんただ。気持ちよく協力できたのは当り前さ。投票とやらで、初めて自分達の手で市長を選ぶことが出来た。そりゃぁ、いきなり市長に選ばれたあんたも驚いたろうが、世間知らずの貴族や欲張りな商人なんかいらないんだ」

「レイメルの市長はこの地域一帯の領主でもあるからな」

「レイメルの農家に指導を受けてから野菜も味が良くなって高く売れるようになった。それに酪農も軌道に乗って来た。まあ、ブドウ酒は俺達が飲むから売らないけどよ」

「鉱夫をやめた後も村で生活をしていく目途も立つようになった。感謝しているのは俺達の方だ。俺達で出来る事は手伝うぜ」

 喋り出すと止まらない鉱夫達は、各々市長に向かって話しだす。

 そして鉱夫達は担いでいたつるはしを部屋の隅に立てかけた。

「市長、リゲルに修理してもらった道具だが、どうも立派になりすぎて落ち着かなくてよ。確かに頑丈なんだが……。すまねぇがいつもの通りに頼むわ」

「申し訳ありません。またですか……」

 またかと市長は苦笑した。

 リゲルは金属で出来ている物は何でも修理をする。それは本人の努力の賜物だが、修理をさせると元の物より丈夫になるだけでなく、装飾が派手になることが多い。

 つるはしを見ると金属の部分に花の装飾が施されている。確かに使うのには気が引けるのかもしれない。もっとも鉱夫達だけではない。街の住人もリゲルが修理した物を持ち込んでくることがある。例えば派手な装飾で切れすぎる包丁や、やたらと丈夫だが重くなってしまった鍋などが市長の所へ持ち込まれる。その都度引き取り、代わりに新しいものを支給している。

「分かりました。新しい道具を村に届けさせます。君、手配を頼むよ」

 指示された若い秘書官は、また地下の倉庫に入れて置くしかないかと溜め息をついた。




 ギルドに戻った二人は予想通り、レティのノンブレス攻撃にさらされた。

「エア、やっぱりその服が似合ってるじゃないの、リゲルに言われて商店街を探したのよ、動きやすいくて可愛くて私のセンスは抜群ね、リゲルに任せていたらとんでもない格好になっていたわよ、ちゃんと代わりの服も見繕ってあるからね、ところで商店街にいたら、第一区画からすごい音がしたのよ。ついでに地響きもしたわね。貴方達、何か知らない?」

 言い終えたレティは腰に両手を当て、二人を交互に見つめている。

 言われた二人は別々に天井を見た。心当たりがあるからだ。いや、原因は自分達だから。

「レティ、それは俺達だ。驚かせてすまない」

 二人はリゲルの花畑を壊してしまった事を白状した。

「そりゃぁ、リゲルも気の毒に。さしずめ、これを事件に例えるならこんな感じかしら」

 レティは腕を組んで、うーんと唸っている。

「これでどう? 第一区画花畑消失事件」

 エアとユウの二人は思わず顔を見合わせた。


★作者後書き

 次章で物語も終盤戦に突入することになり、作者も気合いを入れ直して頑張りたいと思います。

 レイメルの住人の結束力を、楽しく、面白く伝えていきたいと思います。最後までお付き合い頂けると幸いです。


★妖精の名前について

 さて、今回召喚された光の妖精『リュール・フェルー』についてですが、小説家になろうで作品を投稿されています『渡瀬まひろ』様に名付けて頂きました。平宮夜半様と同じくフランス語を元に、光の妖精を表現して下さりました。

 エアの大切な光の妖精です。今後とも大事に育てていきたいと思います。


★次回出演者控室

レティ「さて、次の仕事よ」

エア 「え~っ、もうすぐ祭りなのに」

ユウ 「逆らうと後でえらい目に遭うぞ」

???「もうすぐレイメルに着くぞ。やっと次期当主の座に戻れる」

マーク「このバカ坊ちゃんには困ったものだぜ」

モール「言わせておけばいいんですよ」

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