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紫銀の精霊師  作者: 金指 龍希
悲嘆の魔石師編 
26/87

第五章 山百合と機械師 その四

 意を決したエアの前には、デボスが静かに座って赤い瞳を向けていた。

「あのね、デボスさん。全部じゃないけど、思い出せた事があるの。蛇のように曲がりくねった剣でお父さんが殺された後、私を庇ってくれたのはデボスさんだよね。昨日、ユウが魔物から私を庇ってくれた様に……」

 エアはデボスの手を握り締めた。

「……思い出せましたか。良かった……。私は自分に都合のよい記憶を貴方に教えるつもりは有りませんでした。あの蛇の様な剣は『フランベルグ』といい、マークと呼ばれる男の持ち物です」

「じゃぁ、その人がお父さんやお母さんを殺したの?」

「直接的には……。でも、あの男が全ての発端だと思えない。私の身に起きた事は何だったのか、皆の運命を変えたのは誰が何を命じた事が原因なのか……。私には、その全てを知るまでの時間は無いようです。でも、私は自分の出来る限りのことをしたいのです。まだ、簡単には死にませんよ……。私はこの街を守る為、皆さんと一緒に戦うつもりです」

 エアの肩にそっと手が置かれた。彼女が振り返ると、そこには静かに自分を見つめているユウの姿が有った。




 リゲルの工房へ向かうエアとユウの気持ちは沈んでいた。

 デボスが死んだら、彼の胸からバイオエレメントを取り出す事をリゲルは約束した、とメリルから聞かされたからだ。

「おっさんの事だ。考えも無しに決めた訳じゃないと思う」

「でも、心配だよ。いくら友達から頼まれたって、やれる事とやれない事が有ると思うの。でもね、何を話したら良いのか分からないよね……」

 迷路の様な通路を歩きながら、正直なところ二人は、リゲルの顔を見た時にどう声を掛けたら良いのか二人には分からなかった。

 ところが、渋い顔をしながら席に座っている二人の前で、リゲルが大口を開けて笑っている。

「あっははははははっ!」

 なぜ、こうなってしまったのか。

 工房に着いたエアは、以前「一発、殴っておこう」と心に決めていたのを思い出し、工房の扉が開くと同時に、力を込めて拳を突き出した。

 ところがエアの拳など、蚊が刺した程にも思わなかったようで、

「何してんだ? 嬢ちゃん」

 と言われてリゲルに不思議がられて終わってしまった。

 さらに「茶でも飲んでかねぇか」と誘われたので、二人がタンホブ山で魔物に遭遇した事を報告したら、リゲルの笑い袋が耐えきれず破裂したらしい。

「ユウよ、おめぇさん、その寒緋桜を使いこなせていないな。寒緋桜はおめぇの得意な火を使うことができるが、他にすべての属性を使うことができる。本当に未熟だな。寒緋桜が泣いているぞ。ところで武器は無事か?」

 リゲルは笑いながら涙目になっている。

「そこまで笑うか……。心配をして損をしたぞ。そして嫌がらせのように何回も同じことを訊くな。武器は無事だ」

ユウは半眼になっている。エアも思ったより元気そうなリゲルに安堵した半面、拍子抜けした気分だった。

「まあ、怒るな。しょうがない奴だ。水の使い方ぐらい覚えておけ」

 リゲルは顎に手を当てて考えながら言った。

「おめぇが火をよく使っているのはわかった。流れる水を刃とする様にイメージを頭の中で整えて刃先に意識を集中しろ。そうすれば刃が水を纏うはずだ。ちなみに他の精霊力も基本は同じだ。しっかし、今までどうしてたんだ。まあいい、これからは火だけでは戦えないぞ。今まで無事に生きてるのは、おめぇの並はずれた身体能力があったからだ」

「勝てない相手には素手で戦ったよ。とりあえず外で試してみる」 

 ユウが席を立つとリゲルが慌てて、

「花に水を与えるなよ。今日は水をやったからな。あと火は使うなよ。花が焼けるから」

「分かってる。しつこく言うな」

「本当か?」

「本当だ」

「それを渡した時にも注意したよな」

 リゲルの顔は真っ赤になった。光っている頭まで赤い。どうやら、その時のことを思い出しているようだ。

「あの時は、花を燃やしたよな。おめぇは!」

 リゲルの顔が急に真っ青になった。焼けた花畑の光景を思い出したらしい。

「すまない、と謝っただろうが!」

 ユウは呆れ顔で言った。

「すまないだと? 本当に済んどらんわい! ワシにとっては消えない、終わらない一生の傷だ!」

 リゲルが怒鳴った勢いで唾が飛ぶ。慌ててエアはカップを持って避けた。

 ちなみに茶はカモミールティーだ。精神を落ち着かせる効能があるはずだ。そのはずなのだが、今は落ち着くどころかヒートアップしている。

 リゲルの背後に暗い炎が見えるのは気のせいか、それとも幻覚なのかエアには判らなかった。

「とにかく花に被害を与えるなよ!」

 外へ出るユウの背中をリゲルの怒鳴り声が追い掛けていた。




 怒りが収まったリゲルがぽつりと言った。

「あいつも少し変ったな。前は茶に誘っても断っていたからな」

「変った?」

「ああ、用事が済んだらすぐ帰る。そういう奴だった」

 リゲルは安心したような口ぶりで、

「まあ、俺は武器が心配なだけだがな」

「人間は?」

「人間の代わりはいるが武器の代わりはない」

 リゲルは真顔で言い放った。エアは口を開きかけたが言葉を飲み込んだ。

 彼は人間を『おまけ』みたいに考えているのだろうか。いろいろと間違っている気がするが、それを言うと武器について熱く語られそうなのでやめておいた。

 彼の思考を確認する為にエアは工夫して尋ねてみた。

「リゲルにとって心配の順位は?」

 リゲルは髭を摘んで即座に答えた、

「一番は妻と娘、二番は武器、三番は花。人間は番外だ」

「真顔で言わないで! 少しは人間の心配をして下さいよ」

 思わずツッコミを入れてしまった。そう言わずにいられなかったエアであった。

「リゲルが花を植えるのは奥さんが花好きだったから?」

 気を取り直して疑問に思っていたことを尋ねてみた。

「いや、妻が家から居なくなってからだ。グラセルの開発室にいた時のことだ。仕事が忙しくてな。あまり話を、いや、言い訳はよくないな。妻が娘を連れて家を出てから、ワシはレイメルへやって来た。花を育てるようになったのはそれからだ。この街が有名になったら妻と娘が花を見に来るかもしれん、と思ってなぁ」

「ごめんなさい。軽い気持ちで訊いてしまって」

「いいってことよ。ワシは自分の人生を隠すような事をするつもりはない。皆、知っているしな」

 彼の様に自分の人生を他人に話せる。いつかそう在りたい。エアは自分に言い聞かせる。

「ところで話は変わるが、おめぇさんユウをどう思うよ」

「最初は不愛想な人かなと思ったけど。優しい人だと気が付いたの。無口なのは、いい加減なことや、言い訳を言いたくないからだと思うの」

「まあな、あいつは難しく考えすぎなんだ。嬢ちゃんと一緒だと独りが身に沁みる、なんてことは無いだろうよ」

「お友達が亡くなったって聞きました」

「あいつが話したのか」

 エアは頷きながら、タンホブ山で見たユウの横顔を思い出した。

「嬢ちゃんに自分から話したのならいい。鉱山でケントを見つけた時は、もう息が無かった。暫く、二人とも動けんかったわい。ユウのやつが、火葬にすると言うんで、薪を集めてな。寒緋桜で火をつけた」

 リゲルは大きな手でカップを弄びながら小さな溜息をついた。

 その様子を見てリゲルがユウをからかうのは、彼なりに気遣っているからだとエアは気が付いた。

「ねえ、リゲルは何であんな約束がデボスさんと出来たの?」

 死んだ友人の胸から魔道機を取り出す。そんな事は自分には出来ないとエアは思ったのだ。

「デボスがワシに与えてくれる信頼を無駄にしたくない。事実、バイオエレメントをいい加減な奴らの手に渡せないしな。それで、嬢ちゃんに頼みが――」

 その時、外から大きな音がした。


 ドドドド、ザバァァァン


 大きな音とともに地響きがした。

 轟音に驚いた二人は外に出た。




 目の前には、双剣を握って両腕を拡げピクリとも動かぬユウの背中と緑色の花畑。しかし、左側の花畑は土とともに押し流されており、緑だった土地が茶色になっていた。

 ユウは片手に剣を持っているわけではない。両手に剣を持っている。

 ということは……。

 エアはさっき見た左ではなく右のほうを見ると、左と同じ光景が広がっていた。

(ユウ、これは下手とか、そういうレベルを超えているよ)

 何気なく隣にいるリゲルを見てエアは声を失った。

 リゲルがゲル化していた。いや、この表現は正しくないのかもしれない。リゲルは地面に膝をついて泣いていた。しかも涙の量が尋常じゃない。まるで滝のようだ。

「せっかく……せっかく……ここまで育てたのに……」

 悲劇に襲われたリゲルは男泣きしていた。

 ユウは水を纏っている寒緋桜を振った。水と共にアクアマリンを削ったような光が風に散っていく。エアは輝きながら飛び散る青い花びらを眺めていた。

 そこでエアは再び左右の花畑を見る。所々凍っている。精霊力を取り込むことが上手になればこの惨状では済まない気がした。

「おめぇ、そこに直れ! 花の代償はおめぇの傷で済ましてやる!」

 リゲルは拳を振り上げた。

「望むところだ!」

 ユウは剣を戻して拳で応戦する構えをとった。

「今日こそ、ワシは連戦連敗を脱出してやるぞ!」

「勝手に言ってろ、おっさんの連敗記録を更新してやる!」

 こうして不毛な格闘戦が始まったのであった。

「……中で待ってるね」

 返事を待たず、呆れたエアはこの二人を残して工房に戻った。




 ―数分後―

 三人はカモミール茶を味わっていた。どうやら不毛な戦闘はすぐに終了した様である。

「顔面に回し蹴りが入った。それが決定打になったよ」

 ユウは事も無げに言った。

 だからリゲルの目の周りに、青黒い帯が付いている様に見えるのかとエアは納得した。

 リゲルは両目の周りの青あざを擦りながら、

「おめぇ達に伝えておく事が有る。豊穣祭の二日目に新型飛行船がグラセルから到着する。そいつと図面を狙って悪党どもが群がって来る。デボスはモールという奴にそう言われたそうだ。そいつは女王も承知で、このレイメルはそいつらを捕まえる為の舞台になる」

 エアは目を丸くして、腹を立てている。

「そんな危ないじゃないの! 祭りで人が一杯なのに」

「この街は防御に優れているからな。それに再建する時に女王やグラセルにも、かなり借りを作った。どっちにしても市長がマッシュの奴でなきゃぁ出来ん事だが」

「俺が帰って来た晩に市長が言っていたな……。不穏な輩を一掃する計画が有るとな」

 リゲルの説明に、ユウは呻いた。

「覚えとったか。街に変な奴が多いと思うが手を出さずに置いておけ。勝負はレイメルに飛行船が着いてからだ。それと嬢ちゃんには頼みたい事が有る」

 リゲルはユウとの戦闘前に言い掛けた願いを切り出した。

「分かったけどリゲルのお願いって、その計画とは別の事だよね」

「よく分かったな。嬢ちゃん、光の癒しの妖精を召喚出来ねぇか」

 腕を組んで聞いていたユウは、

「何故、癒しの妖精を?」

「治癒は水の青もあるよね。でも、アンディは攻撃と盾しか出せないから」

 治癒術をメリルから教えられているエアは、リゲルが光属性に限定した理由が分からなかった。

「デボスの奴には教会の神父達やメリルが交代で術をかけている。だが、壊れかけた心臓やバイオエレメントを満たすには足りねぇ。バイオエレメントは光の魔石を組み込んである。それを精霊力で満たしてやれば、デボスの奴も動けるようになると思う。嬢ちゃんは魔石灯を爆発させるほど精霊力を取り込む力が強い。嬢ちゃんが妖精を使って治癒術を掛ければ、希望が持てるかもしれない」

 いくら精製した魔石でも、永久に使える訳ではない。次第に精霊力を失ってしまうのだ。リゲルは、デボスの胸に在る魔道機の魔石が消耗しているのでは、と気が付いたのだ。

 エアにとって、リゲルの必死の懇願を断る理由など無い。ましてや命に関わる事で、デボスに生きていて欲しいのは彼女も同じである。

「やってみるね、リゲル」

 即答したエアは深く頷く。

「嬢ちゃんの新しい武器は仕上がっているぞ。銘は『(はま)(ぎく)』、花言葉は『逆境に立ち向かう』だ。この杖で妖精を召喚してくれ」

「ありがとう、借りていた杖は返すね」

 エアから杖を受け取ったリゲルは、

「おう、浜菊も全属性が使えるようにしてある。どの属性も魔道機の限界まで出せるようにしてある」

 代わりにエアは六十センチ程の杖を受け取った。思わず見惚れてしまう程、美しい杖であった。




 白銀の地金に、白い花弁と黄色い花芯を持つ浜菊の花と、赤と青で縁どられた緑の葉の意匠が魔石を使って施してあり、エアにとって適度な重さに仕上がっていた。

「おめぇが使える重さはそれぐらいだろう。見ての通り直接攻撃には向かない。魔法を重視して造ってある」

「この女性は?」

 杖の頭には両手を組んで祈っている乙女の像が銀色に輝いていた。

「精霊の乙女だ。諸説あるが彼女は精霊王の娘とも云われている。まあ、全属性を使える嬢ちゃんには相応しかろう。ちなみにモデルは妻だ」

 気のなることをサラっと言われたが聞き流すことにした。リゲルに対し「妻」という言葉は禁句に思えたからだ。

「綺麗な杖ですね」

「ユウみたいに火しか使えない、なんて事が無い様にな」

 リゲルは横目でユウは見たが、彼は知らん顔をして茶を飲んでいる。

「それと防具だが、動きにくい重さや形の物は戦闘に向かない。レティが見繕った服の裏側に細かく編んだ鎖帷子を縫い付けてある。これなら、少々の斬撃にも耐えられるだろう。地と光の精霊石も編みこんである。耐久度もあるし、闇の精霊魔法にも耐性がある。ほれ、着てみろ」

 エアは濃い紫色の服を受け取った。布地の裏を見てみると、かなり細かく編み込んである金属が縫い付けてあるが思ったよりも軽い。

「向こうの部屋を使え」

「はい」

 エアは奥の部屋にある鏡の前に立って着替え始めた。

 レティの大きい胸と違って自分の胸は貧相に思える。

(確かに背もあんまり伸びないし、痩せてるけどさ)

 鏡に向かって大きな溜め息をついた。


★作者後書き

 読者の皆様に、本当に感謝しております。

 また、あの酷い地震が起きて丸二年になりました。偶然ですが、今回の更新分の中に浜菊の花言葉を紹介できたことは嬉しく思っております。

 浜菊の花言葉は『逆境に立ち向かう』です。まだまだ復興の途上にある日本に(あえて東北とは言いたくありません。私は日本全体の問題だと思っていますので)必要な気持ちかも知れません。作中のレイメル市が復興した姿は、同じように復興してほしいという願いでもあります。

 人間は忘れる生き物ですが、大切な事は忘れたくないと思っております。


★次回出演者控室

エア 「光の妖精って、どんな姿かな?」

リゲル「先代の光の妖精は『ホシガラス』といって、白い鴉だぞ」

ユウ 「しかし治癒の妖精が鴉じゃ、有難味が半減だな」

エア 「そうだね」

リゲル「おめぇら、後でホシガラスに突き回されるぞ」

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