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紫銀の精霊師  作者: 金指 龍希
悲嘆の魔石師編 
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第五章 山百合と機械師 その一

 エアが横になったままで目を開けると、窓の外に見える空は夜明けを迎えようとしていた。

彼女の知らぬ間に、身体には暖かな毛布が掛けてある。ゆっくりと起き上がった彼女は振り返って驚いた。

 自分はユウの膝枕で眠っていたのだ。彼は薪を入れてあった木箱にもたれて眠っている。

(しまったぁ……。私、話の途中で寝ちゃったんだ)

 エアは彼の寝顔を見つめた。

 癖のない黒い前髪がさらりと額にかかっている。まだ何処か少年らしさが残っている顔立ちは、優しげな雰囲気があり、鉱夫達が何故怖がるのかエアには分からなかった。

 ハッとして胸に手を当てながら心の中では雄牛が暴れるが如く大騒ぎをしていた。

(ひょっとして、迷惑を掛けた……?)

 ハンマーで叩いても割れない岩石のようにエアが固まっていると、ユウがうっすらと目を開けた。

慌ててジタバタと手を振りながら、

「ごめんなさい! 先に寝ちゃって。しかも、もたれたままで――」

「ああ、起こしたらいけないと思っているうちに俺も寝ちまって……」

 目を擦りながら返事をしたユウは、彼女の慌てている様子を見て微かに笑みを浮かべた。

「あの……、ごめんね。寝落ちしちゃって……。その、迷惑だった?」

「……別に。さぁ、日が昇る前に山へ入ろう。明るいうちに目的の物を見つけて山を降りたい。夜の山は危険だからな」

 ユウは口の端で穏やかな笑みを浮かべながら立ちあがった。




 二人はグラッグと共に簡単な朝食を済ませて出発することにした。

「お前達の馬は預かっておくから行ってこいや。気を付けてな」

「ああ、頼む」

 ユウの返事は素っ気ないが、グラッグは気にしていない様だ。

「行ってきます」

 エアは杖を背中に背負い、ぺこりと頭を下げた。

 太陽が顔を出したばかりの白っぽい朝霧の中、無言で二人は山道を登っていく。

 白っぽい朝霧の漂う中、荒い息遣いが響いていた。

 やがて日が昇るにつれ、霧が晴れて空気が澄んできた。麓のラヴァル村が小さく見えた。

 「少し長めに休憩するか」

 ユウは皮で出来ている水袋をエアに渡しながら木陰を指差した。

 霧が晴れた空は青く、爽やかな風が吹き抜けて草や土の匂いが心地良い。目線を下に向けると緑の大地が広がっていて、遠くの方では川が大地に輝く曲線を描いているのが見えた。

 一息ついたエアは水を少し飲んで、開放的な景色を見たせいか気軽に尋ねた。

「ユウはどうして精霊師になったの?」

 いつの間にか、『ユウ』と名前で呼んでいることに彼女は気が付いていない。

 水袋を受け取りながらユウは、エアの横へ座り込んだ。

 彼の黒い瞳は、青い空より遠いところを見ているようだ。

「異国から来た俺達には、それしか道がなかったからだ……」

「俺達?」

「五年前、俺と友人のケントはこの国に流れ着いた」

 ユウは自分と友人が、嵐の為に船が遭難した事や、リゲルにラヴァル村に連れてこられた事を打ち明けた。




 顔を曇らせたエアは、昨夜の杖を奪われて殺されたという友人の話を思い出した。

「じゃぁ、杖を奪われたお友達って?」

「そうだ。ケントは四年近く前に……、この山で死んだ。否、殺されたと思っている」

 ユウは表情を変えずに話しているが、エアの表情は曇っていた。

「俺達が精霊師になって半年程たった頃だ。俺は別の仕事を済ませてから、ラヴァル村でケントと合流する予定だった。ところが、ラヴァル村に来てみるとケントの奴がいない」

「どこかに行ったの?」

 何処か遠いところを見つめている黒い瞳を覗き込む。

「不審な奴を見たと聞いて俺を待たずに鉱山に入ったらしい。俺が鉱山へ慌てて駆けつけると、落盤が起きていてケントが死んでいた」

 彼は麓に広がる緑豊かな大地を見ながら、

「今でも後悔している。あの時、もっと早く村に着いていたら…………」

 そう語る彼の横顔は後悔に満ちていた。親友を死なせてしまったという罪悪感と、そして自分一人になってしまったという孤独感が、彼を哀しみに満ちた表情の乏しい人間にしてしまったのだとエアは感じ取った。

「ケントの杖を持っている奴を捕まえれば、何か分かるかも知れない」

「……ごめん、落ち込んだ?」

 彼の心の傷口を掻きまわしてしまったと思った。

「いや、誰かに話すと気が楽になるものさ」

 ユウは黒い瞳を向けて穏やかに笑った。

(何だか彼の笑顔はドキドキする。こんなに優しそうな笑顔をするんだもの)

 エアの心の中には、今まで感じたことのない親しげな情が芽生えていた。




 穏やかな顔をしていたユウは、いつもの真面目な表情に戻り、

「ところで聞きたい事があるんだが?」

「え? い、いいけど……」

「お前は何故、精霊師になった?」

「多分、何も出来ない自分が嫌だったから……」

 俯きながらエアは答えた。

「両親が殺された時、ただ震えているだけだったの……」

 ユウは友人を助けられなかった自分と、彼女が何処か似ている様な気がした。

「後悔を抱えているのは同じか……。俺は事実が知りたい。お前はどうなんだ?」

 自分の中にある『大切な人を失った喪失感』を癒す為には、何故死んだのか、という理由を知ることから始まるとユウは考えていた。

「うん、私も知りたい。だから、思い出したいの。あの夜の事を……。トッドに両親の事を教えてもらった時は、とても嬉しかった。でも、何で自分だけが生きているのかと思うと、とても辛いの」

 エアの瞳は宙を彷徨っていた。

「あの時は確か……、両親の他に男の人が二人居たと思う………。蛇の様にうねった剣が光って見えたの。そしてお母さんが悲鳴を上げて倒れた後、お父さんが私に気が付いて、駆け寄って来た。その後が思い出せないの。真っ暗になって、炎の音ばかりが聞こえてくるの」

 エアは自分の身体が震えているのを感じた。山の冷たい空気は肌寒く感じるが、身体が震えているのは寒さを感じている訳ではない。

 彼女が強く噛み締めた唇は青くなっていた。




 その様子を見たユウは彼女の背中に手を当てて、

「無理をするな。何かの拍子に思い出す事も有るさ。それにしても蛇の様にうねった剣か……。リゲルなら何の武器か分かるかもしれないな」

 そして、すまなそうな顔をしたユウは、彼女の顔を覗き込みながら謝った。

「悪い、傷を抉る様なことを聞いて」

「ううん、大丈夫だよ。それでユウはお友達の杖を探すの?」

 エアは気持ちを切り替えなくては、と明るい笑顔を作りながらユウに尋ねた。

「ギルドに所属していない精霊師を探し当てる事だな」

「その人を探せば杖も見つかるよね」

「ケントの杖はリゲルが造った物だ。銘を『メディニラ』。花言葉は『温和』だそうだ。その花言葉のとおり、あいつの性格は温和だったよ……。エア、聞いてくれ。ケントが死んだ時に、保養所で会ったガスパーという男が村に居たと思うんだ」

 ガスパーの部屋に有った色眼鏡。それはラヴァル村で見た記憶が有ったのだ。

「えっ! ガスパーさんが……?」

 驚きの余りエアの瞳は大きく見開いた。

「不思議なもんだな。昨夜、お前がラヴァル村でメリルの世話を受けていのを思い出したよ。俺達が精霊師の試験を受けていた時だ。アンキセスの爺さんや市長もリゲルも……皆が村に居た。そして、ケントが死んだ時にはガスパーという男が……。まるで人の行き交う十字路の様に、俺達はラヴァル村ですれ違っていたんだ」

 呆然としているエアの横に座っているユウの黒い瞳に、厳しい光が宿っていた。

「戻ったらガスパーとやらに会いに行こう。俺はあいつと話がしたい」

 既にユウの目指す男は、エアの両親やケントの死に関わった事を告白しているのだが、そうとは知らない二人は頭を悩ませていた。




 休憩を終えた二人は、再び歩き出した。細い山道は獣道となり木々の間を抜けていく。山の天気は変わりやすい。再び霧が出てきたようだ。空に輝く太陽が白い霧の中、真上にぼんやりと灯っていた。やがて霧の中を進んで森を出ると、荒れた岩場に突きあたった。

 岩場は思ったよりも険しく傾斜も急だった。大きな岩がゴツゴツと飛び出し、足場らしいものが見当たらない。おまけに、どれくらい登ればいいのか霧で上が見えなかった。

「えーっと……。これは頑張るしかないよね」

 上を見上げながら、エアは思わず絶句した。

 しかし、この岩場の上に依頼品があるのだ。ここは気合いで登るしかないか、とエアが思ったとき、急に身体が浮き上がった。

 ユウがエアを抱きかかえたのだ。

驚きと共に胸がドキッとした。

「少し揺れるが我慢してくれ。あと、無理に話すと舌を噛むぞ」

 そうエアに向かって言うと、彼は岩場を飛び上がった。

(すごい……。人間がこんな高く飛び上がれるなんて)

 ユウは大きな岩を選んで、エアを抱えたまま飛び移りながら登っていく。

 岩の上に着いてもエアは目を固く閉じたまま、彼の胸にしがみついていた。

「大丈夫か?」

ユウの声に我に返ったエアは大きく目を見開いて言った。

「すごい跳躍力だね」 

「元々、こんな力は無いさ。防具に組み込んである土属性の身体強化魔法と相性が良いんだろうな。リゲルのおっさんと腕相撲して勝った事もある。むしろ力の加減の方が難しいな」

 ユウは事も無げに言ったが、エアはさらに目を丸くした。あの大岩のようなリゲルと、ユウが腕相撲をしているところを思い浮かべてみた。しかし、どうしてもユウが勝ってしまう姿が想像できない。

「さて、行くぞ」

 ユウはエアをそっと地面に降ろして、森の中へと歩き始めた。




 崖の上には雑草が茂った森林が広がっていた。

 ユウが先頭に立って、雑草を払いのけて進んで行く。

「そろそろ情報通りなら、シヤスがいてもおかしくない。もし、魔物に遭ったらどうする?」

「え? 遭っちゃったら……。戦う以外に何か有るの?」

 エアはきょとんとした顔で、彼の背中を見ながら答えた。

「確かに、襲ってくるなら戦う事は必要だろう。取りあえず結界を張り、防御を固めて相手の動きを観察しろ。それから俺が攻撃しやすいように援護してくれると助かる」

 ユウは振り向きもせず、エアに注意を促す。彼女の戦闘能力が分からないうちは、大人しくしてもらった方が安全だろうと考えた。

「……そうだね。自分が出来る事をしなくちゃいけないんだよね」

 守られているだけなんて納得できないが、下手にしゃしゃり出て、彼に危ない思いさせてしまっては申し訳ないと彼女は考えたのだ。

 森の中はうっすらと霧が取り巻いて、足を踏み出す二人の視界が悪くなっていく。




 周囲が白く煙る中、花の香りが漂ってきた。

「この匂い、あっちの方からか?」

 ユウが指をさす方向に、うっすらと小さな白い星のような物が霧の中に幾つか見える。

「あった! 見つけた!」

 エアは両手を握りしめて喜んだ。

 慌ててエアは小さな白い星へと駆け出そうとする。

「おい、待て! 離れると危ないぞ」

「大丈夫!」

 意気込んだエアが腰の高さほどの茂みを、必死に掻き分けながら近づくと、急に白い星々が動き出す。思わず立ち止ったエアが目を凝らして見ると、白い星は花ではなく、犬の様な魔物の鼻面であった。




 茂みの中から顔だけ出している魔物の赤い両目に白い鼻面。

「うえぇっっ! でっかい犬!」

 いささか間の抜けた叫び声を上げたエアは、慌てて転がる様に後ろに退いた。


 ガサガサッ  グルルルルッ


 その時、不意に近くの茂みを揺らしながら移動している、魔物の低い唸り声が聞こえてきた。

「あれはシヤス! グラッグが言っていた魔物か! 来たぞ、離れるなよ!」

 ユウは腰の後ろに交差して下げていた双剣を抜き放ってエアの傍へ駆け寄った。黒い刀身に花咲く桜のひと枝が金色に輝いている。

「燃え散らせ、寒緋桜! 灰になって舞え!」

 彼は両手に構えた双剣を振り抜くと、真っ赤な炎が飛び出し魔物の足元を払う。


 グルルルルッ、ガウウウゥ――


 炎に牽制され、魔物は足を止めて唸り声を上げる。

 エアもすかず、背中に背負った杖を右手に構えて叫んだ。

「力を貸して山吹!」

 その杖は鈍く黄金色に輝き、黄色の魔石で山吹の花が装飾されていた。緑の葉は赤や青の魔石で縁どられていた。

「優しき風よ。敵意を持つ者を我らと隔て、守りの盾にならん!」

 杖にある緑の魔石がうっすらと輝きだし、二人の周りを風の結界が築かれた。

 魔物は十頭ぐらいだろうか。

 エア達を取り巻く輪を少しずつ縮めている。

「エア。合図をしたら、前へ飛ぶぞ。無理はするな、深追いは禁物だ」

 じりじりと魔物が近寄ってくる気配がする。


 ガサガサッ ザザザッ――


 左右の藪から大きく揺れ動き、二匹の魔物が牙を剥き出しながら飛び出してきた。

「来るぞ!」

 ユウが叫びながら交差した双剣を横に振り抜いた。

 黒い刀身が緋色に染まって、赤い炎を吹き出した。

 エアは右手に杖を持ったまま、左手に護身刀・雪柳を握り締めた。


★作者後書き

 読んで頂いている皆様、本当にありがとうございます。また、お気に入り登録をして頂いた方にも、本当に感謝しております。

 今後も更新は週一回ですが、完結まで頑張りますのでよろしくお願いいたします。


★次回出演者控室

ユウ「お前の初仕事は、今後は鼻面事件と称されるだろうな」

エア「う~ん。不名誉だけど、仕方ないよね」

ユウ「でも山百合は手に入ったから、とりあえず成功だな」

エア「うん!」

リゲル「おめぇ達はほのぼのとしていいよな」

デボス「すいませんね。こんな頼みごとを貴方にして……」

リゲル「いいってことよ。ワシが出来ることをやるだけさ」

 

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