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紫銀の精霊師  作者: 金指 龍希
悲嘆の魔石師編 
21/87

第四章 邪霊師 その四

 女王が床に叩きつけた光の珠は、ころころと転がり砕け散った。

「どうなされましたか? 女王陛下」

 女王の叫び声に、侍従長が部屋へ飛び込んで来た。

「騒がずとも心配は無い。それよりラヴァル村のワインを持ってくるのじゃ」

 侍従長はホシガラスの姿を見つけると、窓ガラスが割れている理由を察した。

「直ぐにお持ちします。御用が済んだら、後でお部屋を移動なさって下さい」

 じろりとホシガラスを睨んだ侍従長は部屋を慌ただしく出て行った。

 溜め息を吐いた女王は床に散らばっているアイリスの花を丁寧に拾い集めた。そのアイリスの花束をテーブルの上に置いた時、侍従長が再び現れた。

「その様な事は私が致します。椅子にお掛けになって下さい」

 彼は女王が椅子に腰掛けるのを手助けした後、テーブルにグラスを二つ置くと、ラヴァル村産の赤いワインを注いだ。

「ホシガラス、御苦労じゃった。そなたはこれが好物であったな。遠慮せずに飲むが良い」

 遠慮など全くするつもりが無いホシガラスは、早速グラスの中に顔を突っ込んだ。妖精は精霊力さえあれば食事をする必要は無いが、精霊力を多く含んでいる物を好んで口にする事が有る。

「そんなに慌てずとも良い。我は取り上げたりせんぞ……」

 ホシガラスが目を細めながらワインを味わっているのを眺め、女王は光の珠より読み取ったアンキセスの心話を思い返していた。




 潜んでいるデボスが親族と連絡を取っているかもしれないと考えていた彼女は、兵士にその親族を見張る様にと命令をした。その旨をアンキセスに手紙で知らせると、彼は見張るのではなく『身柄を急いで保護せよ、デボスは誰かに脅迫されている』と伝えて来たのだ。

 何を言っておるのじゃ、と思ったが、もしも本当なら事態は王国にとって深刻だ。

 火精の乱心から七年、家臣の中からベレトスの謹慎を解いても良いのでは、との意見が家臣の中から出てくる様になった。

 ところが今回の事件で、デボスが利用されているだけの存在となると、ベレトスのみならず王室そのものに風当たりが強くなるだろう。

 王座に未練は無いが、継承者である孫は十四歳と年齢が若すぎる。これでは王位を譲って責任を取る処か、死ぬに死ねないと女王は考えていた。

「やっかいな事じゃ。そうは思わんか、ホシガラス」

 ホシガラスはすっかりくつろいで、うっとりと眼を細めてワインを味わっている。

 女王はその様子を眺めながら、少し和らいだ表情を浮かべた。そして、テーブルの上に置いた『使命』という花言葉を与えられたアイリスの花に視線を移した。

 アンキセスとは幼い頃からの長い付き合いだ。

 自分が女王に即位する前日、お互いに『立場は違っても、支え合って国を守ろう』と誓い合った。これまで幾度も国の危機を二人で乗り越えて来たのだ。

 それ以後、ホシガラスが運んでくる知らせは、緊急性が高く、かつ重要な内容ばかりであった事を女王は覚えている。

(我の使命は国や民を守る事じゃ……)

 溜め息交じりに、女王はホシガラスに向かって呟いた。

「聞いておるのであろう、タヌキじじぃ殿。我はその望みを聞き届けようぞ」

 女王が決意したのを見届けた様に、ホシガラスは頷くと大空へと舞い上がった。




 その『タヌキじじぃ殿』はアイオンと共に、グラセルの飛行場で空を見上げていた。

「あれにミリアリアが乗っておるのじゃろうか?」

「そうですな、あれは確かに工房の船ですな」

 アンキセスの指差した飛行船を見たアイオンは、側面に描かれているハンマーのデザインを見て答えた。

 その飛行船はゆっくりと着陸をした後、階段が降ろされると同時に、若い職人が悲鳴を上げて転がる様に降りて来た。そしてミリアリアが金髪を振乱し、大声で怒鳴りながら現れた。

「おじい様を早く連れて来なさい! レイメルでゆっくりするつもりだったのに呼び付けるなんて!」

 ミリアリアは強引にレイメルから連れてこられて、頭から湯気が立たんばかりに怒っている。気が立っている彼女は魔法で風の鞭を作り、自分を強引に連れて来た職人を追い立てていたのだ。

「誰に似たのかのう~」

 のんびりと眺めているアンキセスに対して、

「あの八つ当たり具合は、きっと貴方に似たのでしょうな」

 アイオンは呆れた顔をして答えていた。




 大工房の一室ではミリアリアは静かに紅茶を味わっていた。

「それでなぁ、女王からの依頼を果すにはお前の協力が必要なんじゃ」

 アンキセスは髭を撫でながら、ふくれっ面のミリアリアを説得していた。

「女王から聞いているわよ。各都市で一斉に不審者狩りをするので精霊師も協力せよ、てね。検問を緩めるのは、豊穣祭が開かれるレイメルだけ。必然的にレイメルに集まって来る輩を一掃せよ、とね」

 ミリアリアは王都で面会した女王の言葉を思い出しながら答えた。

「それならば話は早かろうて。もう各都市では不審者の追い立てが始まっておる。既にレイメルには、雑魚が集まっておる様子じゃ。しかし、それをまとめ上げる奴が捕まれば、正体が分からん組織の尻尾ぐらい掴めるかもしれん」

 アンキセスは更に話を続ける。

「わざわざ開発したばかりの新型飛行船に整備用の図面を乗せてレイメルに飛ばすのじゃ。奴らが喰いつく様に祭りに合わせてのぅ。それも既に国中で発表済みじゃ」

「だからって、何で私がその新型とやらに乗って、わざわざお披露目飛行に付き合わなきゃいけないのよ!」

「わしが姿を見せたら警戒されるじゃろうが!」

「……全く、悪党に顔が売れている祖父を持つと苦労するわ」

「悪党が勝手にわしの顔を知っておるだけじゃ」

 拗ねているミリアリアに、真顔でアンキセスは言い放った。




 では『アンキセスの顔を勝手に知っている悪党』達は何をしているのだろうか。

 レイメルから遠く離れた都市に流れる大河。その中州の街の一角に、狭い路地に並んだ粗末な木造の建物が並んでいた。

 薄暗く汚い酒場には、男も女も我を忘れ、大声で騒ぎながら酒を飲んでいる

「相変わらず、陽が落ちる前から混沌とした場所ですね」

 モールのアイスブルーの瞳が妖しく輝いている。

「俺達に『世界樹の救い』なんて必要ない。生きていくにはこの『黒闇の市場』で充分なのさ」

 モールに向かって声を掛けた男が居た。

「マーク、貴方でしたか。皆さん、無事な様でなによりですね」

「ふん、女王なんぞが俺達を狩り出すなんて出来る訳が無い。少なくともこのポストル地区に入って来られる警備兵なんていないさ。本気でやるなら軍隊でも持って来やがれ。それより、あの精霊師のジジイはどうしている?」

 薄暗い店の隅に座っているその男の顔は良く見えないが、腰にフランベルクと呼ばれる波打った形状の片手剣を下げている。

「御老人なら予定通りグラセルに滞在中の様です。これなら地下遺跡から例の物を盗み出す準備を邪魔する事もないでしょう」

 モールはその男の横に座りこんで、自分も酒を注文した。

「あとは大潮で満潮の夜を待つだけさ。ところで、あの妖精使いの女、急に倒れたから奥で寝かせてあるぜ」

 その男はグラスの酒を飲み乾した。




 モールが安っぽい木の扉を開けると、部屋の中に一人の女がベッドに横たわっていた。

「ビアーネ、起きていますか? 突然倒れたと聞きましたが……」

 部屋に入って来たのがモールだと気が付いた女は、慌ててベッドから身を起こした。

「申し訳ありません。デボスの見張りをさせていた妖精が破壊されましたわ」

 身体の力を抜いて足を崩して座り、結ってある髪が解れている姿が艶っぽいが首の後ろに小さな傷跡がある。しかし、赤みを帯びた傷跡が艶めかしくも見えた。顔は小さめで、唇は赤く染められ、黒い瞳が夜露にぬれた様に妖しい光を放っていた。

 女は半開きにした唇から、小さな吐息を洩らしてモールを見上げた。普通の男なら、その姿に心をざわめかせただろうが、モールの興味を引く事は出来なかった。

「貴方の召喚した妖精が破壊されたのは初めてですね。それで杖は無事ですか?」

 ワインの入ったグラスをビアーネに渡しながら、冷静にモールが尋ねると、

「ええ、無事ですわ。普通なら妖精を破壊された時に壊れてしまうけど……」

 枕元にあったメディニラの花を意匠した杖を擦りながら彼女は答えた。

「でも杖が頑丈な為に妖精が破壊された衝撃は、主の私に全部来てしまいましたわね」

 ビアーネは受け取ったグラスのワインを少し喉に流し込んだ。

 モールもワインを口に含んだ。

「リゲル・カーレッジが造った杖ですから、とても頑丈に出来ているのでしょう。調達した甲斐が有ったというものです。しかし、妖精を破壊するなど、デボスがやったとは思えませんが……」

「レイメルの二枚羽でしょうか? 若い二人組でしたけど……。光の妖精が当然、襲ってきて切り裂かれてしまいました。不意打ちでしたので逃げられませんでしたの……。でも……」

「でも……?」

 首を傾げながらモールが聞き返すと、ビアーネは震える身体を己で抱きしめ、

「身体を二つに裂かれるなんて、興味深い経験でしたわ」

 恍惚としながらも、黒い瞳に強い殺意を宿らせていた。




 その様子を見たモールは薄笑いを浮かべた。

「妖精の召喚は出来ますか」

「失った精霊力を補うのに時間が掛かりますの。直ぐには無理ですわ……」

 ビアーネは露骨に嫌な顔をして見せた。モールが自分を必要としているのは精霊魔法の才能だと分かっている。だからこそ、この冷たい男を困らせたかったのだ。

「まあ、レイメルでの小細工は終わっていますからね。結果はどうであれ、時が来れば騒ぎが起こる。デボスのバイオエレメントを手に入れたかったのですが、仕方有りませんね。彼が死んだ時に、妖精に持ち帰ってもらおうと思ったのですが……」

 モールは腹の中では小賢しい女だと思いつつ、そっとビアーネを抱き寄せた。

「……出来る限り急ぎますわ。グラセルからレイメルに新型飛行船が到着するまでにはね。そして邪魔な二枚羽達を蹴散らして、必ずデボスの胸からバイオエレメントを奪い取ってみせますわ……」

 両目を閉じてモールに身を預けたビアーネは邪妖精の目を通して見かけた、若い二人の精霊師の姿を思い出していた。

 彼女の邪妖精を蹴散らしたのはアンキセスであったが、レイメルに居たエアとユウのどちらかが、自分の妖精を引き裂いたとビアーネは勘違いをした挙句、逆恨みをしていた。




 そしてビアーネにあらぬ疑いを向けられた『あの邪魔な二枚羽達』は、夕闇に包まれる頃にはラヴァル村に辿り着いていた。

 『ラヴァル村』はレイメルから馬を飛ばして半日の距離に在る、タンホブ山が背後に控えた小さな村だ。

 元々はレイメル市が所有するタンホブ鉱山を採掘・管理するだけの小さな村であった。しかし、レイメルが帝国に占領された時、アンキセスとマッシュが攻めて来た帝国兵を押し止め、その間に住人達がこのラヴァル村に避難をしたのである。

 以降、ラヴァル村はレイメル復興の拠点となったが、そのままラヴァル村に住みついたレイメルの住人もおり、ブドウ栽培や農業、酪農なども盛んに行われる様になった。

 現在、レイメル市とラヴァル村の交流は盛んに行われ、両者は強い絆で結ばれる様になった。

 勘違いをしたビアーネの怨念なのか、それとも馬を飛ばして来たのが原因なのかは不明だが、二人の身体はすっかり冷えていた。

「少し寒いな。ほとんど休憩を取らずに馬で飛ばして来たからな」

 ユウは少し身を震わせながら、馬の手綱を大きな小屋の入口に在る横木に巻きつけた。

「うん、私も身体が冷えちゃったみたい」

 エアも馬から降りて、小さなくしゃみをした。

「無理をさせたな。しかしお前がこんなに馬に乗れると思わなかったよ」

 馬の首を撫でながら、ユウは驚いていた。

「師匠は飛行船が嫌いだから、いつも馬で移動していたの」

 頷きながら答えたエアが、手綱を木に巻きつけた時、

「こんな時間にどうしたんだ? お前達」

 不意にしゃがれた男の声が聞こえて来た。




 その大柄な男はグラッグ・ガンドール。タンホブ鉱山の鉱夫長であり、ラヴァル村の長でもあった。

 ユウはその男の顔を見ると、

「村長、何処でも良いが、泊るところが欲しいんだ」

「宿屋なんて洒落たもんは無いからな。俺の家にでも泊れや。嬢ちゃんと一緒ならその方が良いだろう」

「ありがとうございます。村長さん」

 エアが頭を下げると、グラッグは大らかに笑って二人の前を歩きだした。

「礼なんていいって事よ。ユウが此処に来るのも久しぶりだな。仕事なんだろう? こっちで皆が飯を食っている。お前たちも食べていけ」

「急に世話になって、すまん」

「気にするな。嬢ちゃんだけじゃなくて、お前も一緒なら頼みたい事があるんだ」

 グラッグは賑やかな声が聞こえてくる集会所の様な建物の扉を開けた。


★作者後書き

 読んで頂いて下さっている皆様、本当にありがとうございます。今回は悪役オールスターズが揃いました。本人たちに言わせれば『悪役なんてとんでもない』と言うでしょうけど……。しぶとく活躍(?)する彼らに注目して頂けると幸いです。


★次回出演者控室

グラッグ「邪霊師かぁ……。子供の頃のおとぎ話だよなぁ」

エア「聞きたいな~。どんな話なの?」

ユウ「全部聞いていると寝る時間が無くなるぞ」

グラッグ「随分と昔に聞いた話だからな。ちょっと待て、今思い出すから」

エア「来週までに思い出してね」

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