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紫銀の精霊師  作者: 金指 龍希
悲嘆の魔石師編 
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第三章 赤い炎と青い妖精 その五

 大きな机で作業に熱中していたリゲルは、赤い目を擦りながら顔を向けた。

「何だ、ユウじゃねぇか。おっ、それに嬢ちゃんもか」

 リゲルの前には分厚い本が何冊も広げてあり、市長から貰った目薬まで置いてあった。

 ユウはカウンターに肘をつきながら、

「急ぎの仕事なのか?」

「それが市長に頼まれてなぁ。他の奴なら断るんだが……」

「おっさんが深く考えている姿は初めて見るな。ところで何を造るんだ?」

 リゲルが唸っている姿は、まるで小さな檻の中に無理矢理入れられた熊の様だな、とユウは思った。

「相変わらず口の減らねぇ奴だな。まあ、おめぇさん達なら良いだろう。ただし、他の住人には秘密にしてくれ。まだ使うと決まった訳じゃぁねぇ」

 リゲルは二人を窓際のテーブルに誘った。

 二人を前に座ったリゲルは、窓の外で風に揺れる草花を眺めながら、

「嬢ちゃんは初めて聞く話だろうが……。ある女性機械師が夫の魔石師と供に、新しい医療魔道機の理論を生み出した。『何故、魔物は魔道機が無くても魔法を使えるのか』この疑問が最初の出発点となったらしい。魔法を使う魔物の身体の中には、純度の高い精霊石の結晶が自然と造られる。そして人間と違い、魔物は自然界の精霊力を多量に身体に取り入れ増幅する事が出来る。渦潮を起こして船を沈める奴、風を槍にして飛ばす奴、簡単な治癒術を使う奴など様々だがな。つまり魔物の身体自体が魔道機の役割をしている。ここまでは良いか?」

「人間や他の動物とは、根本的に身体の構造が違うということだな」

 今までの依頼の中で魔物と戦った経験のあるユウは納得した。

 黙って聞いていたエアは話の先を促して身を乗り出した。

「それで、その機械師さんが考えていた魔道機って何ですか?」

「研究の結果、人間の体内に魔道機を埋め込んで、身体に取り込む精霊力を増やして治療効果を飛躍的に高める医療魔道機を開発したんだ。ところが、それは神と悪魔が同居しているような代物だった」

 物語の結末を知っているリゲルとユウは憂鬱な気分に陥っていた。

「神と悪魔……か。発想の元が魔物なら武装にも転用が出来る。つまり人間が魔物と同じ能力を持つという事か……」

(それでベレトスとかいう皇子はグラセルに乗り込んで騒動を起こしたのか……)

 ユウは露骨に嫌悪感を露わにしている。

 ユウの言葉にエアも愕然として言葉もない。

「その魔導機の名はバイオエレメントだ」

 その言葉はエアの頭の中で木霊の様に響き渡った。

「バイオ……エレメント――。何処かで聞いた……気がする……」

 何処で、何処で聞いたのだろうか、確かに知っているのに思い出せずにいる彼女の気持ちは次第に焦ってきた。

 ざらついた手で内臓を撫でられているような気がする――。エアの心に理由の分からない不安が、青い水面に落ちた墨汁の様に広がった。

 無理に思い出そうとすると赤い炎が頭の中を覆い尽くした。

 エアの不安げな横顔を、静かにユウは黒い瞳で観察をしていた。




 ユウは険しい顔をしたままリゲルを問い詰めた。

「まさか……そのバイオエレメントを造るのか?」

「その封印用の魔道機を造れという話だ」

「……安心したよ」

 ユウの表情は少し柔らかくなった。

 エアは頭の中の赤い炎を振り払って、ふと、気が付いた疑問をリゲルに投げかけた。

「でも、それを稼働させるきっかけの精霊力の種類は何だろう。それにどの魔石を魔道機に組み込んであるのかなぁ……。六属性の全てを増幅させることが出来るなら無敵だよね」

 エアの指摘に、リゲルは顎に手を当てて再び唸った。

「うーん、その通りだな。ワシが考えるには最初に起動させるのは本人の生命力が必要じゃないかと思うんだが……。試作段階の物だったから、六属性の全てには対応していないと思っているんだが……。とにかく豊穣祭までに造らんとな。あと一週間もない」

 リゲルが大きなため息を吐き出したが、ユウは構わず追い打ちを掛ける事にした。

「おっさんが凄まじく忙しいとは理解したが、彼女の武装魔道機と防具は出来ているのか」

「ん? 杖型だったな」

「はい」

「半年前から造っているが、魔法の威力調整がまだ残っている。防具も製作中だ。明後日にでも取りに来てくれ。それまでは代わりにこの杖を使え。先代が使っていたものだ」

 リゲルは工房の奥から50センチくらいの杖を持って来た。

「師匠の? じゃあ、世界樹の前に使っていた杖ですね?」

「おうよ。これもわしが造ったものだ。銘は『黄銅杖・山吹』だ。山吹【やまぶき】の花を意匠とし大地の魔法力に強く対応するが、全属性を使えるようにもしてある。あと、この護身刀も持っていけ」

「これは?」

「先代がおめぇに渡すようにと注文していった物だ。『護身刀・雪柳』だ。敵を一時的に光魔法で拘束する能力がある。ちょっと振ってみろ」

 リゲルに促され、エアは二十センチ程の護身刀の黒塗りの鞘を払った。黒鉄に白く小さな魔石を使って雪柳【ゆきやなぎ】の花が意匠されている。

 一振りすると白い光が細かく飛び散り、その輝きは縄の様に線を描いた。

「倒すのは無理かもしれんが、時間は稼げるだろう」

「とても綺麗な光ですね」

 美しい武器の造りを見ると、意外にもリゲルは繊細な感性の持ち主ではないかとエアは思った。

「光と闇の魔法は、程度の差は有るが誰でも使えるからな。元々人間は『光と闇の生き物』と言われている。理性と欲望のことを指しているのかもな」

 リゲルは護身刀が放つ光を見つめながら神妙な顔をしていた。




 急に緊張が解けたようにリゲルは笑顔を浮かべた。

「ま、嬢ちゃんには、今回タダで引き渡そう」

「ありがとございます」

 思わずエアの顔にも笑顔が零れた。

「お―っ! 嬢ちゃんの瞳はあざやかな紫の瑠璃玉薊【るりたまあざみ】の花ようだ」

 リゲルは上機嫌に大口を開けて笑いながら、容姿に似合わぬ言葉をエアに向けた。

「ちなみに花言葉は『鋭敏』だ」

(おい! こいつの鈍くささは並じゃないんだが……)

 ユウはすかさず心の中でリゲルに反論していた。

 大柄で無骨な割に繊細な感性を持つリゲルが、どんな花言葉をユウに送ったのだろうか、とエアは気になった。

「私が瑠璃玉薊ならユウは何ですか?」

「俺はツンベルギアの花だそうだ」

「花言葉は?」

「何だったかな? おっさん」

 とぼけたユウを前にリゲルは顎に手を当て、

「ツンベルギアの花言葉は『黒い瞳』だ」

「そのままだな」

「そのままですね」

 拍子抜けした二人は感想を漏らした。

「しかしだな、俺のときには容赦なく金を取っておいて彼女から金を取らないとは?」

 ユウは半眼になってリゲルを見据える。

「ん? そうだったかな?」

 リゲルはあらぬ方を見ている。

「そうだった」

「おめぇの気のせいだよ」

「俺の気のせいじゃないぞ」

 不満げなユウに、涼しい顔でリゲルは言い放った。

「野郎は嫌いだ」

「……さらっと本音を言うな。おっさんは客を選ぶのか?」

 ユウの少し怒気をはらんだ口調に、リゲルは猛反撃を始めた。

「ワシだって客は選ぶぞ! 選びたいぞ! おめぇは剣を何度も、何度も壊して修理に持ち込みやがって! 聞いてくれよ、嬢ちゃん。こいつは俺より馬鹿力なんだぜ。鍛冶屋でもやりゃあいいのに。剣が可哀想だろ!」

 リゲルはエアに向かって両手を広げ、有り得ないと言わんばかりに叫んでいる。

「仕方ないだろう、貧弱な代物じゃ折れるに決まっているだろうが。今の『双剣・寒緋桜【かんひざくら】』は大事に扱っているだろう」

「大事に使うのは当たり前だろうが。その双剣は普通の三倍も鋼を使っているんだ。本当に武器は無事だろうな!」

「全く、人間より武器の心配かよ。そこまで言うなら、よく見ろよ!」

 彼は腰の後ろに交差して差してあった双剣を抜き、カウンターの上に置く。

 ゴトリ、と重い音がした。

 リゲルはおもむろに剣を手に取って刃こぼれが無いか点検を始めた。

 エアはその双剣の美しさに思わず見とれてしまった。

「うわぁ、綺麗……。あれ、少し短め? それに魔石は何処に?」

 その刀身は黒鉄、側面には金色の桜の一枝が意匠された見事な剣であった。だが見た目では何の属性が使えるのか判断できない。

「魔石は柄に仕込んであって、どの属性が使えるのか見た目では判別できないようにしてある。長さは抜きやすいように少し短めだ。この剣をこいつが壊さないか心配でなぁ」

 慈しむ様に剣を点検していたリゲルは、二本の剣をユウに返却した。

「刃こぼれや魔石に損壊は無い、本当に壊すなよ」

 ユウは受け取った双剣を腰に戻しながら、

「だから言っただろうが大事に扱っていると……。何度も言うが人間の心配をしろ!」

「おめぇみたいな丈夫な奴の、何を心配すればいいんだ!」

「あの~私達、トッドの所に行って来るね。ペンダントを預けてあるの」

 ドキドキしながら二人の言い合いを聞いていたエアだが、慌ててユウの背中を押しながら工房の外へ出て行った。




 二人が工房を出て迷路を抜ける途中、

「口が悪くて女好きだが腕は確かだ。おっさんは相手を見ただけで利き手と体格に合った武器や防具をどう造るべきか分かるんだ」

「すごい職人さんですねって……女好き?」

 何かが頭の中に引っかかる。

「ん? 待って……見ただけで防具を造る? もしかして――私のスリーサイズとか一発で分かったりします?」

「……レティから聞いていないのか? まあ、一発で見抜かれただろうな」

「どえっ! そんな特技って有りなの~!」

 エアは恥ずかしさで耳まで赤くなった。

「おっさんのところに連れていくのは嫌だったんだが……。あの特技のせいでおっさんが商店街を歩くだけで女達が家の中へ逃げちまうんだ。でもなぁ、魔石合成はともかく機械師として腕は確かだからな。他都市の精霊師の武器も造っているしな」

 エアは涙目になってユウを見上げた。本当は内心大泣きしているが……。

「そんな顔をするなよ」

 ユウは気の毒そうに答え、エアの背中をポンポンと叩いた。

「しかし、お前はよく表情が変わるな」

 なんとなく彼が慰めようとしてくれているのだと察した。

(今度行ったら、一発殴っておこう)

 エアは輝くハゲ頭を思い浮かべ、心の中で強い決意を固めた。




 再びメルヴェイユを訪れたエアは、トッドの傍に駆け寄った。

「もう来ちゃった、早かった?」

「あっ、ごめん。まだ調べている最中なんだ」

 背を丸めて顕微鏡の様な機械を覗いていた少年は、エアに向けて慌てて笑顔を作る。

「どうした? 何か気になるのか」

 遅れて入って来たユウは、彼の手元で青く光る石を見つめながら尋ねた。

「う~ん、石が取り付けてあるフレームは魔道機だと思う。でも何の魔道機か調べても分からないんだよね」

「それ、魔道機だったの?」

 エアは首を傾げながら、父母の形見のペンダントを眺めた。

「エア、聞きづらいんだけど……、これは君のお父さんが造った物なの?」

 思いもよらぬトッドの質問に、エアの表情は曇ってしまった。

 父母の事を誰かに話そうとすると『いつも笑っていたい』と望む心が揺れてしまう。笑っていないと父母を殺した敵に自分が負けてしまう様な気がするのだ。でも、目の前の少年は気遣いながら真剣に問いかけている。

(強くならなきゃ……、怖がってばかりじゃ駄目だよね……)

 エアはざわめく心を鎮めながら、赤い炎の記憶に立ち向かうことにした。

「うん、お父さんは魔石師だったと思うの。いつも家の横にある小屋に居て、たまに爆発していたと思う。リゲルの所で、ユウが魔石の合成小屋は爆発するから立ち入り禁止だって言ってたよね。それと同じ事を言われた気がするの」

 肩を震わせながら話すエアの様子を、ユウは黙って見ていた。

「あと、家の中はどんな様子だったか思い出せる?」

 トッドは少しずつ、エアの記憶を引き出そうと試みた。両親が死亡する前の記憶が無いとレティから聞いていた。彼はエアの記憶が少しでも取り戻せる役に立てたらと思っていたのだ。

「う~ん、お父さんの部屋は本ばっかり。お母さんの部屋は……、この机みたいに道具がいっぱい置いてあった。そういえば、触ったら怒られたっけ……。置き場が変わると困るって」

「エア、両親の名前は思い出せる……かな?」

 トッドは恐る恐る、エアの顔色を窺いながら尋ねた。

 両目を見開いたエアは息が止まりそうになった。

 両親の名前……。いつも悪夢の中で、誰かが叫んでいる……名前。

「いつも夢で見るの。誰かが呼んでいる――、その名前を……」

 真っ赤な炎が記憶の糸を焼き尽くそうとした時、ピアスの中から青い妖精が飛び出してきてエアの頬に自分の額を押し当てた。


★作者後書き

 新年明けましておめでとうございます。

 今年初めての更新になりました。昨年より引き続いて読んで頂いている皆様に、本当に感謝いたしております。今後ともよろしくお願いいたします。


★次回出演者控室

トッド「エアの両親は有名人だったんだね」

エア「自分でも驚いちゃった……。アンディにも心配させちゃった」

ユウ「おい、レティが待っているぞ」

エレナ「私もすごーく待っているんだけど……」

メリル「あらあら~、私も待っていましたのよ。ご寄付の事ですけどね」

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